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青天28

司からは何やら不穏な言葉が返ってきた。

どうやら司の目は本気だった。


何事も起こらなければいいのだが……。

もう一人、薫はというと……。


「潤先輩。私は司が悪さしないように見守ってますので……」


薫はバツの悪そうな顔で潤を見つめると、そそくさと彼の元から離れて奮起している司の後を追っていった。


「まぁ、薫がいれば司も大人しくするだろうし……大丈夫かな?」

「……」

「どうしたの蓮?」

「えっ……いや……っ‼何でもないぞ‼」


潤が蓮の様子を伺うと、彼は腕を顎において思慮していた。

不思議に思って声をかけたが、慌てて何でもない素振りを見せた蓮に不信感を抱く。


(まさかとは思うけど……、薫がついていったのって朝霞凛華に……)


そんなことは無いと頭を振って蓮は、訓練場へと続く扉を開いた。

中には特に何も無い殺風景な風景が広がっていた。


一面真っ白に塗り固められた白面が異様さを醸し出していた。

ただの白面だけならば、訓練としては意味を成さないが……


だが、ここは一味違う。

白く塗り固められた壁。


その正体は―――

蓮は入ってすぐ、扉の近くの横に備え付けられていた突起物を押す。


すると、一面真っ白だった白面が突如―――

一瞬のうちに姿形を変えて、野草が広がる高原の大地が目前に現れた。


一瞬で切り替わった景色に、


「相変わらずこの現象には慣れないな……」


と、感嘆の声を上げる。


バーチャルシュミレーションシステムと呼ばれる、限りなく現実に近い形での戦闘を行えるこの訓練場は、ありとあらゆる厄災のデータを元にして取った厄災の戦闘を忠実に再現し構築した、言わばバーチャル厄災である。


この訓練場は厄災との戦闘において大変役立つものである。

限りなく実物に近い形で厄災の強さが設定されているため現実でも有効的に使えるのだ。


「さて、いっちょやるか!」

「随分気合入ってるね」

「当たり前だろ?もう時間もあまりないからな……。それに俺は赤い雲とは初めて戦うからな」


自らの拳を叩いて気合を注入する。

その時、どこからとも無く機械音が聞こえてくる。


『バーチャルシュミレーションシステム起動』


ステレオから入るアナウンスに耳を傾けると、数秒後には始まりの合図が鳴った。


『ヴゥン』


という鈍い音にが耳に入り込んでくる。


あれだけ広がっていた高原の大地が徐々に壊されていき、暗く闇の広がる荒廃の地が視界に現れた。


「うっし‼始めるか‼」


ニカッと笑い、気合を十分に蓄えている蓮を見て、潤も鋭く睨み付けて気合を入れる。

潤は手に具現化する剣を持ち、蓮は片手に余る巨大な斧を持って、二人は実現する厄災を見つめる。


厄災名―――赤い雲。

かつて一度だけ日本を壊滅的なまでに破壊し尽くし猛威を振るった最悪の厄災。


七色の雲と称されるそれは、誠に大きく、巨大な雲だ。

赤き輝くその雲は、悠然とした姿で潤達の前に現れる。


実際にそこにいる訳では無いのに、目の前にバーチャルとして存在する赤い雲が二人の胸の内に不安を滾らせる。


赤い雲が現れると、密閉された空間でありながらでも、どこからともなく暴風が吹き荒れる。

目を瞑り、手を前に掲げて、吹き荒れる風を防ぐ。


足を踏ん張っていなければ、簡単に飛ばされてしまうだろう風を前に受けて、二人は固く意思を決めたかのようにして、鋭く赤い雲を睨みつけた。


数秒の硬直後―――互いに一斉に動き出した。

まず蓮が間合いを詰めて、手に具現化せし斧を持って横に薙ぎ払う。


巨大な斧は思い切り振られて、その威力を増す。

目の前に向かってくる蓮の攻撃を赤い雲はじっと見つめながら、僅かに微細な動きをする。


たった数センチ後ろに引いただけなのに、赤い雲はいとも簡単に蓮の攻撃を交わして追い打ちを仕掛けた。


「危ない‼」


すかさず危険を察知した潤が蓮の前に入って彼に向かって、走ってくる雲を鋭く尖らした攻撃を剣を持って阻止する。


「さんきゅ‼」


蓮は潤に礼を述べながら体勢を整えて再度挑みに行った。


潤が足止めをしているうちに素早く後ろに回り込んで背後から攻撃を仕掛けた。

潤が足止めしていたおかげで蓮の攻撃は、見事にヒットする。


「その調子‼」


蓮の攻撃により怯んだ赤い雲の隙をついて潤が脇に剣を斬り込んで、更にダメージを与える。

三連撃で切り刻み、一部一部雲の部位を引きはがしていく。


赤い雲は集合体が多ければ多いほどその威力を増していくが、逆に言えば一部一部を切り離していくことによりその威力を徐々に失っていく。


「蓮‼」

「おうよ‼」


潤が蓮の名前を呼び、それを受けた蓮が勢い良く地面を駆け出して斧を振りかざした。

天高く上がった斧を垂直に思い切り落とし斬る。


凄まじい威力の攻撃が、荒廃の地を割っていく。

決まったと思った攻撃だったが、辛うじて紙一重のところで避けられてしまう。


手応えの感触がない分、この勘違い一つでも大きなミスに繋がる。


「ちッ……‼まだまだ‼」


舌打ちをして悔しさを滲ませる蓮だが、畳みかけるようにして再度反対側から横薙ぎに払い斬り、攻撃を加えようとするが……


「その位置はだめだ蓮‼」


潤のとっさの警告に、蓮は慌てて攻撃を止めてすぐさま横に飛んだ。

次の瞬間……先程まで蓮がいた場所に赤い雲の攻撃が降り注いだ。


鋭く尖った雲の塊が、黒く濁りきった地面に突き刺さる。


「当たったら一溜りもないな……」


蓮は冷や汗を額に掻いて、顔を引き攣る。


「どうやら、赤い雲のスピードがさっきより上がっているみたいだね」


先程まで赤い雲の背後にいた潤が蓮の隣に来て、ポツリと呟いた。

二人は狭い空間の中で赤い雲から距離を取りつつ対策を練っていく。


「どうする……?」

「赤い雲の弱点は、背後からの攻撃に弱い……ってことなんだけど……」

「ん?」

「スピードが上がっている以上、背後に回り込むのも一苦労だね」

「なら、正面突破か?」

「いや、それだと単純な力勝負で負けてしまう……」

「手詰まりか……」

「一か八かだけど―――」

「なんだ?手があるのか?」

「左右で挟み撃ちしてみよう」


あまりにも単純な提案に蓮は、一瞬呆けて潤の顔を見た。


「お前な……。んな単純な方法で……」


と、そこで蓮の頭にある方法が浮かんだ。


「潤、耳を貸せ」

「え?」


蓮の言う通りに潤は耳を傾けた。

ボソボソと小さな声で蓮は作戦を指示してくる。


「分かった……やってみるよ」

「しゃっ‼」


潤は二言返事で返すと、二人は同時に走り出し、赤い雲との距離を一気に縮める。

左右に走り込んでくる二人に赤い雲は戸惑いながら、互いに攻撃を加えようとするが―――


二人は巧みに交わしながら、あっという間にその差を縮め―――飛びかかった。

剣と斧。


同時に放たれた速さのある攻撃が赤い雲に当たる直前―――

赤い雲は、間一髪のところで二人の攻撃を防いでいた。


「ぐっ……‼」


雲によって掴まれた二人の武器がカタカタと小刻みに震え効力を失った。

その時―――


「今だ潤‼」


突然蓮が大声を出して潤を見る。

対して潤は頷き返すと、腰に隠し持っていた短刀を蓮に向かって投げた。


「もらったぁぁぁぁああ‼」


放られた短刀を受け取った蓮が赤い雲に掴まれていた斧を捨てて高く飛翔した。

天高くから赤い雲に短刀の切っ先を向けて蓮は、上空から襲い掛かった。


これ以上無いくらいのベストタイミングで放たれた蓮の攻撃。

決まったと潤も胸を撫で下ろした時だった―――


「なッ……⁉」


完璧なタイミングで放たれた短刀は、赤い雲の星々の源に届く前に受け止められた。


「そんな……」


ほっとしていた潤すら、この状況に悲嘆の声を上げるしかなかった。


最早、手の内が全て無くなった二人はただ呆然と、目の前に佇む圧倒的存在の赤い雲に打ちひしがれていた。


と、ここまではシナリオ通りの展開。

ふと笑った蓮が言う。


「やれ!潤‼」


その言葉を聞いた赤い雲が驚いて当たりを見渡した。


「残念……。僕はここだよ」


その声は下から聞こえてきた。

いつ入り込んだのか。


下に潜り込んでいた潤の手には具現化された銃剣が握られていた。


完全に虚をついた潤の攻撃。

絶好のタイミングで放たれた潤の弾丸が、赤い雲の星々の源を穿つ。


そして―――そのまま二人は見事に負けた。

完封負けだ。


「「はぁ……」」


訓練場を抜けた二人は、廊下の椅子に腰をかけながら深い溜息を吐いた。


「くそっ……」

「また駄目だったね……」

「ホログラムに勝てないようじゃ、実際に戦っても勝てる見込みねぇだろ……」


二人が負けた理由―――

それは……。


潤が星々の源を穿った瞬間。

最後の力を振り絞った赤い雲が二人の油断した懐に雲を刺していた。


刺された二人は口から吐血し、そのまま倒れ込んだ。

実際には相討ちだったが、こちらが死んだいることに関して言えば、負けを認めざるを得なかった。


「ははっ……」

「笑ってる場合か⁉」


蓮は笑っている潤に驚いて声を上げる。

赤い雲にまるで歯が立たなかったのにも関わらず笑っている。


不思議なやつだ。

蓮は心からそう思いつつ、


「なんで笑ったんだ?」


と、問いかけた。

すると、潤は一瞬キョトンとした顔になり、


「……」


数秒後には、


「いや、蓮があまりにも頑張っているからさ」


と、あまりにも文脈の分からない言葉で言ってきた。

その言葉に思わず、


「は?」


と、口から自然に零れた疑問符が蓮の頭を駆け巡る。


「蓮が頑張っている姿見てるとさ……思い出しちゃうんだよね……。昔、似たような人がいたからさ」


潤はどこか遠い目をしながら言った。

それは近くて遠い記憶。


手を伸ばせば届く距離にいたのに、それはもうどんなに手を伸ばしても届くことは無い。

儚い記憶のように。


淡い記憶のように。

瞬いては消える記憶。


そこに確かに存在していたのに。

掴んでいたはずなのに。


もうその人はどこにも居ない。

ふと思い出した記憶に、少しだけ頭が痛くなる。


「どうした?大丈夫か?」


咄嗟に頭を抑えた潤の様子を見ていた蓮が心配そうに彼を見つめるが―――


「ごめん……大丈夫だよ。少し目眩がしただけだから……」


頭を振って目眩から脱却しようとする。

蓮は慌てて彼の体を支える。


「ははっ……。情けない姿だな……。僕は……」

「おいおい……。そんなこと言うなよ」


珍しく弱気な潤に戸惑いを隠せない蓮は、オロオロしながら彼を抱えて訓練場を後にした。

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