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青天45

その男は、尚も無機質に表情を変えずに語る。


「これがお前の望んだ結果か?だとしたら散々だな」

「……ッ」

「結果的に勝ったからいいものの、少なからず犠牲は出た。それがどういう意味か分かっているか?」

「そんなの……分かってる」

「俺がお前に出した条件を覚えているか?」

「……僕が幹部ナンバーの座を捨てる代わりに、死者を出した場合リーダー職を降りてもらう―――――だったね?」

「何⁉」


その言葉を聞いた蓮が驚いて声を上げた。


「ちっと待てよ‼聞いてないぞそんなの‼」

「言ってなかったからね」

「言ってなかったって……潤はそれでいいのかよ‼」

「仕方のないことだよ。これが僕が課した条件だ」

「なるほど……だからあなたは幹部ナンバーの座を降りたのですね。これで納得いきました」


二人の会話に割って入る少女の声に哲人が反応した。


「朝霞凛華か……」


そこには幹部ナンバー一の朝霞凛華が顎に手を当て近づいてきた。


「久しぶりですね御手洗指揮官」

「そうだな。お前が会合に参加しないからこちらは困っているんだが……」

「それは大変そうで」

「他人事のように話すな……」


哲人は呆れ返って溜息を吐いた。

だが、これが彼女に課した条件。


会合に参加しない代わりに戦果を上げること。

常に一位をキープする代わりとして出した条件だ。


故に哲人は彼女から視線を切って、再度潤を見つめた。


「さて、約束を破ったお前には、何か罪を償ってもらわないとな」

「そうだね。どんな罰でも受けるよ」

「そうか……なら」


哲人は一呼吸置いて言った。


「なら、清水潤リーダー。今から君にはリーダー職を降りてもらう」

「「「—————」」」

「当然だね」


全員が驚いているのに、当の本人はさしも驚いていない。

むしろ当然のことのように受け入れていた。


「そして、今から清水潤を幹部ナンバー十へと任命する‼」

「……ッ‼」


哲人の言葉に今度は潤が驚いた。

その姿を見た哲人が、にたりと笑った。


その笑みはしてやったりといった顔で潤を見つめた。


「どうして――――」

「どうしてなんて聞くな。前にも言っただろ?」


潤の声を遮って哲人が言う。

彼の笑った姿を見て潤は感じ取った。


あぁ、そうか。

潤は思い出した。


あの時の記憶が甦ってくる。

確かに君は――――前にも言っていたね。


あの時の言葉とは微妙にニアンスを変えて言ってきた。


「ここがお前が戻ってくる場所がここだ」


哲人が手を伸ばしてくる。

それは暖かく、優しい手。


その伸ばされた手を、潤は握る。

その時、誰かがポツリと呟いた。


「影富士だ……」


その単語を聞いた全員が一斉にそちらを見た。

そこには、信じられない程煌びやかな光景が広がっていた。


太陽の光の反射によって起き、山を照らす太陽が影を作り出し、空の雲に逆に映ることからそう呼ばれている現象。


動かない雲に飲み込まれていく太陽がゆっくりと沈んでいく。

それは永遠の時間にも思えるくらいにじっくりと。


この現象が起こる時は、上空にある水蒸気の量が多いときに発生する。

それは必然じゃ見ることのできない光景。


まるで勝利を讃える歓喜の光景を。

滅多に見ないその現象に浸りながら。


潤を含めた全員が空に浮かぶ富士山を見据え、ふと思いふけた。

薄暗く光る空に幽玄と浮かぶ雲の柔らかさが、より色濃く濃淡を出していた。


オレンジ色に淡く光る太陽の背に煌びやかな宝飾を発し、徐々に上を見上げるごとに紫から赤へ、オレンジから黄色、黄緑緑から水色、そして青色と八色に彩られた艶やかな色合いが鮮明に目に焼き付ける。


太陽は真っ赤に彩られ美しい丸みを帯びている。

まるで水面に映るかの如く、雲の上に描かれている。


十字に光る光彩を焼き尽くさんばかりの紅炎の輝きが、その場にいた全員を暖かく包み込んだ。

潤は真っ赤に燃えた太陽を見据えて。


しばらくそうしたまま風に靡かれる髪を抑え、悲しげな瞳でその光景を目に焼き付けた。


そして、すっと消えるようにその場を後にする。

ひっそりと森の奥に入っていく。


誰も彼の後ろを付いていくものはいなかった。

ずっと淡々と歩いていく。


行宛なんてない。

途方もない道を進んでいく。


やがて森を抜けた先にあるのは、蒼々に彩られた泉のほとりだった。

何とも不思議な場所だ。


潤はそっと足を踏み入れた。

何とも幻想的な場所が癒してくれる。


一人になる時間を堪能したかった。

だが、ふと誰かの声が聞こえた。


「瀬川のことは……残念だったな……」

「蓮……」


いつの間にか背後に立っていた蓮は、静かに潤の隣に座った。

時間は刻一刻と流れ、二人の間に静けさが立ち込める。


ふと、先に口を開いたのは潤だった。


「僕はまた一人、大事な人を失ってしまったよ」

「……」

「これで、一体何人の人が僕の元から消えたのか……もう数え切れないよ」

「…………」

「厄災と戦えば必ず誰かを失っている。しかも、目の前でだ。何度この手を伸ばして掴もうとしたのか……もう覚えてない。数えきれないよ……。でも、取ってあげたかった。もしあの手を……いや、あの手達を取れていたなら……。何回思ったんだろう。もしかしたら僕は……、本当に疫病神なのかもしれないね……。ははっ、ここら辺でもう潮時なのかもしれない。いい加減捕食者は辞め―――」

「……潤」


饒舌に話を進めていく潤に、力が篭った蓮の声が潤の名前を呼ぶ。

名前を呼ばれた潤は、ゆっくりと顔を上げ蓮の方を見つめる。


「俺らは生きている。今この場にしっかりと足を踏めている。確かにお前の言うことも一理ある。俺はお前じゃないからお前の立場なんて分からないし、ましてやお前の心の痛みを分かち合うことも出来ねぇ」


蓮は力強く言葉を綴っていく。

潤を説得するために。


自分の思いを伝えるために。

潤に捕食者を止めさせないために。


「でもな、潤。お前のような人間がそう簡単に辞めるなんて言葉を口にするな。俺には分かることもある。あいつは最後にお前を……お前の背中を押したんだぞ?救ったと言っても同義じゃねーか?なら俺達は、あいつの分まで必死に生きないと……。そうしなければ、死んだ瀬川が報われねぇ……。瀬川はお前のことを嫌っていたんだろ?その瀬川が最後にお前を助けたんだぞ?お前に託したんだぞ?つまり、お前は生きなきゃいけない人間なんだ」

「蓮……」

「だから胸を張れ、そしてーーー厄災がなくなるその日まで……生きていこうぜ‼︎」


蓮は潤を励ました。

それが正しいのかは分からない。


「って、まぁ俺が言うことじゃねーけどな」


だが、こうすることでしか潤は動かないだろう。

蓮は潤の目をしっかりと見つめながら笑った。


その笑顔に潤は心底、心を救われた。

いい仲間を持って幸せだ。


「ありがとう蓮。君は、本当に太陽みたいな存在だ。いつも僕の心を照らしてくれる……本当にありがとう。僕は君に救われているね」

「それはお前だって同じだ。俺はお前に救われていることが沢山ある。だから、これは恩返しだ」

「恩返し…?」


潤が見ると蓮は真っ直ぐ前を見据え。


「何てったって……お前には、借りがあるからよ」


ポツリと呟いた。


「ん?何か言った?」

「いや何でもねぇ。それより、もう行こうぜ‼俺らのホームへ‼」

「ははっ、家ね。分かったよ」


その時、二人の背後から小さな声が聞こえてきた。


二人は揃って振り返ると、そこには優しい笑みを浮かべた司と、腕を組んだ状態で少しご立腹な態度の薫

が、こちらに向かってゆっくりと歩いてきた。


「さぁ、帰りましょう潤さん。私達の帰るべき場所へ」


司がそっと潤の前で手を伸ばしてみせた。


「そうね、とっとと帰りましょう。早く冷蔵庫のプリンが食べたいもの」


薫はそっぽを向きつつも、手はしっかりと蓮の方へと向いていた。

その手は僅かに震えていた。


蓮は彼女の照れ隠しにわざと気付かないふりをしてその手を取った。


「相変わらず薫は恥ずかしがり屋……グハッ……!」

「その減らず口を閉じるにはこうするのが一番ね」


笑った蓮に対して薫が鉄拳制裁を加えた。


見事な一撃が蓮の鳩尾部にクリーンヒットし、自らの腹を押さえ込むようにして悶え苦しんでいた。

その見慣れた光景に潤は思わず笑ってしまった。


「ぷっ……あははは!」


ようやく心の底から笑った潤を見て三人は、胸を撫で下ろしてその姿を優しく見守った。

大分長く笑っていた潤が、笑い終えたと同時に三人を見て言った。


「じゃあ、帰ろっか」


その一言で三人は互いの顔を見合わせて元気よく返事をした。


「おう!」

「「はい!」」


四人はそのまま帰ることにした。


夕日が落ちる瞬間の風景を一心に見つめながら、明るさから暗がりになるその瞬間を見据え……。

厄災を全て殲滅する夢を見ながら……。

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