青天22
「「……っ‼」」
二人は最初は驚いていたものの徐々に頭を撫でられて気持ちよくなったのか。
目を細めてその手の感触に身を寄せていた。
「おいおい……あまりその二人を甘やかすなよ」
潤に注意するように言うが―――
撫でられている女子二人を交互に見やる。
その光景を見ていた蓮がいたたまれない空気になんだが目をそらしたくなったが、女子二人の何とも言えない顔にその気すら失せてしまった。
「まぁ、いいか……」
自分になんとか納得させてそれが終わるのをじっと待った。
今日の雷電雲討伐で潤の心は相当晴れやかなものになるだろう。
自らのトラウマを断ち切り、乗り越えた潤にはきっと新しい道が―――
全員が勝利の余韻に浸り、安堵の表情で帰ろうと思いにふけていた―――その時だった。
『ビー‼ビー‼ビー‼ビー‼』
それはサイレンのように突然鳴り響いた。
まるで急速の自体を伝えるための急ぎとも取れるその音に四人の勝利に満ちていた表情は一気に瓦解した。
騒がしい警報が鳴り始めたと思えば、今度はその内容を知らせるための放送がノイズと混じりながらスピーカーから聞こえてきた。
『緊急警報‼緊急警報‼赤い雲が出現しました‼民間及び一般人は速やかに避難してください。繰り返します赤い雲が―――』
「……ッ⁉」
潤の顔に動揺が走る。
聞こえてくる放送からは、自然と焦りが感じられる。
放送の内容を聞いた蓮だが、
「赤い雲……?なんだそれ?」
内容を聞いても尚、蓮にはそれが何なのか分からなかった。
聞きなれない単語に蓮が戸惑っていると、隣の潤の様子が少しおかしいことに気付いた。
「潤?」
名前を呼んでみるが、
「……」
返事が返ってこない。
再度、先程より大きな声で呼びかけた。
「おい潤‼」
「……ッ⁉」
ようやくこちらの声に気付いた潤がゆっくりと蓮の方へと向いた。
その表情からは普段の温和な風貌を全てひっくり返したようだった。
「大丈夫か?」
「……柳」
「お前が俺のことを名前で呼ばないなんて、よっぽどの異常事態なんだな?」
「ごめん……。ちょっと……一人にしてもらえるかな?」
「おい‼」
潤が蓮の声を無視して何処かへ行こうとしたその時―――
ジジッ……。
一瞬のノイズ音の後、放送が聞こえる。
『私だ』
その声だけで誰かが分かった。
「御手洗指揮官の声か……」
『これより赤い雲出現による緊急会議を行う。幹部及びリーダーは至急第一会議室に集合してくれ。可及的速やかな対処が必要だ』
その放送を聞いていた潤は、ふらふらとした足取りで何処かへ行ってしまった。
「おい‼そっちは会議室じゃないぞ‼」
慌てて呼び止めて注意を図るが、潤は聞く耳を持たなかった。
「一体どうしたってんだ?これから緊急会議が行われるっていうのに……」
潤の不審な行動に理解不能に陥っていると、女子達二人の様子もおかしいことに気付いて後ろを振り返った。
「おいおい……お前らまでもか?一体どうしたっていうんだ?」
二人の目は明らかに虚ろになり、魂が抜け落ちたかのような脱力感を醸し出していた。
やがて、司が重い口を開いて蓮に言った。
「潤さんには……恋人がいたのよ」
「なっ、なんだよ唐突に……つか、マジかよ‼あの女っ気のない潤に彼女が⁉」
「その人は―――一年前に亡くなったわ」
次に続いた言葉に蓮は開いた口が塞がらなった。
「……えっ?なんで?」
「……」
司が黙りこくっていると、薫が代わりに答えた。
「今回と同じくS級の赤い雲にやられたの」
「ちょっと付いてきて」
薫の後ろについて行きある場所へと辿り着いた。
そこは潤が前に来ていた場所。
「ここは……」
翠緑色に飾られた色鮮やかな色彩が目に映り込んでくる。
水面の水滴が一滴ずつ静かに落ちていく。
心地よいリズムが地団駄を踏んでいる。
「ほら、ここにきて」
ちょいちょいと手首を捻って蓮を手繰り寄せる。
そこにあったのは、前来た時には気付かなった写真立てが岩の後ろにそっと置かれていた。
「これは写真立て……か?」
置いてあった写真立てを覗き込んだ。
「これは……潤と御手洗指揮官……か?それと……この真ん中に写ってる男は誰だ?」
「その人は女よ」
薫の思わぬ一言に、
「ええッ⁉」
驚きが止まらなかった。
ベリーショートな髪型に整った顔立ち。
どこか威厳さを保ちつつ、それでも綺麗なまつ毛が印象的な風貌。
確かに言われて見れば女に見えなくもないが、初見であればだれもが男性と聞いても不思議ではない。
「その人が潤さんの恋人だった人……。名前は―――園原渚月。副指揮官を務めていた方だわ」
「副指揮官?俺が入隊した時には既に相賀寧々だったぞ?いや待てよ……。てことは、相賀寧々の前のやつってことになるのか……」
「そう。つまり、あんたが入隊する前に……」
「ん?ちょっと待てよ。今回と同じって事は―――」
「あんたの察しの通りよ。前回は倒すことが出来なかったの……」
「……ッ。マジかよ……」
いよいよ蓮にもこの事態がどれほど深刻なのか伝わってきた。
瀬川の因縁を片付けた矢先の出来事に蓮は落胆の色に染まった。
司は水面に目を置き、迫り来る障害に目をやった。
「潤さんには……最大の困難になるわ―――」
★☆★
矢継ぎ早に仕事を終えた御手洗は自分の椅子に腰掛けていた。
雷電雲討伐の内容が報告されて安堵していた。
「ふっ……これで清水はまた一歩、歩み出した」
つい口元がにやけてしまうのを何とか堪えて平静を装う。
部屋には御手洗以外誰もいないのだが……。
至福の一時を過ごせそうだと感じた。
その時、耳を劈くような警鐘音が御手洗の耳に飛び込んできた。
『緊急警報‼緊急警報‼赤い雲が出現しました‼民間及び一般人は速やかに避難してください。繰り返します赤い雲が―――』
その放送の内容に我が耳を疑った。
「赤い雲……だと……ッ」
御手洗の顔には明らかな狼狽が見られ、その表情は驚愕に戦いている。
『失礼します‼』
そんな中で勢いよく扉が開けられた。
中に入ってきた人物を確認すると、白衣を着た男が緊迫な表情で御手洗に近付いてくる。
そして、彼の前まで来てところで男は御手洗に向けて紙の束を渡してきた。
『赤い雲が出現しました』
「あぁ、放送で聞いた」
『現在、出現した赤い雲は北西部からこちらに向かって来ています。想定では約三十分程で来ると予想されます』
「そんなに速いか……」
御手洗は予想外の速さに舌を巻いた。
「直ちに幹部とリーダーを集めてくれ」
『畏まりました』
扉から男が出ていくと、御手洗は安堵の息から一転して緊張の面持ちになった。
「……」
無言が空間を支配していった―――。
御手洗指揮官は自室で一人、静かになった空間をただただ見つめていた。
「赤い雲が出現したか……」
ぽつりと誰に言うわけでもなく呟いた言葉。
それに反応する者は当然いない。
「これもお前の仕業なのか?渚月……」
机の上に飾られた写真立てを見つめ、その中に写る人物に問いかけるように言った。
「お前はどれだけあいつに試練を与えれば気が済むんだ……」
体の力を抜いて嘆息し、呆れた表情で写真から視線を切った―――。




