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明るい未来のために  作者: 秋桜
3/11

それは突然に……。3



 面識のない史也の両親が戻ってくるや否や、歩は少し前に発言してしまったことに対して軽く後悔していた。あの胡散臭いイザナが言っていたように、目が覚めてすぐに両親を誰呼ばわりしたことが原因である。


 担当医によって簡単な触診や問診を受けた後、次はMRIまで受ける羽目になった。魂が違うだけで、体は打撲しかないないのだから何も出るわけもなく、医者の結論は事故による一時的な記憶障害だということにされた。


 歩としては、その結果にされたほうが少々変なことを口にしても記憶障害で済ませられるので助かるのだが、両親の落胆した表情を見ると複雑な気分になる。


ーーそもそも魂、精神が別人なんだけど。さすがに言えるわけねぇしな……。


 信じてもらえるとは思えないので、この事だけは墓まで持っていこうと決めた。



     ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 全身の打撲だけだったこともあり、命に別状もなしということで、翌朝には退院することになったが、歩は昨日イザナが話していた自分自身の葬儀が気にかかっていた。


 無理を言って打撲痕を隠すように包帯や、湿布などで誤魔化して、制服である黒色の学ランで史也の両親と共に葬儀に参列する。


 葬儀場の(のぼり)に、自分の名前が大きく書かれているのを見て、へんな気分になる。今から自分の葬儀に参列するのだ。ごくりと息を飲んで、ゆっくりとその入り口に足を踏み入れる。周りは予想通り黒服の参列者たち。大半が親戚か近所の人だ。


ーー人は死んだら、その価値が分かるって言うけど、こういうことなんだろうな。


 参列者の数。それが故人が残した人徳というものか。学校では友人付き合いを優先していなかったこともあり、学友の姿はかなり少ない。


ーーだけど……。


 ちらほらと見えるのは歩が今までやってきたバイト先の人たちだ。同世代から、母ぐらいの年の人。ありとあらゆる年代のバイトの関係者が参列しているのを見て、歩は鼻がツンとするのを感じた。


ーー俺、ちゃんと絆繋げられてたんだな。


 母を助けるために、どんなに疲れていても遅刻や欠勤はしなかったし、慣れないバイトだって努力と根性だけで続けてきた。時にはバイト先のおばさんに煮物を貰ったり、お菓子をもらったり、バレンタインには女子メンバーから義理だと分かるチョコをもらったこともあった。そのすべてが社交辞令でもなんでもなかったのだと思うと、無性に泣けてきそうになる。


 会場に入ってすぐに目についたのは、祭壇に置かれた自分の遺影。親孝行だって言って母と一緒に去年旅行に行ったときの写真だ。


「史也、あそこ」


 耳元で史也の母親が囁きながらとある方向を指した。そこには無表情で焼香してきた参列者に頭を下げている歩の母の姿。さんざん泣いていたのか、彼女の目元は赤く腫れぼったく見える。


ーー母さん。


 いますぐ俺はここにいるよ、と言ってしまいたくなる衝動をどうにか抑えて、歩は史也の両親と共に母の元へと向かった。


 目の前に立つ母親の顔を見て歩は「母さん」と口にしそうになって固く口を閉ざす。たった数日しか経っていないのに、母親は酷くやつれたように見えた。


「ご挨拶が遅れてしまいまして本当に申し訳ありません。遠藤と申します。この度は歩くんに史也が助けていただき、心から感謝しております」


 1歩前に出た史也の母親が深々と頭を下げ、それに倣うように父親も頭を下げる。歩も慌てて頭を下げた。


「……いえ、こうして史也くんが元気なら、歩も喜ぶでしょう。歩は本当にできた子ですから」


 やや憔悴(しょうすい)しきった声音で、それでも微笑みを浮かべる自分自身の母親の姿に歩は言い知れぬ感情が溢れそうになる。普段から無理をしてしまう母親に、何度も注意していたことを思い出す。その度に彼女は苦笑いを作っていた。


「史也、貴方からも礼を言いなさい」


 促されて歩は複雑な気分になる。助けたのは自分なのに、なぜ礼を言わなければならないんだろうか。しかしそんなことを考えても意味ないことを歩は分かっている。


「ありがとうございました」


 極力棒読みにならないように、ぎこちない息子を演じる。なにしてんだろうとか考えるのはあとだ。


「史也くん」


 呼ばれ慣れない他人の名前を母親に言われて一瞬反応が遅れる。


ーー慣れねぇなぁ、この名前。


「歩にお別れの挨拶をしてあげてくれないかしら。あの子、きっと貴方のこと心配してるだろうから」


 母親の言葉にツキンと胸が痛む。


ーーお別れの挨拶。


 そうだ、目の前にいる母親は、これからは他人になる。命の恩人の母親というだけの他人。手を伸ばせば触れられる距離なのに、容易く触れることができない関係。胸がズキズキと痛む。


ーー俺は死んでるんだもんな。


 母親の言葉は当たり前の台詞だ。目の前に自分の息子がいるなんて誰が思うだろうか。そう思って歩は、ようやく気づく。


ーーそうだ、この人たちだって。


 隣に立つ史也の両親を改めて見る。確かに体は息子である史也だ。しかし魂、精神は別人。


ーーこの人たちも息子を失ったようなものなんだ。知らないだけで……。


 本人の史也の魂はすでにない。それは死んだも同じだ。


 歩は無言のまま棺に近づき、その中に眠る自分自身の顔を見た。血の気の失った白い肌。所々に擦り傷が見えるが、滲む血はない。本当に自分が死んだのだと実感させられる。


「だっせぇな……」


 ポソリと眠る自身に呟く。


ーー人を助けて死ぬとか、どこのヒーローだよ。


 あれだけ母親を守るんだと、楽にしてやるんだと息巻いていて結局は一人ぼっちにさせるのだ。男としてそれは褒められるものではないと、歩は眠る自分に投げ掛ける。


 なぜ死んだ。


 なんで死ななくちゃならなかったのだ。


 どうにもならない感情が中で渦巻く。涙が出ないのは男としてのプライドなのか、それとも他人の体だからなのか分からない。でも、歩は泣き叫びたい衝動に()られた。


ーー俺は生きていたかった! 死にたくなんてなかった! 母さんっ!


 脳裏に母親との思い出が浮かび上がる。楽しかった日々が鮮明に。それたちが、気泡のように弾けていくような錯覚を感じた。


 嗚呼、これが本当の別れなのだろう。そう不思議なほどに納得できた。

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