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転生召喚『黒龍』記  作者: 緑楊 彰浩
第四章 情報屋と情報
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情報屋と情報3





 命を宿して目開け、はじめて見たのは綺麗な金髪の女性だった。見回すと1匹の九尾も近くに座っている。いったい自分が誰なのかもわからないでいた。ここがどこかもわからず部屋を見回していると女性が口を開いた。

「はじめまして、『黒麒麟』。私はエリス。あの『九尾の狐』は白美。窓の近くで日向ぼっこをしているユキヒョウはユキ」

 言われてから他にもユキヒョウがいると気がついたようだ。ユキは眠っているようで、目を開けはしなかった。だが、時々尻尾が動いているので眠ってはいないのかもしれない。耳を傾けているのだろう。しかし、目を開けるつもりはないのか、温かさに意識は半分ほどないのかもしれない。

『黒麒麟』が座っている下には魔法陣が描かれた大きな紙が敷かれてある。そして、紙の横に一冊の本が置かれていた。開かれたページの右側には文字が書かれているが、挿絵が描かれていなかった。しかし、左のページには挿絵が描かれている。それなのに、何故右のページには何も描かれていないのか。

 それを見て不思議に思い首を傾げる『黒麒麟』。黙ってその本を見ている『黒麒麟』に、エリスは本を手に取り近づき、正面でしゃがみ込んだ。そして、左手で本を持って右人差し指で右のページを指差して言った。

「貴方はさっきまで、この文章の上、白紙の場所にいたのよ」

「……ここに?」

「よかった。話はできるのね。話さないから、話せないのかと思ったわ。……文字は読める?」

 何も言わずに『黒麒麟』は首を横に振る。言葉を理解することも、話すこともできるが、読むことはできなかったのだ。文字を指差しながら言うエリスの指先の文字を見ても理解できないのだから、読むことができないとわかる。それぐらいは考えられたのだ。先ほどエリスが本の白紙の場所にいたと言ったので、それが読むことのできない原因だろうと『黒麒麟』は結論づけた。本の中での記憶がなかったのだから、文字を見ても読むことはできなかったのは当たり前だろう。

 だが、何故話せて理解もできるのか。それだけはわからなかった。『黒麒麟』が描かれていたページに作者の名前が書いてあるが、読むことができないため『黒麒麟』が気がつくこともない。

『ペイン』と書かれた名前を知らない者はいないと言ってもいいほど有名だ。数年前に事故死してしまうまで自分が見てきた魔物を描いていた、魔力を持たない人間。魔力を持たない人間は少ないため、そんな子供が生まれてくると両親は隠して育てる。何故なら、この世界では魔力を持たない者が働くことができないからだ。

 それに、それだけではなく魔力を持たない人間が身内にいるだけで迫害を受けるのだ。だから、隠して育てて1人で生きていくことができる年齢になると追い出すのだ。中には迫害を受けようが気にすることもない家族もいる。『ペイン』はそんな、迫害を気にしない家族に育てられた。しかし、自分がいると迷惑をかけるからと成人してすぐに家を出たのだ。

 それから、旅をしながら自分が見た魔物をノートに描くようになった。元々絵を描くのは上手く、両親からは文字を教えてもらいながら伸び伸びと育ったのでとくに苦労はなかったのだ。旅先で出会った、自分と同じように魔力を持たない人間との交流は大切にしていた。そんな人達とは、何冊もの本を出している。その内の一冊に『黒麒麟』が描かれていたのだ。

 彼はいつどこで事故死したのかは知られていない。そして誰も顔を知らないという。顔には子供の頃に火傷を負った跡が残っているため、いつも仮面で隠していたのだ。だから誰も知らないと言われているのだ。どんなに親しい者も、素顔を見たことはなかった。

「私は貴方を使い魔にするために召喚したの」

「……よ、くわからないです。……けど、使い魔になれば様々なものを見ることも、知ることもできるのでしょうか? 私は、何も知らないから、知りたいと思うのです」

「使い魔になれば様々なものを見ることも、知ることもできるわ」

「では、使い魔になります。エリスさんの使い魔に!」

 深く考えることはなかった。命を与えられて、何も知らない『黒麒麟』は多くのことを知りたいと思ったようだ。だからそう答えたのだ。エリスは『黒麒麟』に、持っているピアスをつければ使い魔になった証明であると教えた。エリスはそれを右耳に持っていき、星型のピアスをつけた。痛がる素振りを見せないことから、痛みはないようだ。これでは、ピアスをつけたと言われるまでわからないだろう。離れていくエリスに、ピアスをつけたのだとわかる。

「仲間が増えた!」

 喜ぶ白美にエリスも嬉しくなったのか微笑んで頷いた。自分で確認することはできないが、右耳に何かがついていることは『黒麒麟』にもわかっていた。痛みはないが少々重さがあるのだ。

「でも、どうして文字が読めないの? 話せるし理解もできる。何か変だよ」

 変。そう言われて『黒麒麟』は、変なのだろうかと自分を見下ろした。白美とユキとは違う黒色。エリスとは全く異なる姿。

 ――私は変なのか……。

 落ち込んだ様子の『黒麒麟』に気がついたエリスは、右手で頭を撫でた。『黒麒麟』が顔を上げると、エリスと目が合う。その眼差しは、優しく真っ直ぐ『黒麒麟』を見つめていた。

「貴方は召喚の本から召喚されていないから、魔力を持っていないの。だから私の魔力の影響で、話すことも理解することもできる。別に変じゃないのよ。本の中で動くことができていたのなら、文字も読めたでしょうけど。けれど、そうではなかった。だから、読めなくて当たり前。貴方は生まれたばかりなんだもの」

 微笑むエリスに『黒麒麟』は苦笑する。何故召喚の本を使わなかったのか、疑問はあったのだが、召喚の本を使わなかったから、『黒麒麟』は生まれたのだ。だから、『黒麒麟』は命を与えられてこれから様々な体験ができるのだ。

 たとえ変であっても、これから変えられるかもしれないのだ。召喚された時は変であっても、白美と同じように文字も読めるようになるだろう。もしかすると、魔力も得ることができるかもしれない。そうすれば、何か魔法を使うこともできるかもしれない。そう思うと、『黒麒麟』はこれからが楽しみで仕方がなかった。

「これなら『黒麒麟』にも読めるんじゃないかしら」

 窓の近くで日向ぼっこをしていたはずのユキがいつの間にか目を覚ましており、一冊の本の上に右手を乗せていた。動物であるユキが人の言葉を話していることに『黒麒麟』は驚いたが、何も言うことはなかった。誰もそのことを気にしていないからだ。

 エリスが持っていた本を白美の頭に置いてユキに近づき確認すると、ユキの頭を撫でて本を手に取った。ユキが言った通り、『黒麒麟』でも読むことができる本だったのだろう。

「黒麒、こっちに来てもらえる?」

「コクキ?」

「『黒麒麟』って呼ぶのは距離がある気がするの。だから名前で呼ぼうと思ったのよ。貴方には名前がないから私がつけたのだけれど……嫌だったかしら?」

「いいえ、嬉しいです。とても、嬉しいです」

 先ほどまでユキがいた窓の近くへ座るエリスの元へ、黒麒がふらふらしながら近づく。召喚されたばかりの黒麒は生まれたてなのだ。まだ召喚されてから一度も立ち上がっていないということもあり、立ち上がることも大変そうだ。四本の足でエリスの横へたどり着くと、そこに座りエリスが手にする本へと視線を向けた。

 黒麒にはわからなかったが、その本は少々古い今では売られていない子供向けの本だった。本を開き、文字をエリスの指がなぞる。なぞりながら文字の読み方を教えてくれる。丁寧に、似てる文字との違いも教える。

 その間白美は人型になり、エリスが頭に置いた本を手に取りテーブルの上に置いた。そして魔法陣が描かれていた紙を折り畳み、細かく破いてゴミ箱へと捨てる。それが終わると部屋の中をふらふらして本に手を伸ばし、読んでは戻すを繰り返した。どうやら白美は、本を読むことがあまり好きではないようだ。大人しくしているということができないのか、落ち着きなく本を手に取り戻すを繰り返しながら歩き回っている。

 黒麒に文字を教えているエリスに相手をしてもらえず、暇で本を手に取る白美にユキが近づく。ユキは足元に静かに座り、白美を見上げた。

「暇なら私の相手をしてもらってもいいかしら?」

「相手するする! するよ! 何をすればいいの?」

 手にしていた本を本棚に戻して言う白美に、ユキはエリスから少し離れた日の当たる窓の近くを見た。そこで寝たら気持ちよさそうだと思ったのだ。ユキにとっては、そこが呼んでいるようにも見えるほどである。ご飯を食べるよりも、ユキは日向ぼっこが好きだった。

「私はあそこが気持ちよさそうに見えるの。だから、あそこで寝たいのだけれど、一緒に寝てくれるかしら?」

 僅かに首を傾げて「白美が一緒だとよく眠れそうだから」と続けるユキに、口角を上げた白美は大きく頷いた。獣型になると九つの尻尾をそれぞれ別々に揺らしてユキを窓のほうへと押して行く。その行動に、ユキは僅かながら驚いた。

 早く行こうと言葉にせずに伝える白美に、ユキは押されるがまま歩き出す。大人しくしていればいい子なのだが、少々幼い子供のように騒ぐことがあるため、静かにさせる作戦としてユキは誘ったのだ。

 真剣にエリスの言葉に耳を傾けている黒麒の邪魔はさせたくはない。それならば放っておけばいずれ騒いでしまうであろう白美と共に寝たほうがいい。それに、白美と一緒に寝るとよく眠れるというのは本当だから誘ったのもある。

 日当たりのいい場所で体を丸める白美の横に体を横たえて、白美の尻尾に頭を乗せる。起きても白美がどこかへ行かないようにと考えての行動だ。頭を乗せて寝ていれば、起こしてまでどこかに行こうとは考えないだろうと思ったようだ。白美ならば、起こすくらいならもう一眠りをするだろう。

 大人しく目を閉じる白美に、ユキも眠ろうと目を閉じる。静かな部屋に本を捲る音と、エリスと黒麒の声だけが小さく響いていた。質問する黒麒の声に、答えるエリスの声。その声を子守唄にしてユキは眠りの世界へと誘われて行った。

 文字の読み方を教えてもらっている黒麒は、物覚えがよかった。これはエリスの魔力の影響というわけではないだろう。魔力のない人間が描いた本から生まれたというのに、知識に貪欲だったのだ。何も知らないからこそ、知りたいという気持ちが強いからなのかもしれない。

 それは『黒麒麟』だからと言うわけでもなく、黒麒自身の記憶力がいいのだ。知りたいという気持ちにより、吸収が早いのだろう。お陰で文字の読み方は大体わかるようになった。ただ、人型にはまだなることができないので文字を書くことはできない。そもそも、人型になることができるかもわからない。

 エリスに読み方を教えてもらった黒麒は、そばにあった本を1人で読んでいた。もう1人でも読むことができるようになっていたのだ。器用に蹄でページを捲っている。

「エリスさんは(あるじ)ですね」

「え?」

 子供向けの本だけではなく、少々難しい本を読めるまでになっていた黒麒は辞書を読んでいた。初級と書かれた辞書であったが、それを見て呟いた言葉にエリスが首を傾げた。

「私や白美さん、使い魔の主人ですから」

「まあ、そうね。でも、名前で呼んでいいのよ」

「いいえ、主と呼ばせてください。名前で呼ぶのは特別な時だけで」

 エリスは『黒麒麟』の姿で微笑む黒麒の頭を撫でた。まだ幼いその姿で嬉しそうに尻尾を振っている。特別な時とはいったいいつなのだろうか。それは黒麒にしかわからない。

 白美の時は、何故か両親が知っていたようで人間の文字は教えてもらっており、エリスが教える必要はなかった。誰かに教えることは楽しいと感じたエリスだったが、黒麒の物覚えがいいので楽しいと感じるのだろう。

 もしまた教える機会があっても、エリスが教えることはないのだろう。きっと、黒麒のようにすぐに覚えてはくれないだろうから。

 窓の外から夕陽が差し込み、エリスが今日はもう夕飯にしようと話を切り出そうとした時、ノックもせずに部屋の扉が開かれた。壊れそうなほど勢いよく開かれた扉に、眠っていたユキと白美が飛び起きる。音の大きさに驚き、その毛は逆立っていた。尻尾も倍近くに膨らんでいる。ユキにいたっては、驚いて自分の尻尾を銜えてしまっている。

 扉を閉める音が聞こえ、エリスが立ち上がると入って来た人物の姿が見えた。黒麒もゆっくりと立ち上がり、姿を確認する。エリスと同じ金髪青目の男性がエリスの姿を見て嬉しそうに微笑んだが、黒麒の姿を見て不機嫌になる。彼は魔物が嫌いなため、意識せずとも顔に出てしまうのだろう。

「黒い子鹿……いや、角端(かくたん)か!?」

 驚きに目を見開く男性。ゆっくりと黒麒に近づくと、しゃがみ込み頭を撫でたり体に触れる。何かを確認するかのように触れる手に、嫌な感じはしないため大人しくされるがままになる黒麒だったが、どうしていいのかわからず固まってしまう。固まっている黒麒を見て、エリスは口を開いた。

「この子は『黒麒麟』の黒麒。私の使い魔よ」

「使い魔!?」

 勢いよく顔を上げエリスを見る男性。先ほどと同じように驚き、何かを言おうとしているが声が出ていない。数回口を開いたり、閉じたりを繰り返す。それでも頭を撫でる手を止めず、黒麒を撫でながら口を閉じてしまった。痛いくらい見つめる男性に黒麒は黙ってエリスを見た。

 どうしたらいいのかわからないため、助けを求めたのだ。目が合い意味がわかったのか、エリスは男性の右肩に右手を置いた。

「どうせ、また黒は不吉とでも言うんでしょう? 私はそれでも契約を破棄するつもりは……」

「違う!」

 今度はエリスと黒麒が目を見開く番だった。まさか大声を出されるとは思ってもいなかったのだ。エリスは男性の肩から手を離した。

 男性はすぐに立ち上がりエリスと向き合うと、黒麒を指差した。その指をエリスは素早く払い落とす。人に指を差してはいけない。そういう意味を込めて力強く。

 だが、男性は気にしていない様子だった。

「角端は……『黒麒麟』は珍しいんだ。それを不吉なんて言うか。むしろ、神聖な生き物なんだぞ、『黒麒麟』様は!!」

「……そう」

 両手を前に出し、手のひらを上に向けながら力説する男に困惑するエリスだったが、一度白美に視線を向けた。白美はこの男性が苦手なのだ。だから、様子を確認したのだ。

 視線を向けられた白美は、まるで男性から隠れるようにユキの背後で様子を見ているが、ユキより大きいため全く隠れられていない。それでも、少しだけでも隠れられていれば気分的にいいのだろう。

「『黒麒麟』様って呼んでいるけれど、この子の名前は黒麒よ。名前があるんだからそう呼んであげて」

「黒麒……黒麒様か。成長が楽しみだな」

 少々乱暴に頭を撫でられ、黒麒は頭がふらふらしているが男性は気にしていないようで嬉しそうに笑いながら頭を撫で続ける。

 呆れて物が言えないエリスは、頭を撫で続ける男性の手を払う。目を回している黒麒に気がついて慌てる男性に溜息を吐いた。

「それなら白美のことも……」

「嫌だね」

 子供っぽい男性にエリスは思わず小さく笑ってしまう。この男性の子供っぽい行動を見ることはなかなかできない。それもあり、笑ってしまったのだ。

 黒は不吉。白は神聖。だが、黒は黒でも『黒麒麟』は神聖。白い『九尾の狐』でも青い目というだけで不吉とされる違いに首を傾げるしかない。

 ヴェルリオ王国では昔から黒は不吉、白は神聖とされている。極稀に黒髪の子供が生まれることがあるが、物心がつく前に特殊魔法によって髪の色を変えてしまう。瞳が黒い子供が生まれてくることもあるが、新鮮な野菜や果物を食べさせて僅かでも色を変えてしまうのだ。

 物心がつく前に色を変えることによって不吉なことは起こらないと言われているが、何故黒が不吉で白は神聖なのかは誰も本当の理由を知らない。

 本に記されているが、それが真実とは限らない。隣国クロイズ王国と仲が悪くなったことにも関係しているようで、信じることができない内容なのだ。

 男性もエリスも同じ本を読んだが、2人とも信じはしなかった。ただ、黒が不吉で白が神聖なものと男性は信じてしまっているように感じられた。

 隣国クロイズ王国の人間が黒髪や黒目が多いという理由だけなのだ。本に書かれていたのはそれだけだ。それだけで、黒が不吉ということになるのだろうか。ならば、隣国クロイズ王国は不吉な者が多い所為で不吉なことがよく起こっているのだろうか。

 狐の青目が不吉だというのは、どの国も同じように言っているようだったが。それも、何故なのかはわからない。昔に何かがあったのかもしれない。しかし、それはどこにも記載されていなかった。

「ところで、どんな凄い召喚の本を使ったんだ? さぞかし凄い魔力を持って……ん?」

 男性の言葉に反応したユキが素早く動くと、本を銜えて男性の足元へと向かった。男性はユキの銜える本を見て首を傾げた。召喚の本ではなく、それはただの図鑑だったのだ。

 それを受け取り、ページを捲っていく。全てのページに挿絵と説明文が書かれている。だが、あるページに挿絵はない。そのページを見て男性は目を見開いた。

「まさか……このページから?」

「ええ、そうよ」

「他にも『黒麒麟』が記載されている本はあっただろ!? しかも、ちゃんとした召喚の本に!」

「私はこの子がよかったの」

 他にも『黒麒麟』が載っている本はあった。召喚の本にも『黒麒麟』は載っていたが、エリスはどうしてもその本の『黒麒麟』がよかったのだ。何も言うことができず、両手で顔を覆い天を仰ぐ男性に黒麒はどうしたらいいのかわからなかったようだが声をかけた。

「すみません……。力のない私なんかで……」

 落ち込んでいる様子に気がついたのか男性はしゃがみ込み、慌てて頭を撫でる。行動を見るとかなりショックではあったようだが、男性にとって『黒麒麟』であればどうでもよかったようだ。

「力があろうがなかろうが関係ない! 黒麒が召喚されたのは凄いことなんだ。数ある中から選ばれたんだから。凄いよ。これからもエリスのそばにいてくれるかい?」

 優しい笑みを浮かべる男性に黒麒は黙ったまま大きく頷いた。それが嬉しかったのか、男性は満面の笑みを浮かべた。

「そういえば名乗ってなかったな。俺はアレース。アレース・リュミエール。エリスの実兄だ。よろしくな」

 安心させるためなのか、笑みを浮かべて頭を撫でるアレースに黒麒も自己紹介をする。名前はエリスが教えていたが、自分で名乗ったほうがいいと考えたからだ。

 名乗ってもらえたことが嬉しいのか、アレースは黒麒を抱きしめた。突然抱きしめられた黒麒は苦しさのあまり呻いた。そんな黒麒を見て、エリスはアレースに声をかけた。

「で、アレースは何しに来たの?」

「ん? 久しぶりに家族水入らずで夕飯でもと思ったんだけど……」

「ごめんね。今日は遠慮しとくわ」

 黒麒を抱きしめる腕から力を抜いて答えたアレースは立ち上がり、エリスと目を合わせた。エリスから返ってくる返事がわかっていたのか、残念がっているようには全く見えない。いつものことだと諦めているのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 両親に断られるだろうと言われていたようで、小さく「言われた通りだったな」と呟いた。そのため残念がっていないのだ。アレースにとっては家族水入らずで夕飯というより、エリスに会えればよかったようだ。

「残念だけど帰ることにするよ」

 ――残念がっているようには見えないけど……。

 エリスと黒麒に向かって言うと、ユキと白美には手を振った。別に白美には手を振ってはいないのだろう。ユキが一緒にいるためそう見えただけだ。

「また来るけど……家に行けばいいか?」

「そんなのわからないわよ。……行く前に一ついいかしら」

「ん? いいけど、なんだ?」

 よく図書館に来ているので、アレースが来る時に家にいるのか図書館にいるのかはわからなかった。一ついいかと言うエリスに、扉に手を掛けようとしていたアレースは手を止めて振り返った。見送りをしようとしていたエリスが後ろにいたが、驚くことはなかった。

「最近城に、黒いローブを着た召喚士が配属されたって聞いたんだけど」

「ああ。スカジ・オスクリタのことか。城に前からいるけどな。今頃噂になっているのか。まあ、俺は数度しか見たことないけど、いるらしいな。まだ不吉なことは起こっていないが……今後どうなるだろうな。それに、スカジは図書館にも来てるはずだぞ?」

「……そうだったわね」

 戦争でも起こるのか、大寒波でもくるのかと笑みすら浮かべていそうな声色で言うアレース。しかし、笑みなど浮かべずその眼差しは真剣だった。本当に起こるのではないかと、僅かながらに不安に思っているのだろう。

 エリスは、図書館にスカジが来ていたのを見たことがある。しかし、その一度きりで他の日に訪れているのを一度も見たことがない。だから、そのことを忘れていたのだ。それに、あの日のことを話そうとも思っていなかったので忘れていたのだ。だが、あの日のスカジが見ていた本は今でもエリスの頭に焼きついていた。

 エリスが聞きたいことはそれだけだったのか、それ以上何かを言うことはなかった。扉に手をかけてアレースは手を振り今度は静かに部屋から出て行った。

 エリスはスカジが前からいることは知っていたが、城にいることは知らなかった。いったいいつ頃から城にいるのか。アレースは前からいると言ったが、それ以外は何も言わなかったので詳しい時期まではわからない。エリスは城で働いているわけでもないので、詳しくはわからないのだ。いつからいるという話も聞いたことがなかった。

 扉の前にいたエリスは、扉が閉まると振り返り、出したままの本を片づけ始めた。テーブルに出していた本を全て本棚に仕舞い、椅子を元の位置に戻す。

「さて、帰って夕飯にしましょう。黒麒、私達の家に帰りましょう」

 頭を撫で、扉へと向かうエリス。その後ろをユキがついて行き、白美が黒麒を頭で軽く押した。バランスをうまくとれない黒麒はバランスを崩す。何をするのかという眼差しで黒麒が白美を見るが、白美には悪びれた様子はない。

 もう一度頭で黒麒を軽く押してついて行けと行動で示す白美に、黒麒は扉へと向かってゆっくり歩いて行く。扉を開き待っていたエリスの横を通り、はじめて部屋から出る。

 先に出て待っていたユキが黒麒にすり寄る。黒麒のほうが僅かに大きいため、ユキは顎の下に頭を押しつけてくる。まるで、心配いらないと言うかのように黒麒にすり寄って離れない。白美が部屋から出てきたことを確認して扉を閉めると、エリスが先導して外へと向かって歩き出した。

 黒麒にとってはこれから見るもの全てがはじめてだ。遠くで光る夕日に目を細めて、図書館の外へと一歩を踏み出した。図書館の鍵をかけてゆっくりと歩くエリス。その後ろを黙って黒麒はついて行く。まだ歩くことに慣れていない黒麒にとって、その速度は丁度いいものだった。歩く速度に気遣ってくれているのだろうと思いながら、黒麒は周りを見渡しながら離れないように歩く。はじめて踏む地面の感触に少々驚きながら、黒麒はゆっくりと坂を下りて行った。

















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生まれたての小鹿が立ち上がろうとしている姿を黒麒に当てはめてみてください。

バンビ可愛いです。

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