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明るい未来のために  作者: 秋桜
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ここから始まる2


 なんとか無事に席に着くことができてから、無言のままにニコニコと不気味に笑うイザナを小さく用はないとばかりに手で追い返す真似をする。すると少々不服そうな顔をして姿を消した。


ーー横で俺だけが見える男が立ってるとか……ないわ。


 気が散って仕方ない。あの男の事だから、授業中無駄に話しかけて来かねない。または終始ニヤニヤしているに違いない。まだ三回くらいしか会っていないのに、彼が分かりつつある自分が嫌になってくる。







 ホームルームと1限の授業が無事に終了したが、担任は歩の机の上にある花瓶に一瞬ビクついていたの見逃さなかった。まぁ、あからさまなイジメの典型を置いたままに授業を受けていたのだから。花瓶を倒さないようにするほうが大変だったのはここだけの秘密にしてもらいたい。


「よう、史ちゃん」


 次の授業までの休み時間に、一人のクラスメイトが声をかけてきた。見上げるとあからさまな企んだような笑顔。


ーーなるほど、こいつがイジメをしてる一人か。


 第三者的な感覚で歩はそう思った。どうやら呼び出しらしい。昼休みに裏庭に来いとのことだ。まさに典型的な呼び出しだなと、しみじみ思う。ドラマとかマンガとかでしか見たことのないシーン。それが自分に降りかかっているわけだ。とりあえずここは大人しく従って様子を見てみることにする。





 昼休み、教室で弁当を食ってからイザナに案内されて裏庭に向かったら、クラスメイトが三人すでに来ていた。その顔はかなりのお怒りモードだ。


「てめぇ、なに俺らより堂々と遅刻してんだよ! 舐めてんのか!?」


ーーえ。遅刻って飯食ってそれなりに急いできたんだけど。


 ピリリとした緊張感のなか、どこからともなく「ぐう」という音が聞こえた。


 聞こえてきたのは腹の虫。


ーーこいつら、まさか。


 律儀に昼食も食べずにこの場所で待っていたというのか。昼休みはすでに15分は過ぎている。残りの時間はそう長くはないはずだ。


ーーマジかよ、飯食わずに呼んだ奴を律儀に待つとかどんだけアホなんだ。


 これを笑うなと言うほうが無理があるだろう。しかし、笑うのは折角待ってくれていた彼らに失礼なので、なんとか堪えることにした。


「で、用件は?」


 歩にとっては全員が年下だ。恐れる対象にはならない。なので普段通りに返すことにしたら、どうやら言い方が気に入らなかったのか、なにやらすごんできた。


「遅刻しといて何様のつもりだ、史ちゃん」


「ここに呼ばれたってことは、わかってんだろ?」


 腹が減って機嫌が悪いのか、いじめている対象がやたらと生意気なのが腹が立つのかは知らないが、おそらくは両方かもしれない。


ーーいや、分かれってほうが無理あるだろ。用件言えよ、面倒臭ぇな。


 内心悪態をつきつつ、平静を保ちながらわざとらしく分かりませんという表情をしてみる。すると一人が胸倉を掴んできた。


「金寄越せってんだよ! いつもやってることだろうが!」


ーーああ、なるほど。これが恐喝か。たしか百万ぐらいは取られてんだっけか。


 あくまでも第三者の感覚だ。物語の主人公目線という感じだろうか。年下にこんな風にされても、やはり恐怖はなく。歩はあからさまなため息をついた。


「てめぇ、舐めてんのか!?」


 歩の態度が気に入らなかったのだろう。胸倉を掴んでいる一人が更に手に力を込めるのを歩は見た。彼らにとっては大人しかっただろう史也が、復帰直後にやや反抗的な態度をしたと見えているのだろう。残念ながら中身は違うのだ。


「あのさ、これって恐喝だよな? 立派な犯罪だよな?」


「!」


 胸倉を掴まれたまま歩はまっすぐに目の前のクラスメイトを見て問いかける。


「刑法249条。人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する」


「なっ!」


「今まで俺にどれだけの金を奪ってきたんだろうなぁ? 同じことをこれからも続けるようなら、証拠を取って弁護士に頼むことにするよ。きっとあんたらの親にかなりの負担がかかるかもな」


 とは言っても、年齢的に少年法が適用されるだろうから、処分としては少年院行きになるぐらいだろうか。歩は復帰までに彼らの史也に対するイジメの数々と、それに見合った罪状をネットを駆使して調べていた。どんな罪状があったとしても、年齢的に少年法で守られてしまうわけだ。実に被害者に優しくない法だとつくづく思う。


「さあ、その手離してくれない? 俺早く教室に戻りたいんだよね」


「……」


 納得はしていなさそうだが、悔しそうな顔をして手を離すところから根は正直なのだろうと見てとれた。覚えてろよ、なんてありきたりな捨て台詞も吐いて走り去るのを歩は小さく吐息を漏らして見送った。 


「さて、どうしますかな」


 歩は腕時計で時刻を確認してから午後の授業までの時間をどう潰すか考える。クラスメイトは史也にとって敵だ。教室に休まる場所はないだろう。他のクラスに友人がいる様子は日記を見る限りなかった。むしろクラスメイトだけでなく、他のクラスの生徒も微妙な関係らしい。こういう時の同級の変な団結力は面倒なところだ。


「となると、まずは上級生を味方につけるか。中学くらいから上下の縦社会を学び始めるしな」


 皆仲良しこよしの小学生の頃とは違う。上級生は優しいお兄さんお姉さんという甘い関係は小学生までだ。中学に入れば部活があり、そこで上下関係のルールを学ぶ。力関係というやつだ。


「俺にとっちゃ二年も三年も年下だけど、史也には違うから、その意識もしておかないとだ」


「熱心ですねぇ」


「うわっ! まだいたのかよ」


「人を水先案内人みたいにこき使っておいて酷くないですか、それは」


「あ……、わりぃ」


「まぁ、いいですけどね」


ーーいいのかよ。


 心の内でツッコミを入れるのが、癖つきそうな気がしてきた。


「で、どうやって上級生を味方に?」


「味方にするよりも、先にするべきことあるだろ?」


「と言いますと?」


「仲良くなること。だ」


「なるほど」


 信頼関係を気づけば、人は相手を裏切る真似はしない。そのためには相手に誠意をもって接するのが必要になってくるだろう。幸い、歩はついこの間、自分が年上にどう思われていたのか目の当たりしところだ。攻略すべきは大人ではないから、すんなりとうまくいくとは思わない。


「ま、どうにかやるさ」


 やや心配そうにしているイザナにそう告げて歩は、裏庭を後にした。

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