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青天4

二人は同時に振り返ると、その場に蓮がいた事にやっと気付いたようだった。


「あっ、柳いたの?」

「蓮くん。いるなら声をかけてくれれば良かったのに……」

「お前らな〜……」


まるで今までいなかったかのような扱いを受けた蓮は、肩を落として酷く落ち込んだ。

しかし、交わした言葉はたったのそれだけで二人はすぐに潤に向き直った。


「でね、潤さん」

「いいから貴女は離れなさいよ‼」

「おーい‼俺には興味なしかよッ‼」


どうやらこの二人にとって蓮の存在は、小さきに値するらしい。


二人が蓮をいない者として扱っていると、さっきまでの甘え顔が嘘のように司が急に真剣な顔つきになり言った。


「それより潤さん。今回の討伐した標的対象レベルEの『酸性雨』ですが、無事に倒すことが出来ました」


潤に内容を報告する司は、彼に向かって敬礼をしながら言う。

ビシッとした敬礼。


それは皆の手本になるような、そんな美しさを兼ね備えていた。


「うん。お疲れ様」


元々髪がくせっ毛の彼女の頭は酸性雨による雨の影響により、いつにも増してボサボサになっていた。

どうやら彼女はそのことには気付いていないらしく、尚も司は話を進める。


「それと今回、『黒い雲』の浸食率が二十三%になっていたそうです」


司は報告を続けながら担いでいたカバンから紙の束になった資料を取り出し、それを潤に手渡した。

受け取った資料を眺めながら、潤は悲しげな目をして窓の外を見つめる。


彼の視線の先にいたのは、深淵と呼ぶに相応しい禍々しく、そして黒く帯びた雲が空に浮かんでいた。

いや、浮かんでいると敬称していいのかも分からない。


「前回よりだいぶ進んでいるね……」


黒い雲―――。

それは突如として引き起こった晴天の空を覆い尽す東国エリアに現れた黒雲。


その雲は太陽に覆われ光り輝く白銀の世界と、その太陽の光すら飲み込む漆黒の世界の境界線を結んでいた。


黒い雲の影響は凄まじく、東国の最南端エリアではもう太陽を見ることは叶わなくなってしまった。

辛うじて遠目で見える遠方の薄らとした光を拝むだけ。


幸い潤達のアパートがある場所はまだ覆われていない。

しかし、悪影響は嫌というほどに伝わってきていた。


太陽が無いという事は植物が育たないということ。

植物だけではない。


食物もまた太陽がなければ元気に育たず、太陽の光がなければ気温は一気に下がり、底冷えするほどの冷気が辺りに漂っていた。


黒い雲のある場所では、人が住むことすら危険である。

東国を囲むように侵食している黒い雲。


ある研究所の調査では、黒い雲の発生の発端は地球温暖化が大きく関係していると考えられているが、それが真実かは定かではなかった。


一人の科学者が論文を書いて説明しようとしているが、誰もその話に食い付く者はいない。

いずれは東国エリア全域を侵食しかねないとまで言われているその黒い雲は、依然謎の多きものである。


侵食率は日に日に増している。

半年前までは十パーセントにも満たなかった黒い雲は、今では二十パーセントを超えてしまった。


このままでは東国が黒い雲に覆い尽くされるのも時間の問題だろう。

しかし、それを防ぐことの出来る唯一の方法が存在する。


それは―――


「また撃ってこなきゃダメかな?」

「それがいいかと思います……」

「ま〜た、ぶっ放ちに行ってくるのか?」

「馬鹿ねあんた。潤先輩が行かなかったら……、この中で他に誰が行けるのよ?」

「それはそうだけどよ……。『あれ』って体に相当な負荷がかかるんだろ?」


蓮の言う『あれ』とは。

潤が特攻服がかけられている壁際に向かうと自身の服のポケットを漁り、一つの弾丸を取り出した。


それは今まで討伐した厄災をとある弾丸に溜め込み装填させ、弾丸が黒い雲に当たったと同時に炸裂し、一気にエネルギーを放出させる黒雲阻害弾こくうんそがいだんのことである。


そうすることにより、エネルギーに備えられている対物質効果のある反転作用が得られ、相殺という形で浸食率を抑えることが出来る。


黒い雲はガス・プラズマ・ダスト(塵)の集まりを総称したもので、別の言い方をすれば、黒い雲とは真空領域において物質の密度が周囲より高い領域のことである。


水素を例に取ると、雲の濃度・大きさ・温度および他の空間からの電磁波などにより、黒い雲中にある水素は中性の原子雲、イオン状態のプラズマ雲、分子雲になる。


またその密度の違いにより低密度雲、高密度雲に区分けされる。


水素は最も軽い物質であり、黒い雲にはその水素が多く含まれている。

逆に言えば、重い物質の物が少ないのが黒い雲の特徴だ。


黒い雲の対抗策である黒雲阻害弾は、水素の真反対である超重核ちょうじゅうかくと呼ばれる、最も重い物質を扱っている。


この超重核は生成エネルギーにより作られるため、討伐した厄災を蓄えることによって厄災と厄災が混合し莫大な威力を発揮する。


研究を重ねていけば黒雲阻害弾は、黒い雲の侵食率抑えるだけではなく存在そのものを消すことだって可能であると言われている。


だが、当然それだけのメリットがあれば、デメリットも存在するのがこの世の理である。

メリットは黒い雲を消滅させることが出来る。


デメリットは―――人工的に混合させるため、その効力があまり持続されないのが難点である。

つまり、一度溜めたら長くは溜めていることが出来ないのだ。


さらに付け加えるならば、その莫大なエネルギーを人間一人で放出することは出来ない。

何故ならこの黒雲阻害弾にはリスクとして、自らの体に相当な負荷をかけることになるのだ。


あまりに巨大なエネルギーを装填してしまうと、それこそ撃った反動で腕に激痛が伴い二度と腕が使えなくなり、再起不能になるほどの痛みを負ってしまう危険性があった。


更にはエネルギーを蓄積し過ぎると撃った反動で地形に穴が空き、巨大なクレーンが出来てしまう可能性もある。


故に、黒い雲の対策は侵食率を抑えることしか出来ていないのが現状である。

潤は黒い雲を見つめながら言う。


「落ち着かせることくらいは出来るから、とりあえずそれだけでも今日中にやっておくよ」


そう言ってリビングから少し離れたラウンジという奥にある部屋から、数ある一つの銃であるライフル銃を取り出し持ち出す。


その光景を見ていた蓮が思わず声を上げた。


「うへぇ~……、相変わらず力持ちだな」

「そうかな?これくらい大した重さじゃないよ」

「潤……。それ何キロあると思ってるんだ?」

「えっ……?十キロ以上はあると思うけど?」

「……」


潤は重さ十キロはあるライフル銃を軽々と片手に担いでリビングを後にする。

黒い雲の浸食が日に日に増している。


それはつまり、東国の消滅も近づいているということ。

早急に対応しなければいけないという状況に。


潤は思う。

このままではじり貧だ。


何か別の策は無いのかと……

模索しては否定しての繰り返しだ。


こんなにも無駄な時間を過ごすのは一体いつまで続くのだろうか。

そう物思いにふける。


「それじゃあ、皆行ってくるね。」

「おう‼」

「お気を付けて下さい」

「いってらっしゃーい‼」


三人が潤に敬礼をし、その後ろ姿を見送った―――。

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