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モノクローム・シンギュラリティ

作者: ワミングウェイ

某イベントにて頒布した作品です。

「シンギュラリティは近い」という書籍の題名を見て、思いつきました。

モノクローム・シンギュラリティ

【1】

 冬の夜。空を覆う黒と降りしきる雪の白のコントラスト。

窓から外を眺めてみると、色とりどりに装飾された木々の周りで、多くのカップルがロマンチックな雰囲気に浸っていた。


「世間じゃ私は可哀想な部類に入るんだろうなぁ」

「そんな事はありません。お美しい彩様」

「はいはい。そうだね。あんたはいつも優しいね」

「恐縮です」


 私の作った『いつも褒めてくれるAI』は、慇懃無礼にそう言った。片手間に作った割には、勝手に『彩様』なんて呼び方を学習した辺り、結構面白い進化を遂げたと思う。


「勝てると思う?」

「もちろんです。彩様に勝利以外ありえません」

「適当な事言ってくれちゃって」

「そんな事はありません。お美しい彩様」

「すぐそうやってはぐらかす」


 都合が悪くなると、すぐにおだてて誤魔化すのはこの子の悪い癖だ。でもそれだけ人間らしいとも言える。シンギュラリティ(有り体に言えば、AIが人間の知能を超えるという事)に最も近いのは、この研究室だと私は自負している。


「コーヒー入れてきたぞ」


 ノックもせずに入ってきたのは元助手で、今は共同研究者の一条春希。

 私が帰国してすぐの頃、突然AIのつくり方を教えて欲しいと言ってきてから、もう半年以上が経過していた。


「ありがと。テーブルに置いといて」

「わかった。冷めない内に飲めよ」

「うん」

「お気遣いありがとうございます。春希様」

「おう」


 春希は左手のマグカップをこたつ型テーブルに置くと、そのまま地べたに座り込み、右手のマグカップに口をつけて、静かに飲み始めた。


「やっぱり私も飲む」

「そうか。そうしとけ」


 作業に一区切りつけて、こたつに脚を突っ込んだ。長時間の作業で凝り固まった身体が、温かさで解れていく。解放感からか、私は思わず伸びをした。春希はというと、相変わらず無表情でコーヒーを啜っていた。


「明日楽しみだね」

「……ただの余興なんだろ。あんなの」

「そんな事無いって何度も言ってるじゃない」


 余興と言われた物は、私達が目標にしていた『AI vs 人間』の囲碁対決、正式名称を『モノクローム・シンギュラリティ』と言うエキシビジョンマッチだ。AIの発展は目覚ましく、チェスの世界王者を破ったのも今は昔。さらに複雑な将棋でさえ、あと数年でAIは人間を追い越すと言われている。その中で囲碁は、そのあまりの場合の数の多さ故に、まさに最後の砦とも言っていい競技となっている。私がAIの研究題材の一つに囲碁を選んだのも、まさにそこが理由だった。


 今回の対戦相手は、20代にして日本の全てのタイトルを総なめし、それを2年間防衛、さらには強豪ひしめくアジアでも多くの白星をあげ続けている神童『揺木鷲子』。


「春希さ、揺木鷲子の棋譜調べてる時、凄い楽しそうだったよね。やっぱり昔何かあったんでしょ?」

「べ、別にそんな事ない」

「動揺を感知しました。嘘である確率が高いです」

「うるさいぞ褒め太郎。前から言ってるが、昔同じ高校だっただけだよ。会った事は殆ど無いし、面と向かって話した事は一度だって無い」

「ふーん」


 いつも褒めてくれるAIの『褒め太郎』ですら気づく程の、わかりやすい動揺。もちろん私は以前から勘付いていた。

 もちろん対戦相手なのだから、私達は公開されている揺木鷲子の棋譜を全て保存し、研究を重ねてきた。その中で時折春希が見せる、懐かしい物を見るような表情。これは過去に何かあったに違いないと、私は確信していた。結局、今日の今日までその真実を本人の口から告げられる事は無かったが。


「まぁいいけどね」

「彩様が『まぁいいけどね』と言った時の、実は良くない確率、100%です」

「うるさいよ褒め太郎。デリートするよ」

「申し訳ございません。お美しい彩様」

「お前こそ、そんなに鼻息荒くして絶対勝つって躍起になって、何か因縁あるんだろ」

「な、無いよ」

「動揺を」


 褒め太郎が余計な事を言うのを予想し、スイッチを切った。確かに春希や褒め太郎の想像通り、私も揺木鷲子には浅からぬ因縁がある。しかしそれは春希には秘密だ。

 アメリカ留学中、ネット囲碁に放流し、それなりの戦果をあげていた私自慢のAIが、ある時大敗北を喫した。その時の相手が、プロの癖にネット囲碁なんてやっていた揺木鷲子だった。ネットの常識も知らないのか、アカウント名は本名だったから良く覚えている。そのせいか、対局希望者の予約が数ヶ月待ちという、有名ケーキ店顔負けの人気っぷりだ。

 今じゃCMに出たり、『モノクロの女王』とか言われてモデルやったり、色々な所で引っ張りだこ。私だってAI研究の界隈ではそれなりに有名なつもりだけど、ここまで差を見せつけられると、どうもね。春希だって、結局は揺木鷲子にご執心みたいだし。


「はぁ、勝ちたいなぁ」

「そうだな」


 春希の素っ気ないフリはわかりやすい。目をそらして、すぐにその場を立ち去ろうとするから。本当は気になっている癖に。


「さて。これ以上ウダウダしても何も変わらないし、もう切り上げよっか」


 コーヒーを飲み終えて、PCに向かおうとしていた春希を制止する。明日の試合、実際に打つのは春希だ。体力は万全にしておいた方がいい。


「それもそうだな。明日は正座地獄だし」

「そうそう。ぶっ倒れて負けたんじゃ、悔んでも悔やみきれない」


 どうやら運営がエンターテインメント会社らしく、雰囲気を出す為に、敢えて正座をして両者向かい合い、本番さながらの対局をするとか。春希はある程度は慣れていたようだから良かったけど、本当に必要かな。


「本当ナンセンスだよな。必要無いだろ正座とか」

「うん。私もそう思ってた」

「珍しく意見が一致したな」

「珍しく……ね」


 距離を感じさせる言葉だった。多分、もう私の事は眼中に無い。最初の頃こそ、AIの基礎について教えてあげられていたけど、今じゃ対等な関係。そんな私には、もう利用価値なんか無いとか思っているのかもしれない。春希は、もっと強くて、もっと興味を惹かれる対象に目移りしているようだから。


「ねね、せっかくだからちょっと寄り道して帰ろうよ」


 帰り支度を終えて外に出た所で、ふとした思いつきを口走ってみる。顔が紅潮しているのが自分でもわかった。


「こんな寒い中彷徨いて、明日ぶっ倒れても後悔しないなら」

「随分嫌味な言い方だね」

「だって寒いじゃん」

「こうすれば暖かいよ」


 私は思い切って春希の腕を両手で掴んだ。お前も紅潮しろっ。


「おまっ、今どういう時期だか知っててやってるのかよ」

「もちろん。クリスマスイブイブでしょ」

「大学の連中に勘違いされたらどうするんだよ」

「勘違いしてみるのもいいんじゃない?」

「……あぁもういいよ。好きにしろよ」

「うん。好き……にする」


 これはダメだったかな? それともOK?


「あーあ。皆楽しそうだね」


 そこら中を歩くカップルを見て、つい白いため息を漏らしていた。


「そうだな」


 素っ気ない返事が帰ってきた。これは本当に興味無さそう。

 イルミネーションのトンネルをくぐりながら、私は未練たらしく春希の腕にしがみついていた。会話はあまり無かった。そんな私達は、周りからどう見えていたのだろうか。


「あー、私ちょっと買い物してから帰るから」


 気付いたら、いつの間にか駅に到着していた。

私と春希の家の最寄り駅は1駅違い。私の方が近くて、普通列車で大体30分くらい。


「買い物? こんな時間にか? 重い物なら手伝うけど」

「いいよ。本当に大した事ないから」


 多分、今ここに褒め太郎が居たら、『大した事ない』の大した事ある確率100%とか言うんだろうな。


「わかった。寒いからあんまり遅くならないようにな。彩も明日は色々大変だろ」

「心配してくれてありがと。それじゃまた明日」

「また明日」


 春希の背中が駅の雑踏の中へ消えたのを見届けてから、私は踵を返した。私はあくまでやり残した事を片付けに行くだけで、決して『ここで春希が察してくれて戻ってきてくれるかも』とかいう妄想をしている訳では無い。決して。

 駅前を通り抜け、光り輝く樹のトンネルを通り抜け、大学の正門を通り抜け、そしてとうとう自分の研究室まで無事一人で戻ってくる事が出来た。


「やっぱ来なかったな。まぁ人生そんな簡単には行かないか」


 研究室の明かりを点け、お気に入りのアーロンチェアに腰掛けて、思い切りリクライニングさせる。これが私の作業開始スタイルだった。だけど、何だか作業をする気にはなれなかった。


「何かイライラするな~」


 無駄な時間を過ごした自分に対してなのか、無性に腹が立ってきたので、私はいつものストレス発散をする事にした。自慢じゃないが、私達の作ったAIは勿論あの怪物に勝つつもりで作ってきたので、並大抵の奴には勝てる。大人げないかもしれないけれど、時々ネット囲碁に放流して憂さ晴らしをしている。


「さーて、今日の獲物は誰かなっと。お、来た来た」


 対局部屋を作ったら、ものの5分で対戦相手が入室してきた。名前は『GUEST』という、非会員のデフォルト名。挨拶もできないマナー違反者だった。そんな失礼な君には、世間の厳しさと私の強さを嫌というほど見せつけてやろう!


 20分後の事である。囲碁というのは19×19の19路盤という物を使って行うのが一般的で、一局辺り大体1時間はかかる。しかしこの勝負はたった20分で終了したのだ。私のAIの敗北で。


「な、ななな……」


 画面上の『あなたの負けです』という黒いウィンドウには、呆気にとられた私の顔が映り込んでいた。対戦相手は、終わりの挨拶である『ありがとうございました』さえ言わずにそそくさと退室してしまった。こんなはずじゃなかった。やり場のない感情を、せめてこの対局で解消する筈だった。どうしてこうなった。


「あ~~も~~! SH●T! FU●K! SON OF A BI●CH!!!」


 アメリカで出会った人が言っていた。言語を覚えたいのなら、まずは悪口から覚えてなさいと。私は選り取りみどりの罵詈雑言をひたすら撒き散らしながら、決戦前夜を研究室で過ごした。


【2】


 昨日のアレは何だったんだろうか。いくら決戦前夜で緊張しているとは言え、あいつらしく無い。私のAIは常に最強だと、自信満々に宣っていたのは誰だ。不安げに『勝ちたい』とか言ったりして。勝ちたいんじゃない、勝つんだよ。勝たなきゃいけないんだ、俺は。


「あー、さむっ」


 待ち合わせ場所の駅前広場に、一際強い風が吹く。

 こんな寒い季節にも関わらず、今回の会場は湾岸部にある展示場だった。ここには過去、友人(少なくとも俺はそう思っている)と何回かイベントの折に来た事があるが、外で待たされている時の地獄ぶりたるや、凍え死ぬレベルだった。

 だが今回は見物人としてではなく、当事者としてだ。イベントの段取りの説明があるという事で、一足先に会場入り。外で待たされるよりも断然マシの筈。


「おはよ……体調は万全みたいだね」

「あ、あぁ……お陰さまで。そっちはちょっと眠そうだな」

「ん……別に」


 昨日の今日という事もあり、少し動揺してしまった。まだ腕に感触が残っている。あれは中々どうして緊張した。俺はああいう事に滅法弱いのだ。


「受付さっさと済ませて、会場入りしよっか。私達の息子の動作確認しないとね」

「『AI』だろ。やめろよ、人前で恥ずかしい事言うな」

「まだまだ理解が足りないね。私達にとってはもう、人格を持った一人の子と言っても過言では無いでしょ?」

「それにどうせ皆の前で発表されるんだから」


 彩は、AIには人格が宿ると事あるごとに言っていた。褒め太郎という例もあるし、その事に関しては俺も同意だ。だが今回の囲碁AI『HUNDRED』はあまりにも恥ずかしい名前の由来がある。開発が始まって、数日経ったある日の事だ。


「ここで重大発表があります」

「藪から棒にどうしたんだよ」

「この子に名前がつきました」

「いらねーだろ」

「要るよ。ほら、募集要項見て」


 『モノクローム・シンギュラリティ』の募集要項には、『クールな名前』を付けて下さいという事と、その由来を載せてほしい旨の文言が載っていた。


「下らねー。で、なんて名前なんだよ」

「HUNDRED。数字の百だよ」

「由来は」

「私の名前は九十九彩。あなたは一条春希。DO YOU UNDERSTAND?」


 流石、帰国子女。流暢な英語だった。だがそんな事はどうでも良かった。


「うわー、ベタだなー」


ようは、99+1=100だ。二人の共同作品という意味を込めるとの事だった。


「この子は、私と春希の子なの! 大事に育てようね」

「子ってなんだよ、子って」

「AIに人格は宿るんだよ。これ常識。いい?」

「……それについては別に否定しないけど、だからって俺達の子ってのは、恥ずかしいだろ。まさかそれで応募したんじゃないだろうな?」

「した。ウケそうでしょ?」

「ウケるかウケないかで決めるな!」

「いいじゃない。楽しい祭典なんだから」


 このように、余りにも恥ずかしい設定が運営側へと送られてしまい、今日に至る。

 会場へ向かいながら彩の説明を聞いていると、どうやらエントリーナンバーと名前が呼ばれた後、その名前の由来について説明が入る段取りらしい。俺、終わった……。


「あっ」


 呆気にとられて腑抜けた声が出た。トレードマークの白と黒を基調としたファッションに身を包み、長い黒髪をたなびかせる女性に、一瞬目を奪われた。女性初の七冠王、モノクロの女王。俺からしたら、メディアが付けた種々の渾名はどれも相応しくない。敢えて言うのであれば、碁石に恋した変態『揺木鷲子』だ。


「おはようございます。本日、ウチのAIがお世話になります、九十九彩です」

「おはよう。楽しい対局になるといいね」

「そうですね。それじゃ」


 今の彩は一番不機嫌なモードだった。後で癇癪を起こさないか早くも心配になってきた。というか、やっぱり何かあるだろこれ。


「よ、よろしくお願いします」

「よろしく。君達はカップルか何かかな?」

「えっ?」

「違いますから!」


 彩は烈火の如く肩を怒らせ、俺の腕を掴んで会場へ拉致していった。多分、地雷を踏んだのだろう。俺なんかとつがいに思われて、彩も迷惑している筈だ。変わらない。やっぱりアイツは相変わらず、百手先は読める癖に、空気の読めない女だ。


「さて、本日は皆様に歴史的瞬間をお見せする事が出来るかもしれません。『モノクロの女王』と謳われた稀代の棋士、人間代表『揺木鷲子』が、人工知能に敗北する瞬間を」

「第一回モノクローム・シンギュラリティ。揺木鷲子 VS HUNDRED。まもなく開幕となります!」


 大袈裟な紹介と共に、遂に開幕が宣言される。舞台には碁盤と二つの座布団、そしてAI用の機材がセッティングされており、ライトアップされている。


「はい。それでは、チャレンジャーの入場です!」

「じゃあ行くから」

「行ってらっしゃい」

「……機嫌直せよ」

「別に機嫌悪くないし」


どう考えても機嫌悪いだろう。


「チャレンジャー! HUNDREDと、製作者の一条春希さんです!」

「このAIは、AI研究の若きホープ九十九彩さんとの共同製作との事です。さて皆様、何となく察しているんじゃありませんか? そちらの方は『あっ』という顔してらっしゃいますね」


 わざとらしい導入と共に、HUNDREDの由来が紹介され、会場は割りと盛り上がっていた。超恥ずかしい。その恥ずかしさからいち早く離れたくて、俺は足早に座布団へと向かい、正座の体勢をとった。


「続きまして! 人間代表! 揺木鷲子!」


 会場が今までにない盛り上がりを見せる。それも無理はない。一応、モデルをやっているくらいだから、かなり見た目が良い。そこ目当てのファンが大多数だろう。

 あ、手を振ってる。ファンサービスもお手の物って訳か。相変わらずいけ好かない奴だ。


「おねがいします。一条さん」

「おねがいします。揺木さん」


 囲碁は礼に始まり、礼に終わる。これは彼女から教わった事だ。お辞儀をした後に目に入ってきたのは、あの頃から変わらない揺木鷲子の顔だった。


【3】


 5年前。俺は何でも出来ると思っていた。世間一般で言う『天才』という奴らしく、勉強・スポーツの何をやらせても圧倒的だった。学校では俺の事を羨む奴も居たが、それ以上に崇敬する奴も居た。天才科学者二人から生まれたサラブレッド。それが俺に与えられたポジションだった。正直に言えば、かなり気分が良かった。

 そんな俺が気になっていたのは、ある先輩の存在。当時はまだクラス内で話題になる程度だったが、後に女性初の七冠王を達成した神童だ。俺はそいつとの力比べがしたいと思っていた。クラスメイトによると、どうやらネット囲碁に今どき本名で出没しているらしかったので、俺はある時対局を申し込んでみた。

 囲碁は何回かやった事があったし、勿論負けた事は無かった。大人にも勝った。だから俺は鼻をへし折ってやるという姿勢でその対局に臨んだ。


「……くっそ」

「どうしたの春希?」


 ふてくされた俺を見かねて、帰ったばかりの母さんに声をかけられた。


「負けた」

「珍しいわねぇ。春希が負けるなんて」


 完敗だった。

 三本勝負で二連敗。これが俺にとって、誇張抜きで人生初の挫折だったのは言うまでもない。母さんの反応も『意外』という感じだった。


「ちょっとお母さん興味あるわ。変わってもいい?」

「……いいよ」

「お母さんが仇討ちしたげるからね」


 二連敗した俺は、PCの前から姿を消し、自分の部屋のベッドで突っ伏していた。

 頭が冷えた頃に部屋に戻ると、そこには何食わぬ顔で晩飯の準備をしている母さんが居た。そして少しだけ誇らしげに一言。


「仇はとっておいたから」


 母さんは本当に強い人だった。対局記録を見てみたら、確かにSYUKOというアカウントに一勝二敗である事が確認出来た。


「マジかよ。流石だな母さん」

「んー、でも一回だけだからねぇ。正直互角だったと思う」

「それって結構凄いんじゃ」

「そうねー。いやぁ、我が子が興味を持つだけの事はあるわ」

「は?」

「その子、有名な先輩なんでしょ? 一目惚れってやつ?」


 ぐい、と顔を寄せ、悪戯そうにそう言う。年の割には若々しい顔と、挑発的な目に飲み込まれそうになるが、すかさず反撃を繰り出す。


「何で知ってるんだよ! というか違うから!」

「まぁそれはそれとして教わってみなさいな。その子に色々と」

「……」

「お母さんね、嬉しいのよ。そういう子が春希の近くに居てくれて。前々から、私は春希には年上が良いって、ずっと思っていたし」

「結局そういう方面かよ」

「ただ単に春希は甘えん坊さんだって事よ。たまには私じゃなくて、別の人に甘えたら?」

「……っ」


 完全敗北だった。俺が母さんに勝てた事は、一回たりとも無い。だからノーカウントだ。


 一晩考えて、『教えを請う事』と『プライドを保つ事』の二つを天秤にかけた結果、俺は次の日に再びSYUKOに対局を依頼していた。苦渋の決断だった。ただ、面と向かって言う事だけは死んでもゴメンだった俺にとって、ネット囲碁という隠れ蓑は都合が良かった。


『良かったです。私ももう一局打ちたいと思っていました』


 明くる日、仮想の対局部屋に入り、開口一番に鷲子からかけられた言葉は意外な物だった。


『そうなんですか?』

『手を抜かれたまま勝ち越しても、私の気が収まらないので』


 どういう事かと一瞬頭の回転がストップしたが、すぐにわかった。ログを漁ってみたら、案の定、三局目の対局者は自分がすり替わった事に言及していない。

 ようは、一、二局目では手を抜いて、三局目で本気を出したという事になっているようだった。そんな誤解は早々に解こうと思ったのだが、母さん由来の悪戯心が働いてしまった。


『もう手は抜きませんよ?』

『望むところです。というか、最初から手を抜いて欲しくは無かったのですが』


 そして追加で二局ほどやった所で。


『あの、手は抜かないのでは?』

『今日はちょっと具合が』

『ふざけないで下さい』

『たまに覚醒する系なんです』

『何ですかそれは。バカにしているのですか?』

『違うんです。本当なんです』


 結果は言うまでもなかった。一勝した時の片鱗を一切見せられなかった。鷲子は完全にへそを曲げてしまった。しかし、何故か彼女が対局部屋を出ていこうとはしない。


『あの』

『はい?』

『ブラックリストってどうやって登録するのですか?』


 それを、これからブラックリストに入れようとしている奴に聞く神経は、未だに理解できない。昔からこういう奇想天外な所は俺をいちいち混乱させた。


『私、機械系に疎くて。これって同じ部屋に居ないと出来ないんですよね』

『そうですね』


 俺はさりげなく嘘をついた。別にブラックリストに入れる事くらい、トップ画面の名前検索からいくらだって出来る。名前だってログを漁ればすぐわかる。


『教えてください!』


 何だか悔しい。自分の悪知恵のせいなのは百も承知なんだけど、せっかく興味を持てそうな事を手放してしまうのは……何だか悔しい。


『あの、すみません』

『はい?』

『すみませんでした!』

『え?』

『僕は嘘をつきました』

『嘘ですか』

『三局目は僕が打ったのではありません』

『そうですか。では誰が』


 母さんと言おうとして、手が止まる。それこそバカにされる。ようは、自分ではなかった事さえ伝えればいいのだ。そう都合よく解釈した俺は、こう返した。


『囲碁AIです』

『囲碁AI? それは何ですか?』

『自分で考えるロボットみたいな物です』

『また嘘ですか?』

『本当ですよ。あなたは知っていますか、チェスの王者がAIに敗れた事』

『え?』

『そういう時代なんですよ』


 その後、色々とAIについて説明をしたら、鷲子は俺の話を信じ込んだようだった。もちろんそれは嘘では無かったし、母さんがAIの研究をしていたという事を鑑みれば、母さんがAIというのも言い得て妙だと思う。


『凄い時代になったのですね。怖いです』


 むしろAIが人を超える時、シンギュラリティの到来に恐怖さえ覚えていた。


『それで、僕はそれに頼りました。僕の実力はご覧の通りです』

『モヤモヤが晴れました。よかったです。どうしても腑に落ちなかったので、昨日は眠れなかったんですよ?』


 既に天才棋士として頭角を現していた鷲子は棋院に居る事が殆どで、学校に顔を出す事は少なかった。昨日は珍しく午前だけ来ていたが、確かにどこか虚ろな目をしていたのを微かに記憶している。


『お詫びとしてブラックリストに入れる方法は教えます。でも、一つだけお願いを聞いてもらえませんか?』

『この期に及んでお願いなんて図々しい人ですね。聞くだけ聞きますけど』

『僕に囲碁を教えてくれませんか?』


 答えは条件付きのYESだった。その条件というのは、たまにはそのAIとやらと対局をさせて欲しいという物。だが母は忙しい身だったというのもあり、その願いは結局実現しなかった。今思えば、そんな不誠実な俺に二年間も付き合ってくれた鷲子は、トンデモなくお人好しだった。


【4】


「ありません……」

「ありがとうございました」


 自分でもびっくりするほど、俺は囲碁にのめり込んでいった。今まで感じた事の無かった『少しずつ成長していく感覚』は、俺にとって最高の喜びだった。鷲子に憧れて入った棋院で、俺は着実に成績を伸ばしていき、プロ昇格の為の入段試験も突破する事が出来そうだった。そして俺は、棋院で白星をあげると、まるで親にでも報告するかのように、ネット囲碁のチャットで鷲子に自慢するのであった。


『鷲子さん。また強い奴に勝てたよ』

『やるじゃないか。レーザーマン』


 レーザーマンというのは、俺のネット囲碁でのハンドルネーム。由来は俺の苗字『一条』というのが、光線の数え方だった事。今思えば、彩とドッコイドッコイのセンスだ。


『私の指導のお陰だね』

『うんうん。そうだね』

『適当な言い方してる』

『本心だよ』

『プロにはなれそうか?』

『余裕だよ』

『慢心は良くない。それで私も、あのAIとやらに負けたんだから』

『あれは慢心してなくても負けたと思うけどね……』

『ほう。そういうなら今すぐ対局させて欲しいものだけど』

『メンテナンスが中々終わらなくて』

『君のAIはいつもそうだな』

『繊細なんだよ』

『……なぁ、そろそろ教えてくれてもいいだろ。君は院生の中の誰なんだ?』


 鷲子は、何かにつけては俺の正体を暴こうとしていた。さり気なく聞き出してくるものだから、俺が鷲子と同じ学校に通う後輩であるという事や、俺が不用意にプロ目前とか言ってしまったから棋院に通い始めた事もバレてしまった。とは言え、俺が棋院に通い始めた頃には鷲子は院生を卒業し、プロとして活躍中だったので、顔を合わせる事はあまり無くなった。せいぜい鷲子が公式戦でたまに来る程度だった。


『何度も言うけど、ネットでの個人情報の授受はマナー違反。そのアカウント名とかな!』

『こ、これは仕方ないだろ! そんなマナーなんて知らなかったんだから……』

『普通、名前を聞かれたら本名を入れるだろ!』

『ネットじゃ普通じゃないんだよ!』


 わりかし楽しかった。そんな楽しい日々がずっと続けばいいのにと思った。それが一回終わりかけたのは、母さんが失踪した時だ。


『え? 君のお母様が?』

『うん。居なくなったって』

『警察とかには言ったのか?』

『もう父さんが言ってる』

『そうか。それは……』


 何が起こったかはわからない。家に帰ってきて、珍しく父に迎えられたと思ったら、母さんが失踪した事を伝えられた。頭の中が真っ白になるという感覚を初めて味わった。


『大丈夫か?』

『まぁ、だいぶ落ち着いた』

『無理はするなよ。辛かったらお父様に正直に言うんだ』

『父さんは忙しいよ』

『じゃあ私でもいい。君が良かったら直接会う』


 俺はその申し出に半分だけ甘えた。流石に会うのは恥ずかしかったので、チャットで不安や悩みを聞いてもらった。実に情けないと思う。でも、そのお陰で俺は、一回は止めかけた囲碁を続ける事が出来たし、腐らずに普通に生活が出来るようになった。あの日、鷲子が電子の海から姿を消すまでは。


【5】


 妙に見覚えのある打ち筋だった。


「……」


 チラリと対局相手を見る。何だか難しそうな顔をしていた。多分だけど、年齢的には彼と同じくらいだ。それに彼は言っていた。AIに対局をさせたと。そう考えると、類似点は多い。偶然かもしれないけど。

 あれから彼はどう過ごしているのだろうか。お母様は見つかったのだろうか。プロになれたのだろうか。そうだとしたら、実はもう戦った事があったりするのだろうか。最初は下手だったけど、飲み込みが早いし、教えがいがあった。本当は実際に会ってみたかったけど、ネットのルールだと言って拒否され続けた。本当は会いたくなかっただけなのかな。それを確かめる手段はもう、自ら断ってしまったのだけど。


 私がネット囲碁を辞めたのは、3年前の事。あれは今思い出しても戦慄を覚える。突然対局部屋に入ってきて、挨拶もしない失礼な奴だと思ったけれど、ハンドルネームはGUESTだったので仕方なく許した。レーザーマン曰く、これは会員登録をしていない人は勝手にそうなる名前だそうで、マナーがまだわかってない事もあるから優しく対応してあげるといい、と。しかし結果は一勝二敗で負け。

 その正体不明さに私は恐ろしさを感じてしまった。ただ無言で、考慮時間無しでただひたすらに私を追い詰めていく様はまさに機械、それこそレーザーマンの言っていたAIとでも戦っているような感覚だった。


 今の私の対戦相手「HUNDRED」は、考慮時間を人並みにとっている。では何故、私はこの相手の打ち筋に対し、3年前受けた恐怖と、5年前受けた感動を同時に感じているのだろうか。一、二局目のレーザーマン、三局目のレーザーマン、そしてGUEST。全てを感じさせるこの相手は何だ。もし、君がレーザーマンなのであれば教えて欲しい。この三者は皆、君なのか? それとも全員違うのか?


「さて、両者共に終局の宣言です。これより整地に入ります。あ、整地と言っても、この後に皆様が行くかもしれない薄い本が沢山ある『聖地』とは違いますよ?」


 気づけば終局。全く集中出来なかった。司会のよくわからないアナウンスを右から左に受け流しながら、私は整地作業に入る。とは言え、もう勝負の行方はわかっている。ここまでで一勝一敗。そしてこの対局、白の1目半勝ちだ。


「いい試合だったよ」

「ありがとうございます」

「結果が出たようです! な、なななななんと! チャレンジャー『HUNDRED』が見事勝利しました!」

「おぉぉぉぉぉぉ!!!」

「……ふぅ」


 息をつく。終わった。長いようであっという間だった。負けたという事実は、今の所はどうでもよかった。それよりも知りたい事がある。正座を崩して立ち上がり、彼の傍らにしゃがみ込んで、小さく呟いた。


「君は……」

「はい?」

「君がレーザーマンか?」

「……」


 一条さんは少しだけ俯いて、首の後ろを手で掻きながらこう呟いた。


「66%正解です」


 66%。つまり約3分の2。五年前の対局の内、二局が彼で、一局がAIだと言う意味だろうか。


「そうか。お母さんは見つかった?」

「いや、まだまだだよ」

「プロにはなれた?」

「もう辞めた」

「何故?」

「……それは言えないよ」


 言いにくそうな彼の顔を見て、私はすぐに質問を変えた。


「このAIはようやくメンテナンスが終了したんだね?」

「……これを作り始めたのは、あの時よりも後だよ」

「なんだって? それじゃあ私は旧型に負けたのか……」

「いや、違う。もうこの際だから正直に言うけど、あの時の三局目は俺の母さんだ」

「君のお母様?」

「二回も嘘をついてごめん」


 あぁ、お忙しいと聞いていたから納得だ。三年前からもう叶わない夢だったんだな。


「……君は三年前に、私がネット囲碁を辞めた事を知っているか?」

「……っ。知ってるよ」

「私は見知らぬGUESTとか言う奴に負けて、怖くなって逃げ出した」

「……」

「そのGUESTというのは本当は君か、もしくはそのAIだったんじゃないのか?」

「違うっ!」

「……!」

「……ごめん、鷲子さん。俺、行くから」

「あ、待って!」

「あーちょっと!? この後、勝者へのインタビューが……」


 私や司会の制止を振り切って、彼はその場を去ってしまった。

 結局、私はどうしたかったのだろうか。彼と話がしたかったのか。久しぶりに対局したかったのか。ただ単に真相を知りたかったのか。


「あの」

「……あ、はい。何ですか?」


 会場を離れて楽屋へ向かう途中、思索にふけっていると、声をかけられた。その相手は、彼と一緒に居た共同製作者の九十九さんだった。


「ちょっと言いたい事があって来ました」

「言いたい事? 何かな?」

「GUESTって知ってますか」

「え? ゲスト?」

「ネット囲碁の事です」

「あぁ……それがどうしたの?」

「あなたを負かした正体不明のアカウント。それと私の息子は昨日偶然対局したんです」

「何ですって? 昨日現れたの? というか息子?」

「HUNDREDの事です。たった一戦でしたが、ボロ負けでした」

「……! そうなの?」

「はい。それでもう私錯乱しちゃって……やっと冷静になれましたけど、揺木さんはあれの事、どこまで知っているんですか?」

「私が教えて欲しいくらいだよ。彼は関係者では無いのか?」

「春希の事ですか? わかりませんよ。あ、というかもう一つ」

「ん?」

「アナタ。春希とはどういう関係なんですか?」

「どういう関係……ってそんなに睨まないで欲しい」

「付き合ってるんですか!?」

「え? 君たちの方こそ、そうじゃないのか?」

「私の事なんて眼中に無いですよアイツは」

「……そうか。まぁ、私もそちら側の人間なのかもしれないね」

「どういう事ですか?」

「私はね。私の弱さ故に、彼から見限られたんだよ。多分」


【6】


「ただいま」


 返事は無い。ただ俺の声だけが、家の中で木霊している。

勝利後の余韻は特に無い。勝って当然、いや勝ってもらわなくては困るんだ。


「流石母さんだ。あの鷲子にだって勝てるんだからな」


 俺は自室のパソコンに向かって、そう言った。HUNDREDは鷲子に対して見事に勝利を収める事が出来た。これでまた一歩、母さんに近づいた。でもまだ足りない。これだけでは母さんにはまだほど遠い。


「……俺には母さんが居ないと……やっぱりダメなんだよ……」


 母さんが失踪して四年という月日が経っていた。当時、喪失感から俺を救ってくれたのは鷲子だった。誰も寄せ付けない完全無欠さが俺を包み込んでくれた。でもそれは、三年前に打ち砕かれてしまった。正体不明の気まぐれ『GUEST』によって。

 GUESTに敗北した鷲子は、ネット囲碁から姿を消し、俺はまた一人になってしまった。学校で鷲子と何回か会ったが、声をかける事は出来なかった。自分が縋っていた存在が負けたという真実を知るのが怖かったからかもしれないし、単純に恥ずかしかったからかもしれない。どちらにせよ、俺と鷲子の繋がりを自ら断ったのだった。


「ただいま」


 そうタイピングをすると。


「おかえり春希。まずは手を洗いなさいっ」


 こう返してくる。たまに


「おかえり……あら、随分嬉しそうじゃない。さては彼女出来たな?」


 と、返してくる。ここには確かに母さんが居るんだ。

母さんはいつも忙しい人だったけど、家に居る時はごく普通の母親だった。息子を可愛がり、時に叱り、時にからかう。一人で居ることが多かった俺よりは流石に下手だったけど、料理もしてくれた。自慢の母親だった。


「そういえばマザコンはモテないって、誰かが言ってたっけなぁ」


 ふと浮かんだその言葉は、他でもない母さんの言葉だった。


「ごめんよ、母さん。俺、今は母さんの事しか考えられないや」


 最初は会話BOTからだった。今から二年前から製作が始まったそれは、今では俺の母さんに近づいている。決して肌に触れる事は出来ないけど、決して笑顔を向けてはくれないけど、決して叱ってはくれないけど、俺の目の前に居るのは確かに俺の母さんなんだ。


【7】


 モノクローム・シンギュラリティから数日後。私は、ある人物と喫茶店で会うことになっていた。


「おはようございます」

「おはよう。今日はいい天気だね」


 見渡す限りの曇天を仰ぎ見ながら、モノクロの女王はそう言った。


「私は青空が嫌いでね。曇りの方が好きなんだよ」

「そうですか」


 まさにモノクロの女王という訳だ。


「春希はAIで人格の再現を試みようとしているみたいなんです」

「人格の再現だって? そんな事が可能なの?」


 鷲子さんは目を丸くしてこちらを見てきた。


「さぁ。それに解を出すにはまず、何を以て人格と判断するかという命題に答えないと」

「何だか難しいんだね。それにしても彼は一体誰を……あぁ、失踪したお母様か」

「そうかもしれませんね。ところでこの失踪は私達研究者の中でも結構大きな事件だったんです」

「著名な研究者だったのかな?」

「著名なんてものじゃないです。我が国の人工知能研究の最先端を行っていた方ですから」

「そりゃまた凄い」

「あと、お父様も脳科学の第一人者なんですよ」

「サラブレットだったのか。どうりで」


 納得いったという感じで、コーヒーを口に含む鷲子さん。その私は彼の事をよく知っているのよ、という態度は少し腹が立つ。


「それで、用件というのは? まさか彼に関する情報をタダで提供してくれる為だけに私を呼んだ訳じゃあるまい?」

「私に協力して下さい」

「協力! 意外な言葉が出たね」


 またもや鷲子さんは目をまんまるにしていた。この人、結構面白い人かも。


「今の春希は何かに囚われているように感じます。なので、目を覚ます必要があるんです」

「ふんふむ」

「GUESTを倒すんです」

「なるほど、君もそう思っているんだね。わかった。協力しよう」


 鷲子さんは私の説明を半分も聞かずに私の申し出を快諾した。


「私はまだオカルトの域を出ないとは思ってますけどね」

「そうあるべきだ。私のようにフワフワしていては、研究者など出来ないよ」

「でも一条夫婦は、そんなオカルトを現実にしてきたんです。あり得ないと言えないのが怖いんですよ」


 脳のソフトウェア化。人格の完全再現。シンギュラリティのその先には、そんな事も当たり前になっているだろう。それは30年後の事か、あるいは来年の事か、もしかしたら既にそれは過去の出来事なのかもしれない。もし、人が生身の身体を捨てて、電子の海の中を自由に駆け巡るようになったらどうなるのだろうか。


「では仮に、それが真実だったとしても」

「はい」

「いい大人が挨拶無しにいきなり対局というのは、やっぱり失礼じゃないか?」

「ごもっともですね」

「そんな無礼な奴にはもう負けない。私の強さを見せつけて、春希を呪縛から解き放ってやろう」


 不敵な笑みを浮かべる鷲子さんは、とても頼もしく見えた。しかし、同時に何だかジェラシーを感じてしまう私も居た。


「私もあの対局をもう一度解析し直してみます。サンプルは多い方がいいですし」

「よろしく頼むよ」

「後は都合よくあの神出鬼没のBI●CHが現れてくれれば……」

「君は意外と汚い言葉を使うんだな……」

「ハッ……ごめんなさい」


 つい本音が出てしまったようだ。


「さて、では行こうか」

「そうですね。よろしくお願いします」


 喫茶店の扉を思い切り開けて、私達は二人で研究室へと向かっていく。シンギュラリティを超える為に。

実はこれ、現在構想を練っているノベルゲーシナリオのBAD ENDだったりします。

マザコンENDとでも言うのでしょうか。

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