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青天30

少し体を休ませようと休憩がてら、風に当たろうと顔を上げた。

目の前には広大な草原が広がっている。


風に靡かれる草木に目をやり、体全体で吹き荒れる風を受け止める。

心地いい風に身を寄せながら待機していると、背後から不穏な気配を感じて飛び退いた。


案の定彼女の視界に大嵐が攻撃態勢の構えで凛華に狙いを定めていた。

まだ体は完全には回復していない。


体を動かそうにも、うまく動かすことが出来ない。

その一瞬の鈍りが命取りだった。


目前には嵐によって形成された鋭い雨弾がゆっくり迫ってきていた。

これで終わるのかと諦めかけていた—――その時だった。


『バシュッ―――』


それは何かが分厚い壁に当たるかのように音を出して消えていく音だった。


気が付いたときは目の前に迫っていた雨弾は消えていて、凛華の目の前には自分よりずっと大きい人影が立っていた。


精悍な顔立ちをしている少年が鋭い瞳で大嵐を見つめていた。

彼は大嵐を見つめながら、凛華に問いかけた。


『―――君、大丈夫かい?』


あまりに突然の出来事だったのですぐに返事をすることが出来なかった。


『———?』


返事が返ってこなかったことに違和感を感じた少年が凛華の方に向き直って再度確認する。


『大丈夫?立てる?』


地面にへたりこんでいた凛華を見かけた少年は、彼女の元に駆け寄って声をかけた。

その暖かな声でようやく「はっ」となる。


少年はそっと凛華に手を差し伸べた。

太陽のように眩しい少年の笑顔に凛華は小さく声を漏らした。


「あ……」


差し伸べられた手を見つめ、その手を取るか少し躊躇う。

そして、手を取ろうとしたその時―――


『おい潤……また赤子を助けるのか?』


その様子をそばで見ていた大柄の男がからかい混じりに少年に言った。

潤と呼ばれた少年は、その言葉にむっと顔を寄せた男を訝しげに睨んだ。


『うるさいな哲人……。誰を助けようが、僕の勝手だろ?』


大柄の男の名前はどうやら哲人と言うらしい。

潤に哲人と呼ばれた男は呆れた素振りで首を振る。


『全く……、お前は本当に子供好きだな』

『それのどこが悪いのさ?』

『相手は女の子だぞ?ロリコンでもあるまいし……』

『なんだって……?』


口論が激しくなり、二人の顔があと数センチでぶつかるところで、


『ハイハ~イ‼二人共‼喧嘩はそこまでにして、サッサと次の場所に向かうよ~‼』


その間にどこからともなく現れた小柄な少女が止めに入る。

二人の間に割って入った女性が凛華にはやけに眩しく見えた。


ボーイッシュな髪型にスタイリッシュな体つき。

華奢な体が印象的なその女性。


だが、その柔らかな雰囲気とは裏腹に心の内に秘めた闘争心めいたものが、ひしひしと肌に伝わってきた。


その女性は二人をあっという間に黙らせて指揮を執る。


『ほらほら、まだ他にも戦っている人達はいるんだから‼さっさと行くよ‼』

『おい押すな‼』

『ちょっと、渚月‼』


そう言って渚月と呼ばれた少女は、潤と哲人の背中を押してグイグイ進んでいく。

しかし、ある程度行ったところでふと何かを思い出したのか。


凛華の方へと駆け寄ってきた。

そして—――


『じゃあねお嬢さん‼気をつけて帰るんだよ‼』


と、一言凛華に伝える。


「えっ—――それ……だけ?」

『うん、そうだよ‼』


彼女の元気にほだされた凛華は唖然と口を開ける。

こちらに手を振って去っていく女性の姿を凛華はいつまでも見つめていく。


鮮明に、永遠に記憶させていく。

眩しい背中だ。


自分とは正反対の彼女の姿に少しだけ憧れを抱いてしまった。

羨ましいと羨望の眼差しで渚月という人物を見続けた。


笑い合う三人の姿を目に焼き付け、華やかな光景を忘れることはないと胸に収めて……。

凛華はすっと立ち上がり、その場を後にした。


「まだ……、私は彼女にはなれない……」


ポツリと呟いた彼女の声に、


「彼女?」


誰のことかと思い、聞こうとするが、


「いいえ、こちらの話です」


彼女は答えてくれなかった。


(『あの人』に近付くには『彼女』になることが一番……)


「さて、お話も済んだことですし、私はこれで失礼しましょうか……」


そう言った彼女の瞳は、とても虚ろいでいた。

何かに思いを馳せ、表情は悲しげに顔を下を向かせ……。


「そっ、そうね……。私も望みの答えが聞けたから……」


司は答えるが、口が乾いて上手く喋れなかった。

声がどもり、声が上擦る。


想定外の内容に司は驚きを隠せないでいた。

隣で聞いていた薫もこれには驚いたようで僅かに瞳が震えていた。


「それでは…………」


そのまま彼女は踵を返して去っていく。

二人は幹部ナンバー1に在する朝霞凛華という人物を垣間見た気がした。


凛華の姿が見えなくなり、残された二人はしばらく固まっていた。


「なんだが、すごい話を聞いちゃったわね……」


薫は凛華が去っていった方を見ながら、司の元へと近付いていく。


「うん……」


司も同様に朝霞凛華の背中を見つめ続けた。

小さくとも大きいその背中を……。


一体どれほどの試練を自分に課そうとしているのか。

それは司が知る由もなかった。


だが、一つだけ分かったことがある。

彼女は、今の自分の現状に満足していないということだ。


幹部ナンバー1という称号を得ながらも、今現在も高みを目指そうとしている彼女を司はもはや尊敬とは程遠い畏怖すら覚え始めた。


(彼女とは誰のことなのか……)


少しだけ懸念材料を残していった彼女に興味を覚え、司は視線を切る。


「行きましょう……」

「ええ……」


凛華の背中を最後まで見送った二人は、互いに沈黙を貫き通した。

今日聞いたことを二人は忘れることはないだろう。


それほどに印象的な内容だった。

司は歩きながら、なんてことない思いが頭に過ぎり、すっと口に出た。


「潤さんは……。一体どんな思いで彼女を救ったのかしら……?」


その疑問をぶつけられた薫は、


「さてね……」


と言った後、


「でも……少なくとも、潤先輩に救われた彼女は見事に幹部ナンバー1に登り着いた訳だし……。そういった意味では、潤先輩が彼女を救ったことは正しかったと言えるわ」


と、答えた。

朝霞凛華という人間が形成されていったという事実がそこにはあったと、司と薫は認識した。


「そうよね……。今があるなら、それはそれで……」


司が哀愁漂う瞳で地面を見つめていると、


「どうしたお二人さん?辛気臭い顔して?」


聞き覚えのある陽気な声に二人は足を止めた。

司は顔を上げて、その声がする方へと視線を向ける。


そこにいたのは、こちらも同じくどんよりとした空気を漂わせている潤と蓮に遭遇した。

二人は壁際に備え付けられていた椅子に腰掛けていた。


「蓮君……。それに潤さんも……」

「やぁ、司。目的は達成出来たのかい?」

「あっ……はい‼」


綺麗な敬礼を潤に見せて元気よく返事をする。


「薫も司のことちゃんと見ていてくれた?」

「勿論です」


その後にすぐさま「恐縮です」と、言葉を続けた。


「それで二人共。僕らちょうどVSCバーチャルシミュレーションシステムに負けてきたところなんだけど……、二人も挑戦していかない?」


潤は部屋の方へと指を向けて提案する。

司と薫は互いに顔を見やった後、満面の笑みを浮かべて言った。


「いいですね‼やりましょう‼」

「ちょうど体を動かしたいところでしたから」


司と薫のやる気満々な姿を見て蓮は、内心ほっと胸を撫で下ろした。


「さて、四人揃ったことだし、軽くもんでやりますか‼」


蓮が肩を回して戦闘態勢に入る。


「何言ってるんだか……。いつも調子いいことばかり言う癖何とかならないわけ?」

「いいだろ‼こうしないと力でねーんだよ‼」

「本当、馬鹿だわあんた……」


一体何度呆れればいいのかと口にする。


「ほらほら、二人共喧嘩しないで」

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