終章・十四節 決裂
最悪の場合、こうなる事は覚悟していた。それ故に動揺はそれほど大きくはなかったが、涼の背中に大粒の冷や汗が流れた。
「神崎……」
耳に馴染んだ名前をこうも苦々しく口にする日が来ようとは。
魔弾を突きつける彼女は間違いなく神崎雀その人だ。容姿や虹彩の色、ほくろの位置、魔力の波長に至るまで全て涼の記憶と一致している。
となれば、あの銀幕を超えてきたか。
「どうやって鏡海を抜けてきた? 君だから可能なのか?」
「質問に答えるのはそっちよ」
対話の意思を半ば拒否するように、雀の魔弾が輝きを増す。
抵抗しようにも、絶妙な間合いを保たれているので下手に動けば問答無用に撃ち抜かれかねない。彼女も魔弾であればこの研究室ごと吹き飛ばすことだって容易だ。
その脅威を歴戦の監視官が見逃すはずもなかった。
「では貴女を拘束した後でゆっくり答えましょう」
「っ!?」
先に動いたのは由良だ。
物陰を縫うように素早く研究室を駆け抜け、ものの一瞬で雀の懐に躍り込む。
魔弾を装填する右腕とは逆サイドからの電光石火の強襲。並の術師であればこれで詰みであったが、雀は備えていたか。
カッ! と雀の左脚から魔力光が迸り、凄まじい勢いで振り抜かれた。
魔弾の推進力を利用した、ノーモーションからの反撃・サマーソルトキック。雀の長い髪と魔弾が太極図の如き弧を描き、由良を迎撃する……はずだった。
「稚拙ですね」
己を撃ち抜かんとする雀の蹴り足を、由良は初めから予見していたように、そっと脚の側面を手で払った。
僅かではあるが、確実に軌道をずらされ、必殺の一撃は虚しく空を蹴ったのみ。
一歩間違えば腕が吹き飛ぶ、達人にしか許されない捌き技で由良は容易く魔弾をいなして見せた。
対して雀は一撃必殺のカウンターが不発に終わり、後ろから倒れ込むような体勢。その隙を由良が逃すはずもなく、無防備な獲物の首筋にその手が伸びる。
「上だ先輩ッ」
「ッ!」
涼の警告が飛ぶとほぼ同時に、由良の頭上に罅が走った次の瞬間、天井を突き破り無数の水晶の柱が降り注いでくる。
初めから二段構えの奇襲だったのだ。
それでも由良はギリギリ反応してみせた。訓練で培われた反射神経と、実戦で鍛え抜かれた第六感とも言うべき感覚に助けられ、強引に飛び退こうとしたが
「逃がすかッ」
雀がそれを許さない。捕縛しようとした由良を逆に掴まえ、自身諸共に水晶の絨毯爆撃に巻き込む。
まるで巨人の連打。
研究室どころか天文台そのものが震え、立っていることすら儘ならない。
爆撃は時間にすればものの数秒であったが、巻きあがった粉塵で一時全てが包み隠された。
「アンタの腕前は信用はしてるけど、この段取りは二度ごめんよ」
「でも氷杜さんを抑えられたのは大きいな。ナイス雀ちゃん」
軽口が聞こえた直後、パチンッ、と指鳴りが響くと粉塵はたちまちに霧散していった。
予想通り声の主は雀と、もう一人は宮藤カイだ。
彼女たちの後ろにはまるで虫入り琥珀のように、巨大な水晶柱に閉じ込められた由良の姿があった。
「仮死状態に留めてるから安心しなよ。スー君」
「なっ、宮藤!?」
言外に殺すことも出来たと、虹彩が黒いカイは告げた。口元を観察しても、犬歯は延伸しておらず、魔族特有の気配も全く感じられない。
カイも銀幕を超えてきたこと自体は雀と共に現れた時点でそう驚くことはない。
驚愕すべきは彼女が魔術翁でなく、あちら側での霊能力者としての宮藤カイであることだ。
こちらに戻ってきた彼女が、何故魔術翁ではなく宮藤カイとして存在出来ているのか。
その疑問に至ると、涼の脳裏にO・Lでの光景が過った。
ふっと、身体の感覚が一瞬失せた。
カイが、いや雀たちが此処に現れたか理由──最悪の結末を悟ってしまった。
「……さてと。まあ、僕も色々と聞きたいことはあるし、怒っていないといえば嘘になるけど、それはひとまず置いておこう」
カイは嫌悪感こそ隠さないが、培養ポットの遺体には触れなかった。視線で雀を制し、一歩踏み出して真正面から涼を見据える。
「スー君。悪いけど一緒に来てもら──」
「待て先輩っ! 殺すなッ!!」
えっ、と思う間もなかった。
彼女たちが殺されかけていると気付いてのは、浅く割けた首筋から血が流れ出てから。
「!?」
「なっ」
雀の首にワイヤーが食い込み、カイの喉笛には背後からカランビットナイフの刃が押し当てられていた。
あとほんの少し、涼の制止が遅れていれば、二人の首は胴と泣き別れになっていたであろう。本人たちが気付く間もなくだ。
僅かでも抵抗すれば、即刻首を跳ねられることが凶器に込められた殺気からありありと伝わってくる。
由良は律儀に手を止めたが、鋭く弟子を睨んだ。
「何故止めるのです。彼女たちの敵意に疑う余地はない」
「正当防衛でもそれでは殺人と変わらない。彼女たちは俺に任せてほしい」
「この子たちが何を企んでいるかは私には分からない。しかしもう決定的に道は違えてしまったのではありませんか?」
「それは彼女たちの口から聞く。巻き込んでおいて図々しいことは承知だが、お願いです下がって」
本音を言ってしまえば、由良は今すぐ二人の息の根を止めてしまいたかった。
最優先事項は五輪市を正常に戻すこと。その主原因たる雀たちが敵対するとなれば、強制排除はやむなしというもの。
雀、カイ、涼の間を何度も視線を往復させて、最後は弟子の双眸をじっと見据える。涼もまた由良から視線を逸らさない。
「……はあ」
やがて、やや不満を残しつつも由良は凶器を下げ、入れ替わるように膝から崩れた雀とカイから汗が噴き出す。
──【空蝉】。雀と由良がまんまと騙された技だ。
式神と幻術、そして優れた身のこなしから成される、いわゆる変わり身の術。
文字通り、由良と雀たちでは場数が違う。相手の術中にハマったように見せ油断を誘う程度は、由良にとってわけないのだ。
こうなる事態に備え、大和が彼女を涼の元に残した理由でもあった。
「大和に恨まれるのは私ですよ」
「そんな器の小さい人じゃない。勿論、先輩も。だから我儘を言ったんだ」
「…………貴方のそれはやはり天性のものですね」
女たらし。
涼の耳元でそう囁くと、由良は彼の後ろに控えた。必要に迫られない限り、彼女はもう動かないだろう。
懐から煙草を取り出して、涼は火を点けた。呪詛入りの煙草はもう手元にないので、唯の喫煙だ。この場で直ぐ争う気はないという意思表示でもある。
「お互い色々と言いたいことも聞きたいこともあるが……」
不味い紫煙を吐き出しながら、涼は膝をつくカイを観察し、確信した。
「宮藤。君、半分天使化しているな?」
「……へえ。流石はスー君、話が早いね」
聞く者によっては虚言の類と一蹴されるであろう涼の指摘を、カイはあっさりと肯定した。
ほんの僅かな時間に過ぎないが、涼は銀幕の内側に侵入したことで、あそこがどういう世界であるのかは理解している。
同じ人物であっても、世界が異なれば違う歴史が紡がれ、人にも影響を与えよう。
カイがいい例だ。
αのカイは魔術翁として複製されたが、霊能力者として生まれたβの彼女は生存し、雀たちの監視官となった。
世界のルールに乗っ取るならば、現在のカイは魔術翁でなくてはならないのだが、今の彼女は監視官、つまり人間だ。それも吸血鬼に戻る兆候はなく、かなり安定している。
β世界の宮藤カイのまま、彼女はこちらに現れたということだ。
理由は明白。
世界からの修正力を上回る力で、宮藤カイの定義を固定しているのだ。
即ち天使。人造権能だ。
カイの肉体は国枝が手掛けた天使の器だ。十分に可能だろう。
「いつ儀式をやった?」
「これは僕の身体に備え付けられた機能だよ。初めは強引に『僕』を固定しようとしたんだけど……権能の器だからね、どおりで色々と手間を省けたわけだ」
本来権能を納めるはずの器を、β世界の自身に書き換えるために利用したという。鏡海という権能に似て非なる力ならば、適合してもおかしくはない。
恐らくは銀幕の発生の直前、半端に発動した権能の術式の影響もあるのだろうが。
「一時しのぎだな」
「うん。数時間もすれば僕は世界から修正されて、魔術翁に戻るだろうね」
「復讐でもするか?」
「確かに笑って流せる出生じゃないよね。正直ショックだし、暴れだしたい気持ちがないといえば大嘘になる」
当然だろう。誰であれ自分が道具として造られたと知って、動揺しないはずがない。
その心中を推し量るなら、雀がカイと共闘するのも頷けるというもの。
「逆に聞くけど、僕を助けてくれる気はある?」
「それを赤服に問うのは嫌味というものだ」
「──なら照ちゃんは?」
やはりそこか。
話の核心に触れ、緊張が僅かに高まる。
言葉を引き継ぐように、雀が前に出た。
「涼。アンタなら承知しているでしょ。鏡海から出力された照は、鏡海を閉じればそのまま消滅する。一度はアンタの式神で延命出来たけど、今度はもう誤魔化せない」
「鏡海の魔術師である君からみても、やはり消滅は免れないのか?」
「本人もそう明言しているし、鏡海を閉じればまず間違いなくアイツは消える」
「……そうか」
照がどれだけ危い存在であるかは、雀以上に涼が最も理解している。土地に縛り付けてようやく延命が叶うほどに、彼女という存在は儚く、脆い。脆弱なのは身体ではなく、存在そのものなのだ。
通常の手段では照を救う術はない。
「でも今だけは照ちゃんを救うチャンスがある。図らずも僕がその証明だ」
自らを指さしたカイがそう訴える。魔術翁ではなく、宮藤カイとしての在り方を保っている自身がその可能性だと。
「天使化することで、雨取の存在強度を底上げするつもりか」
「その通り。おあつらえ向きに術式は魔術翁が敷いてくれたから、これを流用する。でも本当に権能を降ろすわけじゃなくて、照ちゃんの魂を補強するだけでいい。鏡海が開いている今なら、ノウハウの不足を憂う心配もいらないしね」
無限の可能性を内包する並行世界から情報を吸い上げ、収集するのが鏡海だ。正しい情報さえ引き出させれば、成功は保証されているも同然だ。
本来生まれることさえなかった照をこちらの世界に出力したことからも、その万能性に疑いの余地はない。
だからこそ魔術翁は鏡海を求めたのだ。
涼は紫煙を深く吸い込むと、肺一杯に廻ったそれをゆっくりと細く吐き出した。
煙は広がり、薄れ、匂いのみを残し消えていく。
「駄目だ。天使の術式を使うことは絶対に許さない」
監視官の眼で涼はハッキリと真っ向から二人を否定した。
雀とカイはおろか、静観を決めていた由良と国枝さえ僅かに目を見開いた。
「涼……あんた今、なんて」
「君たちが本気でアレを使う気なら全力で阻止させてもらう。そう言ったんだ」
「……それはつまり、アンタは照が死んでもいいってわけっ」
「馬鹿を言うな」
「だったらっ!」
「惚けるのは止せ。鏡海を閉じずに向うから出てきた時点で、君は俺とことを構える覚悟を決めてきたはずだッ」
「……っ」
涼の鋭い一括に、雀の表情が歪む。
照を救う。その言葉の響きは実に正義と人情に溢れているが、現実は多大なリスクが伴っている。
「どうしてだいスー君! アルベルト君のような失敗を危惧しているなら、その可能性はかなり低い。僕がその証明だって君も認めたじゃないか」
O・Lにて権能の魔眼の起動を試み、アルベルトはこれに失敗し、悪魔のような姿へと堕ちてしまった。
彼の場合、権能を保持する資格を有していなかったことが原因と考えられた。同じく資格を有さない照であっても、同様の結果が待っているだろう。
そのリスクを避けるために、雀たちはあくまでも存在強度の底上げに留めようというのだ。
「成否の問題ではない。むしろ成功してしまった方が遥かに厄介なことになる」
「もし雨取照が真っ当な寿命をもってこちらに留まれたなら、鏡海の情報は権能の術式によって完璧な形で出力されたということになる。鏡海由来の物質の脆弱性が補完されたなら、これを欲しがる輩は後を絶たないだろうな」
涼の言葉を引き継いで国枝が予言めいたことを口にする。
予言だ。可能性なんて言葉では片付かない、決まった未来だ。
死人同然の人間を事実上蘇らせた。この事実が知れ渡れば、邪な考えで鏡海を求める者は続出するはずだ。
魔術翁や聖王協会だけではない。国の息がかかった工作員が五輪市に雪崩れ込み、鏡海の魔術師である雀と照は必ず狙われる。そうなれば彼女たちの安息の地はこの世のどこにも存在しなくなる。
無論、鏡海から引き出せる情報にはそれに相応しい対価は必要となるが、それを懇切丁寧に説いて納得するような者なら、最初から鏡海など求めまい。
別世界の五輪市が発生している現状ですらかなり不味いのだ。
間違いなくこの街はいま世界中の欲望を秘めた者たちから注目を集める特異点。対応を間違えれば国枝の予言は現実となるだろう。
「俺の知る雨取ならば真っ先にこの危険性を憂慮して、自分を生かすことを反対したはずだ。違うか、神崎?」
「…………っ」
沈黙は肯定と同義だ。
まるで切り付けられたように雀は下唇を噛んで、涼から目を逸らした。
雨取照という少女は世界からも、最も信用する青年からも、あまつさえ自分自身からも拒絶されるという。それはカイもまた同じだ。
「スー君、あんまりだ! どうして他でもない君が雀ちゃんの気持ちを組んであげられない!?」
「監視官だからだ。監視対象を危険と判断した場合、これを速やかに処刑する。君も向うでは同じだったはずだ、宮藤監視官」
「確かにその通りさ。君が危惧することも十分に理解できるし、正しいとも思う。けれど平穏を守るために、何の罪もない照ちゃんを諦めるのが正義なのかい!? それは唯の利己主義というものだッ!」
「なら俺が何の力も立場もない人間だったら、同じことを言えるのか? 儀式に失敗すればどんな影響が起きるかもわからんが、貴方と貴方が住む街を巻き込ませて下さい、と。五輪の街に住む人間に懇願出来るのか?」
「それは……」
「なんだ、言えないのか。魔術翁なら嬉々として宣言したろうに。我儘を貫き通す覚悟もなくここに来たのか?」
徐々に、徐々に涼の言葉に熱が籠る。
彼の脳裏に過ったのは、八月に葬った有澤皐月の最後。
傀儡爆弾としての運命を愛しい人に背負わせないために、彼女は自らの消滅を願った。
生半可な覚悟ではなかったはずだ。推し量ろうとすることさえ侮辱だろう。
自死の道を選ぶということは、その道を強いられているから。他に選択肢がないから。
「鍵を閉じろ、神崎。悪戯に時間を浪費すれば、街を元に戻すことさえ出来なくなるぞ」
鏡海から出力された物質は脆い。住人を含め、五輪市は加速度的に摩耗しているはずだ。手遅れになる前に鏡海を閉じなければ、街そのものが消滅してしまうかもしれない。カイの処分はその後でも構わない。
しかし、雀は動かない。顔を伏せ、やり場のない怒りで拳を震わすばかり。
「出来ないというのなら、無理矢理にでも──」
踏み出そうとした涼の足がはたと止まる。
煙草が不味い。この毒ガスを美味いと思った事など一度だってないが、いつにもまして不味く感じた。
涼のこれは虫の知らせ、もしくは経験からくる直感のようなものだ。
何かを見落としている。いや、最初からその疑問を口にしていたではないか。
「──どうやってここに来た、神崎?」
手段の問題ではない。
照が天使化を拒絶したのなら、雀たちをみすみす行かすはずがない。必ず止めるはずだ。
しかし目の前の雀たちを観察しても、傷どころか服には汚れさえ見当たらないではないか。
偽物? 違う。カイはともかく雀は間違いなく神崎雀だ。
なら照はどうして此処に雀たちを寄越した?
「確かに、あの頑固者は死ぬ気満々だったわよ。天使化のリスクもそうだし、上手くいってもどっかの組織のモルモットにされかねないって。実際カイはその通りになってた」
「それで、雨取はなんと?」
「それより聞かせて頂戴。アンタから見て、神崎雀はどういう性格してる? 正論とリスクを説かれて、大人しく退く女に見える?」
「……いや、俺が知る神崎なら全て承知の上で、別の道をこじ開けようとするだろう」
雀の真意は分からないが、涼は自分が知る神崎雀を素直に口にした。
それなりに満足いく答えだったのか、雀が雀の口元が少しだけ綻ぶ。
「なんだ、よく知ってんじゃない。ちなみに私が知る宵波涼は仕事熱心だけど、自分のことは身体も心も疎かにする男。あと天性の女たらし」
背後で由良が頷く気配がしたが、気付かないふりをしておく。
「何が言いたい?」
「新たに権能を作り出すことが無理なら、最初からあるものを使わせて貰うまで」
「耄碌したか。それがあれば苦労しないだろう」
「いいえ、此処にある。ちょっと厄介な女が憑いているけど、むしろ好都合」
「何をわけの分らんこと──」
ドクンッ!
不意に涼の心臓が大きく跳ねた。視界が揺れ、直ぐにそれは治まったが、意識にフィルターを掛けられたような微かな違和感が生まれる。
嫌悪感はない。それどころか馴染みさえある、ガラスと雪を想起させる気配。
「ばッ、正気か君らッ!?」
侵入されている。他でもない、涼自身が!
恐らくは彼女たちに渡した煙草の呪詛を利用し、雀たちを中継器として。
症状は直ぐに現れだした。流れ込んでくる莫大な魔力によって、体温が下がり始め、視界に雪が舞い始める。研究室の床に雪片が落ちていないことから、涼個人に対する攻撃だ。
端から結末が分かっている話をだらだらとしていたのは、時間稼ぎが目的か。
「その呪い、元権能なんでしょ? ならもう堕ちてくる罰はないし、解呪しちゃえばこれ以上頼もしいものもない……っていうかキッツ! アンタこんなもん宿してるわけっ!?」
既に影響が出始めているのか、雀の肌に痣が浮かび上がり始めていた。
鮮血よりもなお赤い、彼岸花を思わせる深紅の痣が少女の肌に焼き付く。
「──やめろッ! 死ぬだけじゃ済まんぞッ!」
「よく言うわよ。真っ当な手段じゃ手詰まりなんだから、これぐらいの無茶押し通して当然でしょうが」
身体を蝕む痣の激痛に脂汗を大量に浮かべながらも、雀は不敵に笑って見せた。
覚悟はしていたが、洒落にならない苦痛だ。まだ上澄みに触れただけなのに、既に負荷に耐えかねて指先の毛細血管が破裂している。
ただまあ、これに幾度も命を救われているのだから、この程度喜んで受け入れよう。
「自分を救うなら、その前にまずアンタから。これが照が私たちに突き出した、生きるための条件よ。妹が自分の世話は壊滅的に下手なの知ってるでしょ?」
だからアンタには生きてもらわなきゃいけない。
一世一代の大博打だ。
解呪出来なければ、このまま雀たちは呪いに飲み込まれ、跡形もなく消える。この一年半、幾度となく傍で見てきた結末だ。
失敗すれば鏡海は自動的に閉じるよう事前に仕込みは終わらせてきた。ついでに『鍵』も『門』も汚染されたなら、たとえ馬鹿が鏡海に辿り着いても雀たちの後を追うだけだ。
気力一つで全身の激痛をガン無視して、雀は魔弾を構えた。
「さあ、涼。観念して──その赤服の呪いを寄越せ!」