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青天34

その疑問を投げかけたのは、遠方から様子を伺っていた紫咲から発せられたものだった。

彼女は、同じく隣で戦闘の準備をしていた西園寺を見ながら言う。


しかし、当の本人は聞こえなかったのか鼻歌交じりに何かを手に持って上機嫌だった。

紫咲は訝しげな表情で彼女の手元を覗き見ると、その手には彼女の身長以上の巨大な銃が握られていた。


屈託に塗りたくられた銃は、西園寺家特性の狙撃に特化したオリジナルの銃である。

従来の銃に比べて質量も格段に軽く、その上射撃性能も向上している。


西園寺自身も射撃のセンスが随一ということもあり、扱いには長けている。

スコープから見える地面を見つめ、陽気にその時を待っていた。


紫咲は頬を引き攣らせて呑気な彼女を見つめた。

自分は不安で胸が一杯だというのに……。


一つ溜息を吐き捨てると、気持ちを落ち着かせるために空を見上げた。

残念ながらそこには紫咲が見たかった青い空は無かった。


あの美しい青い空は、いつの間にか真っ赤に染まっていた。

その隣には、黒く練り固められた黒鉛がひしめき合う黒い雲が、まるで様子を伺うようにしてこちらを見ているような気がした――――。


紫咲はもう一度赤い雲に目を向ける。

この先では、夜桜が戦闘を行っている。


勝てるか分からない戦闘に満応じして挑む。

分からない。


この言葉が妙に引っかかる。

一途の不安を抱いて来る時を待つだけ—―――



「はぁぁあああ‼」


夜桜の双剣が空を切る。


「くッ……‼」


先程から攻撃を繰り返しているが、全く当たらなくなってしまった。

幸先こそよかったものの、戦闘を繰り広げていくうちに夜桜の動きに慣れてきた赤い雲が、次々と攻撃を躱していく。


『夜桜ちゃん‼危ない‼』

「……ッ」


不意に忠告が入り、夜桜が気配のする方に目をやる。

眼前には赤い雲の攻撃が迫っていた。


ぎりぎり避けられるかというところで、仲間の一人が間に入って防ぐ。


『大丈夫ッ⁉』


少女が駆け寄って夜桜の様子を心配するが、


「いいから‼戦いに集中して‼」


と、一喝する。


私の心配よりも戦闘の方が大事だと言わんばかりだ。

制された少女は、一瞬たじろむ。


しかし、すぐに理解したのか前を向いて武器を構えた。

他の仲間達も同様に武器を構える。


この程度で狼狽える様な仲間ではないと、夜桜は知っている。

ゆっくりと起き上がって赤い雲に対峙する。


(ここで戦果を上げなければ……)


焦りが生じる。

夜桜は双剣を持って再び戦闘に赴いた。


赤い雲に向かって双剣を掲げた。

切り刻む勢いで両手を縦横無尽に動かす。


一部を削り取っていき赤い雲の体力を削る。

雲の断片が千切り取られていき、その雲が泡のように消えていく。


雲の一切れでさえ淡く消えていく。

一連の流れを時間の流れが遅くなる感覚の不穏間に抱き。


夜桜は飛翔する。

先程より高く、赤い雲のてっぺんを見据えるように。


自由落下の現象で重力に従って落ちていく。

圧力を受けた体に空気の層が裂いていく。


目を窄めて赤い雲の攻撃範囲内に入り込む。

落下速度によって加速した体に全体重を任せて乗せる。


狙いを定めて赤い雲に攻撃を仕掛ける。

全力の斬撃。


双剣を乱舞の如く動かしていく。

凄まじい速さで切り刻まれていく赤い雲が雄たけびを挙げて悶える。


落ちていく狭間で星々の源の姿が見えたが、攻撃するまでには至らなかった。

悔しそうに顔を歪ませて粗が得きれない力で地面へと着地した。


「どう⁉」


夜桜はすぐに顔を上げて様子を確認する。

見れば、赤い雲は夜桜の攻撃が効いたのか。


攻撃を止めて怯んでいた。

どうやら相当効いているようだ。


「やった‼」


ホッとしたのも束の間、赤い雲は夜桜によって削られた一部を修復しようと距離を取って後方へと下がった。


こんな後期はあと何回あるか分からない。

その隙を見逃さずに、


「総攻撃‼」


と、一際大きな声で合図を出した。


「どうやら合図が来たみたいだよ」


彼女の声に一早く気付いた潤が、赤い雲に目を向けた。

夜桜の活躍により、赤い雲が怯んでいる。


この好機を逃すまいと、他の隊員達も一斉に駆け出した。

各々が武器を構えて赤い雲に向かって鋭い視線をぶつける。


数隊が近接武器を用いて赤い雲の削れた部位を、更に削っていく。

細々とした一部分が、淡く消え有く中、潤は赤い雲の懐に入り込んでいた。


そして勢い良く滑り込むと、背中を地面に擦りながら一発の弾丸を放つ。

勢いを止めずに赤い雲の反対側に回り込んだ潤が、再度弾丸を撃ち込んで削り取った。


何人係で削り込んでいく。

そうして総攻撃を仕掛けた先に目的の者が見えてくる。


奥、最深部にそれはあった。

星々の源だ。


光り輝く美しい球体が剥き出し直前の状態で現れたのだ。


「よしッ――――‼」


星々の源が見えた瞬間、全員の顔に緊張が走る―――――。


「見えた――――」


そう声を発したのは、その時が来るのをじっと待っていた西園寺だった。

彼女は先刻から同じ体勢をキープして待っていたのだ。


夜桜たちが開いた活路に乗じて、他の皆が必死になって赤い雲の分厚い装甲を削ってくれることに。

同じくスコープ越しから見ていた紫咲が、瞬間的に見えた星々の源に標準を合わせる。


早く行わなければ、折角皆が開いてくれた活路を無駄にしてしまう。

紫咲はゆっくりと一つ深呼吸をして目を見開いた。


集中しているからだろうか。

スコープ越しから見える祖背ははっきりと見えていた。


「準備はいいですね?」


隣からは含み笑いをしている西園寺の様子が、見なくとも分かっていた。

二人はきりきりと鳴るスコープに耳を傾け息を呑み込んだ。


微かに髪に吹く風を読む。

幸い今回は風があまり吹いていない。


揺れる髪は微弱ながら、しかしそれでも二人は僅かの弛みも許さない。

タイミングを見計らって二人はほぼ同時に—―――引き金を引いた。


完璧な息の合った発砲音。

弾丸の軌道に加えて風を読み切った二人の弾丸が、空を切って螺旋状に回転していく。


鋭く尖った弾丸は、いとも簡単に赤い雲に目掛けて一直線に飛んでいく。

何処までも伸びていく弾道を見つめながら二人は思う。


まるで裂く音が聞こえてくるようだ。

二人がいるのは赤い雲から大分離れた位置にある千メートル離れた場所にある山地だ。


この位置から遥か先にいる赤い雲を狙い撃つ。

ましてや、星々の源を狙うなど無謀にもほどがある。


だが、二人は何の躊躇いもなく撃ち放った。

スコープ越しに見えた星々の源を、西園寺が捉えた時には既に彼女は笑っていた。


恐らく幹部ナンバーの二人でなければ出来ない芸当だ。

紫咲は西園寺と同等の射撃センスを持っている。


スナイパーが二人となればもはや最強と言えるだろう。

後は、弾丸が赤い雲に当たるのを待つだけだ。


スコープ越しに眺めて勝利の瞬間を待っていた—―――


(何ともあっけない幕切れなんでしょう……つまらない)


西園寺は赤い雲が向かってくる弾丸に対応出来ないのを悟っていた。

あの状況を見れば、誰もがそう答えるだろう。


満に一つも赤い雲に勝ち目はない。

既に満身創痍の赤い雲に興味が薄れ始めた――――その時だった。


「えっ……」


思わず口から零れた声は、自分でも無意識だったと言えるだろう。

それほどに今の状況が理解出来ないでいた。


「嘘ッ……⁉」


隣で見ていた紫咲も信じられないといった様子でその場から立ち上がった。

二人はただ茫然と何が起こったのか分からないといった表情で赤い雲を見つめた――――。



「これは……」


赤い雲の体力を削っていた潤が違和感に気付いて攻撃を止めた。


「どうした潤‼」


不意に止んだ潤の攻撃に反応した蓮が様子を伺う。

彼は第六感とでも呼ぶべきものが働いたのか、不穏な気配を感じ取っていた。


その険しい表情を悟った蓮が、彼の視線に合わせて同じ方向を見つめた。

最初こそその違和感に気付かなかったが、確かに胸に引っかかるものがあった。


この空はこんなにも――――黒く染まっていただろうか?

そう。


これこそが違和感の正体だ。

それにしてもこの黒く染まった雲には見覚えがあった。


紛れもない黒い雲――――と蓮は思ったがそうではなかった。

視界の端に残る赤い断片に、蓮は気付いた。


そうか……これは黒い雲なんかじゃない。

赤い雲が変化したのだと察した。


赤い雲が黒く染まった理由。

それは――――赤い雲が怒った証なのだ。


潤は知っていた。

赤い雲は、最初は確かに名の通り赤く染まっているという。


しかし、あまりその姿を見る者がいないことから、忘れ去られていた別名が存在していた。

一度だけ他国で確認されたと言われているかつて黒い雲と同様に扱われ、甚大な被害をもたらし猛威を振るったとされるその名は――――


「赤黒の雲……」


その姿は黒い雲に非常に似ていることから勘違いされやすいが、僅かに残った赤色の雲の一部が黒色と混じって恐怖を増大させるのだ。


「そんなことって……」

「……っ」

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