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明るい未来のために  作者: 秋桜
7/11

出会いは突然に

 放課後までなにもされなかったのは、昼休みの一件のせいもあるのだろうか。もしそうならば、なんと単純で分かりやすいのだろうか。もともとなぜ史也がイジメを受けるようになったのかも分からない。推測はできるが、それが正しいとは言い切れないのが現実だ。


 鞄に教科書や筆記具を収めて、早々に教室を出ていく。クラスメイトにめんどくさいイチャモンをつけられるのを避けるためである。イジメをしている者はイジメる対象に対してイジメる理由はない。必要ならば適当に理由をつけるのが定石だと考えている。そんなくだらないことのために付き合ってやるほど歩はお人好しでもないし、義理もない。背後に見えないがイザナの気配を感じつつも、まっすぐに昇降口へと向かう。


「ん?」


 昇降口の下駄箱にたどり着いた歩の視界に入ったのは、可愛らしい茶髪の女子生徒。身長的には今の史也とそう変わらない。彼女は困惑したような表情をしてしゃがみこみ、自分のローファーを眺めている。


「……どうしたんですか?」


「ひゃ!」


 何となく気になって声をかけると、彼女はひどく驚いたように小さく悲鳴をあげた。悪いことをしたな、なんて軽く申し訳ない気分になりつつ、歩は彼女のローファーを覗きこむ。しかしローファーに違和感はない。


「な、なんやぁ……。一年生かぁ……」


 女子生徒はこちらを見るや否や、安堵したように吐息を漏らす。やはり上級生だったようだ。歩は同じようにしゃがみこんで相手の視線に合わせるようにした。


「たいしたことないんやけどなぁ? 親がサイズ間違えて買うてもうたらしくて、きついんよ」


「小さいんですか?」


「そうなんよぅ。行きしはなんとか我慢して登校したんやけど、さすがに帰りは辛いなぁ思てたとこなんやぁ」


 やけに間延びする独特な方言。新鮮味を感じつつも、男の歩にはどうしてやることもできない。予備があったならば男物の靴を貸すことも可能だったかもしれない。サイズが大きかったならなにか詰め物をすればどうにかなったのだろうが、残念なことに小さいサイズらしい。


「お友達さんに予備があったら借りれるんじゃないんですか?」


 細やかな提案をしてみる。しかし、彼女はガクンと項垂れるように顔を膝に埋めた。


「せやなぁ、友達の予備なぁ。ないんよ……。泣いてええ?」


「いやいや、なんでそこで泣こうとするんですか。やめてください、俺が泣かせたみたいになります」


「あはは、キミ面白いなぁ。……しゃあない、我慢して履くわ。心配してくれてありがとうなぁ」


「でも、サイズ合わない靴は足に良くないですよ。俺ので良いなら貸しますし」


 予備なんてないのに、ついつい言ってしまったのは、目の前にいる困っている人を放っておけない歩の悪い癖だ。


ーーちとキツいけど、職員室かなんかでサンダルを借りればいいだろ。さすがに女の子にサンダルで帰宅させられねぇし。


「え、でも。キミは予備あるん?」


「大丈夫です。気にしないで借りてください」


「そう? じゃあ、借りさせてもらうわ。ありがとう。キミ、名前は?」


 女子生徒は立ち上がると、歩を見て感謝の言葉と共に名を尋ねてきた。初対面に名を尋ねるときは自分から名乗れなんてツッコミは飲み込み、歩も立ち上がって自己紹介をする。


「遠藤史也です」


「史也くんやね。うちは三年の春日井千晴(かすがいちはる)。ちゃんと靴は返すから。本当にありがとう」


 さっきまでこの世の終わりみたいな顔をしていた千晴は満面の笑顔でそう口にし、歩が出してきた靴に足を入れて、何度目かの感謝を述べてその場を去っていった。


 千晴の背中を無言で見送っている歩に声がかけられる。


「可愛い子でしたね、惚れました?」


「急に出てくんな変人」


「うわ、酷い」


 からかうような声音のイザナに振り向きもせず吐き捨てると、彼はたいして傷ついていなさそうな声で返す。上履きのままで職員室へ足を向けて歩き始め、そのあとを追うようにイザナがついてきた。


「あの方言からして関西出身の子のようですね」


 どうやらめげずに話しかけるつもりらしい。ずっとスルーしていたいが、横で話しかけられ続けられると煩くて敵わないので、仕方なしに会話に付き合うことにした。


「そうだな」


「それにしても本当に可愛らしかった。貴方もそう思いますよね?」


「年下に興味ねぇよ」


「おや、歩さんは年上好みですか? 意外ですね。でも今は年下じゃないですか」


「史也が、だろ」


 頭で理解していても、やはり気持ちはどうしても納得できない。史也の身体に宿っているが、その魂、精神は高校生である歩だ。簡単に年上なのだという認識ができるわけない。


「つぅか、もう黙れ。俺が独り言してるように周りには聞こえるんだぞ。変人のレッテルを貼られてたまるかよ」


「なんだ、つまらない」


ーーつまらないとか言うなよ。


 内心ツッコミを入れつつ、歩は職員室にたどり着くと躊躇(ちゅうちょ)なく中に入って、まだいる教師一人を捕まえると事情を説明し、容易にサンダルをゲットしてみせた。


 職員室を出るや否や、イザナから教師の扱いが上手いだのなんだのと(はや)し立ててきたが、すべてスルーしてやった。いちいちイザナのお喋りに付き合ってやるほど暇ではないのだ。


 まだイジメがなくなったわけではない。明日になればまた新たなイジメが始まるだろう。その対策や対処を模索しなくてはならない。いかんせん、イジメられたことも、したこともない歩には大した対策や対処が思い浮かぶなんて思っちゃないない。できることは、クラスメイトの隙をみて上級生と接触することぐらいだ。


ーー偶然にもいきなり上級生と知り合ったけどな。


 しかし、歩のなかでの上級生は男子オンリーだ。女子になにかできるとは思えない。


ーーどうにかして不自然なく知り合う方法を考えないとな。


 運動部に入れば問題は解決しそうだが、上下関係だけの間柄で終わる未来しか想像できない。ゲームセンターにでも出向いて趣味の合いそうな相手を見繕(みつくろ)うという手もないわけではないが、いかんせん歩はゲームを得意としないうえに知識もない。母子家庭ゆえにゲーム機なんて買ってもらえる状況ではなかった為、テーブルゲームぐらいしかやったことがないのだ。


 なんの解決策も見出だせないまま、歩は一人帰路につくしかなかった。


 翌日、家にあった予備の靴を履いて、昨日に借りたサンダルを袋に詰めて登校した。二日目ということもあり、今回はイザナを呼びつけることはしない。本音を言えば、何かある度に話しかけてきて鬱陶(うっとう)しいからである。各授業の合間にある十分ほどの休み時間を使って、まだ行っていない教室や各特殊教室の場所を把握(はあく)しておかなければならない。やることはまだまだある。


ーーある意味充実した日を過ごしてるな、俺。


 なんて感心しつつも、一度学んだ教科を受ける。親に負担をかけたくなくて、勉強を疎かにしたことはない。死ぬまでは常に全教科80点台をキープしていた。


ーー復習にちょうどいいけど、分かりきっている内容はやっぱり暇になるな……。


 教師が言っている説明は、すでに歩には理解しているもので、たぶん今抜き打ちテストをされても高得点を取れる自信がある。思わず出そうな欠伸を噛み殺して、歩は義務的にノートに板書した。史也がどんな成績を取っていたのかは知らないが、そこまで合わせてやる義理はないだろう。






 一限目が終了して、教科書や筆記具を机の中に突っ込むと短い時間の探検を済ませようと立ち上がる。その時にクラスがざわついた。何事かと視線を上げた先に、昨日出会った三年の女子生徒、春日井千晴が教室の入り口に立っているのが映る。


「あ、おったおった。史也くん!」


 彼女は、こちらに気づくと嬉しそうに手を振ってきた。


ーーおいおい、なにしにきたんだよ。


 今から学内探検をしようとしていた歩には、千晴の出現はこれからの行動の邪魔に見えた。冷静に考えれば、靴を貸した歩に靴を返しに来たか、改めて礼をしに来たと取れる行動だ。


「まだ教室にいといてくれて助かったわぁ」


 あれだけ名指しをされてしまっては、気づきませんでしたと言えない。渋々彼女のもとまで行くと、身長の変わらない千晴がホッと安堵したように告げる。


「どうしたんですか」


 クラスメイトの痛い視線を背中に感じながら、早く用件を済まして欲しいと願う。


「昨日はありがとうなぁ。ほんまにうち助かったんよ。あの後、親にサイズ合わせたやつ買うてもろたから、早いうちに史也くんに返そ思て」


 千晴はそう言うと、手にしていた袋を差し出してくる。そこでようやく彼女がどうして下級生の教室までやってきたのか歩に理解できた。


「いいんですよ、困ったときはお互い様ですから」


 笑顔で返すと、千晴は小首を傾げて不思議そうに目を丸くする。


「昨日から気になっとってたんやけど。史也くんて、一年生のわりに敬語しっかりしとるねぇ」


「え、そうですか?」


ーーしまった、もっと砕けた敬語の方が良かったか!


 年上にはちゃんとした敬語だというものがバイトで培われていたせいで、癖になっていた。たしかにこの間まで小学生だった子供が簡単に敬語を話せるわけもない。やってしまったことを取り繕っても失敗するだけなので、そういうことにしておこうと歩は勝手に決めつけた。

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