表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/70

第二章 鳴り響くサイレン

蓮達に見送られて行く場所は、かつて自分の家が存在していた地域だ。

そこはのどかな風景に溶け込むように賑やかな田舎道を行く道のある一軒家。


ここから電車で数時間の場所に位置するそこは、元より人気の少ない地域だ。

故に今は無人の地域に指定されている。


潤は電車の切符を手に持ちながら、扉を開けて車両に乗り込んだ。

あいているスペースに適当に腰を掛け、電車がゆっくりと動き出し発進する。


滑らかに加速していく電車に軽い振動が体を揺らす。


電車に揺られながら潤は、窓から見える黒く塗りたくられた空模様に目を奪われた。

こんなにも表情の暗い空を見るのは初めてだ。


心地よく揺られながら動く電車に身を預け、しばしの旅路を待った。

ふと、車両に目を預ける。


この車両には人気がない。

そして、後ろの車両にも前の車両にさえ誰もいない。


人っ子一人いない。

それは傍から見れば異常な光景なのだが、これが普通だと潤は言う。


何故なら今から行く場所は、国から侵入を禁止されている場所。

黒い雲の浸食の影響下にある危険指定地域に認定されている。


そこは一般人が簡単に立ち入ってはいけない場所なのだ。


潤のように捕食者の称号を持っていなければ、興味本位であっても一歩も入ってはいけない。

その影響もあり、電車には車掌も乗っていない。


ならば、どう動いているのかと言えば……簡単な話。

自動運転を装備している電車なのだ。


この電車は行き先を指定すれば、それだけで自動でそこまで送ってくれる仕組みなのだ。

大変便利であることに変わりないのだが、それでも広い車両に一人でいるというのは存外孤独を感じるものだ。


快調に走り出す電車により風景が早変わりしていく。

時折トンネルに入り外が暗くなる。


窓が鏡のような役割を果たし自分の顔が反射して映る。

映ったその表情は疲れているのだろうか。


目の下にクマのようなものが出来ているのが分かった。

ここ最近厄災関係の仕事で動きっぱなしだったからとか理由をつけたいところだがそういうわけではない。


むしろその逆なのだろう。

何も出来ないでいたもどかしさや歯痒さが不調となりて体の隅々に行き渡っていた。


謹慎中でも黒い雲の浸食率を抑えるための外出は許可されている。

むしろそれが出来ないとなれば今頃、東国は終わっているだろう。


先週も行っているため今回も同じようにその場所に向かう。

どれほど時間が経ってもいつ来ても変わらない風景に嫌気がさしながら、電車が指定した場所に着いた。


ブレーキ音を響かせて滑らかに電車は止まった。

あっという間にも感じた時間を過ごした潤は、ゆっくりと開かれる扉を潜り抜ける。


そして、電車から降りて駅のホームを歩いた。


電車はこのまま置いていくことにする。

他に使う者もいないので駅のホームにあっても特に問題は無いのだ。


降りてすぐ気が付くことと言えば、空がより一層暗くなったことだろう。

黒い雲の浸食率が影響となっているのが原因だ。


潤はそのまま駅を離れて目の前に現れた一本道をひたすらに歩いていくことにした。

田舎というだけあって、手入れがされておらず鬱蒼うっそうと緑が生い茂っていた。


風に揺れる草木のせせらぎや、田んぼの稲が揺れる姿。

その情景に思わず懐かしさが込み上げてきて色々な事が鮮明に思い出されてくるようだ。


潤はゆったりとした足取りで一本道を進んでいく。

歩く度に過去の記憶が潤の脳内に表示される。


道に生えている緑色の草木は雑草だろう。

昔は色鮮やかな花達が出迎えてくれていたのだが、それは黒い雲によって無きものとなった。


非常に残念であるが、今となっては色がある雑草もまた味があっていいものなのだろう。

本来であれば、草木ですらなくなっていてもおかしくはない。


だが、雑草の根強さは厄災が現れる前から知っていた。

彼らのような強さは見習わなければならない点でもある。


そうして一本道の両側を覆う雑草に時折目をやっていると、目の前に不釣り合いな一軒家が現れた。

一軒家を見た潤は目元を柔らかくする。


そこはかつて自分が幼少期に住んでいた古巣だったものだ。


潤はその古巣を目の前にして思う。

随分と古びたなと……。


まぁ、掃除すらする事もなく、今は誰も住んでいないのだから当然なのだが。

自身の一軒家の隣には同じように隣接した家が一軒あった。


隣の家の住人も今はいない。

それは別に死んだわけではなく、国から新たに家を建ててもらい今はその新しい家で暮らしている。


新しい家を建ててもらえたという喜び半面、思い入れのある前の家を手放さなければならないという喪失感があったとその家の住人は口々にしていた。


しかし、いくら思い入れがあると言われたところで黒い雲が侵食している以上、その場に一般人が住むことは不可能である。


もちろんこの場所だけに限ることではない。


東国には他にも黒い雲に侵食され退去を余儀なくされた方々がいる。

潤もまた退去を迫られた内の一人であった。


悲しくないと言えば嘘になるが、潤はどこかで納得しているものがあり素直に応じた。

今にして思えば正しい選択だったと認識せざるを得ない。


潤は黒い雲が最も侵食している地域の出身だった。

彼がここに来たのは浸食を防ぐ他にもう一つ目的があった。


それは潤の家の隣にあるもう一つの家の庭。

緑が生い茂り、草木が生えまくった緑いっぱいのその庭に。


ぽつりと銀色の墓石が置かれていた。

それはこの家に住んでいた者の墓だ。


墓の表面には文字が書かれていた。


橘渚月たちばななづき――――』


達筆な字で書かれていたその墓に潤は思い入れがあった。

何故なら、橘渚月という名前の彼女は潤の幼馴染だからである。


それし、同時に一緒に戦地を駆け闘ったかつての戦友がここに眠っている。

静かにその墓の前にしゃがみ込む。


潤は手を合わせて静かに黙祷した。

目を瞑ると、昔の彼女の記憶が甦ってくる。


彼女ほど勇敢で誰よりも強かった者は他にいなかっただろう。

そう思えるほどに……。


自分が憧れたあの後ろ姿が眩しかったことを忘れない。


羨望の眼差しで見ていたことに恥ずかしさなんてない。

彼女は……、渚月は……、強く儚くもあり、弱くもあり脆くもあった彼女に。


きっと自分は……

黙祷を終え墓を後にしようと立ち上がった瞬間、その墓の横にキラリと光る物が視界に映る。


「ん?なんだろう……?」


顔を近づけてその場所を覗き込んでみると、そこには草木に紛れ込み不用意に光る銀色のネックレスが落ちていた。


このネックレスには少し見覚えがあった。

だが、どこで見たか思い出せない。


記憶が曖昧で不鮮明でおぼろげだ。


「誰かが来た時に落としたの……かな?」


潤は自分以外の誰かが来て、その時に落としていった物だろうと思った。

確信はないが、それ以外に考えがつかないからだ。


どうしようか考えていたが、このままここに置いとくわけにも行かないと思った潤は、手に取ったネックレスを拾ってポケットにしまう。


その時ポケットに何か硬いものがあり、手に取って確認する。

ポケットには時計が入っていた。


時刻は午後二時を回っている。


普通の朝ならば太陽が登り始め、明るくなっている日時のはずだ。

しかし、光の灯らない暗さがりの静けさがその場に広がっている。


静けさの中に吹き抜ける風は轟轟と鳴り響き、普通の人間ではいとも簡単に身体ごと投げ飛ばされてしまいそうになる暴風が吹き荒れ、その行き先を阻もうとしているようにも見える。


立っていることすらもままならない状態だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ