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青天44

その言葉に蓮は再度驚かされた。

だが、蓮は驚いた顔を見せながらも、無言でその場を後にした。


その無言を肯定と受け取って、瀬川はゆっくりと立ち上がった。

その顔には先程のような暗い顔は無く、晴れ晴れとしていた。


その光景を目の当たりにしていた薫に、蓮が近づいてくる。


「よう‼終わったな」


蓮が満面の笑みで手を上げる。

それがハイタッチだと分かった。


薫は手を上げてくる蓮に対して返そうとしたが――――

彼の腹が立つほどの笑みで向かってくるので、思わず腹にブローを入れてしまった。


「おぶッ⁉」

「あ……」


勝利の余韻に浸っていた蓮に腹パンを食らわせてしまった。

案の定、彼は痛そうに腹を抑えて薫を睨んだ。


「何してんだよ……」

「ごめん……。つい……」

「ついってなんだ⁉ついで俺の腹にパンチしていいとは限らないだろうッ⁉」

「だから謝ってるじゃない‼」

「ぐふッ‼」


再度、蓮の腹に薫の強烈なボディーが飛んできた。


「賑やかになりましたね」


二人のやり取りを見ていた凛華が、潤の隣に立って腕を組む。


「あの……どうして腕を組んでいるの?」

「気にしないでください。特に意味はありませんから」

「いや、気になるから……」


強引に引き寄せてくる凛華の力に対抗するすべはなく。

だが、二人が感じた悪寒が一瞬だけ凛華の腕が弱まった。


その隙に剥がすことに成功したが、悪寒が一向に止まなかった。

そして、二人は目の前に現れた人物へと目をやった。


そこには形容しがたいほどの形相で二人を睨み付ける司の姿があった。


「潤さん……一体何をしているんですか?」


そこには凄まじい形相でゆったりと迫ってくる司がいた。

徐々に近づいてくる司に一歩も動けない潤が恐る恐る問う。


「つ、司?落ち着いて……」

「落ち着いていますよ?」


これは駄目だ。

完全に司からは正常さが感じられない。


これは逃げるしかないと思った潤が動くよりも先に、司は視線を潤から凛華に変える。

どうやら矛先が凛華へと向いたようだ。


「あなたが……潤さんに近づくから……」

「あらあら、これは少々逃げた方がよさそうですね」


そう言って凛華は潤から距離を取ってそそくさとどこかに行こうとするが、その手を掴まれて逃げ場を失った。


凛華は冷や汗をかいて襲ってくる司を見つめた。

少女二人が取っ組み合っている中、潤は終わったんだと理解して息を吐いた。


辺りを見渡してみれば、藤宮と上野が互いに腕を組みながら勝利を讃えあっていた。

司と凛華は互いに手を取って組み合っている。


蓮と薫は相変わらず喧騒している。

うん。


いつも通りだ。

これでいつも通りの日常が返ってきた。


晴れ渡る空に、清々しい空気。

吸い込む息は新鮮な呼吸に。


肺へと循環していく。

空気がおいしい。


これで世界が変わってくれると信じている。

そう願って。


彼の視線の先には彼がいた。

先程自分と喧騒していた瀬川がいた。


しかし、彼の顔にはどこかすっきりとした表情でこちらに向かっていた。

ゆっくりとした足取りだが、しっかりと踏みしめていた。


その姿に潤は安堵する。

これで平穏な日常が本当に戻ってきた――――。


そう思っていたんだ。


「ねぇ……?」


それは薫が唐突に発した言葉。

誰もが耳を傾けた。


静まり返った空間に。

薫の声が響いた。


「さっきからこのバチバチって音……?」

「あん?」


彼女と言い争いをしていた蓮が真っ先に答えた。

静まり返った空間で蓮が耳を澄ましてみる。


しかし、やはり蓮にはそんな音は聞こえなくて―――――


「何言ってんだ?そんなの聞こえな――――」

「静かに‼」


蓮の言葉を遮って凛華が自分の口元に手を置いた。

全員が耳を澄ませて聞いてみると、ふと蓮の髪が逆立った。


何事かと頭の上に手を置くと、その正体が分かる。


「ん?静電気……?」


不意に髪が逆立つのが分かった。


「……ッ‼早く逃げろ‼」


その掛け声に全員がその場から飛び退避する。

これは……‼


その場にいた全員が気が付いた。

この静電気は自然に起きたものではない。


いくら乾燥地帯であるこの地域でさえ何かに触れない限り、静電気など起こりはしない。

この現象は。


視線を針巡らせてみれば、それはあった。


「雷雲の残党⁉」

「くそッ‼一体残っていやがったか‼」


司と蓮が素早くその場から退散して攻撃を仕掛けようとした。

だが、彼らの中に一人だけ、一歩出遅れたものがいた。


それは、先刻まで皆の様子を見守っていた少年が、完全に足を止めていた。


「潤⁉」


蓮は信じられないといった様子で潤を見た。

この状況で彼が一歩も動けないなんて。


違う。

一歩も動けない状態まで追い詰められていたんだ。


これほどの体へのダメージ。

動かないのも無理はない。


それにしたってだ。

それほどに消耗していたことに自分達が気付かなかったなんて。


真っ先に自分達のことを優先してしまった事実に。

自分の落ち度の悪さを痛感しても――――もう遅い。


ため込んでいた電撃を最大火力で放ってくる。

一瞬だけ順に気を取られた分、反応が遅れてしまう。


結果的にどちらも手に届かなくなったことを理解した。


潤に向かって飛来する雷撃を見ていた誰もが反応出来なかった。

そして、潤自身も。


(まずい……‼)


これはよけられないと悟った。

まさかここで雷雲が残っていたとは思いもしなかった。


全員が反応出来ないのでは、潤の死は確定したようなものだった。

だが、今度は走馬燈が見えてこなかった。


何故かと疑問に思っていた。

ついさっきは見えていたのに。


潤はふと思う。

もしかしたら先程見てしまったからなのかもしれない。


そう思って。

次の瞬間―――


潤は不意に誰かに背中を押された。


それは一瞬の出来事。

束の間の瞬間。


押された潤は、時間がゆっくり流れていく感覚に襲われた。

スローモーションになるコマ送り。


潤は振り向きざまにその姿を―――――確認出来た。

その人物は、さっきまで自分の前にいたはずだ。


なのになんで君がここに?

そんな疑問さえ忘れてしまうほどに。


潤の背中を押した人物の彼は――――まるで先程とは別人のような笑顔を向けて言った。


「別にお前を助けたわけじゃない……」


彼が一言を発した瞬間。

潤は寒気が走った。


それは何度も目の前で見てきた光景。

何度も掴み損ねた景色。


目の前にその状況がまた訪れた。

今度こそはと決めていたのに。


なのに。

なのに‼なのに‼なのに‼なのに‼なのに‼なのに‼なのに‼なのに‼なのに―――――‼


「瀬川―――――」


必死に伸ばした手は。

無情にも彼の手に触れることはなく―――――空を切った。


その伸ばされた手を見つめ、瀬川は思う。

必死の形相で向かってくる彼に。


(ふっ――――まさかこんな形であいつと向き合うことになるなんてな……)


思えばあいつには沢山教わった。

捕食者の何たるかを。


奴は教えてくれた。

だが、そんな自分は潤に何の恩返しもしていないことに気が付いた。


これは些細な恩返しだ。

これで返したとは思えないが、今までの分のお返しだ。


どうか受け取って欲しい。

ふと、流れていく時間の中で、瀬川は蓮を見た。


その視線に気が付いた蓮は不思議そうに見つめ、そし意図をくみ取り、そっと目を閉じた。

蓮が目を閉じた瞬間、これまでの思い出が甦ってきた。


そうか……。

これが走馬燈か。


瀬川は記憶の最深部に潜り込んだ。

それは瀬川が一番最初に思い出す。


入隊時の時の記憶。

だが、それを許さない程に早く。


雷鳴が轟き、光と瞬きが訪れた。

不意に微笑みが零れ、瀬川は声を出した。


「今まですまなかった……」


それはこれまでの非礼を詫びるこのように。

潤に対する罪悪感があふれ出した。


散々過去を引き摺ってきた自分が清算するのが、死ぬことだったなんてな。

まぁ、これでいい。


死ぬのはあいつじゃなくて。

俺だ。


(待ってろ―――――今行くからな……)


瀬川は最後の光景を目に移して。

いつまでも消えることのないだろう景色に目を通して。


真っ黒に視界が暗転していった―――――。


雷撃が瀬川に飛来した瞬間、彼は黒焦げになって崩れ落ちた。


「あぁ……‼ああ、ああぁぁぁぁぁあああああああああ‼」


潤は目の前の現状に泣き叫んだ。

何でだ‼なんでなんだ‼


僕はまた失った‼

また失ってしまってしまった‼


もう二度と失わないと決めていたのに……。

こんなすぐに失ってしまうなんて‼


「またか……またなのか‼僕はまた仲間を失うのか‼厄災ディザスター‼僕が一体何をしたっていうんだぁぁぁああああああ‼」


潤は黒焦げになった瀬川を抱きかかえて叫んだ。

声がはち切れんばかりの雄たけびを挙げて—――――泣き叫んだ。


その光景に皆が驚いた。

普段の温厚な潤からは想像もつかないほどの荒れ方だ。


「クソッ‼クソッ‼クソッ‼クソッ‼クソッ‼クソッ‼クソッ‼クソッがァァァァアアアアアア‼」


全員が驚愕に体が動かない。

その姿は凄く怖い。


蓮ですら始めて見る形相に、司と薫が黙って見守っていた。

この状態の潤を見るのに、二人は初めてではなかった。


前にも一度だけ見たことのあるその姿に、ただ黙ってみていることしか出来ない二人は。

悔しさだけが込み上げてきた。


そんな二人の間を、割って入る人物がいた。

その男は、悠然とした態度でゆったりと歩くと徐に潤の近くへと立った。


その男は、無機質な顔で彼を見つめると、そっと言葉を吐いた。


「無様だな潤」

「————⁉」


彼の言葉を聞いた瞬間、潤は全ての思考が飛んで頭が真っ白になった。

それは昔一度聞いたことのある声に非常に似ていたからだ。


だからこそ潤は驚いた。

そして、鋭く顔を上げた先に男はいた。


「……哲人」

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