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四章・十七節 致命傷

 再び視点は雀たちへ戻る。


「その趣味の悪い花、ここで引っぺがしてやる!」


 音信不通となっていた生徒宅を訪れた雀を待っていたのは凄惨な光景。右腕と記された部屋に隠蔽されていた一家族の亡骸と月下美人の群れ。


 姿を現した照の左腕には禍々しい白き花々。


 何らかの形で事件に関わっているとは踏んでいたが、最早それも疑いの余地はない。


 即断即決。


 雀の腕から展開された術式陣が激しく回転し、加速、臨界。


 腕の振り抜きを撃鉄とし、彗星の如く魔弾が駆け抜けた。


 弾速は銃弾に大きく劣るも、魔弾の初速は弓矢に匹敵する時速二百㎞に及ぶ。一流のアスリートでも見てから避けるのは至難の技だ。ましてや三メートルと離れていない至近距離となれば尚更。


 逆説的に撃ち手が標的を外すことも想像に難い。


 にも拘らずそれが起きたのならば妨害の可能性を排除すれば──意図したものと考えるのが妥当だろう。


 威力、速度共に必殺と成り得た雀の魔弾は照の脇へ逸れ、その奥の部屋を直撃した。


 そこにはつい先程月下美人の妨害を受け突っ込んだ倉橋が倒れ伏しており、あわや直撃寸前の所で倉橋は辛くも飛び退いた。


「何しやがる神崎ッ!?」


 魔弾は家具は愚か壁まで容易くぶち抜き、隣接する家屋が丸見えとなっていた。その威力は凄まじく爆発で家屋に微震が奔ったほどだ。


 直撃すれば間違いや冗談では済まされない、許されざる暴挙だ。雀を監視する倉橋の立場からすれば到底看過出来ることではない。


 月下美人に侵されながらも倉橋は雀に吠えたてる。返答次第によっては照諸共討つと。


「──お芝居はもういいでしょ、殺人鬼」


 アストレアの身内でさえ怯む倉橋の殺気を雀は平然と受け流しながら照の隣に並ぶ(・・・・・・)。油断なく構える腕から次弾の光が輝き、照星も兼ねる術式陣は正確に倉橋を中心に据えていた。


「何の真似だ小娘。此れは洒落じゃ済まねえぞっ。矛を向ける相手を間違えるな」

「別に間違いちゃいないっての。アンタでしょ、この街で好き勝手にやってる馬鹿は」

「ああっ? 探偵ごっこのつもりか神崎よぉ、証拠はあんのかっ?」

「別にないけど?」


 確かに証拠はない。


 しかし術師が絡む犯罪において物的証拠等を決定打とするには現実的ではない。


 雀の魔弾の様に術式を用いれば凶器は現場に残らず、術式の数だけ無数に殺人の手段が生まれる。


 もっとも有効な手段は犯行現場を直接抑えるか、容疑者を片っ端から押さえ込む事だろう。


 そして今魔導犯罪において非常に稀有な事にその両方が揃っている。


「雨取の左腕をよく見やがれ。この家の住人を喰った花が芽吹いてるだろうがッ!」


 横目に照を伺えば、確かに疑いの余地もなく彼女の左腕には月下美人が取り巻いている。


 背後には一家族を惨殺した同じ花が群生し、眼の前で倉橋が襲われた。


 普通であれば異常と指をさされるのは雀であり、殺人鬼は照と断定される。


「じゃあ初めにハッキリさせておくけど、私にとっては最初からアストレアもこの事件の容疑者候補なのよ」

「なにっ?」

「だってそうでしょ。私から見ればアストレアだろうと五輪(ここ)の部外者に変わりない。騒ぎが起きれば普通に疑うっての」


 そう。単純な理屈だ。


 五輪にいる術師全員が容疑者であるならば、あとは一人ずつ可能性を排除していけばいい。


「真っ先に容疑者候補から外したのは照ね。一度殺し合いを演じた仲だから分かるけど、今回のは照のやり口じゃない」


 雀も何度か照が殺人鬼であると疑いこそしたが、出会って直ぐ殺し合いに発展した血の気の多さを考えれば犯人と疑うには不適当。実力を考えれば大量虐殺さえ可能な事を鑑みれば、犠牲者はどうにも少ない。


 一連の殺人が照の仕業と仮定しても、この家だけやけに厳重に隠蔽と封印工作が施されている理由が見えてこない。これは矛盾に等しい。


 照の隣に並んでも左腕の月下美人が襲って来ない事を鑑みても、照はいち早くに事態の鎮静化に動いていたと考える方が妥当だ。


 似たような理由で夜鷹も除外。彼女の管理下に置かれていた涼もまた同様。


 響に関しては普通に信用していないが堂々雀の眼に留り続けていた。今晩は何処かに消えたようだが、ひとまず保留だ。


 残る候補は必然的に倉橋となる。


「はっ……なんだそれは。推理にすらなって無え、妄想の類だぞ」

「確かに証拠はないわ。でも根拠はある」

「ほお……言ってみろ小娘っ。つまらん言い訳だったらここで噛み砕いてやる」


 当然雀もそのつもりだ。


 根拠は二つある。


 一つは涼の五輪からの離脱だ。


 五感を封じなければならない程衰弱してしまう涼のハンデを倉橋は知っていた。にも関わらず放置したのは不自然というもの。見方を変えれば意図して涼を五輪から排除したとも受け取れる。


 邪推に過ぎると指摘されればそれまでだが、重要なのは二つ目だ。


「一つ聞くけど倉橋さん。アンタどうして私の魔弾を避けられたの?」


 先の雀の魔弾は照を楯にして倉橋の居を突いた一撃だ。悟られない様に弾頭には榴弾(グレネード)を選択し、例え直撃せずとも爆風が倉橋を巻き込むはずだった。


 避け切るのは不可能であり、防ぐにしても倉橋の霊力量では厳しい。魔力と霊力のエネルギー量の差は言うに及ばず、三日前に蹴り飛ばした感覚が有り得ないと断じているのだ。


 しかし倉橋は月下美人に侵されてはいるがそれ以外の傷は一切見られない。月下美人にある程度吸収されたと踏まえても不自然だ。


 初めから雀の不意打ちを警戒し、尚且つ傷一つなく完全にこれを避け切る。


 あまりにも出来過ぎた。


 いや寧ろ──


「演技が下っ手くそよ、倉橋さん。うちの学校の弱小演劇部でももう少し真面なやられ役がいるから」


 再び犯人宣告を突き付ける。


 術式陣の光がサーチライトを受け持ち、霊地の管理者たる雀が殺人鬼を裁定する。


 投降の呼び掛けも無ければ、手錠といった気の利いた拘束具も当然皆無。


 此れから起きるのはミステリードラマさながらの逮捕劇ではなく、血生臭い殺し合いだ。



「──はっ。滅茶苦茶な筋立てだが、良い勘してるな」



 獰猛に笑った倉橋の背に亀裂が走った直後、身体を割って大量の月下美人が噴き出した。それに呼応するように一家に巣食っていた月下美人も騒めき、濃密な妖気を放ち出す。


「二人同時に相手取るのは予定外だが、まあ嬢ちゃんらを殺した所で適当な大義名分をでっち上げる事に苦労は無え」

「お笑い種ね。この期に及んでも正義(アストレア)を背負うつもり?」

「綺麗ごとで全て済むほど正義ってのは容易いもんじゃねえ。歴史を振り返れば狂人より正義に従った人間の方が多くの命を奪うもんだ」

「歴史を持ち出して汚点を容認するのはペテン師のやり口ね。アンタみたいな人殺しは正義なんて御大層なもん持ち合わせてるわけがない。単に楽な方向に流れて行き着いた結果でしょ」


 たいして生きている訳ではないが、雀はそう断言した。


 古今東西を見渡しても未だかつて正義が真に体現されたことは無い。数々の聖者や英雄が追い求めた正義に一滴の血が流れなかった事も、また無い。


 ただしそれは悪魔でも結果だ。最初から人死を容認した正義など正義たり得ない。


 ましてや今回の事件には何ら大義名分もない。


 ならば如何なる動機があろうとも、神崎雀が倉橋を討つことに躊躇うことは有り得ない。


「理解されるとはハナから思っちゃいねえよ。手に掛けた奴らには悪いと思ってはいるが、ただ俺にはどうしてもこの花が必要なのさ」


 月下美人と完全に適合しているのか、倉橋から迸る霊力は禍々しい妖気のそれだ。伴って体躯は二回り以上肥大し、逆立つ毛並みは白銀に成り代わる。


 魔獣と評して差し支えない存在感。加えて倉橋は元人間だ。歴戦の監視官の知性を備えた魔獣の脅威など語るまでもない。


 流石の胆力というべきか雀は怯まず、倉橋の殺気を真正面から受けきる。


 両者共に臨戦態勢。一触即発の空気が漂う中、照だけが常と変わらぬ平静を見せていた。


「威勢よく啖呵を切ったけど、この後のプランはあるの雀?」

「初見の私にそんなのあると思う?」

「……呆れた。まさかとは思ったけど本当に考え無しだったのね」

「小細工はアンタの専売特許でしょ。適材適所って奴よ」


 深々とした溜息を零す照に、雀はふんと鼻を鳴らす。


 行き当たりバッタリであることは雀も否定できないが、結果的には照と合流が出来た。どうにも一人で片付ける心積もりだったようだが、お互い好きに動いてイーブンである。特別に説教も無しだ。


「封じ込める。隙を作って」

「分かった」


 共闘に長ったらし言葉は不要だ。

 火力は雀、妙手は照が請け負う。


「させると思うかッ!」


 先に仕掛けたのは倉橋だった。


 照と雀の短いやり取りを断ち切るように、踏み込み一つで雀たちの懐へ侵入してみせた。


 遅れること一瞬。雀も動いており、待機状態にしていた魔弾を炸裂させた。


 既に射線から外れ懐に飛び込んでいた倉橋は嘲りさえ浮かべたが、それも束の間。


 外れることを見越していた雀の術式はその威力を遺憾なく発揮した。


 直後に起きたのは、眼を焼く様な爆光と耳を(つんざ)く爆音。


「がああっ!」


 特殊音響閃光魔弾(フラッシュバン)。特殊部隊も起用する非殺傷兵器を模した術式を至近距離で喰らった倉橋は一時的に気絶(スタン)


 無論雀たちもこの音と光の爆弾の餌食であるが、雀は間髪入れずに足元を破壊し照を抱えて一階に逃れていた。そのため比較的ダメージは軽い。


「乱暴ね」

「うっさい。良いから早くやれッ!」

「もうやってる」


 言葉通り目眩を起こしながらも照もまた術式を起動させていた。


 起動は至って簡単。玄関横の照明スイッチにONにし、隠匿していた術式を呼び出すだけ。仕込みは既に済んでいた。


 直後に家屋に微震が奔り、照謹製の封印術がお披露目される。


 よろめきながらも外へと飛び出した雀は白く霞掛る視界の中であって尚、その光景に我が目を疑った。


 ──家が折り畳まれていた。


 ここに一切の比喩は無い。屋根から外壁に至る全てが折り紙のように内側へ折り畳まれていき、その体積がみるみる内に小さくなっていく。


 SF映画も裸足で逃げ出す余りにも現実離れした光景だ。


 錬金術なのだろうが一体どんな術式を構成すればこのような芸当が可能になるのか、雀には皆目見当もつかない。


「あの花は術式で封じるのは現実的じゃない。だからこうして物理的に捉えて、潰すのが一番効果的」

「……やることのスケールがデカすぎでしょ」


 今度は雀が呆れる番であった。この同居人の恐ろしさが底知れない事は理解していた筈だが、今日改めてそれを認識した。


 家は今や三メートル四方の立方体(キューブ)に圧縮されており、倉橋と月下美人が飛び出す気配は微塵も感じられない。まず間違いなく圧死しているだろう。


 後はこの惨状をどう処理するかだが、考えるだけで雀は目眩を覚えた。決して特殊音響閃光魔弾のせいではない。


「っ……!」

「ちょっと照!?」


 雀が遠い目をしている横で唐突に照が膝から崩れ落ちた。慌てて雀は支えるが、尋常ではない照の発汗量に掌がうっすらと湿る。


 当然だ。左腕を月下美人に犯されているのだ。抑え込むために相当無理をしているに違いない。


 倉橋を仕留めれば他も消滅するかと淡い期待をしていたが、やはり話はそう単純ではないらしい。


「なんで身体に植え付けてんのよ。ここみたく封じ込めてればよかったでしょっ!?」

「……お馬鹿。それで不十分だったからあの(ひと)に一つ奪われたの」

「だからって……ああもう! 治療の目途は付いてるんでしょうね!?」

「あたり、まえ……」


 喋るのも苦しいのか照の声はどんどんか細くなっていく。倉橋を仕留めたことで張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、ぐったりと雀に寄りかかっている。


 余裕はなさそうだ。急いで屋敷に戻って月下美人を摘出した方がいいだろう。


「ちょっと待って。いまタクシーを呼ぶから」


 ここからなら夜鷹邸の方が近いが、頼っても追い返されるのが目に見えている。


 学生の身分でタクシーは少し……いやかなり懐的に痛手だが背に腹は代えられない。


 照を近くの電柱に預け、スマホでタクシー会社を検索。適当な会社を見繕い、電話を掛けた。


 いつもなら何てことのない呼び出し音が妙に煩く、間延びして聞こえる。早く出ろ。


 願いが通じたのか皺枯れた男性の声が届き、用件を問うてきた。


 現在地を伝えようとした雀にふと躊躇いが過った。この説明のつかない現場に一般人を招いてもいいものか、と。下手に詮索されて警察にでも連絡が行けば面倒だ。記憶を消す魔術はあるが、その辺の加減が大雑把な雀がやれば余計な記憶領域にまで干渉しかねない。それはそれで一大事だ。


 やはり適当な所まで離れるべきか。


 刹那にも満たない葛藤は雀の意識に空隙を穿ち、決定的な隙を曝け出した。


 ──ドっ、と小さな衝撃に雀の身体が微かに揺れる。


 腹部にじんわりと広がる温かい感触に視線を下ろせば、鮮血を啜る冷たい鈍色の光が覗いていた。


 何を思ったか雀は腹部を貫くその刃に触れ、鮮血の熱を孕んだそれが温かいとボンヤリとした感想を抱いた。


「呼ぶのは救急車ではないのですか?」


 背後から知らない少女が耳元で囁いたかと思えば、次の瞬間勢いよくナイフが引き抜かれた。


 間もなく激痛と灼熱が雀に襲い掛かり、しかし叫ぶ間もなく傷口を抉るように蹴り飛ばされた。地面を擦る雀の後に夥しい血が引かれ、止まった先で血溜まりを広げる。


「すず──」

「他人の心配してる場合かよ」


 ゾッとするほど殺気が籠った、けれど鈴を転がしたような愛らしい声を認識した途端、照は首を絞められ、力ずくで地面に叩き付けれた。


 突如現れた新手二人の顔を照はどちらも知っていた。


 雀を背後から刺したのは七榊翡翠。響の双子の妹だ。響が京都から越してきて以降、行方が分からず照もずっと探りを入れていた少女がよりにもよって今姿を現した。


 不味いことに雀の傷はかなり深く、致命傷かもしれない。一刻も早く治療しなければ間違いなく死ぬ。


 だが照もまた動けない。完全に気道を締上げられるばかりか、首を捉える五指は皮膚を突き破り苦痛に拍車をかける。


「ああ、流石宵波、大したもんだ! これほど馴染む身体はついぞ覚えがないぞ。やはり畜生とは雲泥の差だ。……まあ胸と腰の違和感は拭えんがな」

「……っ!?」


 男口調で上機嫌に照の首を締上げるのは和装の少女。たった一度見た限りであるが、蕾を思わせる計算された可憐さは忘れがたい。


 式神・淑艶──人間と遜色のない機体に倉橋は憑依していた。


 朦朧としていく意識の中で雀と照は同時に「やられた」と毒づく。


 先程倉橋が照に飛び掛かったのはやはり大根芝居が目的ではなく、雀との擦れ違いざまに淑艶の形代を盗み出していたのだ。家の圧縮も式神の霊体化をもってすれば回避は容易い。


 翡翠に加え新生した倉橋。


 手に余る。これは、詰みだ。


 この後に待つのは戦闘ではなく、一方的な搾取。


「まんまと《右腕》と《左脚》は封じ込められたが、お古の身体で何とか霊核だけは保護した。サルベージは後でゆっくりするとして、まずは《左腕》だけでも貰おうか」


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