第十一章 赤き雲の残響
哲人の声が聞こえてきた時に不思議と込み上げる物があった。
この感情がなんなのかは潤には分からなかった。
だけど、一つだけ分かることがある。
込み上げてくる物に確かな芯があるということに……彼は気付いていた。
潤はその場を後にして、自分を中心として集まってきた者達を見つめて口を開いた。
「さぁ、皆。いよいよだね……」
潤が言葉を発した瞬間ーーーその場にいた三人の顔に緊張が走った。
蓮は顔を強張らせて、薫は息を呑んで、司は意を決心して。
だけど、彼はそんな三人の不安を一蹴するかのような優しい声色で言った。
「大丈夫。僕たちだけじゃない。周りを見てごらん?仲間がいる」
ふと視線を漂わせれば、彼の言う通り見渡す限りに仲間が……同志がいた。
蓮は思った。
この戦いに勝てるかどうか。
これから自分達が挑むのは、未知の敵だ。
それは分からないと答えるしかない。
だからこそ。
やってみなければ分からない。
「行こうか……。僕らの日常を脅かす狂気を討ち払いに……」
三人は力強く頷いて。
倒すべき相手に目を向ける……。
その時—――
『総員、配置に着いたな?』
聞こえてきた御手洗の声に全員の緊張が高まっていく。
「こちら夜桜。いつでも行けるわ」
全員が緊張感を感じる中で先陣を切る夜桜は、堂々とした面持ちで御手洗の問い掛けに答えた。
自ら先陣を名乗り上げただけのこととあって、その余裕さが見て分かった。
『よし。それではこれより、赤い雲討伐に向かう‼全員気合を入れろ‼』
獅子奮迅の活躍を期待するとばかりの御手洗の激励が通信を聞いていた全員を鼓舞する。
やがて辺りには静けさが立ち込め、不気味に風が吹き荒れる。
風鳴りが響き、次第に強さを増して行く。
耳に木霊する騒音が身体中を駆け巡り、高揚感が湧き上がる。
この緊張感はかつてないほどに自分の気持ちを高ぶらせた。
手は震え武者震いしている。
当然だ。
目の前にいるのは世界でも名を馳せ、その名を轟かせる厄災。
七色の虹の一角、赤い雲。
最大の高火力を誇る赤い雲が、目の前に聳え立つようにしてその存在感を露わにしていた。
露呈された赤い雲の保有する星々の源が疎らに揺らめきながら、見事にその弱点を隠しきっている。
忌々しげに総出で憎き仇の目をさせ、武器を掲げる。
先導に立つ彼女の姿はまさに戦乙女を彷彿とさせる。
なんて美しいんだろう。
その姿に全員が魅了されていると、不意に耳を唸るような声が聞こえ、その場にいた全ての視線がその一点に集中した。
「総員‼かかりなさい‼」
その声は力強く、鼓舞する。
武器を握る力が不思議と強くなっていくのを、確かな感覚に任せて握った。
夜桜の掛け声と共に一斉に動き出す隊員達。
その隊員達を従えて一番に走り込むのは、夜桜と彼女の仲間達だ。
四人一組で形勢された構成となっているが、夜桜を中心として他の三人がその周りを囲うように陣取っていた。
いずれも夜桜と組むとだけあって他の三人は、非常に頼もしい経歴の持ち主たちだった。
こんなにも心強いメンバーが先導になってくれるなんて、潤は感極まって見つめる。
「僕達はなるべく後方で彼女達のサポートに回るよ」
「了解」
潤の言葉に蓮が頷く。
「フォーメーションはいつも道理で行くけど、万が一も考えていつでも対処出来るようにしといてね?特に蓮」
「うぇ⁉俺かッ⁉」
「あんたはすぐに作戦忘れて突っ込んで行くからでしょうが‼」
「そうね……蓮君いつも考えなし突っ走るから……」
薫と司にそう言われては、流石の蓮でも返す言葉がない。
「……へいへい。分かりましたよ」
何とも納得の行かないといった表情だが、首を縦に振って応じる。
「さて……」
蓮が頷いたのを見た潤は、一つ呼吸を整えて駆ける。
それに続くように三人も潤の後を追った---。
「……」
先頭を走る夜桜は、目の前に見える赤い雲に目をやり、沈黙していた。
『どうしたの夜桜?』
その様子に気付いた彼女の横を走る少女が問うが、
「気にしないでいいわ……」
と、素っ気ない彼女の言動にそれ以上口をはさむ余地はなかった。
二人の会話を気にしていた他の二人も互いに見合って心配するが――――
「来るわよ‼」
突然の警告に二人は顔を上げた。
その先にいたのは、悠然とした姿で目の前に現れた赤い雲だった。
「望むところよ」
走れど走れど近づく気配すらなかった赤い雲が自らこちらに近づいてくれたのだ。
早速夜桜は、腰に巻いていた銀色に輝く美しい双剣を抜いて対峙する。
その二刃には文字が刻まれていた。
藤咲家に代々伝わる伝統重き一刀だ。
彼女は肩まで掛かった髪を振り乱して赤い雲に挑む。
激しい衝突音が響き渡った。
「どうやら戦闘が始まったみたいだね」
「そうだな……」
遠くから微かに聞こえてくる戦闘音を聞きながら、潤達は夜桜を援護できる領域まで近づく。
だが、決して彼女の邪魔をしないある程度の距離を一定に保つ。
「これが、生の赤い雲か……」
VSCで事前に見ていたとは言え、流石の蓮も実際に目の当たりにして、思わず感嘆の声を上げる。
(バーチャルとはやはり違うな……まぁ、当然か)
その大きさに驚いていると、視界の端に赤い雲に向かって飛びつく人の姿が見えた。
「……」
その姿は勇敢と呼ぶに相応しい。
夜桜は赤い雲と対峙していても微塵も臆することなく挑んでいた。
「はぁ‼」
四肢に力を込め飛翔した夜桜が、腕をクロスさせて勢い良くバツを描いた。
空中で描かれたバツ印はそのままの形で赤い雲の模様になった。
「せぃぃぃやぁぁあああ‼」
一切の余地なく切り込んでいく夜桜。
彼女の獰猛に挑む勇姿に、羨望の眼差しが飛び交う。
その様子を別の場所で見ていた飄々とした雰囲気を漂わせる東城が、薄っすら眺める視線でゆったりと観察していた。
「ん~、頑張ってるね~」
呑気な顔をして彼は呟く。
彼が率いている隊員達は、静かだった。
それこそ全員が一言も発さずにただ動向を伺っていた。
「そうそう君達は、ただそうやって見守っていればいいんだよ」
彼らの奇妙な行動に嬉しそうに微笑んで頷く。
しかし、誰も彼の言葉には耳も傾けず、一点を見つめるだけだった。
夜桜が先陣を切って赤い雲に挑んでいる中、その後方で眼鏡の柄を持って上げる男、第二陣を構える部隊がいた。
「全く、血の気の多い女だ……」
ぼそりと呟いた部隊の先頭に立っていた藤宮が再度眼鏡を上げた。
「そう言うもんじゃないぜ幸太郎。女であんなに度胸がある奴はそうそういないだろ?現に、あいつとあいつを含む仲間しか赤い雲に向かって近接攻撃を仕掛けていないのがいい証拠だぜ」
呆れ返る藤宮の隣を陣取っていたのは、あちこちに明るい雰囲気を纏わせ軽々しく語る上野信太がいた。
藤宮は自分の隣にいた彼に目を向けた。
彼の手には大剣が握られていた。
その手を見つめ、藤宮は視線を切る。
上野の体躯には相応しくない巨大な大剣が存在感を大いに発揮していた。
手に握られている大剣に周りにいた者達は、驚きを隠せないのかざわつき始める。
そんな声などつゆ知らず、上野は気持ちを高めている。
先では既に夜桜の戦闘音が聞こえていた。
「————それにしても皆さんどうして剣呑な雰囲気なんですか?」




