青天46
前に言われた蓮の言葉をそっくりそのまま返して、そっと手を合唱した。
いつもの光景に返ってきたことを実感して、時間は過ぎていった。
「潤さん今日はご飯はどうしますか?」
夜になりそろそろお仲が空く頃合いに。
司が潤に問うてきた。
「う~ん、そうだな……何がいいかな?」
問われたはずの潤が逆に司に問い返した。
特に食べたい物がないわけでもないが。
これ以上歩くのも身体的に辛い。
問い返された司は笑みを浮かべて答える。
「私はなんでもいいですよ。何なら手料理でも振る舞いましょうか?」
司の提案に、潤はしばらく考えて。
「いや、司だけには負担掛けたくないから、どうせなら僕も手伝うよ。それで皆で食べよう」
「いいですね。早速上にいった薫を呼んできますね」
そう言い残して、司は風呂場にいる薫を迎えいった。
潤は未だに頭に星を浮かべている蓮の顔を覗き込んで様子を見る。
どうやら疲れて眠りについてしまったようだ。
すうすう寝息を掻いて寝てる蓮に。
潤は徐に立ち上がって、カーテンの隙間から窓の外を見た。
そこには月明かりがきれいな空が広がっていた。
暗く淡い白の装飾が潤を照らした。
光り輝く繊細な白色の月を見つめ。
淡くたじろぐ色彩に見惚れている。
思わず窓の外に飛び出して。
月を見つめる。
その光に吸い込まれていきそうになる。
真っ直ぐその月を眺め、灯りが顔を灯す。
しばらく黄昏れていたいと思えるような空気に。
その時。
隣にいつの間にか起きた蓮が、手を掛けて同じく空を見上げていた。
蓮が来たことすら気付かないほどに夢中になっていたことに。
二人は無言になりながら、ずっと月を見つめた。
こんなにも明るい夜空を見るのはいつぶりだろう。
久しく忘れていた光景に目を焼き付かせて。
そして思い出す。
今日の出来事を。
記憶がだんだんと過去に戻っていく。
潤が瞳を震わした。
「瀬川のこと残念だったな」
「———」
蓮の言葉に潤は彼の顔を見た。
彼は尚も月を見ていた。
「……」
蓮の言葉を聞いてほとほと実感する。
その事実が現実だったのだと理解して。
一気に悲しみが込み上げてきた。
それは耐えられない程に胸を苦しめた。
人を失うということに慣れていたわけじゃない。
確かに数えきれないほど帆とを目の前で失ってきた。
掴めそうな距離で仲間がこちらを見てくる姿も。
それでも悲しみさえ失っていきそうになる中で。
かつて一緒に闘った仲間が今日—————死んだ。
それも自分の目の前でだ。
こんなに気分が悪いことはない。
いったい何度、目にした光景だろう。
悔しさが込み上げてくる。
胸がはち切れんばかりの痛みに。
耐えられなくなったかのように。
自然と口から零れていく。
それは全く心に思っていないこと。
なのに、とめどなくあふれ出す言葉に。
「なんで僕なんかを……」
止まらない。
罪悪感が止まらない。
鳴りやまない胸の警鐘が、潤の胸の苦しみを一層濃くしていく。
あの時、瀬川ではではなく自分が素直に受けていれば。
瀬川は死なずに済んだのかもしれない。
だが、今更そんな『たられば』の話をしたところで瀬川が返ってくるわけではなかった。
だから……
潤は顔を上げた。
上を見上げれば満点に輝く星が瞬いていた。
恐らく明日には消えてしまうだろうそれを見上げて。
潤は頑なに決心した。
もう誰も失わないと。
誰一人死なせないと胸に誓って。
その鋭い目を宿した潤に、蓮はふと微笑んだ。
人を失って尚、潤は強く生きることを決意した。
もう逃げないと。
ちゃんと前を向いて歩いていくと。
そうして時間が流れていく。
「潤さ~ん、蓮君。用意出来ましたよ~」
やがて、司が自分達の名前を呼んで顔を出してきた。
二人は静寂を遮って家の中へと入る。
二人の目の前に飛び込んできたのは、湯気を上空にたたせた美味しそうなご飯が用意されていた。
「ごめんね司。手伝うって言ったのに……」
「いいんですよ。これくらい私一人で出来ましたから」
「うッ……」
司は悪戯っぽく微笑んで家に手を掛けていた薫を見た。
見つめられた薫はバツが悪そうな顔で司を見返した。
「悪かったわね……‼料理出来なくて……」
「あれれ~?私何も言ってないんだけどな~」
「明らかに私を見て言ったじゃない‼」
薫の奮起を笑って受け流す司の姿に、潤は笑いが零れた。
暖かい空間に潤の心が洗われる。
帰ってきた日常に入り浸りながら、
「それじゃあ、食べようか」
「待ってました‼」
「はい‼」
「いただきましょう」
それぞれが口にして。
体の前で合掌して。
今日を生き抜いたことを讃えて、いただきますと口にした――――。
赤い雲との戦闘を終えた御手洗は、報告書を作成するために自室へと籠っていた。
資料を片手に取り、文字がびっしりと敷き詰められた書類を眺めていた。
「赤い雲の撃墜に成功……」
これは大きな戦果だ。
きっと他国も驚いているだろう。
何せ青天の霹靂の一対を撃破したんだからな。
ここからだ。
ここから東国は厄災を殲滅する。
撃滅だ。
全ての厄災を東国から追い払う。
その為には、もっと上に高みを目指さなければならない。
捕食者の人員の増強。
これも不可欠だ。
確かに幹部ナンバーがいれば、ある程度は凌げるだろう。
だが、それを取ったとしてもこの先何があるか分からない。
より強大な敵を前にして。
果たして今回のように倒せるかどうか……。
不安材料が残る中、一本の通信が入る。
御手洗は怪訝な顔で通信機を見つめた。
この通信機に通信が入る時。
それはこの国以外からの通信であるということ。
「噂をすればか……」
通信が入った機器を手に取って御手洗は声を出した。
「こちら東国指揮官御手洗哲人だ」
名乗ってしばらく。
向こうからの無音が御手洗の耳を埋め尽くす。
そうして長く感じた時間だったが。
『ふふっ――――初めまして御手洗指揮官』
その声を聞いた御手洗は顔をしかめた。
「誰だ?」
聞き覚えのない甲高い声。
それは明らかに女性のものだった。
くつくつと笑う声が聞こえてくる。
何者かと問うた御手洗に、声が反応を示す。
『私は、西国所属ーーーリーズ、と言えばいいですか?』
「———」
御手洗はその名を聞いて、息を飲んだ。
その名は聞いたことがある。
しかし、その名をここで耳にするとは思いもしなかった。
何故なら彼女はーーー。
いや、今はそんなことより。
「して、貴方が何用か?」
この通信機にわざわざ通信を寄越すということは。
何やら急用があるのかと思ったが、
『赤い雲の撃墜おめでとうございます』
次に続いた言葉が部屋に響き渡った。
「———‼」
その言葉を聞いた瞬間、御手洗は生唾を呑んだ。
(何故、そのことを……)
その情報はまだ外部には出していない。
だが、電話口の声の主はそのことに気付いていた。
まるで一部始終でも見ていたかのような口振りだ。
この女性は一体どこまで知っているのかと。
『しかしーーー少々厄介なことになりましてね……。貴方に相談をと』
「……何だ?」
『実は……』
ーーー。
「なるほど……」
『そういうことですので、ご協力頂けないかと』
「そういうことなら……協力しなければならない」
『では、後ほどお会いいたしましょう御手洗指揮官』
「あぁ……」
音を立てて通信が切られる。
通信を切られてた御手洗は静かに溜息を吐いた。
「また荒れるなーーー」
そうポツリと呟いた。
これから起こる出来事に思いを更けてーーー。
通信を切った少女は、しばらく通信機を見つめていた。
暗がりの部屋に一筋の光が輝く。
外を見れば、雲が立ち込めていた。
今夜は荒れそうだ。
そう思いながら窓を眺めていると、背後に気配を感じる。
その気配は悟られたことを知ると、声を出した。
「いいのですかお嬢?」
彼女の後ろに巨躯な男が立っていた。
その体躯には似合わない物静けさが異様な雰囲気を伴っていた。
「何がかしら?」
「あの方たちに任せて、です」
「問題ないですわ」
「ですが……」
尚も引き下がらない男に、少女は黙らせるように言った。
「むしろ彼らだから任せるのですよ」
その言葉に男は不思議そうに彼女を見つめる。
対して少女は不敵に笑った。
「問題無いですわ…むしろ東国には彼がいますから……ね、ね?清水潤さんーーー」
この声は妖艶さを伴いながら。
少女の声が部屋に木霊していったーーー。




