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第九章 戦闘の合図

「朝霞凛華はどこにいるのっ⁉」


一際廊下に少女の声が盛大に響き渡る。

潤と別れて行動していた司が朝霞凛華を探すためにひたすら歩き回っていた。


「見つけたら、絶対叩きのめしてやるんだから‼」


一人奮闘する司。

それに対して後ろを歩く薫の顔は、あまり血色が良くないように見えた。


浮かない顔をしている彼女には目もくれず、司は首を左右に激しく動かして隅から隅までくまなく探す。

しかし、いくら首を動かしても目的の者は見つからない。


一体どこにいるのか?

その疑問が頭をよぎった時、後ろから声がした。


「ねぇ……。司」


その声はとても小さく弱々しいものだったが、司にとっては聞き取るには造作もない。

故に、彼女は文句を言いながら振り返って薫の方へと顔を向けた


「何よ……?今、朝霞凛華を倒すためのシミュレーションを―――」


ため息混じり息を吐いて―――そして、気付いた。

振り向いた視線の先にいた彼女の瞳が涙ぐんでいるのに……。


更に彼女は、いつもとは違う声色で弱々しい姿を見せた。


「私……、本当は怖い……」


口から漏れた声は震えていた。

よく見れば、体も少し小刻みに震えている。


珍しく自分の前で弱気な発言をする薫を司は黙って近付くなり、そばにゆっくりと駆け寄り、めいいっぱいの力で彼女を抱き締めた。


そして、母親の如く諭すように優しく言う。


「貴方は十分強いよ」


何の偽りのない純粋に心に思っているからこそ口から出た言葉。


そう。

司は知っている。


誰よりも薫のことを一番に見てきて、誰よりもその性格を知っているからこそ出た自然の言葉。


幼少の頃から長い間、ずっと二人は一緒にいた。

何をするにも常に一緒。


しかし、なかなか歯車の噛み合わない二人は、会う度に喧嘩しかしなかった。


幼馴染みの彼女達は、犬猿の仲と言ってもいいほど険悪な二人だった。

だけど、それでも司は薫のことをよく分かっている。


喧嘩するからこそ二人は互いの性格を最大限理解出来る。

目の前にいる少女は、幼少期からずっとその姿を見てきた。


誇らしく気高き少女。

常に胸を前に出して顎を引き、その視線は今いる場所からずっと先―――遥か遠方を見つめていた。


悠然と立つ彼女の勇姿を司は常に一番近くで見てきた。

それこそ彼女の隣で少し後ろでお姉さんのように微笑んで……。


それと同時に司はその瞳で焼き付けてきた。


幾度となく前を向いて挑んでいた彼女も本当は一人で孤独を知るか弱い少女なのだということに心のどこかでは気付いていた。


気付いていた上でそれでも黙って見てきていた。

衰弱していく心の弱い……いや、弱くなってしまった一人の少女ということを……。


彼女が怯えている理由。

それは―――


幼い頃。

彼女には父と母、そして妹が一人いた。


仲睦まじいその家族は笑いの耐えない笑顔の家庭で周りの人々の間では有名な家だった。


常に明るく家族を笑わせようとする父。

その父を優しく暖かい瞳で見つめ支える母、自分のことを慕い、憧れの存在と称する少女。


そんなごく普通の家庭で育った薫は自分が成長していくにつれ、日々の幸せを覚えて感じ取っていった。

いつまでもこんな日が続けばいいと、幸福を噛み締め、そう―――願っていた。


だが、そんなことを思ってしまったからなのだろうか?

その幸せはあまりにも簡単に、あっけなく、あっという間に、瓦解した。


薫の家族は彼女一人を残して―――死んだ。

無情にも、無抵抗にも、彼女の家族はいなくなった。


目の前にあった幸せは……、形を無くして崩壊していった。


原因は―――赤い雲による襲撃によってだった。

彼女の家族は赤い雲の攻撃に巻き込まれて、亡くなってしまった。


ただの死ならば、もう少しマシだっただろう。

しかし、普通の死とは違う。


何故なら薫を除いた他の三人は彼女の目の前で、すぐ側で―――死んだのだ。


手を伸ばせば届きそうな距離にいたのにも関わらず、叫べば届きそうな範囲にいたのに自分一人だけ助かるという奇跡に、薫は己の幸運を呪った。


幸いだったとか。

良かったねとか。


そんな言葉は聞きたくなかった。


思わず耳を塞ぎたくなった。

周りの声がうるさくなるくらいに……。


こんなにも苦しくなるのなら、いっそのこと自分も死んでいた方が楽だったと思えるほどに辛くて悲しく、激痛のように襲う胸の痛みが歯痒く痛覚を刺激する。


それは背徳感にも似た酷い感覚だ。

吐き気を催したくなり、劣等感に煽られ、悲痛感に襲われる。


その記憶は今尚鮮明に記憶されている。

記憶の奥深く、真っ暗で光も灯さない闇に葬られ、溺れそうなほど息苦しい暗闇だ。


空間に引きずり込まれ、孤独という名の寂しさが一気に込み上げ、体を侵食していく。


一人は寂しいと体が底冷えする感覚に襲われる。

もうこんな世界生きている価値なんてない。


現実逃避に背を預けようとした―――。

だけど、一筋の光が……薫にはあった。


徐々に冷えきっていく体を優しく暖かく包み込む太陽のような熱を持った司がより強固に抱き締め、心の中にある氷を氷解していく。


それは、何よりも暖かい優しさ。

限りなく近くにいたからこそ司は自分の後悔を理解してくれる。


近い存在だからこそ通い会える心。

寄り添って歩み寄ってくれる優しい司に薫は感謝する。


自分の近くにはこの心を開かせてくれる人物がいたことに。

そうして二人は暫くの間、ただただじっと互いを強く抱き締め、心を落ち着かせる。


乱れた心を但し、目を瞑って集中力を極限まで高めていく―――。


「……落ち着いた?」


司は微笑んで薫の顔を覗き込んだ。

すると、彼女は少し照れくさそうに顔を赤らめて、


「うん……」


と、小さく頷いた。


「良かった……」


その朗らかな表情を見た司は、ほっと息を吐いて喜びを表した。


「悪いわね……。迷惑かけたわ……」


頭を抱えて少し前の自分の行動を思い返したのか。

恥ずかしそうな素振りを見せてそっぽ向く。


いつもの口調に戻っていることを確認した司は、


「いいのよ……。いつ甘えても」

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