青天5
「くっ……風が強いな。これも、黒い雲の浸食率が上がっている影響か……」
長い前髪が視界の邪魔となっていることに気付き、内心『失敗したな』と思いながらも肩から掛けていた物に手を当てる。
その中身は黒い雲対策に持ってきた銃だ。
潤は黒く光るライフル銃を持ち、担ぎ上げていたベルトを肩から取り外す。
そして、ポケットを漁り潤は、目当ての物を探り当てるとそれを取り出した。
取り出した物は、白色に帯びた弾丸だった。
潤は素早く幾つかを手に取って弾丸を装填する。
「……よしっ、これでいいかな?」
黒い雲に対抗して生成したその弾丸は、特性の物質で構成された銃弾。
高エネルギーを凝縮して弾の形を変え改良した代物を装填し終える。
特別性の生成物で作られた弾丸は便利ではあるが――――
いかんせん扱いが難しいことからこれらの銃弾は一部の人間だけに撃つことが許可されている。
第一駆逐隊の構成人数は四人一組とされているが、その中にはリーダーと呼ばれる他の三人を取り纏める役職がある。
潤はリーダーという役職に就いているため、この弾を撃つことを認められている。
下準備を整え終えた潤はあぐらをかいて地面に座り込み、重量感のあるライフル銃を両手に持ち抱えて垂直に照準する。
しっかりと狙い済ましたサイレンサーから覗き込み、黒い雲と軽くにらめっこをする。
吹き荒れる風は髪を靡き、揺れる草木の音は緊張感を一層と引き立てる。
生唾を飲み込んで息をゆっくりと吸って吐く。
右手の人差し指に触れた引き金部分に手をかけてゆっくりと引いた。
「……っ」
銃口から発せられる鈍い発砲音と硝煙の苦い匂いが彼の鼻腔をくすぐる。
潤の放ったエネルギー凝縮弾は、空気抵抗をもろともしない貫通性を兼ね備えていた。
低い低音を奏でながら、黒い雲の真上に黄色い閃光を散らして飛んでいく。
その鮮やかさは花火のような美しさを可持ち出している。
やがて、時間が立つと黒い雲の中に銃弾が消えていくのが分かる。
瞬間、大きな穴をあけて霧散していく黒い雲。
その雲を眺めていく。
その時、黄色い閃光が弾き出したように辺りに散らばったと思ったら、銃弾が当たった黒い雲がだんだんと消えていく。
どうやら成功したようだ。
「ふ〜、これで当分は大丈夫かな?」
つい先程まで潤の真上にあった黒い雲がすっかり晴れて、そこからは久しく見ていなかった白く青い空が覗き込めた。
次の瞬間、どこからともなく流れてくる女性の声が野原をかけて耳を木霊する。
『現在、清水潤部隊長が黒い雲の侵食を阻止した模様。繰り返します。現在、清水潤部隊長が黒い雲の侵食を阻止した模様。なお、今回の浸食率は19%に減少―――』
聞こえてきた内容は、自分の活躍を促すものであった。
「毎回流れてくるけど、何回聞いても慣れないな……」
頬をポリポリ掻きながら放送されているマイクを見つめる。
恥ずかしそうに頬を赤らめて。
侵食率を抑えたときだけに流れてくる放送は、一部の人間だけでなく全ての人間に伝わるようにと作られたものだ。
おかげで全員が共通して情報を伝達出来ている。
目的を達成し終えた潤は、ライフル銃を肩に担いで元来た道へと颯爽と戻っていく。
正直、ここに長居してもまた侵食されてしまうだけなのでそそくさと退散するしかない。
意味がないわけじゃない。
それでも撤退するしかないという二文字に潤は思うところもある。
先ほど撃ったエネルギー凝縮弾をもう一度充填するためには、またたくさんの討伐対象である厄災を倒して溜めなければならない。
こんなことをもう数十回近く繰り返しているが、黒い雲が一切減ることが見受けられない。
そんな状態を見た人々は『もうチマチマやっていても意味ないのでは?』と問いただしたことがあったが、それらの意見は国によって一蹴されてしまった。
当然、潤だってそう思っていた時期もあった。
増えては消えてを繰り返す黒い雲にさすがの温和な潤も嫌気がさす時も最初の頃はあった。
しかし、あるとき気付いた。
無駄なことなんてないんだと。
それに気付いて以来潤は、心境の変化もあってかがらりと人柄も変わっていった。
今こそ温和の塊である潤も昔はやはり子供だった。
それこそ感情を顕にして他にぶつける時もあった。
そんな彼を支えたのは仲間達だった。
幾度となく彼らは潤を支え、共に助け合った。
しかし、次第に仲間達からも不満の声が上がり、やがて絶えなくなっていった。
が、潤は彼らの意見を無視して断固として続けることにした。
確かに意味の無い行動かもしれない。
でも、ふと思ったことがあった。
もしこのまま黒い雲の侵食が日本エリアを覆い尽くしたら?
他に解決策が出なかったとしたら?
既に時遅しとなる前に、潤はなんとしても抗いたかった。
潤の志に着いていくようにして不満を上げていた仲間達も自然と彼の後ろを着いてきてくれた。
少々一癖二癖のある人物達の集まりだが、彼らはよく働いてくれるので嫌いにはなれなかった。
「あっ……」
帰り道に一面黄色の菜の花があったのでその場にしゃがみ、それを数本摘み取って見つめる。
黄色い色をした花が風に揺れながらも、必死に元の位置に戻ろうとする姿は実に感じるものがあった。
片手に花を持ちながら悠然と歩く。
駅が視線の先に視認出来る位置まで戻ってきた。
帰る前にもう一度家に行き思い出に浸ろうと思った。
すると、行きには何も無かったはずの隣の家の墓に菜の花が飾られていることに気が付いた。
「あれ?来た時にはなかったはず……」
顎に指を置いて考え込む仕草をする。
しかし、考えても答えは出なかった。
帰ろうと思った時、墓の周りが荒らされていることに気が付く。
「……」
思案の他に浸っているとポケットから何かがさすれる音が聞こえてきた。
その時、思い出したようにネックレスの存在に気が付いた。
「そうか……。このネックレスを探しに来たのか……」
それは悪いことをしたなと思った潤は、ポケットから取り出したネックレスを見て渋々と退散していく。
あのまま置いといた方がよかったかもしれない。
しかし、見知らぬ者に取られてはこのネックレスの所有者は永遠に元の場所に帰ることはない。
ネックレスの所存を考えていると、カラッとした駅のホームに着いた。
瞬間―――発せられる緊急サイレンがけたたましく耳に鳴り響く。
『緊急事態発生!緊急事態発生!移住区にてレベルBの厄災スコール発生!繰り返します!移住区にレベルBの厄災スコール発生!これに当たり近くにいる捕食者はすぐに対応に当たってください!』
「移住区って……!一般市民が危ない!?」
移住区とは―――一般市民の身の安全を守るために国によって作られた特注の家々が立ち住まう場所のことである。
この移住区には捕食者の支援無しには生きていけない人達ばかりが集められていた。
しかし、今回はその場所に厄災が出現したという内容の放送だった。
厄災が発生したということは、常に日常茶飯事なので驚くつもりはない。
問題はそこではない。
「どうして移住区に厄災が……」
移住区に厄災が出る事はまずない。
何故なら、厄災が移住区に侵入する前に捕食者達が討伐するからである。
常に見張りを付けている状態ならば、今回のレベルB程度の厄災ならば簡単には侵入出来ないはず……。
しかし―――
放送を聞く限りではまず間違いなく既に侵入を許してしまっている状況にあるということだ。
一体どうやってあの場所に辿り着いたのか。
「今はそんなことを考えている暇は、なさそうだな……」
事態の深刻さに気付いた潤は、常備している通信機をカバンから取り出す。
それを耳に当てて横についている赤く丸いボタンを押す。
すると、ワンコールもしないうちに相手は出てくれた。