誰かの為に動くのはこれからだ! ③
「……っ!」
肌寒い洞窟の中、俺の振り下ろした剣は止められていた。
剣の先にいたのは、つい先ほどまで、横になっていたアミラだった。
「……ゆ、勇者様……ど、どうか、この剣を、収めてください」
アミラの顔色は悪い。真っ青になり、汗も止まらない様子だ。
だが、その眼差しは力強く、俺だけを見ていた。
「なんで、アンタが止めるんだ。アンタ、もうすぐ死ぬんだぞ?」
「……わかりません。ただ、この人が本当に悪い人ではない、そう思っているんです」
「御人好しにもほどがあるだろう。俺の邪魔をするな」
「……なら、私を斬ってください」
覚悟を決めた、という言葉が彼女の顔色からうかがえる。
「……わかった。で、なんで止めた」
アミラは何かを答えようとしていたが、この場の空気に耐えられなかったのか、その場で力が抜けたように座り込んだ。
「……こ、怖かった……」
「リエラ様……」
操られているわけではなさそうだ。
「……ごめんな、さいっ。わ、私、本当に人を殺すのなんて、本当はできなくって……。で、でも、このまま独り身だと思うと、どんどん不安になって……」
「それで行動に出たのね」
泣きじゃくるリエラの肩にアミラは手を置いた。
「……私はあなたを信じた。だけど、それは嘘だったのよね」
「は、はい……」
「……わかったわ。じゃあ、私からね」
リエラは少し深呼吸してから、口を開いた。
「……リエラ様、凍らせていただいたあの人は、妹なんかじゃないの」
「え?」
「あの人は、私のかつての恋人なの。女に見えるけど、立派な男の人なの。だけど、あなたに話した時に、女の人しか助けない、そう言っていたから、咄嗟に嘘をついてしまったの」
「…………」
「私、あなたがどんな孤独を抱えているのかもわからなかった。恋人がずっといないあなたにとっては、私以上に辛いことだったのかもしれない」
「…………」
リエラは黙り込み、アミラは続けた。
「……わかってほしいと思わない。あなたもあなたの嘘も、私も私で嘘をついていたの。だからどうか、あの人と一緒に死なせて?」
「なっ」
俺の口から思わず声が出てしまった。
「そんなことする必要なんかないんじゃ――――」
「いいえ、私、ずっと思わないようにしていたの。あの人は魔物になんかなっていないって。だけど、実を言うとね、もう心は魔物に染まっていて、私が誰かもわからなくなっていたの」
「……じゃあ、もう回復はできないってことなのか?」
「わからないわ。だけど、こうなる運命なのだとしたら、せめて彼と一緒に死にたいの……」
細々と語るアミラから涙が次々とこぼれていく。
すると、リエラは片手を掲げ、青い炎を取り出した。
「……アミラ。私は今まで誰かを殺す、それしか考えていなかった。それもできなかったけど、今度は救うことを考えてみる。諦めちゃダメよ!」
「リエラ様……」
「一回魂は返すわ。だから、その恋人を生き返らせる方法を探しましょう! それからでも遅くはないわ!」
「……ありがとう……」
二人して涙を流し、お互いを抱きしめ合った。
そして、アミラに魂は戻され、俺達はブリスタンコールに戻った。
その翌日、俺は随分疲れていたのか、何日か眠っていたようだった。
気のせいか、身体も重い。まだ魔王を倒してそんなに日にちが経っていないから、身体がなまっているとは考えにくいんだが……。
「……何してる」
「おや、お目覚めかい?」
「お目覚めかい? じゃないんだが」
俺の身体にしがみつく、幼女ババァ魔竜こと、メイアが俺にしがみついていた。
「なんじゃ、もう朝か。我々は朝には弱いからもう少し寝かせてほしいのじゃが」
「お前、部屋を取っておいた筈なんだが」
「そんなのは関係ないのじゃ。普通結婚した男女は同じ布団で夜を過ごすものじゃと思っているのじゃが」
「俺の普通とお前の普通は違う。第一、普通俺と幼女みたいなお前が一緒に寝ているところを見られたら――――」
「起きたようだな、ロイズ…………」
いきなり部屋に入ってきたビルドが俺を見るなり、硬直していた。
一度咳払いをしてから、改めて口を開いた。
「……ロイズ、お前、この世界では幼い子に手を出すのは王国の刑務所に行き、処刑されねばならんという法律を知らんのか……。お前は死にたいのか!? それとも、本当は――――」
「誤解だ! コイツが俺の布団に入ってきたんだよ!」
「ふむ、中々良い筋肉をしておるな、お主。じゃが、こやつの下半身、特に夜になると筋張ったモノが凄いのじゃぞ?」
「……俺はお前を王国に突き出さなくてはならないようだな」
「待てってば!」
メイアのせいで、色々と誤解が生まれ、俺はそれを解くのに朝早くから労力を消耗した。
着替えて広場の方に出ると、ギルドの受付にいた男と鉢合わせた。
「あ、おはようございます! 先日の魔竜の件ですが……」
「ああ、コイツだから」
「はい?」
俺が後ろにいたメイアに指をさすも、訳が分からないといった様子だ。
「ああ、大丈夫です。魔竜の存在自体気まぐれのようなものだったらしく、先遣隊からも報告がなかったので、あの件に関してはなくなったってことだけ伝えようと思っていたんです」
「そうか」
「あ、あとアミラさんがを覚ました。まさか、洞窟の方にいたとは思いませんでしたよ。我が支店長を助けていただき、ありがとうございました。それでは」
そう話すと、ギルドの受付の男は颯爽とギルドの方へと向かった。
「ロイズ、気になっていたのだが、この女子は本当に魔竜なのか?」
「失礼じゃな。我は魔竜アルカドラ。ブリスタンコールの山に住んでおったのじゃぞ?」
「そ、そうなのか……。いや信じられなくてな。これからなんとお呼びすれば……」
メイアは無い胸に手で叩き、大声で言った。
「我のことは、勇者婦人と呼びたまえ!」
「誰がお前みたいなロリババアと結婚なんかするか」
「なんじゃと!? あれだけ熱い抱擁を重ねたというのに……」
「ロイズ、悪い事は言わないから今から王国に行こう」
「そうじゃねぇ!」
コイツらと一緒にいると疲れるな……。
そんな話をしながら、俺達は医者のいた小屋に入る。前に治療していたところに、アミラとリエラはいた。
「……おはようございます。勇者様」
「容態はどうなんだ?」
「思ったよりも悪くはないです。ただ、すぐに動けるかというと、そこまでは……」
「そうか。まぁ魂抜かれてたわけだからな」
どうしたらいいのかわからないと言った様子で苦笑いするアミラ。
「……私には言ってくれないのかしら」
「え、ああ、おはよう?」
「……おはよ」
冷魔女リエラは、本来の姿なのか。白銀の長い髪を降ろした絹のようなストレート。その小顔は厚化粧、というわけではなく、とても愛嬌のある顔。さらに四肢は細長く美しい。胸もアミラほどではないにしろ、豊満なほうだ。
まるで、清楚、といった感じだ。
「……本当に、り、リエラなのか……?」
恐る恐る聞くビルド。事の一部始終を話した上で、全てを話したのだ。
「そうです。ドリ酒では、カツラを被ってショートヘアーだったんです」
「そうだったのか……」
やや残念そうに溜息を吐くビルド。
だが、すぐに顔を上げ、リエラに頭を下げた。
「……リエラが魔女だったのは知っている。だが、俺も男だ。一度惚れた相手が魔女といえども、惚れた相手だ。悪いようにはしない。俺と……け、け、け……」
リエラは申し訳なさそうに微笑み、口を開いた。
「あなたのことを騙していたのは、ごめんなさい。だけど、私、好きな人ができたんです」
「な……」
石像のように固まったビルド。
「大丈夫か? お主、この女と結婚できると思ったのか? 残念じゃのぅ」
わざとらしく笑うメイア。それを聞いていたかは、わからないが、部屋の外へ出て行った。
「ま、魔族と人間じゃ、結婚どころの話じゃないからな。人間は人間と結婚するのが一番だからな」
「は?」
ドスの効いた声で俺を見つめるメイア。
俺なんか間違ったこと言ったかな。
「戯言を抜かすな。お主には我と結婚するのじゃから、人間と魔族じゃろうが」
「そうですね。私と結婚するのであれば、人間と魔族ですね。いいじゃないですか。魔族と勇者が結婚して生まれた子供は、世界の調和の為となる……美しいですよ?」
リエラが微笑みながら俺に話しかけてきたが、その笑顔は何か裏がありそうだ。
「いや、俺は人間の奥さんを探してるんだぜ? ……っえ!?」
俺の両頬を何かが掠めた。
「お主、死にたいのであれば、そう言うのじゃ。我と結婚しないのであれば、炎の藻屑としてやろう」
「安心してください。人間じゃなくても、楽しんでもらえるよう努力するので、裏切ったら」
リエラが笑顔で続ける。
「殺しますよ?」
「あ、そういう感じっすか」
いや、見た目はいいけど、やっぱり魔族はまずくない?
メイアはその辺マジ無理だから大丈夫だけど。
「ほぅ、お主、我の婚約者を寝取ろうというのか?」
「何を言っているんですか? 私の結婚を前提にお付き合いをしようとしている獲物を狙っているのはアナタですよ?」
二人の間に見えない火花が散っている。
いや、それなら、アミラはどうなんだ!? アミラなら、俺は超、超大歓迎なんです!
「二人とも、病院は静かに、ですよ。あとそこでボケっとしてる勇者様。私にはあの人だけが恋人ですので、安心してください」
いや、俺の心読んだの? エスパーなの? そこは嘘でも俺を好きとか言ってほしいな。
「それで、あんたの恋人がいるのはどこなんだ?」
「私の恋人がいるのは、ブリスタンコールの港にある、大冷蔵倉庫と呼ばれる場所です。そこの管理をしている町長には話してあるので、簡単に入れると思います」
「わかった」
大冷蔵倉庫か。きっと街の漁師が魚を冷凍させる為にある倉庫だろう。
俺が部屋を出ると、リエラとメイアもついてきた。
「なんじゃ? ついていったらダメなのか?」
「いや、いいけど……」
「私は寒いの好きですから大丈夫ですよ?」
「聞いてないんだが……」
二人して俺の片腕ずつを掴む。
メイアはやはり、幼女なだけ硬い。これはもう将来性ゼロでしょ。
だが反対側は、やはり、豊満っていいよね!
いかんいかん、コイツは魔族だ魔族!
「……俺はお前を殺してもいいんだぞ?」
「こえーよビルド!」
俺達は街の港を目指した。