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第十章 それぞれの想いを胸に……

蓮が斧を振り下ろした。

その時だった―――。


『ビー‼ビー‼ビー‼ビー‼ビー‼ビー‼』


けたたましく鳴り響く警音と共に目の前にいた赤い雲が忽然と姿を消し、蓮の攻撃は空を切った。

空振りとなった攻撃に余韻を残して地面へと着地した。


ここにいる四人はこの警音を知っている。

極稀にしか聞くことが出来ないこの音に全員がスピーカーに視線を預けて見守った。


ノイズ音がスピーカーに篭り、辺りに静寂が立ち込める。


不安を胸に募らせしばらく固まっていると、先程まで起動していたVSCが終了し、元の白い空間に戻った―――。



★☆★



警音を鳴らした研究員達はモニターに釘付けだった。


この緊急事態に総動員で動き回っている彼らの元に慌ただしい足音をさせ向かってくる物音が聞こえてくる。


モニター室にいた研究員達が一斉に扉の方へと目をやった。

勢い良く開けられた扉の後ろから出てきた『彼』が声を発した。


「―――何事だ?」


自室で警音を聞いて駆け付けた御手洗が急ぎ足でモニター室の扉を開き入ってくる。


「そ……、それが……」


入るなり目の前にいた研究員の一人が顔を真っ青にして御手洗の方を向く。

目を凝らしてみれば、手が震えているように見えた。


「なんだ?早く答えろ」


妙に言いよどむ研究員に僅かばかりの苛立ちを覚えるが――――


「あ……赤い雲が、現れました……‼」


次に研究員が口を開いたときには、そんな苛立ちなど吹き飛ぶくらいの衝撃の内容だった。


「なんだと……ッ⁉」


御手洗の声がモニター室に響く。

突発的の内容に足をおぼろけさせ、御手洗はその真実に頭を抱える。


「想定外だ……」


想定外という言葉にこの事態の緊急性を理解していない新人の研究員は聞き出す。


『想定外……とは?』


問いただした研究員を軽く睨み付け御手洗は答えた。


「予定では、赤い雲の出現はもう少しかかるはずだった……」

『確かに――――想定では、後数時間はかかると予定されていましたが……、予想が外れるなんてことは稀にありますし……』

「君の言うように予想が外れることはたまにある。だが、最大の問題は他にある。何より、今はまだ部隊が手薄になっている」

『……ッ』


そこまで言われ、ようやく研究員は事の重大性に気付いた。


『つまり……』


研究員は額に冷や汗をかいて御手洗を見つめた。


「非常にまずいことになっているということだ……」


御手洗は口で自分に言い聞かせる。


「幸い、幹部たちの大半が残っていることが唯一の幸運だが……」


それでも懸念材料がいくつもあるということを御手洗は理解していた。


「のんびりしている暇は無いということだ。至急準備に取り掛かるぞ‼」


御手洗の覇気のある声に研究員達は総出で動き出した。

研究員の一人がスピーカー通ずる機械に手を掛け声を出す。


『捕食者の全員に通達します‼』


ノイズ音が響いてから数秒経ち、男の野太く低い声が聞こえてくる。


「……ッ」


スピーカーこら聞こえてくる声を聴いて、慌ただしさが物語っていた。

四人は集中してスピーカーを見つめた。


『緊急事態‼緊急事態‼赤い雲が出現しました‼捕食者の方々は、至急戦闘態勢に入ってください‼繰り返します。赤い雲が出現しました‼捕食者の方々は――――』


赤い雲の出現という単語が耳に入った瞬間、四人は飛び出すようにしてVSCを後にした。


「どういうことだ?予測では、後数時間はかかるとか言ってなかったか……?」


走りながら、蓮は赤い雲の予想外の出現に困惑していた。


「想定より早く現れたみたいだね……。まぁ、彼らの予想が外れるなんてことはよくあることさ」

「それはさすがに酷くねぇか?」


潤の痛烈な言葉に蓮は思わず苦笑する。

確かに研究員達の予想が外れることはよくあるが、当然その逆もまた然り当たる確率もある。


今回は外れる形になってしまったが、今はそんなことよりも可及的速やかに赤い雲の対処に専念する他ない。


四人は走るギアを少しだけ上げ、急ぐことにした。


「さっきは仕留め損ねたからな……」

「本番で仕留めることになりそうかな?」

「その馬鹿には無理だと思いますけど……?」

「おい薫‼」

「何よ。思ったことを口にしただけじゃない」

「それは達が悪いな⁉」

「うるさい‼」

「へブッ……‼」


全く詫びれる様子の無い薫に対して声を荒げるが、彼女は蓮の顔を抑え込んでそれ以上喋らせないように口を塞いだ。


「全く……。こんな時でも喧嘩が絶えないなんて……、本当に二人は仲がいいんだから」


薫と蓮のやり取りに目も当てられないといった司が溜息を零して二人の背中を見つめる。

潤はいつも通りの光景に微笑ましくなり、確かな記憶の中にある思い出を引っ張り出した。



★☆★



それは遠い日の記憶。

だけど、いつでも思い出すことが出来るあの日の記憶に—―――今だけは浸ることにした。


『―――潤は考え過ぎなんだよ‼』

『渚月こそ……もう少し考えて動くべきだと思うよ』

『違います‼潤がもう少し早く動いていれば……』

『いいや……。渚月が前に出過ぎだったんだよ』

『潤が後ろに下がり過ぎて戦況を理解していないのが―――』


二人がヒートアップしていく中で、


『そこまでだ二人とも』


二人の間に割って入った哲人によって止められてしまう。


『全く……。お前らはどうしてそうも喧嘩っ早いんだ……。猿でもそこまで喧嘩っ早くないぞ……』


哲人は喧嘩の絶えない二人を交互に見つめ、首を横に振った。


『む……?なんか今とても失礼なこと思われた気が……』

『気のせいだ……』


哲人はたまに発揮される渚月の鋭い洞察力に関心を持ちながら言った。


『二人が喧嘩することは一向に構わないんだが……』


そう言いながら、ちらりと横目であるものを確認した。

それは厄災だ。


今、三人の目の前には厄災がいるのにも関わらず、喧嘩をしている真っ最中だったことに哲人は頭痛を覚えていた。


『お前らには心底驚かされるよ――――』


飽きれるように溜息を吐く。


(あの時の哲人の微妙な顔は忘れられないな……)


二人の喧嘩する姿を自分の時に重ねて、そして―――目を輝かせる。

潤は駆ける足を速くする。

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