青天27
相対する目の前の人物―――朝霞凜華の姿を間近で見た潤は珍しく緊張していた。
というのも、潤は朝霞凜華という人物が少し苦手だった。
掴みどころのない性格に男性にも引けを取らない実力を持つ彼女は、少し遠い存在な気がしてならなかった。
故に、潤は目の前にいる彼女に対して緊張感を感じずにはいられなかった。
「そう萎縮しないでください。貴方の方が経歴、実力共に私より上なのですから」
微笑みかけてくる彼女に怯えながらも、なんとか平然を保とうとする。
「そういう君こそ、こんな所で一体何をしていたんだい?」
「御手洗指揮官に呼ばれたので、向かう途中でした」
「なるほどね……」
確かに彼女は幹部の会合に出席しないと御手洗から聞いている。
潤の中では納得のいくものがあったのであまり深く追及しなかった。
「そっか……。じゃあ、急がないといけないね。僕はこれで失礼するよ」
彼女の用事を邪魔してはいけないと思った潤は、そそくさとその場を後にしようとするが……、
「待って下さい」
不意に呼び止められ動きを静止する。
そして、凜華の方を向いた瞬間―――突然ぶら下がっていた手を握られた。
「……ッ⁉」
何事かと思えば、ギュッと強く手を握られホールドされた潤は、どうすることも出来ず無抵抗に彼女を見据えた。
「まだ話しててもいいじゃないですか」
先程までの凛とした雰囲気から一変して、妖艶とした雰囲気を纏わせる彼女の独特の空気に飲み込まれそうになる。
徐々にその距離を詰めていこうとする凜華と彼女から必死に離れようとする潤。
二人の攻防が誰もいない廊下で繰り広げられていた。
「いやいや、君は御手洗指揮官に呼ばれているんだから‼早く向かわないと彼を怒らせることになるよ‼」
「そんなことはありません……ッ‼彼は雄大な人です‼多少の遅刻は目を瞑ってくれるはずです‼」
耐え凌ぐ潤だが、単純な実力で言えば彼女の方が上であった。
じりじりと追い詰められていく潤が遂に限界を迎えその体に触れられるという直前―――
凜華の手は突然介入した手によってその動きを止められた。
凜華は握り締められた手の先を見つめた。
そこにいたのは―――氷の冷笑をした司がいた。
潤は喜びと共に同時に激しい後悔を覚え、ただただ司の顔を見ることしか出来なかった。
凜華と司は互いに向き合う形でずっと睨み合っていた。
その様子を黙って見ていた潤の視線に気付いた司が飛び切りの笑顔で見つめてきたのを見た潤は、悪寒にも似た異様な身体の変化に身震いをした。
それは彼女が放つ殺気にも似た視線から出たものだった。
「ここで何をしていたのか教えてもらえるかしら?幹部ナンバー1の朝霞凜華さん?」
「何……をしていたとは?私は純粋に清水潤さんと戯れていただけですよ?」
「戯れていたにしては、体の密着具合が近かったように思えますけど?」
司が怖い顔をしながらピクピクと頬を釣っている。
堪忍袋の緒が切れる寸前だ。
しかし、ギリギリまで手を出さない様に耐えていた司だったが―――
「それは貴女の目が節穴だと言っているようなものですよ?」
ついに我慢出来なくなった司が手を出して凛華に襲いかかる。
対して凛華は涼しい顔をして司の攻撃を正面から受ける。
互いに牽制し合いつつガッチリとホールドしたその手を離そうとはせず、ギチギチと握られる手の音が二人の試合を物語っていた。
「ふっ、二人共落ち着いて‼」
流石に見兼ねた潤が止めに入るが、二人は全く辞める素振りを見せず、尚も睨み合っていた。
頭を抱える潤が、何かに気付いてそちらを見ると、薫と蓮が出ずらそうにしながら物陰に隠れていた。
蓮が口パクでこちらに何かを伝えようとしているが、二人の様子にハラハラして思うように頭が回らない。
(なんだ……何を伝えようとしている……?)
集中して蓮の口元を見る。
「……(パクパク)」
「……に……?ろ?」
「……(パクパク)」
「にげ……ろ?……そうか‼逃げろか‼って……ええッ⁉」
蓮の指示に驚きを隠せない。
この状況でどう逃げろと⁉
二人は一進一退の攻防を続けている。
いや……待てよ。
だからこそ蓮は逃げろと言ったのか‼
ふと、頭が冴えたように視界が広がり、潤は己の気配を消して無になると、そっとその場から移動した。
どうやら潤が移動していることに二人は気付いていない。
上手くいった‼
そう思ったのが―――最大の失敗だった。
不意に背中に触れた手が妙に冷たいのを潤は感じ取った。
恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのは氷の冷笑を纏わせた凛華と氷結の怒気を含んだ司が互いに潤の肩に手を置いてきた。
「どこに行こうとしているんですか?」
「どこに行くんですか潤さん?」
「いや……、ちょっと……」
歯切れの悪い答えに、潤は冷や汗しか出なかった。
★☆★
一難去った潤は何とか言葉を濁して二人から巧みに逃げ出すことに成功した。
どっと疲れが体にのしかかる。
溜息を零してストレスを吐き出した。
「災難だったな……潤」
「全くだよ……」
潤の隣を歩く蓮が潤のやつれきった姿に哀れんばかりの表情で彼を見る。
二人はある場所へと向かうため歩いていた。
「しかし、朝霞凛華か……。掴みどころのないつーか、謎が多そうだな……」
「僕も彼女のことはあまり知らないんだよね……」
「そうなのか?さっき見た感じだとそうは見えなっかたけどな……」
「うん、まあ…普通に話はするけど……でも不思議だな~…」
「ん?」
「ナンバー1になる前は本当に戦闘に向かない少女だったんだけどね……。いつの間にあんなに立派になったんだろう……?」
「戦闘に向かない?いやいや、嘘だろ?俺一度だけ見たことあるが、あれは常軌を逸してたぞ―――あれは確か訓練場で見たんだか……」
「訓練場で武器の感触を確かめようとしていたときだったんだが……」
蓮は眠たそうに欠伸をして訓練場の扉を開いた。
眠気から覚めていない蓮にとって、訓練場の扉は酷く重く感じた。
扉を開いた瞬間―――異様な気配に襲われ、蓮は寒気に身を投じて目を窄めた。
「先客か……?」
先に誰か来ているようで邪魔しては悪いと思って立ち去ろうとしたが……
一つの影が目に入ってきて足を止めた。
その影は小柄でとても小さく見えた。
よく見ると、髪の長い少女だ。
美しく煌びやかに光る髪が鮮明に頭に焼き付いた。
凛と佇む少女の後ろ姿がやけに印象的だった。
訓練場にいるだけなのに、まるで時間が止まったみたいな不思議な感覚だった。
その少女は一点を見つめている。
蓮も彼女の視線に合わせてそちらに目を向けた。
少女の目の前には巨大な影。
それは有に訓練場を覆い尽くすほどの巨大な影。
「こ、これは……」
蓮は一度だけ見たことがある。
その影はかつて一度だけ自分も挑んだことがある。
七色の虹———最強の雲。
「叢雲……」
いくらホログラムと分かっていても、そこにいるだけでその悍ましさがはっきりと肌に伝わってきた。
「……ッ」
蓮は息を呑む。
口が乾いて唾を飲み込もうとするが、その余裕すらなくなりそうになる。
しかし、目の前にいる少女は、ただ茫然とその姿を見つめていた。
叢雲が少女に目掛けて雲を伸ばす。
凄まじい速さだ。
恐らく自分では避けることすらままならないだろう。
いや、攻撃が着たことすら気づかないかもしれない。
今は辛うじて遠目から見ているからこそ、視認できている。
だが、少女はまるでそう攻撃が来るかと分かっていたかのように軽やかに避けていく。
それは華やかな舞だ。
軽やかに動き回る彼女の姿に思わず見とれてしまった。
束の間、あっという間に叢雲を撃破していた。
雄たけびを上げて倒れる叢雲が消え、ホログラムが解ける。
「すっげ~……」
感嘆の声を上げると、蓮の声に気付いた少女—―――朝霞凛華が振り向いて蓮の存在に気付いた。
「あら?あなたは……?」
「あ、いや……、なんか寝住み見る形になってしまって……すいません」
「ふふっ。別にいいですよ。次使いますか?」
「あ、そうですね。使わせてもらいます」
いつの間にか口調が敬語になっていた蓮はへこへこと頭を下げて、去っていく凛華の後ろ姿を見つめた。
「いくらホログラムだからといっても……まさか、叢雲を倒しちまうとはな……」
「まぁ、彼女の実力ならね。彼女はその小柄な体躯からは感じさせないほどの力を持ってる。下手をすれば僕なんかより力が強いかもね」
「お前より強いのか……。どんな訓練したらあんな風になるんだか……」
蓮は頭の後ろで手を組むと、感心したように息を吐いた。
「さぁ?」
「まっ、そりゃそうか」
会話が思いの他弾んだのか。
いつの間にか目的の場所である第二訓練場へと辿り着いていた。
二人がここに来た理由は――――赤い雲対策を行うためである。
無策で突っ込むほど二人は馬鹿ではない。
なので、対策を講じて万全の状態で挑もうと考えていた。
勿論チームでの戦闘になるので、女性陣二人も誘っては見たのだが……。
「————すみません潤さん。私は朝霞凛華と戦う予定があるので行けません」




