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四章・二十四節 ファントム・クラスター

 涼と倉橋の戦闘はカーチェイスの様相を呈していた。


「宵ぃ波イイイイイイイッ!」


 鋼線から容易く脱出した倉橋は引き連れてきた大型狼に騎乗、月下美人を寄生させた野犬の群れを率いて涼を猛追。


 対して涼は式神栗鼠たちが慌ただしく運転する車のリーフで銃座と化し、ベルギー製アサルトライフル、FN FNCで5.56x45mm NATO弾をばら撒く。


 猛スピードでの走行、それも激しい揺れのなかでも関わらず、銃口炎(マズルフラッシュ)が瞬く度に野犬を的確に撃ち抜き、寄せ付けない。


 横手の木陰から野犬が奇襲をかけようとも、涼はまるでそれを予見していたかのように上体を捻る最小限の動きでやり過ごし、時には銃剣で切り払った。


 例え術式を瓦解させ、細胞を蕩かす変質の霊力といえど近づかせなければ意味は無い。


「その程度かッ!」


 眼光鋭く、倉橋が腕を横に振るった。


 合図を受け後方から上がって来た三頭の野犬を視界に捉え、涼は激しく舌を打った。


 野犬の背には涼のFN FNCと同じベルギー製の軽機関銃、FNミニミを取り付けられていた。


 使用弾薬は同じであるが、その火力は段違いだ。


 涼のアサルトライフルの装弾数が三十発なのに対して、ミニミはボックス型のマガジンを使用することによって最大に二百発の連続掃射が可能だ。


 加えて特注と思われる二脚と銃床で安定性を確保されており、野犬たちは防弾ベストまで装着している。さながらそれは小型の戦車か。


 銃撃戦を得意とするアストレアの中でも、とりわけ異色を放つ倉橋の包囲網。


 憑依能力を応用して調教された重武装軍用犬によって成される、単騎高機動包囲術。


 ──通称をファントム・クラスター。


「挽肉にしてやれッ!」


 合図が飛び、三丁の銃火による弾幕が一斉に涼へ殺到する。


 その射撃は精度を優先したものではなく、毎分七百発に迫るミニミの発射速度で生み出される弾幕にあった。線ではなく、面で捉える力技。


 涼が咄嗟にボンネットへ退避した直後、銃弾の嵐が車を襲った。


 ボディから線香花火のように凄まじい火花が撒き散らされ、爆ぜたサイドミラーの破片が涼の頬を掠めた。


 アストレアの車両は例外なく防弾加工が施されているが、やはりというべきかその程度は対策済らしい。


 汎用術式の『貫通(スピア)』が刻印された銃弾を用いているのか、車両は瞬く間に削られ、後部タイヤが撃ち抜かれ破裂(バースト)


「ちっ!」


 コントロールを失った車から涼は自ら飛び出し、その勢いを殺さずに脇の雑木林へと突っ込んだ。何度も受け身を取って衝撃を殺し、口に入った泥を吐き出す間もなく全力で走る。


「逃がすかッ!」


 激しくスピンしながら迫って来る車両を軽々と飛び越え、倉橋と野犬の群れも躊躇なく後を追った。


 舗装された道とは異なり、雑木林はなだらかではあるが天然の坂道だ。暗闇で足元が定かではない中を涼は突き進むが、やはり生物としてのアドバンテージは野犬にあった。


 瞬く間に追い付かれてしまい、見える敵に涼の意識が割かれたその時であった。


「ガウッ!」

「──っ!?」


 待ち伏せしていた野犬が眼の前の闇から、喉笛目掛けて飛び掛かって来た。


 不意打ちを受けながらも、涼は大きく身を捻って回避こそしたが、走る脚が一瞬乱れるのは避けられない。


 その隙を倉橋が見逃すはずもなく、拳銃によって涼の右足を撃ち抜いた。


「ぐっ……!?」


 痛みを意識する間もなく、前のめりにつんのめった涼に地面が襲い掛かって来た。


 反射的に前回り受け身を取り、速度と衝撃を減衰させたが、無意識に撃ち抜かれた足を庇ってしまったことで、体勢が倉橋へ背を向けるような状態に崩れてしまった。


「宵波ィッ!」

「っ!」


 振り向いた時には淑艶(くらはし)の美貌がすぐそこにあり、そして狼の凶悪な咢が涼の左肩を捉えていた。牙は特殊な防弾繊維が織り込まれたコートに阻まれるも、万力のような咬合力に肉が潰れ、骨が軋む。


「……っ!!?」


 意趣返しとばかりに暴力的な力で引き摺られ、抵抗らしいことも出来ないままに木の幹に叩き付けられた。


 背中を襲う途方もない衝撃。身体の内からミシミシと嫌な音が響き、無理矢理絞り出された空気に血が混じる。


 涼が咳き込みながら何とか立ち上がる頃には、当然の如く周囲を野犬らに囲まれていた。


 銃を背負った三頭の軍用犬の内二頭は角度を付けて左右に、もう一頭は坂の上から様子を伺っていた。


「尻尾を巻いて逃げるだけか宵波?」


 興奮する狼の上から倉橋は冷めた瞳で見下ろす。歴戦の術師に相応しい圧と殺気で電流のように肌が炙られる。


 対峙して改めて確信した。いまの倉橋は間違いなく全盛期を超えていると。


「どうやら神崎たちの治療で随分と消耗している様だな。いくら肉弾戦に難があるお前でも、その体たらくは無いだろ」

「……ああ、流石に分かりますか」


 霊力不足。涼のパフォーマンスの低下はその一言に集約される。


 本来であれば涼はこの程度の攻防で後れを取るような監視官ではない。


 涼は監視官に至る訓練課程で、ここより遥かに険しい富士の樹海で自衛隊のレンジャー部隊相手に戦い抜いた経験がある。


 いかに倉橋が集団戦術に秀でていようとも、レンジャー部隊と比較すれば児戯に等しいものだったはず。


 ましてや普段の涼であるならば拳銃弾程度の傷は瞬く間に治癒している。にも拘らず、涼の右足にその兆候は無く、ダラダラと血を垂れ流し続けている。


 復調して間もなくの京都での戦闘から、畳み掛けるようにして雀と照の治療が重なり、回復の暇がなかった。


 薬と気力で誤魔化してはいるが涼の霊力は枯渇寸前だ。大規模な術式を編めるのは精々一回がいいところだろう。


「解せんな。そんな状態なら身を隠すのが定石……最低でも共闘か短期決戦だろうが」

「まあ、最もな意見ですね。たた、今回に限って言えばこれが“最善”なんですよ」

「あぁ?」


 理解に苦しむと、倉橋は涼を睨みつける。これのどこが最善だというのだ。


 しかし涼は裾の泥を払うと、片手で煙草に火を点けた。


「ふぅ……。どうせ逃げても全快できる保証はないですし、共闘するにもあの子たちと真面な連携なんてまず無理。ならアンタらをぶちのめすに獲物を分け合うのは当然でしょう? まあ最初の一手で仕留められれば一番楽だったんですが……流石に欲張りですね」

「ガキがッ。余裕のつもりか、それとも舐めているのか? 散々逃げ回っていた割にずいぶんとデカい口を叩くじゃないか」


 倉橋は殺気に髪を逆立て、手にしたグロック拳銃を発砲。左右に控えていた二頭の軍用犬もほぼ同時にミニミを撃発。発砲炎(マズルフラッシュ)が闇夜を切り裂いた次の瞬間、イヌ科特有の甲高い悲鳴とほぼ同時に銃が内側から爆ぜた。


「しまったっ!」


 無数の破片となって砕けたグロック拳銃を落す倉橋の顔が痛烈に歪んだ。


 失念していた。式神職人と並び立つ、宵波涼のもう一つの顔を。


「本当ならもう少し神崎たちから引き離すつもりだったが……まあ作戦に支障はないだろう」


 独白する涼は振り抜いた拳銃(・・・・・・・)──回転式拳銃コルトSAAをゆっくりと下ろす。煙草と同じくその銃口からは細い硝煙が伸びていた。


 それが指し示す事実は単純明快。涼は倉橋らより先んじて発砲を終えていたということ。


 ただし、文字通り目にも止まらぬ速さによってだ。


 約一年後。両腕が義手になってしまったことで失われることになる宵波涼の絶技──《不可視の弾丸》だ。


 雷気によって刺激された神経系、筋系の超活性、そして何より熾烈を極めた訓練に裏打ちされた圧倒的な射撃技術があって、初めて成立する銃撃の極致。


 迂闊に彼の射程圏内に入ってしまえばどうなるかは、たったいま実演された通りである。


 先程の発砲炎(マズルフラッシュ)は倉橋らによるものではなく、涼によるものだったのだ。


 倉橋が実戦で《不可視の弾丸》を目の当たりにしたのは、これが初めて。


 訓練とは異なり実際に相対したことで、その恐ろしさは際立った。


 反応を置き去りするばかりか、既に銃を構えている相手より速く発砲するなど、尋常ではない。


 しかし真に倉橋が戦慄したのは、涼の背後。まるで現実という映像に後から差し込まれたように、実体化の兆しすら無く出現した式神にあった。


「さて。戦闘でコイツを呼び出すのはいつぶりだろうか」


 浮遊し主の首に腕を回すそれは倉橋も幾度か見たことがある。


 匂い立つような女の香を纏い、濡れ羽色の黒髪と菊柄の白い着物姿は理想的な日本美人といえよう。


 式神・連鶴。


 もはや式神の枠を超え、いまにも神が命を吹き込もうかという人ならざる人。


 だが以前と変わらぬ印象とは裏腹に、倉橋は連鶴に対し形容しがたい強烈な異物感を抱いた。確かにそこにいる はずなのに、正しく認識出来ない。形ある虚空とでも言うべきか。


「なんだ、その式神は……!」

「いまの貴方と同じですよ。この身に宿る呪いの器であり、枷そのもの」


 倉橋の没我の呟きに律儀に答えた涼はコートを脱ぎ捨て、左手の手袋を口で外した。連鶴を行使する以上、拘束具はむしろ邪魔になる。


 ──限定解除。赤き死よ、夢幻の如きこの身に爪を立てよ。


 術者と式神を隔てる境界が一つ取り払われる。


 砕けたはずの涼の左肩がバキバキと異音を響かせ、波打ち、再生。


 艶然と微笑む連鶴から解き放たれた赤き死が、露わとなった涼の左腕から血のような陽炎となって噴き出した。


「コイツを原液で浴びることになるのは貴方で二人目になるでしょうね」


 普段は強力に封印されているその呪いは、通常であれば膨大な霊力によって呪詛に加工され、彼岸花の術式となって用いられている。


 だが限定的であるがここに枷は解かれた。


 封印に回されていた霊力が体内を循環し、五感が取り戻されていく。


 ──赤服。ある日、宵波涼に突然差し向けられた狂った運命そのもの。


「アストレアの三等監視官として最初で最後の投降を告げます。倉橋さん、いまなら普通の死刑囚として死ねますよ?」


 最後の慈悲を与えるように、涼は告げる。


 まるでただの死よりも恐ろしい何かから逃げてくれと言わんばかりに。


「はっ! 慈悲のつもりか、それとも温情か知らんが、不要な気遣いだッ。意味深な脅し文句を吐く暇があったら、その御大層な呪いで俺を殺してみせろ!」


 気圧されていた倉橋は一転して吠え猛り、涼に腕を突きだした。


 突如、淑艶に内包されていた月下美人が解放され、飛び出した花々が津波となって涼目掛けて殺到した。


 この白き花々に触れれば最後。如何なる術式も瓦解し、細胞レベルで肉体が変異し、速やかな死を齎すだろう。


「ドロドロに溶けて、消え失せろッ!」


 倉橋の怨嗟の叫びを乗せ、月下美人は涼と連鶴を飲み込み──次の瞬間、赤き塵となって霧散した。


 花弁の一片に至るまで、悉くと。


「では倉橋、アンタに不味い死を馳走してやる」


 執行。


 連鶴が涼の咥える煙草、その煙に触れた瞬間であった。


 空が、木々が、土が、狼が鮮血よりも尚赤き赫となって、悉くを染め殺す。


 三年前。宮藤カイを殺した吸血鬼をそうしたように、すべて全て──死に絶えよ。


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