誰かの為に動くのはこれからだ! ②
ビルドからの斬撃が放たれた。
小屋は崩壊し、砂埃に包まれる。
「……ロイズ。歯向かわなければ、お前もリエラ様のしもべとなれていたものなのにな……」
剣を収め、ビルドは小屋を後にしようとしていた。
「おいおい、勝手に終わらせるなよ」
「何?」
俺は瓦礫の中から立ち上がり、木片などを退かしていく。
「ビルド。俺はお前と共に魔王を倒すと決めたとき、お前に剣は向けないと誓った。だが、それは俺の仲間である以上っていう意味だ。お前がもし、俺と面を向かって闘うと判断したとき」
剣に黄色の光を纏わせた。
「俺はお前を倒すと言った筈だ」
俺はビルドに向かって走った。
剣を振りかぶり、ビルドめがけて振り下ろす。
「ロイズ。俺はお前のやってきたことは間違っていると思っていた」
「そうか? 俺はお前に何でも言えと言った筈だが」
鍔迫り合いになりながら、ビルドは落ち着いて話を続ける。
「俺はずっと探していたんだ。この世の人類も魔族も関係ない。俺は俺の為に愛を捧げてくれる人だけを探していたんだッ!」
ビルドは大剣を強く握り、俺を振り払う。だが、俺は体勢を崩すことなく、後退する。
剣を振り回し、俺はビルドに斬りかかる。
「嫁探しか! なら俺と一緒じゃねーかッ! だけど、お前は俺にそんなこと一言も言わなかったぞッ!」
大剣と俺の剣が重なり合い、火花が散る。
俺は一度離れ、身を回転させながら、再びビルドに刃を振るった。
「ビルド、俺はお前の一途な思いに惚れたんだ。亡国の復活を夢見ている剣士のお前になッ!」
俺は高らかに跳び、剣を両手で掴んだ。
「そうか、お前に嘘ばかりついていたんだな」
「俺は嘘じゃないと思うぜ、ビルド。目を覚ますんだエロ筋肉ッ! 天空雷鳴の剣ッ!」
ビルドに剣を叩き下ろした。
その瞬間、天から雷が落ち、俺とビルドの剣と大剣に雷が落ちる。
周囲には衝撃波が起こり、俺とビルドを中心に荒れた。
「クッ! 俺は、俺は、リエラ様の……為にッ!」
「リエラは魔女だッ! お前の国を滅ぼした悪魔だぞッ!」
なおもビルドは耐える。
だが、歴戦の剣士とはいえ、落雷の中、俺の剣技を受け続け、耐えられるほど強くはない。
「俺は勇者だッ! 俺の敵は皆、魔王の手先だッ! 俺の仲間が、魔王の手先なんかに操られてんじゃねぇぇぇぇぇッ!」
俺の叫びと共に、雷鳴は激しくなり、ビルドを吹き飛ばした。
「グオオオッ!」
ビルドは吹き飛び、壁に激突し、首を垂れた。
雷鳴は止み、雲から明かりが指した。
壁に寄りかかるビルドの手首につけてあった金のブレスレットが壊れていく。
「……天空雷鳴の剣。伝説の雷を纏いし剣士が使った技……だったな。俺でもそれを受けるのはキツイぞ」
「ビルド!」
正気に戻ったビルドは、起き上がれず、そのまま話を続けた。
「……あの女、リエラにこのブレスレットをつけられた時、それから俺の思想とは真逆になり、意識が遠のいていく感覚があったんだ……」
「だから、俺と戦ったのか?」
「言い訳かもな」
「そうじゃないことを信じてる」
ビルドは意識を失い、俺はブリスタン山の方へと目線を向けた。
「旅の者よ!」
医者が家から飛び出してきた。その顔は何か焦ったような顔色だった。
「どうした?」
「あ、アミラ様が……」
何事かと思い、急いで部屋に戻ると、治療を受けていた筈のアミラがいなかったのだ。
医者は途轍もなく焦った様子で続ける。
「治療をしている間に、突然冷たい風に包まれて消えたんだ!」
「なんだと?」
「このままだと、本当にアミラ様はあと数時間で死んでしまうんだ! 一体、私はどうすればいいんだッ!」
医者が頭を抱えている。きっと自分が治療していたにも関わらず、患者であるアミラは行方不明でしかも、もう間もなく死んでしまう。そんな話になれば、この街中の人間から反感を買うだろう。
まぁ、自分の保身なのか、どうなのかはわからない。
「……探すにしても手がかりがなさすぎるんだよな」
いや、メイアとリエラが二人でどこかに消えた筈だ。
そこから探すしかない。
とは言え、二人が消えた方向には、洞窟しかなかった。そこに向かうしかない。
俺は急いで、洞窟へと向かった。
ブリスタンコール山のふもとにある洞窟。
魔物もいないし、大した採掘ができる場所でもないので、雨の続くブリスタン山の休憩所として使われている。
急いで進むと、横たわったメイアがいた。
「おい! メイアッ!」
「ん……」
ゆっくりと目を覚ましたメイア。
俺の顔を見るなり、申し訳なさそうな顔をした。
「す、すまぬ……。あの魔女を追い詰めはしたのじゃが、奴はこの奥で儀式をするようじゃ」
「儀式?」
メイアはごくりと生唾を飲み込み、続けた。
「ああ、若返りと己の肉体の魅惑に更に磨きをかける為に、アミラとかいう女を使おうとしているらしい」
「は?」
「簡単な話じゃ、自分のコンプレックスとなっている場所に、アミラの持っている部分を魂を使っていじるのじゃ」
「じゃあ、アミラはアイツの美貌の為に殺されたようなものってことか!?」
「そういうことじゃ」
え、そんなくらだないことで!?
メイアは至極真面目な顔をしているが、俺にはふざけた理由としてしか思えないのだ。
「とりあえず、奥にいるんだな?」
「ああ、じゃが、その前に」
メイアは起き上がり、両手を広げた。
「これで、我とお主は結婚することになったんじゃが、抱擁というものをした方が良いと思うのは我だけか?」
「何くだらない事言ってんだよ。そんなの後にしろ」
「……む、知らん。勝手にしろ! このポンコツ旦那めッ!」
俺に叫ぶとメイアは洞窟の外に向かって行った。
「え、助けてくれるんじゃないの?」
「知らん、知らん、知らん! 我以外の女のことばっかり気にし過ぎじゃ!」
めんどくせー。
俺は気を取り直して、奥へと進んだ。
もう、あんな奴知るか。
奥へとたどり着くと、やや広い場所に降り立った。
壁に掛けられている炎が、周りを照らす。
その中心にアミラがいた。
「こんなところにいたのか」
「ようやく来たね」
アミラに近づこうとした瞬間、そこにはいなかった筈の冷魔女リエラが現れた。
「ようやく、王子様の到着ってわけね」
「王子じゃなくて勇者な」
「ふふふ、そうね。で? もうすぐ死ぬアミラをどうしたいわけ?」
「そんなの決まってる」
俺は剣を抜き、リエラに向ける。
「俺がお前を倒す」
「やはり、我ら魔族と人間は戦う運命にあるようね」
リエラはアミラの前に立ち、片手を俺に向けた。
「あの魔王、ハザード様を倒した力、見せてもらえるのかしら?」
魔王ハザードとは、俺らが倒した魔王。
「アミラは、あとどれくらいで死ぬんだ」
「そうね、あと五時間ってところかしら」
「そうか、なら話をしてる時間もあるな」
リエラは首をかしげて、俺を睨み付ける。
「もうすぐ死ぬって言うのに、話? あなたこの女を助けたいんじゃないの?」
「あ? 五時間以内には余裕で助けられるから、今話をしたいと思ったんだが?」
「それって私なんてすぐに片付けられるって意味かしら?」
鋭い。竜にも引けを取らない睨みが俺を刺す。
しかし、俺は全く動じない。
「勘違いするなよ。俺は魔王ハザードを倒した男だ」
「そうよ、勇者の仲間全員で倒したのよね」
「フン、まぁいい。とりあえず、俺の話から聞いてくれ」
「……自由な男ね」
リエラは睨むのをやめると、片手を腰に手を当てて楽にした。
「あんた、もっと綺麗になりたいんだってな。その為にアミラに目をつけ、その魂を使って身体の気に入らない部分をいじるんだろ?」
まぁ、前の世界でいう整形ってやつだな。
この世界の女は平均男子の三倍強いとされている。それは魔族にも当てはまるかは知らんが、美貌にも三倍求めたいのだろうか。
「そうよ! 誰だってそう思うでしょう? 私、一体いくつだと思ってるの? まだこう見えて若いのよ。さっきの魔竜アルカドラは知らないけど、私だってもう420歳なのよ? そろそろ結婚だってしたいし、いつまでも魔女なんてやっていたくないの。だって魔法使うのだってタダじゃないし、子供だってほしいし、家庭に入りたいの。それが女の夢であって、私の夢でもあるのよ? それの為にたかだか100歳生きるか死ぬかの人間から奪って何が悪いのよ」
「悪いに決まってるじゃねーか! そこにいる人はな、お前とは比べもにならないほど若いんだよ! 多分。だけど、その人だってな結婚したい筈なんだよ! だけど自分の大切な妹の為に、あれこれして調べて、お前に辿り着いて騙されたんだ! お前は自分の為に命を奪っていいと思ってんのかよ!」
リエラは声を荒げた。
「仕方ないじゃないッ! 私だって魔王様の命令で、人の命を奪おうとしたこともあった。だけど、できなかったのよ。だからこんな田舎のちんけなところに左遷されて、豪華な化粧品は全部売って、生活してるのよ!? じゃあ、あのときできなかったことをしなければいけないって思うじゃない!」
「そうじゃねー! 魔王はお前に利用価値がないと判断したから、こんなところに飛ばされただけだ! お前がどんな魔物が好みか知らんが、お前は自分が結婚できないのは、この田舎にいることだと思ったせいだ!」
「なによ!」
激昂するリエラは、瞳から涙が零れた。
「こうするしかなかったの……。ドリ酒で働くのも、アミラを騙したのも……。生活するのも苦しいし、結婚したいのに、私は美しくなれない。これ以上美しくなるには魂を取るしかないの! アミラには最後まで嘘をついてきたけど、わ、私……ッ! 本当は魂なんて取りたくないの! だけど、私の為にはこうするしかないのよッ!」
この女は、自分の為に人の命を取るのがダメだったのか。
本当は良い魔物なんじゃないか。
「何言ってんだよ! お前、アミラからどこを取るつもりだよ! 胸か!? 顔か!? 腕の細さか!? それとも財力か!? お前は何もわかってない。お前は(魔族じゃなければ)、めちゃくちゃ美女だぞッ! わかって言ってんのか! 結婚したいくらいだわ!」
「………………へ?」
「自分の見た目に自信を持て。お前に非の打ちどころはない」
俺は眼を閉じ、続けた。
「その胸、顔、四肢。どれも俺の理想――――いや、男の理想にあてはまる。そう、お前がしてこなかったのは、男を漁る努力だ!」
「え!? え!? え!?」
「だが、致し方ない。俺はお前を斬るしかない」
「え!? え!? え!?」
さっきから、え、しか言ってないんだけど、大丈夫か!?
俺は剣を握りしめ、リエラを斬りつけた。