青天35
徐に立ち上がった西園寺が驚愕に慄いた。
紫咲も想定外の展開に口を手で覆う。
彼女達の弾丸は赤い雲に当たる直前で、上空で堆積していた雷撃に撃たれて完全に消滅したのだ。
それもかなりの電溶だ。
特性受注させた赤い雲の成分を溶かして物質を分散させていく代物なのだが……
それでさえ赤い雲の生成した雷雲によって搔き消されたのだとしたら、ここにあるありったけの弾丸は全て無駄になる。
意味を失った弾丸に用はない。
西園寺はすぐに装填させていた弾丸を全て外して、新しい弾を用意しようと試みる。
手当たり次第にバッグを漁ってみる。
何か無いかと探りを入れるその顔は明らかに焦りの色が見て取れる。
油断してなかったと言えば嘘になる。
先程まで自分は勝ちを確定して笑っていたのだ。
戦場で笑うなど笑止千万。
あまつさえ終わってもいない状況となれば尚更だ。
しばらく漁っていると、手頃な弾丸はいくつかあったが……
効くかも分からないので使うのに多少の躊躇いが出る。
だが躊躇っている暇などない。
すぐにでも撃ち込まなければいけない。
何故なら赤い雲の近くにはまだ隊員達が複数いた。
いずれも彼ら、彼女らは体勢を完全に崩され、予想外の出来事に対処出来ていない。
このままでは多くの仲間達が失われてしまう。
近くにいる隊員達が全滅するのだけは避けなければならない。
そこからの西園寺の行動は早かった。
西園寺は効くかも分からない弾丸を手に取って行動に移った。
彼女の素早い行動力に圧倒される紫咲も、辛うじて仕舞い込んでいた弾丸を手に持って銃に装填させる。
状況は未だに飲み込めていない彼女だが。
赤い雲が雄たけびを挙げた瞬間、意識を一方的に引き戻して行動を取った。
スコープを覗き込んで構える。
「……ッ」
既に何人かの隊員達が襲われている。
隊員達が襲われているのが見えたと同時に西園寺は、弾を充填させて一気に引き金を引いた。
同じく螺旋に回転していく弾丸に一途な願いを込めて放つが――――
それら全ての弾丸は検討虚しく上空にある雷撃によって防がれてしまい、たじろくしかなかった。
「そんな……一体どうすれば……ッ」
何も手の尽くしようがない事態に自然と涙が零れ落ちる。
これが絶望というものなのか。
己の弱さを初めて痛感していると、
「諦めちゃ、駄目だよ……」
そっと西園寺の肩に手を置いた紫咲が、まだ活力のある目で西園寺を力付ける。
「まだ、私達にやれることがあるよ」
その言葉に死にかけていた西園寺の瞳に生気が灯る。
いざという時に頼りになる紫咲。
故に西園寺は彼女に甘えることが出来るのだ。
普段はおどけた様子でどこか頼りない彼女だが、そっと眼鏡を取って赤い雲を睨み付けた。
その姿は鬼神すら恐れる形相であった。
「ここからが本番……」
若干落ちたトーンになったのを西園寺は聞き逃さなかった。
空気が一変したのを肌で感じ取った西園寺が、紫咲を羨望の眼差しで見つめる――――。
「ちッ……」
蓮が舌打ち交じりに雷撃を躱していく。
突然現れた雷雲に辺りは完全に混乱していた。
体制を整えようにも、こうも乱戦的に襲撃されてはその余裕すらない。
蓮の頼み綱は、最も勇猛な自分達のリーダー。
茫然と立ち尽くしている彼に視線を向けた。
何やら考え込んでいるのか、その場から一向に動こうとはしなかった。
蓮は黙ってその様子を見ていた。
不意に視線を別方向へと向けると、地面に数人ほど倒れ込んでいる姿を見かけた。
蓮は倒れている一人に近づいて声を掛ける。
「おい‼大丈夫か⁉しっかりしろ‼」
必死に声を掛けて反応を見る。
『ううっ……』
呻き声が聞こえて蓮はほっとした。
どうやら衝撃で気絶しているだけのようだ。
何とかして退路を確保しようとするが、迂闊に動けば雷雲の餌食になってしまう。
蓮がどうにかして打破しようと考えていると、
「皆落ち着いて‼一か所に固まらないで‼バラバラに散開しなさい‼」
力強い声が聞こえ、皆の耳に飛び込んできた。
その声は、赤い雲と雷雲を見事に凌ぎながら戦況の把握のためあちこちに走り回っていた夜桜からだった。
彼女は皆に声掛けしながら、赤い雲の攻撃を誘い込んで注意を惹いていた。
この混沌とした状況でも一切の心の乱れがない夜桜。
更に凄いのは、彼女の取り巻きの仲間達である。
見事に夜桜の戦闘の邪魔にならないように絶妙に入り込み、確実に赤い雲の攻撃を対処していく。
それに釣られるように、他の隊員達も落ち着きを取り戻して散開を始めていく。
赤い雲はその大きさ故に、非常に動きが遅い。
こちらの攻撃も当たりやすいが、分厚い装甲なのからか。
中々星々の源までが遠い。
赤い雲が黒く染まってからまだ数分と経っていないが、
「すぐには無理のようね……」
攻撃を加えていた夜桜が不意にそんなことを呟いた。
どうやら彼女は皆を逃がす策を目論んでいたらしい。
しかし、短期決戦に持ち込めないと感じ取ったのか。
攻撃を止めて、武器を仕舞い込んだ。
夜桜が武器を収めたのを見て潤は唐突に動き出した。
彼が動き出したのを見て蓮は彼に近づこうとするが、
「潤どこに—―――」
自身の目の前で手を出して蓮の動きを制する。
その行動に蓮は賭けた。
「お前を信じていいんだな?」
遠くにいても口の動きだけで分かった。
「もちろんだよ」
そう言っている気がした。
彼がそう言い残して去っていく。
背中を向ける彼の姿を見てポツリと呟いた。
「……死ぬなよ」
そして蓮は、今自分がすべきことの行動を全力で模索した。
「司‼左の雷撃を撃ち落として‼」
「分かったわ‼」
薫の指示で司は九時の方角にあった雷撃に矢を三つ放って破壊する。
「次は‼」
「十一時の方向三つ‼」
指示を受けた司の連撃が次々と雷雲に当たっていく。
「それにしても、これほどの雷雲は見たことないわね……」
「そうね……おかげで皆混乱しているみたい」
辺りを見渡してみれば、突然の事態に隊員達は慌てふためいていた。
「情けないものね……」
と、毒を吐いてみたもののこの状況では仕方ない。
司が雷撃を狙撃しつつ、薫も牽制を掛ける。
「潤さんと蓮君は大丈夫かしら?」
「心配いらないわ……あのバカは分からないけど」
不意に頭に過ぎる。
何もなければいいのだが……
不安が胸に残るが兎に角、今出来ることは雷撃を撃ち砕いて混乱している戦況を正すこと。
早急に取り掛からなければならない。
二人は攻撃する手を休めることなく駆けていった。
「たくっ‼どうなってるんだ?」
「どうやら僕らが動く前に事が進行したらしい」
「まぁ、この事態を見れば明確か……」
ボヤくように呟いた上野と眼鏡を上げて目線を上げる藤宮がいた。
彼らは第二陣として待機していたのだが、戦況が大きく変わったのだ。
「どうする藤宮?」
「どうするもない、戦闘に混ざって逃げ遅れている他の隊員達の退路を開くぞ」
「あいよ」
二人は自分達の隊員達に指示を飛ばして戦闘に走る。
その様子を見ていた南雲がにたりと笑う。
「何やらあったみたいだね」
誰に物を言うわけでもなく独り言のように呟く。
「はてさて?どう動くのが正当なのかな?」
辺りを模索して考え込むようにそっと手を顎へと置いた。
「何があった?」
渉が慌ただしく動く姿も黙認した渉が異変に気付いた。
「何事ですの……」
隣にいた高浪でさえこの事態に飲み込めていない。
戦況の把握をしようにも、全線で戦っている者達は一向に返ってくる気配がない。
当然だ。
この位置からでも分かるほどに大量の雷撃が犇めき合っていた。
「なんですのあれは……」
「さぁな、だが悠長にはしていられ無いということだ」
そう言うと鴻は先陣を切って走り出した。
その行動の速さに高浪も続いて指示を出す。
「皆‼走るわよ‼」
合図と共に隊員達が一斉に走り出した。
それぞれの部隊が動き始める中、御手洗も慌ただしく動く。
「状況はどうなっている‼」
『解析しています‼』
「まさか赤い雲が黒く変わるとはな……」
昔渚月にそのような事があったという事例を聞いたことがあったが……
今まさにその現象を目の当たりにしているということに驚きを隠せない。
『予測不能な変化ですね……』
「物質の変化か?」
『そうですね……。従来の赤い雲は、大気中に漂う水滴量と微細な氷晶によって形成されているのですが……解析の結果、水滴量が大分少なくなっていますね』
「というと?」
『普通雲は水が占めているのですが、今の赤い雲にはそれがないといってもいいですね』
「水分量が少ないのにあんなにも雲が成形されているというのはおかしくないか?」
『そう……ですね』
御手洗の言葉に少し考え込んでから、
『ちょっと調べてみますね』
と、パソコンに向かって打ち始めた。
御手洗はその光景に目を当て思い耽る。
(清水……)
「確か……あの位置に……」
潤は目的の場所に向かって走っていた。
その場所は、射撃が飛んできた場所。
つまり、紫咲と西園寺がいる場所だ。
大分離れてはいるが、まだ間に合うだろう。
「はぁ……はぁ……」
駆ける足を速めていく。
道中テントへと戻りバックを担いだ。
いつもの銃を持って潤は目的の場所へと辿り着いた。
「なッ⁉あなたは……」
その姿を見かけた西園寺の顔に困惑が見える。
本来この場にいることのない人物が突然現れたのだ。
驚くのも無理はない。
同様に紫咲も困惑していた。
「何故貴方がここにいるのかと問うのは愚問ですね…しかし、貴方がいていい場所でもないはずです」
西園寺は強目の口調で潤に言った。
「貴方の射撃の腕前は知っています。ですが、それも今は昔。現在の貴方は衰えているはず」
「……」
「今すぐここから立ち去った方が身の為です。後は私と紫咲に任せてーーー」
「そうだね……確か今の僕には力が無い。圧倒的に足りない」
「分かっているのなら……」
「それでも逃げるわけにはいかない」
「……ッ」
頑としてその意思を曲げない潤に、西園寺は怖気付く。
こんなにも鬼気として迫る彼を、止める術はない。
西園寺は、それ以上何も喋ることなく黙ってその姿を見つめた。




