青天1
★☆☆
「あ゛あ゛……暇だ……」
肌寒さを感じるある日のこと。
地球温暖化の影響で徐々に侵食され始めている気候にも、多少の変化がもたらされていた。
東国には四季が存在している。
春、夏、秋、冬。
それら四つの四季から織り成される東国において、今の時期は基本的穏やかな春を感じる季節だ。
気温は少しばかり暖かく、少し鼻を擽る緩やかな風が心地良さを感じさせてくれる。
しかし、片や地球温暖化によって浸食が広まっているこの気候が、本来の春の暖かさを掻き消していた。
いや、それどころか。
その勢いは留まることを知らず。
春以上の気温に晒されているこの東国。
そうした東国の中に住まう人達がいた。
彼らはこの暑いとさえ感じる気温に臆することなく、それらに対抗すべき手立てを持って住んでいた。
涼しむということにおいては建設物を建て替える。
つまり、対応するために作り替えたのだ。
成分を分析し、適応した造りにすることでその温かさに順応していた。
そうすることで人々は春の暖かさを軽減し、肌に感じる感覚を和らいでいた。
ここにもまた人々の努力の結晶の恩恵を受ける者達が—――
地球温暖化の影響下には程遠い一軒家ほどの大きなアパートのある一部屋にて。
外装はしっかり塗装された白色のペイントが目立ち、内装は同じく白色に塗りたくられた壁が暖かさを奪い取っていく。
その落ち着きのあるアパートには共同生活のスペースが要所要所に存在していた。
そして、この部屋には生活していく上では十分過ぎるほどの家具が所定の位置にきちんと整っており、数人が住んでも狭くはならないちょうどいい広さが存在する。
その部屋の中心部にあるラウンジと呼ばれる場所で、だらしない声を出しテレビを見入る青年―――柳蓮が、所々に大きな穴が空いている古びた茶色のソファの上に横になりながら、気怠そうに寝そべっていた。
彼の寝癖でボサボサに変形された髪が窓から入り込んでくる風に遊ばれるように靡かれる。
揺れるカーテンに目を移しながら、蓮はテレビに視線を戻した。
テレビからは毎度同じニュース内容が聞こえてくる。
ふと、キャスターが原稿用紙に目線を落とす。
内容の確認の為だろう。
毎度のこと頑張って中身のないニュースを読んでいる彼女に対して蓮は感心していた。
まぁ、自分達は不定期に活動しているからそう思ってしまうのだろう。
一つ欠伸をして退屈な時間を過ごしていた。
その時―――。
耳に心地よく地団太を踏み、何かが注がれる音がリビングに響き渡る。
蓮は少しソファから顔を上げ、その音のする方に首を向ける。
視線の先————
そこは台所で、その隅に動く人影があった。
コーヒーカップを片手に取り、ビーカーに入っているコーヒーを注いでいる青年がいた。
黒髪のストレートに柔和な顔立ち。
そして、優しい雰囲気を身に纏った青年は、尚もコーヒーを注ぎながら「そうだね」と素っ気ない態度で蓮に対しての相槌を返す。
「なんで母娘を助けた俺達が命令違反で自宅謹慎受けなきゃいけねぇんだよ‼———って話だぜ……全く。なぁ、潤‼」
蓮は声を荒らげながら、コーヒーを注いでいる青年――――清水潤の方に顔を向け溜まる愚痴をぶつけた。
「そうだね」
潤は先ほどと同じ口調、同じ声色で言葉を繰り返した。
蓮は相当フラストレーションが溜まっていたのか。
もう一度声を荒らげて愚痴っていたが、ソファに顔を埋め尽くしてしまっていたため、声がググもってしまう。
あまり大きな声を出してしまうと近所迷惑になってしまうことを考慮してのことだろう。
そういう部分は彼の良い所でもある。
「あの場で母娘を見殺しにしていたら、きっと俺は昨日の夜も眠れなかったはずだ‼」
「うん。蓮は……よくやっと思うよ」
潤達は先日のことを思い出す。
あの時は本当に仕方がなかったと思う。
蓮の行動に間違いはなかった。
それは現場で見ていた潤だからこそ分かることだ。
潤と蓮は勝手に与えられた任務を放棄し、その場から離れるというミスをしてしまった。
命令にない行為をしてしまえば、当然違反に繋がる。
しかし、意味も無く動いたわけではない。
潤達が動いたのは、目の前にいた母娘を助けたからだ。
殺されそうになっていた一般人を救ったのだ。
傍から見れば立派な功績なのだが。
しかし残念な事にそれらの素晴らしい功績は全く意味を成さなかった。
母娘を勝手に助けるという命令違反のせいで、二人は自宅謹慎という罰を受けている。
人助けは良い事だと思う。
それでも罰を受けたことに変わりはないのだが……。
自宅謹慎か……。
家から一歩も出ることを禁止されている状態は、まるで鳥籠に捕らわれた鳥の気分だ。
潤にとっては何の苦痛もないのだが……
彼とは対照的な蓮にとっては意外と来るものがありそうだ。
見るからにゴリゴリの体育会系の蓮からしてみれば、体を動かさないということは勉強をすることよりも辛いと涙ながらに嘆いていた。
彼は動いてこそ自分の本来の力が発揮するのだと。
そう言ってはいたものの……
上司からの逆らえない命令にどうすることも出来ず二人は、ただこうして家でのんびり過ごすという暇な一日を淡々と過ごしていた。
謹慎処分を受けてから今日で三日目を迎えた。
「でも、あれだよな。風の噂によると、俺らが出撃しなくなってから急に厄災関係の仕事が激減したらしいぞ?」
その言葉を聞いた潤は目を見開いて驚いた。
「本当かい?」
驚いた顔の潤に蓮が頷く。
しかし、いまいち納得のいかない潤は顎に手を置いて考える。
何しろ常に異常気象の絶えない東国エリアにおいて、厄災討伐の仕事が減るなんてことは滅多にない。
いや―――有り得ないと断言してもいいかもしれない。
それくらいの奇跡なのだ。
だが、もしそうなのだとしたら、それは何かが起こっているということなのだが……
悪い事でもないので「それはとても嬉しいことだね」と、潤はそっと微笑みながら言った。
しかし、潤の胸には拭えきれない僅かな蟠りがあった。
潤は違和感の正体を探ろうとしたが、それは蓮の言葉によって遮られてしまう。
「おい、潤‼」