青天37
どうしても一番にならなければいけなかった。
皆に認められるようになるには沢山活躍して注目を集めなければならない。
親に認めてもらえなければ。
自分に居場所がなくなってしまう。
だけど、彼女の前には必ずあいつがいた。
涼しい顔をして皆の注目の的。
親ですらその名を聞くほどに有名な彼女の名前を誰もが知っていた。
だが、彼女は今の自分に納得していなかった。
さらに高へと。
もっと上に行くとそう豪語する彼女に自分は微塵も勝てる見込みがなかった。
だから今回の赤い雲で戦績を上げて、親に認めてもらって一番になるんだと。
そう……
誓っていたはずなのに――――
今の自分はどうだ?
その高みすら行けていないどころか、今まさに人生の終わりを迎えようとしているではないか。
何たる体たらくなのだろうか。
悔しい‼悔しい‼悔しい‼悔しい‼悔しい‼悔しい‼悔しい‼悔しい‼悔しい‼悔しい‼悔しい‼悔しい――――‼
激しく襲われた悔しさに顔を歪ませる。
こんなにも死ぬのが途端に怖くなるなんて思いもしなかった。
まじかに迫った『死』を受け入れようと覚悟を決め、もう駄目だと思った――――その時だ。
突発的に現れた凛とした後ろ姿に—―――目を奪われた。
その後ろ姿には見覚えがあった。
何度も自分の前に現れたは泡のように消えていく彼女の姿に。
何度も手を伸ばしても届かせてくれないその背中が。
目の前にあった。
触れられそうな位置にあるのに体に力が入らない。
だが、それでようやく気が付いた。
自分はまだ生きているのだと。
まだ、生を宿しているのだと。
急にうれしさが込み上げてきた。
いつもは憎たらしくて疎ましい存在としか感じていなかった彼女の姿が、これほどまで自分に大きな影響を与えてきた幹部ナンバー1である少女の強さが体現された瞬間だった。
「まだ死ぬのには早過ぎると思いますよ?夜桜さん」
妖艶ささえ感じてしまうくらいにうっとりとした声に思わず女性の身でありながら魅了されてしまった。
華奢な体にも関わらず、巣の体躯からは想像も出来ない強さの象徴である彼女。
死を悟った夜桜の前に現れたのは、死とは無縁の一に存在する凛としたポニーテールを髪に束ねた少女だった。
「大丈夫でしたか?」
手を伸ばされ顔を上げる。
自分の目の前に現れた少女はニコリと微笑みかけてくる。
夜桜はその人物を見つめた。
相も変わらず涼しげな顔をして目の前に仲間のピンチに駆け付けた。
颯爽と現れたその人物は―――幹部ナンバー1最強の少女、朝霞凜華だった。
彼女は自身が持つ刀身を煌びやかに輝かせて夜桜の顔色を伺ってきた。
「くっ……」
彼女の登場に夜桜は歯噛みをする。
自分が苦戦していた攻撃を、あんなにもあっさりといとも簡単に防いで見せた彼女に。
ここまでの差がまだ存在するのかと。
嫌気がさして握り拳を作る。
一体どれだけの経験を積めばこれほどまでも境地に至れるのかと。
疑問が疑問を生んで無限にも思える彼女の行く道に、背中を追いかけていた自分が恥ずかしくなるように。
(また私は……ッ)
不意に悔しさが滲み出る。
それは度し難いほどに悔しいと思えるほどの惨めさ。
何とも言えないむず痒さに腹が立ち、だが一人で立てるというアピールをして朝霞の手を制した。
まだ元気がある様子の彼女に凛華は笑いつつ、彼女から視線を外した。
笑っていた先程姿から一変して表情を変えた。
それはどの感情なのか。
近くで見ていた夜桜には到底分かりもしなかった。
いや。
むしろ分かりたくもなかった。
彼女を突き詰めてしまえばきっと自分は、平気で己自信を傷つけることも辞さないだろう。
彼女に追いつくということは――――つまりはそういうことなのだ。
それは凛華の手を見れば一目瞭然だった。
ボロボロに傷ついた彼女の手は、何度も何度も倒れては起き上がってきた強さの証なのだ。
当然、自分が追いつけるはずもなかった。
浅はかな考えを捨てて夜桜は凛華を見つめた。
立ち姿でさえ凛と力強い。
この後ろ姿を体現出来る人物を自分は二人しか知らない。
夜桜はふらふらとおぼろげな足取りで凛華に近づくと耳打ちをした。
「何か策はあるの?」
「?」
対して凛華はきょとんとした顔で夜桜を見つめた。
「何よ?」
「いえ……特に考えていなかったので……」
「————」
彼女の本心から出た言葉に夜桜は言葉が出なかった。
「呆れた……。いつもあなたはそうね……考えもなしに突き進んでいく。にも関わらず、あなたは必ず厄災を討ってきたわ」
その姿に憧れもするんだけどと、後から言葉を繋げるように小さく吐いた。
「私は成すべきことをしているまでです」
「そうね、あなたはあなたの道を行っているだけ—―――それで?策がないのならどうするの?」
「単騎での戦闘になるでしょう。と言っても、これほどの敵を相手取るのは私一人では少々きついですね……。かといって夜桜さんは立つのがやっとですし……」
「悪かったわね足手まといで……」
皮肉にも自分の怪我が巧妙して足手まといとなっていることに歯噛みで悔しさを顕にした。
他人に迷惑をかけては元も子もない。
だが、悔やんでも後の祭り。
どうにか対策を立てようと考え込んでいると、二人の間に割って入る者がいた。
「私でよければ力になるわよ」
その声に二人は反応した。
木陰の隅から出てきた彼女に目を見張る。
「あなたは――――」
凛華は驚いたように。
「秋月薫‼なんでここに‼」
夜桜は突然の来訪者に声を荒げた。
「あら?いちゃ悪いのかしら?それとも、私が来たのは迷惑だった?」
「悪いに――――」
「いえ、大変心強いです。ぜひお力を貸していただきたい」
夜桜の言葉を遮って凛華が手を差し伸べてくる。
対して、差し出された手を握り返して薫は笑った。
夜桜は二人の後ろ姿を見た。
そこにはもはや形容しがたい雰囲気を醸し出した少女と呼ぶには似つかわしくない二人の背中。
かつて最強と謳われた二人の少女を、こうして一緒に闘う姿を拝める日が来るなんてと。
夜桜の心は高揚すると同時に、羨望の眼差しで見つめる。
自分の憧れた二人の背中に瞳を震わせ。
彼女達の背中に付いていこうと後を追った。
「キリがねぇぜ‼」
「全くですよ……」
後方で待機していた上野と藤宮が合流したものの、赤い雲によって生成された雷雲によって足止めを食らっていた。
倒せど倒せど出てくる雷雲に手を焼きながら、二人は戦闘を続けていた。
撃ち砕いては出現する雷雲に飽き飽きしていた。
「こんなところで足止めを食らっている場合じゃないんだけどな~」
「口じゃなくて手を動かしてください」
「分かってるけどよ~」
上野は周りを確認しつつ、雷雲を撃ち落としていく。
周りには彼らと同様に雷雲に手をこまねている人達で溢れ返っていた。
幹部ともなれば楽に倒せる雷雲だが、他の隊員達には少々荷が重い。
苦戦を強いられている分、上野達にその余計な負荷が掛かっていて足止めを強いられていた。
徐々に隊員達の数が少なくなっていく。
それは逃げられている証拠なのだろう。
故に二人は破壊から方向を変えて、凌ぐことに主を置いた。
時間稼ぎに路線変更した二人に迫りくる雷雲。
上野と藤宮は銃を携えて駆けて行く。
走りながら上野は懸念材料を口にした。
「このまま助けに向かえないと結構不味いことになりそうだな……」
「そうですね……。鴻と高浪は防衛のため後方待機していた分、ここまで来るにも多少の時間がかかる。西園寺と紫咲は遠距離で当然無理。朝霞凛華は不在。状況は極めて最悪と言ってもいい」
「付け加えて俺らがここで足止め食らって援護出来ず。夜桜だけが赤い雲と戦闘中か……」
「彼女の実力ならば、ある程度は堪えてくれるでしょう。しかし、倒すまでには至らない」
「さすがのナンバー二も単騎での赤い雲討伐は出来ないってか?」
「あくまで目録ですがね……」




