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一章・十四節 生徒会長・神崎雀

 曰く、神崎雀は人嫌いである。

 生徒たちの間で通説となっているこれはほぼ間違いだ。


 完璧主義者の雀は何事も自身の能力内でやりくりし、基本的に殆どをそつなくこなしてしまう為に誤解を生み易いのだ。雀の立ち振る舞いそのものが他者を可能な限り排他しているだけであり、自身の手に余ることは適性のある人間に丸投げするスタンスだ。


 しかし付き合う人間の取捨選択はかなり激しいものがあるもの事実。

 波長が合致する人間と責務に必要な者以外は、合理性を優先した人間関係のミニマリストを構築している。


 当然喧しいだけの監視官など論外である。

 那月が退出して時間を置かずに蜻蛉返りしてきた誠明を無視して、雀は魔術師としての仕事を進めていた。


 机に広げているのはコンビニで購入したタウンマップと無色透明な液体で満たされた小瓶が幾つか。マップにはボールペンで複雑な紋様が書き込まれており微かに発光している。


 雀が大橋地点に小瓶を三つ置くと中の液体が変色、赤褐色を示す。透明度を失った薬液は均一に変色しているのではなく、煙のような濃淡が絶えず揺らいでいるのが見て取れた。


 作業は澱みなく進む。

 那月が使用したブラシから絡まった髪の毛を採取した雀は、別の小瓶へ慎重に落とし込む。髪の毛は薬品に漬かると同時に極小の泡を上げて融解していき、徐々に薬液が澄んだペールブルーを示す。比べるまでもなく、大橋に置いた小瓶とは別物だ。


「ん~、やっぱ違うか」


 ペールブルーの小瓶を摘み上げた雀は半ば予想していた結果に眉を顰める。

 雀が行っていたのは初歩的な錬金術の一種である魔力抽出だ。

 大橋で対峙した侵入者の魔力は市内全域に展開される結界を通して小瓶に落し込み、那月のそれはたった今髪の毛から採取した。


 薬品から判別できることは大まかに二つ。一つは薬液に投入した体組織に宿る力が霊力か魔力か。人間に流れる力はこの二つに大別され、霊力であれば薬液は例外なくペールブルーに染まる。つまり那月から検出されたのは霊力という事になる。


 一方大橋で結界が捉えた魔力は雀を除き三つ。一つは対峙した人龍のもので間違いないが、薬液も示す通り残る二つも殆ど同じ魔力が検知されている。


「でもおかしいのよね。確かに結界に反応は残っているのに、一般人の痕跡が入り混じってる。化物と同じ魔力を示しておいて、一般人と混同しているなんて……」


 有り得ない、と呟く雀の表情は険しい。


 戦闘になれば雀の意志一つで結界は人払いからセンサーの役割まで起動する仕組みだ。並列処理の負荷が掛かるため感知範囲は狭くなるが、術師(又はその類)と一般人を混同して認識することなど過去にも一度もない。


「結界の誤作動が原因ではないのか。数百年前に敷かれた結界に信用を置くなど、常識では考えられん」

「認識が甘いわね。ベースは確かに古いけどアップデートを重ねて対応は万全を期しているわ。ちょっとした幸運もあったけど、現にあの化物の呪詛を防ぎ切ってるしね」

「ではなぜ有澤那月を疑う? あいつに術師の素養がないことはお前も承知してるだろう」

「念のためよ。確かにあの夜『有澤』の名は聞いたけど、あの子を本気疑う程私も未熟じゃない」


 口調こそ平静だが雀の眼は鋭く誠明を咎めている。


 雀が本格的に魔術師へと成ったのは高校進学と同時期だ。それまでは魔術は嗜む程度のものでせいぜいが魔術師見習いがいい所。五輪市の霊地を任されてから二年間、研究と実戦で積んだ知識と経験は凡百の術師を一蹴出来る程度には成熟していると自負している。


 誠明の指摘は神崎家が積み上げてきた研鑽にケチをつけている事となんら変わりない。一族の誇りや威厳にはさして興味はないが、うるさい蝿を始末することに躊躇は無い。


 売られて喧嘩は三倍の屈辱にして返すのが雀の流儀だ。場合によってはここで誠明と一戦交える事もやむなしである。


 第三者がこの場にいれば室温が急激に下がっていく事を感じ取っただろう。両者から無意識に放たれる魔力と霊力の波動が鬩ぎ合い、舞い上がった塵がパチパチと音を立てて弾かれる。


 だが一般生徒がいる学校で物騒な喧嘩を始めるほど二人は常識外れでもない。

 ガンの飛ばし合いを先に切り上げたのは誠明だった。


「言っておくが今回の騒ぎは揉み消しに時間が掛かる。今後もあのような自爆テロを赦すようなら、神崎雀に霊地の管理能力は無いと判断することになる」

「……分かってるわよ」


 誠明の客観的な指摘を受け、苛立ち気な様子を見せる雀。


 暗黙の了解として呪術・魔術問わず『術』は隠匿が原則となっている。これは現代社会の基盤となっている科学との境界線を明確に引くためでもあり、術師界の閉鎖性に根差すものでもある。


 特に近代以降は特にそれが顕著になっている。

 術師の最盛期であった中世期頃では各地で戦争や飢饉、逸り病が相次ぎ、宗教的概念の混同による医学・化学の未発達が原因で失われる命が多々あった。


 当時の最先端技術として裏社会を牛耳っていた術師は、戦争では戦果を、医学では救いを求められたのは当然の帰結であった。結果研究は加速の一途を辿り、技術漏洩を恐れた術師は殆どが裏社会へ身を隠すか、地下へ潜るかを迫られる。


 時代の移ろいと共に隠匿の理由もまた変化していった。

 複雑かつ高度化した社会からすれば術師は時代遅れでアングラな存在、異物といっても差し支えないが、科学技術より秀でた部分は現代でも多くある。


 ひとたび表社会に悪影響を及ぼせば、術師界全体が危機的状況になりかねない。過去、魔女狩りという形で一時期に地獄の釜が外れた凡例がそれを強く物語っている。


 アストレアのような組織が設立されたのはこういった背景も起因しているのだ。


「でも幸白君も積極的に動くべきじゃないかしら。照のいる王陵女学院にまで被害がでたら、最悪この街は文字通り化けるわよ?」

「……なんのために監視官が付いていると思っている」

「先に言っておきますけど、あの子の癇癪を止めるなんて御免だから。魔術の本場ヨーロッパでもあの子を持て余したのよ? それとも幸白君はそれより広い器の持ち主なのかしら」

「くっ……」


 誠明が冷や汗を大量に浮かべるのは雀の発言が冗談で済まされないためだ。

 この街には雀以外にもう一人の魔術師が住んでいる。正確には魔術師半分、錬金術師半分といった人物だが問題はそこではない。


 今年の三月まで雀の屋敷に下宿していた彼女――雨取照は現在王陵女学院で寮生活を送っている。


 五輪市の外れに設立された王陵女学院は大学並みの敷地面積に加えて、地方都市には不釣り合いな宮殿と見紛う校舎が建ち並らぶ外観は何処かの王国のようだ。周囲を人工林で囲まれた女学院は余人の立ち入れぬ結界となっており、街の住民は一際高く聳える巨塔を眺めるのが精々だ。


 誠明は担当監視官ではないため大雑把な情報のみだが、照が動けば雀の指摘通り五輪市そのものが凶器へ成り変わってしまう。ましてや王陵女学院は日本有数の御嬢様学校だ。生徒一人のかすり傷が原因でストレアに莫大な賠償命令が下るとも限らない。


 そうなれば責任は担当監視官を越えて誠明にも覆い被さってくる。良くてクビ、最悪一族全員路頭に迷うこともありうる。


「ほらほら、どうしたの? 前任の監視官は問題なく照と接してたわよ」


 意地の悪い笑顔が咲いていた。

 面白い程葛藤する誠明を眺めて雀は大変ご満悦だ。


 監視官として必要最低の協力を徹底してきた誠明にとって、これは間隙を縫って放たれた一撃だった。あるいは自身のスタンスが招いた自業自得か。


「……あちらの監視官とも協力して侵入者の捜索にあたる。ただし住民に危害が及びかねない範囲のみだ」


 ややあって絞り出された妥協案を雀は受け入れた。落としどころとしてはまずまずといえよう。


「ちっ……なぜ宵波に協力を仰がない? 俺より奴との方が連携は取りやすいだろう」

「涼はここ一週間仕事で暫く帰ってないもの」


 式神は残していったけどね、と雀が指を鳴らすと彼女の隣で霊気が揺らぐ。ほどなくして霊体化していてた式神の輪郭が見え始め、実体化していく。


 少女型の式神だ。かなり精緻に造りこまれているようで、完全に実体化を終えた彼女は人間と遜色がない。十三~十四歳頃の容姿のあどけなさが残り、少女から女性への成熟を内に秘めた蕾の様な可憐さを十全に引き出している。あずき色の和服とフリルをあしらったエプロンもまた彼女の魅力を引き立てている。


 紅茶を頼まれた和服少女はペコリとお辞儀すると、併設されたキッチンでイソイソと準備を始める。


「……」


 その様子を誠明は思わず目で追っていた。

 基本的に使い魔・式神というのは稼働に術者の魔力又は霊力に依存するため、機構や躯体が大きければ相対的に必要エネルギーも右肩上がりになっていく。戦闘用は別であるが、偵察や監視には小動物や昆虫の死骸を加工したもので十分。


 だが人型となると製作の難易度は桁外れに高く、特に殆どを霊体で一から構成する式神では大抵が人型を造るのが手一杯。何かしらのモデルがいるにしろ、人間を一から表現し尚且つ自然な動作を再現するというのは、現代のロボット工学でも難しい。


 だがあの和服の少女はそれらのぎこちなさが一切感じられない。

 いまも下手な人間より数倍滑らかな動作でポットにお湯を注ぎ、カップの準備をしている。容姿に関しても徹頭徹尾細部まで作り込まれており、丁寧に櫛が入っているであろう黒髪は柔らかさが伝わってくるよう。薄っすら血管を覗かせる首筋は窓から差し込む陽光で煌めい見える。


 戦慄すら覚える完成度は術師であれば嫌が応にも視線を引き寄せられよう。

 が、如何に式神であろうと女性に不躾な視線を送り続ければ――


「いやらしい」

「ち、違うっ!?」


 こうなる。

 誠明は慌てて否定するが時すでに遅し。

 露骨に視線を逸らす雀は一切の弁解を拒否する。


 やがて芳醇な香りを引き淑艶と呼ばれる式神の淹れた紅茶が届くと、雀はゆっくりとカップに一口二口と含む。満足げに口元を綻ばす主を見届けると、淑艶は静かに霊体化していった。


「ま、いいわ。それじゃ副会長、お仕事よ」


 呼称の変化をいち早く捉えた誠明はそこで思考をキッパリと切り替える。ここからはお互い術師ではなく生徒会の一員としての話、という事だ。


「ここに夏季補修の栄誉を授かりながら連日欠席をかましてくれた勇者がピックアップされています。このままでは二学期期末を待たずに留年確定」

「で?」


 一枚の紙を突き出した生徒会長は笑顔に青筋を浮かべる。とてもよくない兆候だ。


「探して」

「で?」

「とっ捕まえて」

「誰が?」

「貴方がよ」

「断る」


 拒否権を発動するも雀は取り合わない。それどころか脅迫紛いな脅しまで掛けてきた。


「出来なければ淑艶を視姦していたって涼君に報告します。淑艶本人から『厭らしい眼でジロジロと……淑艶は汚れてしまいました、よよよ』って泣きの演技も入れれば幸白君の破産は確実かな。あの子、高っいわよ」

「このっ……地獄に堕ちろ!!」


 怨嗟を込めた罵詈雑言は校舎に響く。

 校内の誰もが一度手を止め、同情を抱いたニヤケ面を浮かべるまでがワンセット。


 やがてプリプリと怒りながら校舎を後にした男子生徒が一人。

 その手には名前が羅列する一枚の用紙が握られている。

 紙に視線を落とした彼は住所が比較的近い名前を拾い上げ、悪態と共に愚か者たちを罵る。


「砂純建人に大和鉄平、まずはお前たちから裁いてくれるッ!」


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