青天2
名前を呼ばれた潤は顔を向けて反応する。
向いた先にいた彼の目には納得いかないといった様子の光が灯っていた。
何事かと思い不思議そうに顔を横に傾げると、蓮は激怒の表情をして目を細めた。
「いいことだと?馬鹿を言え。俺達は何でご飯を食べていると思っているんだ?厄災討伐が俺達の仕事だろうが。その仕事が無くなったら……、俺らこの先どうやって食っていくんだよ?」
不意を突かれた一言。
蓮の言葉を聞いた潤は、忘れてたと言わんばかりに唖然とした態度でその場に立ち尽くした。
「おいおい……」
蓮は呆れたように額に手を置いて首を横に振る。
(潤の考えなしには毎度のこと驚かされるばかりだ……)
そこが潤の良い所でもあり、悪い所でもある。
蓮は潤から視線を切る。
その時、視線の先に入ってきた青味のかかった黒い服に目がいった。
その服は出撃の時に来ていく潤達のために作られた特攻服と呼ばれる代物だ。
潤達の就いている職業————第一部駆逐追撃部隊。
別名、捕食者。
捕食者は厄災を狩るために作られた特別な迎撃隊である。
そう。
この世は厄災で溢れている。
いや、溢れ返ったのだ。
それはゆっくりと、しなやかにやがて世界を侵食するが如く。
世界には無数の国が存在していた。
しかし、その中でも厄災の被害が多数発見されている国が五つ存在する。
東国、西国、南国、北国、中央国。
五つの国がそれぞれの方向に隣接するように国を形成していた。
★☆★
それは青天の霹靂が起きた―――二年前のこと。
『逃げろーーーーーーー‼︎』
荒れ狂う紅炎の中で怒号が飛び交う。
喉がはち切れんばかりの声を上げて男は天高く声を上げた。
彼の目の前には空を青一色に染めた雲があった。
恐怖という名の死神が眼前に迫っているみたいに。
その恐怖とは裏腹にその雲は今までに見たことがない色合いであった。
青い空すら覆い尽くす青く澄んだ雲が、この世のありとあらゆる絶望を与えて人々に襲いかかってきた。
『なんだよーーーーーーーッ‼︎なんなんだよッ‼俺たちが一体何をしたって言うんだよ‼︎』
少年を襲い、少女を襲い、男性を襲い、女性を襲い、老人を襲い尽くしていった。
それは―――ただの雲のはずなのに。
恐ろしいほどに鋭利な攻撃を伴って。
人を殺していく。
突き刺さる雲が霧散していく。
証拠を隠滅するように。
しかし、そんなことをしたところで誰もその証拠を見ていた者はいない。
だから罪なんてものは被らなくて済むというのに。
まるで、そうするのが当たり前であるかのように雲は一掃していった。
そして、その様子を目の前で見ていた男は、遂に殺されていく我が子を見ながら悲哀に溺れた。
雲は留まることを知らず、体を貫かれ腹を風穴を開けられた妻を見て、男はどん底に突き落とされた気分になる。
何故、自分だけが生き残っているのかと。
目の前では子供が死に、付いていくように妻も亡くなった。
周りには燃え盛る紅炎が炎上網となって男を取り巻く。
風に吹かれた紅炎が四方八方男を囲んで離そうとはしない。
男は奪われていく未来の末を見つめ、抱きかかえるように妻と子供を抱き寄せ、紅炎の彼方へと飲み込まれていった―――。
『クソッ‼︎何がどうなっているんだ‼︎』
別の場所でも同様に困惑の色を抱えた男が空に浮かぶ雲に目を向けていた。
突然の事態に驚きが隠せないでいた。
周りには沢山の死体が転がっていた。
『———っ』
運良く雲からの攻撃を回避し無事だった男は、辛うじて動く足を引き千切れるのではないかという回転を見せ走り回っていた。
男は首を左右に動かして探す。
自分以外の生存者を。
だが、探せど探せど生者はおらず、生を失い死に向かって行った人形だけが転がっていた。
気持ち悪さが込み上げてきて吐き気を催す。
吐き出さないために上を向いたはいいが、空を見上げてもそこにいつもの空はなく、何が起こったのかさえも分からなかった。
答えを知ろうにも自分以外に生きている人間は周りを見渡しても誰一人としていない。
何故―――
一体何故こんなことになってしまったのだろうか?
それを答えるものすらいない。
いてはくれないのだ。
空を覆い尽くすほどの七色の雲が国を―――世界を覆い尽くした。
染色がかった鮮やかな色。
しかし、そのどれもが人々の目を焼き尽くした。
地面は抉り取られ、雨水は濁流の如く襲い来る。
風は暴風雨を伴い、人々に弾丸のように打ち付けた。
襲い来る厄災に成す術はなく。
そうして二年前のあの日―――。
全てが奪われた―――。
何も出来なかったあの日からすぐに対策用の職業が設立された。
そうして出来たのが……厄災駆除部隊。
捕食者である。
だが、とても皮肉なことだ。