ルーズの記憶2
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映し出された映像には白衣を着た、赤縁眼鏡の女性がいた。茶色い髪を後ろで束ねている女性は黙っている。暫くすると、映像にアレースが映った。しかも、映像いっぱいに映り込んだ。
どうやら映像を撮るために何かを準備していたようだ。女性もそれを黙って見ていたようだ。だから黙っていたのだ。
「固定は終わったデスカ?」
「はい。お待たせしてしまい申し訳ありません、メモリア先生」
立ち上がりメモリアと呼んだ女性の近くへと向かうアレース。メモリアは別に構わないとでも言うように微笑んだ。
メモリアの正面には台に横たわっている人間がいた。白い布がかけられているため、人間だろうという形しかわからない。たとえ見えたとしても映像からでは足しか見えないだろう。
横たえられている人間の枕元には大きなホワイトボードがあった。文字は何も書かれていない。一度アレースの姿が映像から消えると、部屋の隅で手を叩く音が聞こえて電気が消えた。もう1ヶ所でも手を叩く音が聞こえると、メモリアのいる場所以外が暗くなった。
「ここの電気は消しますか?」
「大丈夫デスヨ。ここの電気は他の電気より暗いデスカラ、問題ないデス」
照明器具を見上げるメモリアが言うとおり、他の照明よりは薄暗かった。何故薄暗いのかはわからないが、何か理由があるのだろう。
台に横たえられている人間へとメモリアが触れようとした時、扉が開かれた音が部屋に響いた。2人は同時に扉の方を見た。映像に映っていないが、入ってきた誰かが鍵を閉める音がしてその人物が2人のそばへとやって来た。
映像に映ったその人物をどこかで見た顔だと龍は思った。それは、ルーズが倒れていた現場にいたアレースと話していた自警団の男だった。
「来ないのかと思ってた」
「それなら鍵は閉めとけ」
「忘れていたデスネ。自警団用にも録画しているものデスカラ、来ないと思っていたのデスヨ」
関係ない人物に見られると困るのだが、2人は鍵を閉めることを忘れていた。部屋から人を遠ざけているとはいっても、誰も入ってこないとは言い切れないのだ。この男のように。
「間に合えば来ると言っていたでしょう? こちらも忙しいんですよ」
メモリアに向き合うように男はアレースの横に立った。台の上の人間――ルーズの顔には布が被せられているが、頭には青と赤と白のコードが繋がれている。
これはメモリアが、1人以上の人物に記憶を見せる時に用いるものだ。コードはメモリアの足元に置いてある鞄に繋がっている。
1人にだけ見せる場合は、コードを繋げずに見ることができる。記憶が見たい人物の頭に手を翳し、一緒に見る者と手を繋ぐと見ることができる。しかし、その場合は1人にしか見せることができないのでコードを使うのだ。
自分1人であれば頭に手を翳すだけでいい。1人以上に見せる場合はコードを繋ぎ、凹凸のない壁へ頭に翳していない手を翳すと自分が見ている記憶を映し出すことができるのだ。
コードを繋ぐことによってできることではあるが、記憶を見ることも、見せることもできるのはメモリアだけだ。それだけ、記憶を見せるのは特殊な魔法ということなのだ。
「では、準備はいいデスカ?」
「ああ、大丈夫だ」
部屋を見渡し、隙間がなく、誰も見ていないことを確かめてアレースは頷いた。メモリアはルーズの頭に左手を翳し目を閉じた。右手はホワイトボードに翳す。
1分ほど待っていると、ホワイトボードに映像が映し出された。それはルーズの記憶のようで、丁度本屋から出てきたアレースとぶつかるところだった。
「ごめんなさい!」
ルーズが謝ると、アレースが落とした紙を拾った。その紙は折りたたまれていた跡はついていたが、開かれていた。
そしてその紙には3人の名前が書かれていた。ルーズには何故書かれているのかわからなかったが、他に消されている名前を見て気がついた。
そこに書かれていたのは、国境戦争に関わった者の名前であると。国境戦争は少しおかしいことがあったと、ルーズも気がついていたのだ。
――俺は、疑われているってことか……。
表情を変えずにアレースに拾った紙を渡すルーズの思っていたことも聞くことができた。それは、ルーズの記憶だからだろう。
「急いでいたんだろ。こちらも邪魔をして悪かった。気をつけろよ」
「本当にごめんなさい」
深くお辞儀をしたため、視界には地面と足が見えた。ルーズが走り出すと今度は人にぶつからないように、人の間を通って行く。
元々は何故走っていたのかはわからない。どこかへ行こうとしていたのだろうか。
暫く走っていると、突然路地に入りルーズは立ち止まった。壁へと背中を預けて歩く人達を見ている。
「スカジ・オスクリタとビトレイ・アーストの2人と俺が疑われているのか。……たしかさっき、スカジ・オスクリタを見たな……」
そう呟くと黙ってしまった。道行く人を、何も考えずに見ている。だから、ルーズの声は何も聞こえてこない。
ルーズがアレースとぶつかったあとに、アレースと龍はスカジに会っている。彼がいつどこで、スカジを見たのかはわからない。きっと、アレースとぶつかる前に見かけたのだろう。
しかし、彼と同じ方向にスカジは向かって歩いて行ったのだ。もしかすると、ルーズはスカジを追いかけて行ったのかもしれない。だから黙って、スカジが来るかもしれないと待っているのだろう。
「あの一瞬で名前を見たのか……」
「みたいですね。洞察力も観察力もあったようですね。こういう人材が自警団にいてほしかったです」
紙に書かれていた名前を見ただけで、国境戦争で起こったことに対して疑われていると理解した。
そして、街でスカジを見たことを覚えていた。別にスカジは街を歩かないというわけではない。毎日と言ってもいいほど出歩いている。黒いローブを着ているため目立つが、今ではそれを着ていることは誰も気にしてはいない。避けられてはいるが。
見たことを覚えているルーズにとっては、もしかしたらスカジは意外な場所にでもいたのかもしれない。だから覚えているのだ。
路地で黙って待つこと、8分ほど経った時だった。人の中をスカジが歩いていたのだ。周りを歩いている人は、誰もスカジに気がついていないかのようだった。
黒いローブを着ているスカジを気にしなくなったといっても、歩いていれば無意識に避けて歩いていた。しかし、そんなの様子は全くない。そんな様子にルーズは首を傾げた。
ぶつかりそうになると、スカジが避けて歩いている。顔色一つ変えず歩いているスカジに気づかれないように、ルーズは少し離れてついていく。気づかれず、見失わない距離を保ったまま歩いて行くと、スカジは路地へと入って行った。
そこは暗く、用事がなければ入ることはないだろうと思うほど、木箱が置かれている場所だった。この通路は、物を置くために使用しているのか、木箱が多くあった。歩くにも苦労するほど、地面が見えていなかった。
木箱を踏まないように気をつけながら、ルーズは静かに路地の奥へと進んだ。しかし、奥に着くと立ち止まってしまう。少し広くなったそこは行き止まりとなっていたが、スカジの姿はなかった。そのことに驚いて、ルーズは目を見開いた。
どこかで曲がろうにも、曲がる場所はなかった。どこかの家の扉に入ったのかとも思ったが、どこの家の扉も最近は開かれた様子がないほど埃が積もっていたのだ。
通ってきた時に全ての扉を見たが、開かれてはいないのだ。それならば、スカジはどこへと消えたのか。腕を組み考えた時、目の前の壁が歪んで見えた。
不思議に思い右手を伸ばすと、壁へと手が消えていく。それはワープホールだった。このワープホールは別のところにあるワープホールへと繋がっている。どこへ繋がっているかはわからない。だが、ワープホールは魔力が高くないと使用することはできない。これは、スカジが使ったのだろうとルーズは判断した。
右手を肘まで入れて、ワープホールの先を確かめる。この先にスカジがいるという考えはなかったのか、躊躇いはなかった。右手を入れたが、人にも物にもぶつかることはなかった。
一度ワープホールから手を引き抜くと、大きく息を吸い込みワープホールへと歩いて行った。どこに繋がっているのかはわからない。もしかすると、吸ってはいけない何かが充満しているかもしれない。そうであれば、戻ってくればいい。そう考えてワープホールに右足から入って行った。
しかし、ワープホールの先は、先ほどいたような路地だった。だが、先ほどの場所とは違いそこは明るかった。それに広く、木箱も置かれていない。何かに使われているとは思えなかったが、スカジが利用するために少しでも通りやすくしたのだろうか。
隠れられそうな場所もないが、注意しながら歩く。もしかすると、どこかにスカジがいるのかもしれないのだ。人の気配はしないが、用心に越したことはない。
しかし、用心していたにも関わらず誰とも会わずに路地を出ることができた。場所は街の中心より南側だった。何故ワープホールがここへ繋がっているのかはわからない。ここへ繋げたのはルーズではないのだから。
――スカジがここへ繋げたとしたら、何故だ? それに、スカジはどこへ行ったんだ?
周りを見渡すがスカジは見当たらない。人に聞いてもいいのだが、それでは隠れてスカジを追いかけた意味がない。アレースが落とした紙に書かれていた名前。
自分自身が裏切り者ではないとしても、たとえ言っても信じてはもらえない。それならば、スカジが裏切り者だとしたらその証拠を持って行けばもしかすると裏切り者ではないと信じてもらえるかもしれない。
――仲間で、これも作戦の一つと思われたら意味はないがな……。
疑われているのならば、そう思われてもおかしくはないのだ。それでもルーズは、スカジかビトレイのどちらかが裏切り者だと思っていた。だからビトレイが目の前を通りすぎた時、躊躇いもなく追いかけてしまったのだ。
それが罠だとも知らずに――。
ビトレイは少し離れた路地へと入って行った。そこは綺麗ではあったが、人は通らない薄暗い場所にあった。周りを気にすることなく路地へと入ったビトレイから、気配を消して離れてついていく。
奥まで進まずに立ち止まったビトレイ。彼の前にはルーズが最初に追いかけていたスカジの姿があった。気づかれないように声が聞こえる場所まで慎重に近づいた。
「いよいよですね」
「今さら情報収集をしているみたいだけど、もう遅いっての」
スカジとビトレイの話し声が聞こえたが、何のことなのかルーズにはわからなかった。いよいよとは何を示しているのか。そして、遅いとはいったいどうしてなのか。
今すぐに来た道を戻り、国王に知らせようと考えたルーズだったが、もう少し話を聞こうとそこに留まった。
2人はルーズに気づいていないのか話を続けた。
「ずっとこの時を待っていた。漸く願いが叶う!」
「貴方の願いは、私の願い。この国がどうなろうと関係ありません」
――この2人が裏切り者か!
そう思ったと同時にルーズはゆっくりとその場から離れた。自分1人でどうにかできるものならしたかった。だが相手は2人。しかも、1人は国王専属召喚士。どのくらいの強さかは知らないが、1人では危険なことはたしかだった。
話し声が聞こえない場所へゆっくりと後退りをしながら来ると、2人がいる方向へ背中を向けた。足音を立てずに気配を消して歩く。今すぐにでも走りたかったが、気づかれる可能性がある。
路地を抜けて、人が通っていない道を走り出そうとしたとき、突然後ろから声が聞こえた。
「気づいていないとでも思った? 残念でした! さようなら、ルーズ・カスネロアくん」
衝撃。そして、暗転。
ルーズには何が起こったのかわからなかった。理解する時間もなく、彼の視界は閉ざされてしまったのだ。だが、ルーズの脳は暗転していても音を記憶していた。
「おやおや、すでに死んでしまっていますよ」
「心臓を狙ったのが悪かったかな」
背後から突き刺した剣を引き抜くと、ルーズの体は後ろへ向かって倒れた。しかし、もう動くことも話すこともない。
ルーズの体を踏まないように歩く2人は、暫く近くにいたようだった。
「まもなく、楽しい楽しいお祭りが始まりますよ!」
笑みを含んだスカジの言葉を最後に、ホワイトボードに映し出されていた映像が消えた。ルーズの記憶はここまでだった。
しかし、この記憶のお陰で裏切り者が誰かわかった。アレースは左手で顔を覆い天を見上げていた。男は腕を組み、黙ったままだ。メモリアは青と赤と白のコードをルーズの頭から外し、鞄へと仕舞った。
「……信じたくはないが……真実なんだよな」
「死者の記憶を操作することはできません。今見た彼の記憶が真実なんデス」
天を仰いだままのアレースの言葉にメモリアはそう答えた。そんな2人に腕を組んでいた男は両手を下して口を開いた。
「私は自警団へ戻ります」
「ああ。その前に、これを持って行け」
そう言ってアレースは録画している映像へと近づいてきた。隣にも同じものがあったのだろう。透明な魔法玉を渡すと、男は扉の鍵を開けた。
「スカジとビトレイがどこにいるのかは、これを仲間達に見せたらすぐに探させる」
そう言うと男は部屋を出て行った。説明もなしに2人を探せと言っても、動くことはないのだから仕方がない。それに、そのために映像として残したようなものなのだ。
もう一つの魔法玉を外そうとしたアレースの手は、メモリアの声によって止まった。
「ルーズの家族に連絡はしまシタ。本日の夕方には来るそうデス」
「……そうか」
それ以上は何も言わなかった。伝えてほしい言葉もあったはずなのだが、言葉として出てこなかったのだ。ルーズの家族が彼を引き取りに来るのだと聞いたアレースは、それから黙ってしまった。
黙ったアレースは止めていた手を動かした。そうして、魔法玉が映していた映像は消えたのだった。裏切り者は、ルーズの記憶で判明した。紙に書かれていた、残りの2人だ。
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映像が消えても、誰も言葉を発しなかった。どこかで薄々と気づいていたであろうエリスも何も言わない。エリスはスカジが他の人とは少し違うことに気づいていたのだ。
まさか国や国王を裏切るとは思っていなかっただろうが、何かを企んでいるとは思っていた。初めて龍を見たときの反応がおかしかったのだから。
「あの声はビトレイって人の声だったんだね」
静かに言う白美。城でスカジに質問をしたのも、国境戦争で叫んだ人もビトレイだったのだ。今まで本人の声を聞いたことがなかったのだから、わからなかったのだ。
火炎弾はスカジが仕掛けた攻撃で、ビトレイが相手からの攻撃だと信じ込ませたのだ。突然攻撃されればそう思う人も多いだろう。それは、クロイズ王国でも同じだ。
ただ、クロイズ王国側ではすでにソフィネット・オリマという男が捕らえられている。この男は口を割りはしなかったが、スカジとビトレイの仲間なのはたしかだろう。そして、記憶を操作していなければ、スカジはワープホールでヴェルオウルに戻ってきたのだろう。
「それで、今スカジとビトレイはどこに?」
「わからない。自警団が探してくれている」
スカジなら城にいるのではと思ったが、アレースが連絡したところ城にはいないとのことだった。それならどこにいるのかわからないアレース1人が探すより、数が多い自警団に探してもらった方がいい。
そう伝えて、アレースはここへとやっ来たたのだ。城にいないスカジはビトレイと行動を共にしている可能性が高い。
何かをする前に2人を捕らえることができればいい。ルーズが突き止めた真実だ。すでに2日経ってしまっているが、まだ何も起こっていない今なら間に合うかもしれないのだ。
2人がどこで何をしようとしているのかがわかればいいのだが、そこまではわからなかった。
「私達も2人を探せばいいのかしら?」
「いや、それは自警団に任せているからお前達は何かあった時にすぐ対応できるようにしておいてくれ」
自警団は人数が多い。少人数が加わってもあまり変わらない。それならば何かあった時のために、体力を残しておいた方がいいと考えたのだ。
いつ何が起こるかわからないのだ。起こらない方がいいのだが。それに探させている途中で2人に会ったら、攻撃されないとも限らない。エリスが危険なめにあうよりは、2人を探すのは自警団に任せていたいのだ。
「そうだ。龍、あの時の3人を覚えているか?」
「刀持って向かってきた、少し様子のおかしい男達のことか?」
「ああ、そうだ。自警団が調べてくれた」
2人で出かけた日に、龍に返り討ちにあった3人のことだった。あの日、アレースと別れて帰ってきた龍はエリス達にも3人のことは話していた。
だから、アレースの言葉に龍だけではなく皆が反応した。自警団が調べたと言っても、彼らは3人をどこかの病院へ連れて行ったのだろう。信頼しているであろう人物に見せた可能性が高いので、もしかしたらメモリアに見せたのかもしれない。
彼女なら、たとえ見たとしても誰にも言わないだろう。たとえそれが、3人に関わった人物であったとしても。関わった人物が聞かなければ答えない。そんな人なのだ。だからこそ信頼される。
「あいつらは操られていた。しかも、誰に操られたかは覚えていなかった。それだけじゃなく、あの日の記憶もなかった」
操った人物は断言できないが、スカジかビトレイのどちらかだろう。どうして操ったのか、アレースもしくは龍を何故襲わせたのかもわからない。
もし2人を捕らえることができれば、それについて聞く必要もあるだろう。どちらを狙ったのか、そして何故狙ったのかを。
「さて、俺は城へ戻るとするよ」
「妾が送って行こう」
「城って……アレースは城で働いているのか?」
アレースの仕事も、働いている場所も知らなかった龍は驚いて、ソファーから立ち上がったアレースに尋ねた。龍の言葉にアレースは首を傾げた。
今更何を言っていると言いたげな顔をしているのはアレースだけではなかった。エリス達も同じ顔をしていた。
彼のことを知っているエリス達とは違い、龍は何も教えてもらっていないのだ。本人も話すことがなかったので、聞くこともなかった。そのため、アレースの言葉に驚いたのだ。
「……まあ、城で働いてる。黙っていて悪かったな」
「いや、構わない。なるほど。だから、城に連絡をとれたのか」
城に連絡をしたと言っていたアレースの言葉に少し疑問に思っていたのだ。どうして、一般人が城へと連絡をとれるのかと。たとえ一般人であっても、城で働いていれば連絡をすることは可能だろうと納得をした。
「じゃあ、また来る。何かあったら困るから早く寝ろよ」
そう言ってアレースは悠鳥と共にリビングから出て行った。どこにスカジとビトレイがいるのかわからないので、護衛をするために悠鳥はついて行ったのだ。1人で帰るより、悠鳥と一緒だと何かあっても安心だ。
城で何をしているのかは聞いていないが、城へと送ったら悠鳥はきっと飛んで帰ってくるだろう。女性1人で帰ってくるのも心配ではあるが、悠鳥なら心配いらないだろう。
――そういえば、今日はリシャーナを見ていない。
最近見ていないアルトといい、姿を消したリシャーナ。彼女は情報屋だと言っていたので、情報を集めているのだろうか。それとも、誰かに情報を売っているのだろうか。
彼女とまともに話したことがない龍にはわからない。エリスなら何かを知っているかもしれないが、仕事だとしたら何も知らないだろう。仕事について話して出かけるような人ではないことは、知り合って間もなくても理解できていた。
アルトの姿を見ないのは、彼が郵便配達員だからだろう。彼はどこであろうと荷物を届けるのだ。そのため姿が見えなくてもおかしくはない。姿が見えないと、どこにいるのかと気にはなるが、それは彼に仕事を任せている人くらいしか知らないことだろう。
龍はアレースがテーブルに置いていった魔法玉を手にとって、電気に翳す。光を反射して輝くそれに映像が収められているようには見えない。
一度カーテンがしっかりと閉じられていることを確認する。誰も開けていないのだから、閉まったままなのは当たり前だ。
魔法玉を静かにテーブルに置くと、先ほどアレースがやっていたように魔法玉を軽く人差し指で三度叩いた。エリス達はまた見るのかと驚いていたが、龍は何か見落としがないかと確認するためにもう一度見たのだ。
ルーズ視点なのは当たり前の彼の記憶。その中で気になるような場所などなかったかと思ったのもあった。しかし、悠鳥が戻ってくるまで三回ほど見返したが、特に気になるようなことも、場所もなかった。
その代わりに、ルーズの記憶をだいたい覚えてしまった。それは悪いことではない。
もしかすると、今後役立つことだってあるかもしれないのだから。だから、見返したことは間違いではなかっただろう。




