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第八話 煮え切らない気持ち

「その人は……」


御手洗の口から出た名前に蓮は重い顔をする。


「そうだ。君の察しの通り、奴は既にこの世にいない……」


御手洗の重い言葉に蓮は苦い顔をするしかなかった。


「煮えくり返るほどの苦痛を味わった清水だが、それをぶつける相手はもうどこにもいない……」


そう。


ここまで怒り狂いそうになりながら、それでもその怒りをぶつける相手がもうこの世にいないとあっては残念極まりなかった。


蓮も自然と歯噛みが出るが、


「と、清水には伝えてある」


続いた御手洗の言葉に蓮は唖然とした。


「どういうこと……ですか?」


衝撃の事実を受け取った蓮は頭の中が真っ白になり思考が停止する。


「奴はまだ生きている―――」

「―――」


御手洗の続いた言葉を聞いた瞬間、蓮は思わず戦慄した。


「それは……本当なんですか?」


恐る恐る御手洗に聞くと、彼はそのギラギラとした目を一瞬だけ悲しませながら言った。


「ああ……。くれぐれも清水には内緒にしといてくれ」

「もちろんそうします。そんなこと知ったら……、折角の戦闘の前に支障が出てしまいますから……」


蓮は自分の心の内に留めておくことにした。


「じゃあ……、自分はこれで失礼します。写真のことも聞けましたし……」

「そうか……」


暗い顔になりつつ、そそくさと出ていく蓮。

ゆっくりと扉が閉まる音が部屋に響く。


一人になった御手洗は纏っていた緊張感を解くために一つ息を吐いた。


静かになった部屋で御手洗は一人物思いにふけた。

蓮と話していた時のことを思い出し、握り拳を作った。


「……」


思い出す度に清水には申し訳ないことをしたと反省する。

しかし、あの場で自分が他に何が出来たのかと思うこともある。


力の無いものは薙ぎ倒され、力のあるものは常に君臨し続ける。


この現状は現在の日本に例えられるだろう。

厄災という絶対に抗えない巨大な敵から逃げ惑う人々。


今は耐え凌ぐので精一杯の彼らにとって、日本とは安全地帯とはほぼ無縁の存在のこの場所で第一駆除隊があるということは、御手洗にとって不思議でしかなかった。


園原渚月という人物が作った第一駆除隊を自分が率いているという事実に……。

その時、二度のノックと共にゆっくりと御手洗の部屋の扉が開いた。


鈍い音が聞こえたと思えば、扉の向こう側にいた人物に御手洗は思わずその頬を緩ませにやけてしまった。


昔からお馴染みの整った顔立ちにすらっとした細身の体型に似つかわしくない筋肉量を持ち、人一倍誰かの為に頑張ろうとするそいつは暗い顔をしながら部屋に入ってきた。


「失礼します」


掠れた声に力の抜けた表情。

相変わらず昔から何も変わっていない風貌の彼を見ると、自然と御手洗の心は落ち着くものがあった。


「どうした?」


わざとらしく問いただすと、向こうも分かった素振りで応じた。


「どうしたって……、全く僕を呼んだのは哲人の方だろ」

「それもそうだったな……」


不貞腐れな態度の潤に御手洗は顔を少し俯かせて言った。


「まぁ、呼び出した理由は薄々気付きているよ……。赤い雲……でしょ?」

「そうだ。まさか渚月を奪った厄災が再び現れることになるとはな……」

「本当にまいったよ……。僕は呪われているのかな?」


冗談混じりに吐き捨てた言葉に御手洗はあながち間違ってないと思った。

これまでの経緯を見れば、本当に呪われていると言ってもいいのかもしれない。


だが―――


「お前が呪われているとしたら、渚月が化けて出るとかだろうな」

「あはは……。面白い事を言うね。それは確かに呪われている可能性大だよ。だって、渚月は……」


顔は笑っているが、目がまるで笑っていなかった。

しかし、御手洗はそんなことを気にする体を見せず話を進めた。


「前回は渚月がいた。あいつは本当に凄いやつだった。きっとあいつがいれば……」

「それは野暮ってもんだよ哲人。もう彼女は―――渚月はいない。だけど、戦うしかないんだよ。僕らは前に進むしかない。全ての厄災を倒して、そして取り戻そう。平和だったあの頃に……」


潤の力強い言葉に御手洗は、


「だが……、本当にやれるのか?」


訝しげな顔をしながら確かめるように聞いた。

だが、潤は全く動じずに御手洗の目を真っ直ぐ見据えながら答える。


「立ち向かうしか道がないなら、僕はその道を行きたい。どの道……僕らには後退なんて出来っこないんだし、それに―――厄災全てを倒すしかないんだから」

「ふっ……。お前ならそういうと思ったぞ」

「まぁね……」


何を言っても無駄だいうことは自分が一番知っていたはずなのに、御手洗は一瞬だけ忘れていた。

御手洗はじっと潤の瞳を覗き込むようにして見つめた。


潤なら必ずやってくれるのではないかという一途な期待を胸にしながら―――


「哲人。もし僕が死んだら―――」


不意に続いた言葉に御手洗は素早く静止を仕掛けた。


「潤」

「……ッ」


名前を呼ばれた潤はその開いていた口を閉じた。


「それ以上は……何も言うな」


諭すように言った御手洗の言葉に潤は黙って頷いた。


「相変わらず手厳しいね哲人は……」

「当たり前だ……。もう仲間が死ぬ姿を見るのは―――こりごりだからな」

「そうだね……。じゃあ、戦闘準備を開始しようかな」

「お前が言うと身が引き締まるな」

「そうかな?」


そう言いながら潤は御手洗の部屋を後にした。

早速支度しなければならない。


廊下を駆けていき、蓮達が待つ場所まで急ぐ。

その道中―――


カツン。

下駄が地面を踏みしめる音が廊下に響いた。


耳朶を劈く音を聞いた潤の横を気配を消した人影が通り抜ける感覚を感じ取り、ふと後ろを振り返った。


そこにいたのは凛とした風情に突き刺さるほどの透明感を兼ね備えた美しい女性が、悠然とした姿勢で佇んでいた。


「あなたは……」


潤はその人を見た瞬間、一目で彼女が誰なのかを理解した。


それは潤と同じ席に座している幹部という重荷を背負いながらも、その職務を全くもって果たしていない人物。


「あら?」


一言発しただけで、滑らかな声が放たれた。

女性は潤に気付くと、腰まで伸びた髪を翻し手でかきあげた。


「お久しぶり……でいいんですよね?清水潤さん」


凛とした仕草から発せられた堂々たる声に潤は意に反して萎縮してしまう。


「ど、どうも……」


(口が乾いて上手く喋れない……)

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