ここから始まる
遠藤史也はイジメに遭っていた。それを苦にして自殺を選択。しかし肉体は打撲のみで死には至らなかった。だが本人は自分が死んだと思い込み、魂のない肉体に彼の代わりに入ったのは、文也を助けた少年、逢坂歩。助けたことにより、その代償にて肉体は滅びたが、魂は死ぬことを望んではいなかった。そこで狭間に住む者が、魂の入れ替えを為した。
たとえ本人が望んでいなくとも……。
あの自殺未遂以来から早一週間。体が本調子ではなかったこともあり、それだけの期間を休ませてもらった。その間、LIMEでは史也に対する誹謗中傷が絶え間なく続いており、歩が「こいつら暇なのか?」なんて呑気に思うぐらいには頻繁に流れている。本人がいないから、本人が見ているだろうグループで貶しているのだと推察する。
「イジメすんなら、徹底的にしろよ。家に行くとかさ」
イジメなど、本人がいなければ何の意味もなさない行為だ。弱い者を叩くことで優越感を得る。またはストレス発散の獲物といったところだろう。そのくせ、家に訪問して呼び出すこともしないし、複数で一人を追い詰めるところから、歩はイジメの首謀者と実行する人間は、一人では何もできないヘタレなんだと既に決めつけている。
「ま、別にいいけど」
ねちねちされるのは気に入らないが、負けてやるつもりはさらさらない。せっかくの中学生生活を、こいつらたちの好き勝手にはさせない。
「さあて、学校復帰一日目がんばるか」
歩は制服に身を包んで、部屋から元気よく出ていった。
朝食を済ませて、早々に家を出るとさっそく近くにいるだろう胡散臭い男、イザナを呼び出す。しばらくして「簡単に呼びつけないでくださいよ」なんて言いながらイザナは姿を現した。相も変わらず彼は周りには見えていない。
「うるせぇ、史也の学校と教室、そして席を案内しろ」
「うわぁ、呼び出して早々にこき使いますか。まぁ、いいですけどね」
教えるつもりでしたし、なんて余裕ぶった表情を浮かべてイザナは言った。この男の癪に障る言い方は変わらないようだ。
学校までの道中をイザナに案内されながら、周りを気にしつつ会話をする。史也の自殺の原因や、それをどう対処するのかなど、対策はまだまだ立てられていないが、立ち向かうことだけは決めたので、その旨を伝えるとイザナは手を合わせて、わざとらしく感動してみせた。
ーー殴りてぇ。
そんな衝動を抑えて学校に辿り着くと、それはもう立派な私立の中学校であった。まだ初々しさが残る一年生らしき生徒や、慣れたように歩く二年生らしき生徒、そして妙に貫禄があるように見える三年生らしき生徒。それでも歩には全員が年下だ。生徒それぞれに個性が見え隠れする中、歩はイザナを引き連れて史也の教室へと向かった。
教室に近づくにつれて、すれ違う生徒がこちらを見てひそひそとしているのを歩は気づいていた。恐らく自殺未遂した生徒が登校してきたのに驚いているのだろう。影でこそこそされるのは気に入らないが、問題はそこではない。教室の扉を普通に躊躇いもなく開けると、横でイザナがなにやら関心していたがスルーすることにした。
イザナに案内されるまでもなく、史也の席が分かる。なぜなら他の席とは違い、そこだけ花瓶がポツンと置かれていたからだ。安直な状況に歩は思わずため息をついた。嫌味にしても、他にやり方があっただろうに。所詮はこの春までは小学生だっただけはある。
クスクスと笑われているのをスルーして花瓶の置かれた席に近づき、花瓶に触れると鼻を近づけて臭いを嗅ぐ。どうやら今朝に誰かが生けてくれたのだろう。歩は花瓶を律儀に机の端に置くと、落書きされた机を凝視した。
ーーうわぁ、これもテレビとかと同じかよ。
そこには油性ペンや彫ったような文字で、史也をバカにするようなことが書かれていた。典型的過ぎて、逆に拍子抜けする。
典型的なイジメの内容に呆れつつも、とりあえず他になにかないかと机の周りを確認。椅子に異常なし。接着剤とか何かしらの仕掛けがあるかとも思ったが杞憂に終わった。
机の中には、これでもかと言うほどゴミが押し込められていて、歩は「ゴミ箱に入れるより面倒じゃね?」なんて内心ツッコミを入れたが、とにかくこれでは授業も受けられないので、近くにあったゴミ箱を持ってきて中身を全て捨てた。ジュースの入った缶やら、コンビニ弁当の食べ差しやらご丁寧に入れてくれたおかげで、机の中は生ゴミ臭い。
ーー陰湿だなぁ。
こんなものでへこたれるつもりはさらさらないが、毎日続くとなるとそれなりにストレスは溜まりそうだ。
ーーイジメする労力を他に使えばいいのに。
こんな姑息なことをするぐらいなら、自習なりしておいたほうが受験する三年の時に役立つと思う。
ーー暇を持て余した結果だな。一年だからこそできるのかもな。
三年になれば受験シーズンだ。イジメをしている暇などないだろう。高校行かずとも就職活動するにしても暇はない。それでもやるのは単なる馬鹿か、よほど受かることに自信を持っているかのどちらかだ。
ーーまぁ、それまでにはイジメを無くすつもりだけどな。
机の中のゴミを綺麗に捨てて、ついでに掃除用具入れから雑巾を取り出して濡らしに行ってから、ちゃんと中の汚れも律儀に拭っておいた。その間にイザナにはクラスメイトたちが余計なことをしないか監視してもらったわけだが、どうやらなにもなかったらしい。