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四章・終節 魔術翁

 ──そして時は現在へ戻る。

 羽田空港、展望デッキ。


「こうしてスー君は神崎君と雨取君の監視役に着任しました。一件落着だねぇ」


 因果応答というやつか。


 いつかの響のように涼は両腕の義手を砕かれ、天を仰いでいた。


 砲弾の雨でも降り注いだように、展望デッキ一帯は激しく破壊され、空港内にもその爪痕は及んでいた。


「響君はけっこうイイ線いってたよね。自分自身を全く新しい呪詛にして雨取君の器に滑り込もうとするなんて。うん、大胆だけど理に適ってる。失敗こそしちゃったけどね」


 そして壊れたのは涼も例外ではなく。


 胸が大きく陥没し、ヒューヒューと苦し気に吐かれる息には血が混じる。片側の肺と気道が潰れているので、吐血も満足に出来ずに血に溺れた。


「エーテルがこの星の血潮でエネルギーなら、権能は星の中枢を担うシステムだ。そういった意味ではシャノン君は資格はあっても、やっぱり正しい器じゃなかった。あれは本来一族だけじゃなくて、人類全員に繋がる力のはずだったし」


 先程まで聞えていたサイレンの音も随分と遠い。すぐ隣に座っている彼女の声も切れ切れにしか聞き取れず、身体の感覚はとっくに失せていた。


 まったく歯が立たない。


 頭では理解していたが、後天的にエーテルを得た響とは比較にならない強さだった。何が起きたのか理解することさえ出来ず、気付けば涼は死にかけている。


「もし響君が事を成していたら貴重な前例になったんだけどなあ。ま、無いものねだりをしても仕方ないよね」


 一秒ごとに薄れていく意識を気力のみで引き留めて、涼は首を傾けて彼女を見る。


 血のように赤く染まった双眸以外は、記憶と何ら変わらない姿と声。

 倉橋が愛し、倉橋が狂う原因となった、死んだはずの英雄。


「ねえ、相槌ぐらい打ってよ。いっつもボクが話してばっかりじゃないか。神崎君や雨取君はよくて、ボクじゃダメなのかい?」


 宮藤カイがそこにいた。


 膨れっ面で顔を覗き込んでくるカイのこの批難もきっと昔のままなのだろう。


 彼女と知り合った頃の涼は赤服の呪いを抑え込むために五感の殆どを閉じていた。人形の様だった涼にカイは懲りずに付き纏っていたようだが、それは一方通行。


 涼にはカイとの思い出が希薄であった。


「みや……ふじ……」

「なんだい?」


 文字通り命を消費して涼は血塗れの口を開いた。

 きっとこれが宵波涼と宮藤カイが交わす最後の言葉だ。


「かえってこれる……なら…………もどれ……」


 祈るように言った。

 叶わないことを分かっていながら。


 殺して欲しいと願った彼女にはこの上なく酷であることも理解しておいて。

 宵波涼には彼女を引き留める手も無ければ、力もない。


「できないよ」


 カイは緩く首を左右に振って、四年前に自分が死んだ空を見上げる。


「ボクはね、もうボクであってボクじゃないんだ」


 いつだったか、似たような言葉を聞いた事がある。


「人格は宮藤カイなんだろうけど、魂の根底に刻み付けられた行動原理は別人だ。スー君なら聞いたことぐらいあるじゃない? 吸血鬼はさ、権能の所有者の成れの果てって話。お師匠なんかは眉唾物だって流してたけど、困ったことにあれは事実なんだ」


 有名な仮説だ。


 吸血鬼を初めとした魔族はある時突然人類史に登場し、その出生は明らかとなっていない。


 人と酷似していながら、強大な力を有した人ではない吸血鬼。いつしか権能と結び付けられるようになったのは当然の流れであった。


 カイはそれを事実だという。


「吸血鬼の真祖は元権能の所有者。でもある時神様から罰を受けて、人の血を啜って増える化物になった。どんな人でも高いところってのは誰だって気持ちがいいんだろうね。真祖はどうにかして権能を取り戻そうとしたけど、どれだけ時間と財を継ぎ込んでもそれは叶わなかった。君たちが烙蛹魔術って呼んでる転生術もその過程で生まれた代物さ」


 語られるのはアストレアでも、聖王協会でも知られていない歴史の真実。


 なぜカイがそれを知っているのか、涼は考えたくなかった。聞きたくない。尽きるのなら、早くこの命よ尽きてしまえ。


「今から五百年くらい前に、真祖はある計画に動き出したんだ。君ならもう分かるだろ? 取り戻せないなら、奪えばいい。簡単な話だね。そして手始めに真祖は壊れた権能を自分から引き剥がした。吸血鬼から脱することは出来なかったけど、アルベルト君みたいな力はどのみち邪魔だからね」


 身体が動かない。


 這ってでも、噛み付いてでもいま彼女を止めなければ、取り返しがつかなくなる。


 それなのに身体は鉛のように重い。海の底に意識が落ちていくようだ。


「真祖の計画は響君がやろうとした事とほぼ同じだよ。他の権能の所有者を身体ごと奪い取る。でも権能に資格がない人が触れれば罰が下る。だから真祖は権能と同等の力──鏡海に眼を付けた。あるかも分からない事象の羊水を求めて数百年だ。凄い執念だよね」


 体育座りを解いてカイは涼に覆い被さるように両手両膝を突いた。血溜まりがぴしゃりと跳ねた。


 手を伸ばせば届く距離。いまの涼にはあまりにも遠い。


「真祖は計画に動き出してから今日まで、星の分霊って言われるボクたちエーテル使いに自らの霊核と思想を植え付けて、隷属させてきた。四年前のボクみたい。エーテルはあらゆる生命の雛型だから、この身体は真祖の分霊だ」


 血のように赤い瞳の奥には、貪欲なまでに力を欲する光があった。


「ボクたちは世界中に散らされた。いつの日か鏡海を奪い取るその日まで、あらゆる術式を蒐集し、研鑽し尽くす働き蟻」


 血で汚れた手を胸に添えて、宮藤カイは告げた。



「──ボクは君たちが魔術翁(・・・)と呼ぶ一人だよ」



 魂が砕け散りそうだった。


 叫び出したいのに、涼はもう掠り声すら上げられない。

 全てを擲ってでも、いまカイを止めなくてはならないのに。


「ボクは真祖(ボク)に抗えない。響君が取り損ねた照君を奪いに行くよ」


 唇が重ねられる。

 慟哭に満ちた血の味だ。


 立ち上った宮藤カイだった少女は涼に背を向け、後ろ手を組んで歩き出した。


「さようなら。もしもう一度会う時があれば──」


 意識が完全に落ちる間際、また一つ涼に呪詛が刻まれた。


「──今度こそボクを殺して欲しい」


これにて四章は終了です。

約一ヶ月の連続投稿にお付き合い頂き、ありがとうございました。

次章の投稿までまた期間が空いてしまいますが、気長に待ってくれれば幸いです。


創作の励みになるので、よければ感想、評価、ブックマークをよろしくお願いします!


では御機嫌よう。


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