第十四章 終焉
崩れゆく崖に飲み込まれるように潤は落ちていく。
彼によって巻き込まれた西園寺と紫咲も崖から重力を受けて落ちていった。
抗えない力によって落ちていく潤達。
「一体何があったの⁉」
落ちていくことに動揺しながらも、紫咲は気絶している西園寺を抱き寄せて潤に問いただした。
どういう状況なのか。
恐らく知っているだろう潤に聞く。
だが、問いを受けた潤が紫咲の方を向いた瞬間。
彼は冷たい瞳で紫咲の方を向いた。
「————ッ」
その冷たい目を浴びた紫咲が恐怖を感じた。
これほどまで恐怖を感じる目を紫咲は今まで見たことがない。
そう思わせるほどに冷たく底冷えした潤の瞳が痛いほど突き刺さった。
尚も落ちていく中で、潤がポツリと呟いた。
「ごめんね……。君をこんな形で巻き込んで……」
「……?一体何を言って―――――」
「これは僕に攻撃を仕掛けた瀬川君の仕業さ」
「瀬川……幹部候補筆頭の実力者がどうしてそんなこと……」
「僕は彼の家族を殺したんだ」
「—————」
潤の言葉に紫咲は置いた口が塞がらない。
彼の言っていることが本当ならこの清水潤は殺人鬼だ。
だが、先の戦いで彼にそのような姿はなかった。
これははったりなのか。
疑いをかけるが、潤の真っすぐ見つめる瞳が語っていた。
しかし、それとこれに一体何の関係があるのか?
紫咲は彼の真意が気になったが、不意に体を強い力で押されて紫咲は天に舞った。
驚愕に慄く紫咲に潤は純粋な笑みを浮かべて。
「これは僕の問題だから……」
そう一言告げて紫咲の視界から遠ざかっていく。
天高く舞った紫咲は崩れていた崖の上に辿り着いた。
西園寺を左手に抱えた紫咲が、右手で崖に捕まって落ちていく潤を見つめた。
ただ無言で見ることしか出来ないもどかしさに顔を歪めせて、紫咲はゆっくりと崖の上に這い登った—――――。
紫咲が無事に崖を昇ったのを見て、潤は現状を把握する。
重量によって抗えない力で落ちていく。
今宙にいる状態の潤にもし赤い雲がまだ余力を残していたなら対処の使用が無いと。
いやな考えとは常に当たるもので。
潤の予想は見事に的中した。
宙に浮いた状態の潤。
無防備な潤の姿を認識したその瞬間。
不完全な赤い雲が、潤に牙を剥いた。
最後の力を振り絞って攻撃を仕掛ける赤い雲。
飛んでくる鋭利に伸びた赤槍に。
しかし、宙にいる潤に避ける術はない。
あの爆撃で手に持っていた銃は崖の上に置いてきてしまった。
飛んでくる赤槍に無機質な目を向けて。
走馬燈のような記憶が甦ってくる。
あの日決意した約束は立った今違えようとしている。
彼女に誓ったのに。
もう悲しませないと誓ったのに。
「ごめん……薫、司。また君たちを悲しませることになるなんて……」
ふと彼女達の顔が浮かんだ。
まだ子供感が抜けていない二人の少女に。
何かと喧嘩をしていた二人に。
だけどその微笑ましい光景が潤の心を温めていた。
二人はきっと悲しんでしまうだろう。
その時支えになってくれるだろう人物は―――――
(蓮……君には迷惑かけるけど、二人のことよろしくね……)
彼しかいない。
二人の悲しみを分かち合えるのは、自分と共に戦ったチームメイトだけだ。
何かと自分に付いてきてくれた蓮。
彼の心ならきっと二人を凍てつく闇から引っ張り出しあげてくれ。
切実な願いを込めて。
さっきまで遠くにあった赤槍が目の前まで迫ってきていた。
これで終わりだ。
最後の時間。
やはり最後は君と過ごそう。
思いを馳せる。
彼女の姿が鮮明に思い出される。
凛とした後ろ姿に無邪気な笑顔。
もし戻れるなら―――――あの頃の君に。
そっと目を閉じてその時を待つ。
人生の終わりを感じ、諦め掛けたその時。
『—————シュッ』
何かが風を切り裂く跡が聞こえてきて潤は目を開けた。
何かが飛んできたのだと思った潤が正体を探る。
それは雷を防ぐのにつかわれる避雷針。
帯電ブレードが飛んできた音だった。
飛んできた帯電ブレードが潤と赤槍の間に飛んでいき、赤い雲の攻撃を阻止した。
誰だと思い目を向ければそこには、鋭い瞳で潤を睨む蓮の姿があった。
彼の後ろから複数の声が聞こえてきた。
「潤さん(先輩)‼」
司と薫が息を切らして蓮の後ろから現れた。
(はは―――――参ったな……)
潤は数秒目まで思っていたことを一蹴した。
なんて馬鹿なことを思っていたのだろうか。
潤は自分を恨んだ。
彼の―――――蓮の目を見て、潤は力強く行きたいと思った。
しかし、彼らの意思など関係なく。
まだ完全に消滅していない赤い雲が潤目掛けて襲って来る。
それはまだあきらめていない証明。
本当の最後の力というべきものなのか。
ただでは終わらないといった赤い雲の七色の雲と呼ばれる所以なのか。
潤は油断していた自分に失念し、武器がないにも関わらず赤い雲にトドメを刺そうとする。
その時――――タイミング良く潤の頭上の上から見慣れた銃が落ちてきた。
咄嗟の反射神経でその銃を手に取った潤は、不意に上を見上げた。
彼の視線の先には、何ともやりきれない気持ちで見つめてくる紫咲の姿があった。
「これで借りは返したわ……」
紫咲がポツリと呟く。
その声は潤には聞き取れなかったが、口の動きだけで潤は彼女がなんて言ったのか理解した。
「ありがとう……」
潤は顔を下に向けてお礼を言った。
もちろんその声など紫咲には届かなかった。
潤が手に銃を持った光景を見ていた司は安どの表情で見守った。
銃を持てば、赤い雲の攻撃など潤にとって凌ぐのは容易いことだ。
彼は弾丸を装填してスコープから赤い雲を覗き込んだ。
音を立てて弾を吐き出す準備をする。
その時、薫の目に潤が宙を舞う姿が鮮明に映った。
ゆっくりと流れて行く時間さえ飛ばしたくなるような。
そんな感覚に襲われた。
突然の出来事に、その場にいた全員が反応に遅れた。
突然飛んできた弾丸が、潤の背後の崖に当たって爆発した。
その衝撃波によって潤の体は前方に飛んで行った。
飛んで行く潤に薫が手を伸ばそうとするが、既に宙に飛んでいる潤は体を投げ出していた。
無機質に空中を彷徨う潤に誰もが目を向けた。
何が起きたのか分からない。
気が付いたら弾丸が飛んできて潤が前方に飛んでいた。
飛来した弾丸の威力は凄まじく、人が当たればひとたまりもない。
が、それは潤に当たった。
恐らく当たった部位は壊れているだろう。
バキバキに破壊された骨が奇声を上げている。
まさか赤い雲を倒す前にやられるなんて……。
でも、これで良かったのかもしれない―――――
どうせ僕は疫病神だ。
ここにいてはいけない。
生きてはいけない……
そう思っていた。
先刻前までは。




