女の子探しは夜の街からだ! ④
ブリスタン山。それは冒険初心者、旅人初心者など、冒険を生業とする者達の登竜門である。
各地から冒険志望者は、ブリスタンコールに集まり、この山の頂上を目指す。
この世界に来た当初は、俺もこの山頂を目指したものだ。
「しっかし、相変わらずの天候だなぁ」
「何を呑気なことを言ってるんだロイズ。早く山頂にいると思われる魔竜を倒しに行くぞ」
ブリスタンコールは365日あれば、そのうちの30日は雨とされている。
それは俺が勇者であったとしても、運よく晴れるということもなく大雨である。
人間三個分くらいの岩と雑草で形成されたこの山は、道が険しい。
前を歩くビルドは、ほぼ無言で突き進んでいたが、足を止めた。
「どうしたビルド」
「俺は、勇者であるロイズ、お前の前に立ち、特攻隊長として突き進み、そして、あるときはお前の盾となろうと誓った」
「ああ、懐かしい話だな」
当初、俺との同行を決断したとき、そう目の前で誓った。それがビルドという男だ。
背中で語るビルドは振り返るなり、顔が青ざめていた。
「ど、どうした!?」
「……どうやら、俺はこの山の邪気に耐えられなかったらしい……」
「は?」
ビルドは両膝をつき、首を垂れる。
「ロイズッ! 許してくれッ! 今日の俺は俺じゃないんだッ!」
「何を言ってるんだ!?」
「這い上がってくる吐き気、鐘を何度も叩くような頭痛、そして、急激なる眠気ッ! これが邪気でなくてなんなのだッ!」
え、ここにきて、まさか二日酔い!?
「それは、邪気じゃないと思うんだが。だって俺は平気だし……」
「バカを言うなッ! 俺はどんな逆境に立たされても、立つことが取り柄の男だ。それが、この邪気に触れた瞬間、俺の身体は先を行く事を拒むのだ! 吐き気、頭痛、睡眠ッ! 敵の罠に違いな――――」
ビルドの口からびちゃびちゃと音を立てて、何かが流れた。
もうほんと最悪なんだが? どうしたら登山の最中に吐くの!?
「す、すまん……。ロイズ、俺はここまで、だ……」
前のめりになって倒れるビルド。しばらくすると、清々しいほどのいびきが響いた。
「え、俺一人で進めって言ってるの!? まじか」
寝ているビルドを何度か蹴ったり叩いたりしたが、びくともしない。
この男が酔っぱらっている姿を見たことがなかったが、まさか酔っぱらうとここまで酷いとは……。
「ま、いいか」
たまには寝かせてやるか。
ビルドがいないといっても、多分大丈夫だろう。
そして、俺は山頂に到着した。
長い道を一人で歩くのは大変だったが、まだ何も知らなかった俺がここまで来たことを思い出していた。
「相変わらず、景色は良くないな」
何故登竜門なのに、この山頂はあまり景色が良くないのか。
それは現在でも言われることだが、その理由は解明されていない。
冒険者になるといった息子を、拒み続けた母が雨を降らせている、と噂にはなっているみたいだ。
「しっかし、何もないな」
「そんなことはないぞ」
「え!?」
振り向くと先ほどまではいなかった女の子が立っていた。
まるで小学生に上がりたてのような華奢な身体。紫色の刃物のような煌びやかな艶を持った髪。服はボロボロに破れ、なんとも水ぼらしい印象だ。
「あるにはある、そう言ったのじゃ」
「あ? 冒険者の証とか、精神的達成感とかってなら俺はいらないぞ」
「そういうことではないんだがな」
クククッと笑う少女。顔を上げると可憐な顔立ちの中に潜む赤い瞳が俺を見つめる。
「お主、中々面白いな。その格好といい、その身なり、漂う雰囲気」
この少女は俺の事をわかってらっしゃるようだな。
溢れ出す知性、そして、とんでもない力を秘めた勇者! そう、それこそが俺さ。
「話がわかる奴だな。まぁ、この俺様は世界を救った男だぜ?」
「ほぅ」
「なんていたって誰もが崇める勇者様だからな!」
「勇者、か……」
微笑みは止み、少女は宙にゆっくりと浮かんだ。
「な、なんだ? なんで浮いてるんだ!?」
魔法を使っている、という感じではない。
そう、まるで翼で浮いてるかのような……。
「我の名は、魔竜アルカドラ……。魔王より生を与えられし竜。そして、勇者よ。我の父を殺した仇を取らせてもらうぞッ!」
少女――――いやアルカドラは、魔竜へと変貌を遂げた。
竜を包み込む禍々しい闇色の衣、先ほどの何十倍はあろうかと思うほどの巨体、赤く光る瞳。
それは今まで見てきたどんな竜よりも凶悪な姿をしていた。
『さぁ、勇者よ、剣を抜け』
「そうか、まさか魔王の残党が生きているとは。俺の仕事もミスが増えたものだ」
『何を言っている。己の力を過信した愚か者めがッ!』
口から零れ落ちんばかりの炎、アルカドラはその炎を俺に向かって吐き出した。
炎の海のように俺に迫ってくる。
「うおおおおぉぉぉッ!」
俺は咄嗟に来た道にダッシュし、飛び込んだ。
「いきなり、卑怯な奴だなッ!」
『これで終わりとは思っておらん。さぁ、貴様の力を見せてみろッ!』
二発目の炎が俺に迫りくる。
咄嗟に俺は回避し、炎にも当たらない。
「……しかし、困ったな……」
俺は剣を抜かなかった。
相手は魔竜とはいえ、女であったからだ。
当然ロリコンではない。俺の趣味はボンっキュッボンッ! のお姉さんだ。
だからと言って斬っていいわけではない。
『避けてばかりでは、体力など底をつくぞ!』
「アンタを斬ると、俺の親父に怒鳴られそうなんでな」
『クククッ! そうか、ならば絶望を送ろうッ!』
遥か上空に飛ぶアルカドラ。
闇色の雲がアルカドラの背に螺旋を描きながら集まる。
アルカドラの口の中で幾つもの雷撃が散りばめられている。
『これが、魔王より受け継ぎし力ッ! サンダーフレアッ!』
口をがっぽり開けるアルカドラ。
その瞬間、ブリスタン山全体を包み込むかと思うほどの雷鳴が轟いた。
激しい嵐に包まれ、ブリスタン山全体が震えあがる。
「これしきのブレスなどッ!」
俺は雷鳴を両手で防ぐ。
山頂全域を守り、俺は雷鳴を遠くの空彼方に弾いた。
だが、剣も抜かず、素手で雷鳴を弾いたのであれば、当然俺の体力も減る。パラメーターを見る暇もないが、恐らくライフは半分くらいには減っているであろう。
『ほぅ……これを防ぐとはな』
「何言ってやがる、お前のゲロなんて俺には余裕なんだよッ!」
『そうか』
アルカドラは俺に近づき、やがて姿を先ほどの少女の形へと戻る。
俺は片膝を着いた状態で、少女を睨み付けた。
「いきなりなんで戻った」
「これで充分かと思ったからじゃ。何分、我もいたぶりつけることはせぬからな」
どういうつもりだ?
この魔竜、戦いを放棄したのか?
「……実はな、我はお前の討ち取った魔王の子などではないのじゃ」
「……は?」
「遥か昔、お前の何代も前の勇者が殺した魔王こそが、我の父であるのじゃ」
「じゃあ、俺には何の恨みもないじゃねーか」
「勇者、という言葉を聞いただけでイラッとしてのぅ。ま、我のサンダーブレスを見事防いで見せたのじゃ。それで合格、ということかの」
「は?」
何の試験だったの?
合格って何?
背を見せるアルカドラ。
「我はこの世界が生まれ、この山が生まれてからこの大地に雨を降らせ続けていたのじゃ。それは我の姿を映さぬように、と願いを込めてな」
「なんで姿を隠す必要があったんだよ」
「決まっていよう」
俺の目の前にまで迫るアルカドラ。
「我、結婚したいんじゃ」
「は!?」
「だって、その……竜の姿じゃ、誰も女として見てくれんし……」
「え、いや、その前に魔物と結婚なんてできねーし……」
「我魔物じゃないし! 邪神じゃしっ!」
「こんな水ぼらしいガキなんか相手にできねーし!」
「我、実年齢3000歳じゃから立派な大人じゃよ?」
「それ通り過ぎてババァじゃねーかッ!」
まさか、ここにきて求婚とは……。
いや、結婚をする為に俺はこれから冒険するんだよ? それこそ形の良いおっぱいに包まれ、綺麗なお姉さんと、あははは、うふふふふな生活をする為にね! こんなロリババァじゃ、そんなんできねーわ。
ビジュアルロリ、中身ババァなんてなんのお得感もないし逆に損でしかない。
「悪いが別を当たってくれ」
「なにぃ? ほぅそう出るのか。仕方あるまい」
アルカドラは、空に手をかざした。
すると上空から、女が下りてきた。
「ならば、この女を殺し、我の姿とするだけじゃな」
「なッ!?」
空から降りてきたのは、傷だらけのアミラだった。
眠っているのか気を失っているのか、定かではない。
「お前、この人に何をしたッ!」
「何を? 勘違いしておるな。この女、崖の下で眠っているところを我が発見したのじゃ。もうすぐ命の根も終える。これじゃダメか?」
な、もうすぐ死ぬ、だと!?
「すぐに街に降ろしてくれないか!? 俺はその人を探してきたのもあるんだ!」
「ほぅ、この女が余程大事と見える」
「ああ、大事だッ! 俺の嫁にする予定の女だからなッ!」
「ふむ。殺すか」
「いや待てよ!」
え、なに、この魔竜、怖いんですけど。
「お主が惚れた女など、この世に我だけで良いとは思わんか?」
「誰がいつ惚れた? 俺は生憎つるぺたぺっちゃんこには興味ないんだが」
「殺すぞ」
「ま、待て!」
睨み付けが随分と御強い方だ。
だが、こんなくだらない話をしてる場合じゃない。
「とりあえず、お前との話は後だ! すぐに街に戻ってコイツの容態を回復させないとッ!」
「はぁ、仕方ないのぅ。旦那の言う事は聞くが、浮気したら殺すぞ」
「わかったからッ! あと旦那じゃないからッ!」
「仕方あるまい、ならば、我と一緒に降りるとしよう」
再び魔竜の姿になったアルカドラ。
その背に俺は乗り、ブリスタンコールを目指した。
「ふわぁぁぁぁ、アレ? 俺、ここで何してたんだっけ……」
ビルドは一人で呟いた。