青天20
先刻前まで一番動揺していた彼女の言葉に不信感を抱かれながら蓮は顔を前へと向けた。
雷電雲が放電態勢に入ったのを見計らった頃、司が片手に小型銃を握りしめ二発撃ち込む。
放った銃弾は雷電雲の端を狙っていた。
「やっぱり……」
「どうした?」
ポツリと呟いた司の声を聞いた蓮が反応して彼女に問いかけた。
「今まで蓮君が撃った弾丸がいとも簡単に再生をされたのを見て、私少し違和感に思ってたのよ。私は一つの推論を立ててそれを今実行したわ」
「あの端に狙った弾丸か?」
「そうよ。蓮君は、ずっと雷電雲の中心部雲が密集している場所を狙っていた。でもそれだと、周りに雲があるからすぐ再生してしまうの」
「なるほど……。だから端を狙ったのか」
「そう。端っこなら周りに雲は存在しないから再生することが不可能なの」
「ふ~ん、流石は司の観察眼っていったところかしら?」
二人はこの短時間の戦闘でそこに辿り着いた司の行動に感心した。
「ええ、これで潤さんに褒められるわ」
司は悦に浸って潤への御褒美を既に期待している。
「そんなこと、私がさせるとでも?」
薫の一言でピリッとした空気が張り詰めた。
この二人に喧嘩しないという選択肢はないのかと。
蓮は呆れながら思った。
二人のやり取りは無視して前を見る。
そして、蓮はふと気付いた。
「つーか、二人ともそんなに潤が好きなら、あいつに告ればいいだろ?それで二人のどっちかが選ばれればもう一方が引くって―――」
蓮が言葉を言い終える前に薫が遮って言った。
「それは駄目……」
「なんでだよ?好きなら伝えるのが道理ってもんじゃないのか……?伝えないで後悔するより伝えて後悔した方が……」
「蓮君。それは無理な相談です」
薫に続いて司にまで否定されてしまった。
蓮は反論を述べようと二人を見る。
しかし、二人の辛辣な表情に蓮は言葉を飲み込んでドギマギしてしまう。
何故なら二人のこんなにも悲しそうな表情しているのは初めて見るからだ。
「それは無理なの……。私達がどれだけこの想いを伝えようが……」
「ええ……。どれほどこの思いを表現しようが……」
「「潤さん(先輩)には……」」
二人が意を決して話始めようと口を開く。
その瞬間―――遠くの方から別の声が聞こえてきた。
『スコールが‼』
少年の切羽詰まった言葉に三人は一斉にそちらを見つめた。
三人の視線の先、雷電雲が覆い尽くすその前にもう一つの厄介ごとが現れた。
その視線の先にいたのは、視界を覆い尽くすほどの雨量を伴った豪雨が地上を海のように飲み込もうと降りしきっていた。
その正体はスコールだ。
しかも先程の状態とは異なって更に肥大化していた。
その大きさは雷電雲と見分けがつかない程に巨大な雲を形成して雨を降らしていた。
雨雲は黒く淀み切り異様な色を醸し出していた。
「こんな時に……っ‼」
「雷電雲に続いてスコールまで……」
「このままじゃ……とても戦闘を維持するなんて……」
雷電雲に続くようにスコールが形成を変えて隊員達を襲う。
蓮達の頭に撤退の二文字が浮かんでくる。
蓮達なら難なく対処出来たであろうが、他の隊員達がいる状況ではそれさえも厳しいだろう。
中には初めて戦闘に参加した者もいる。
このままでは確実にゲームオーバーだ。
何かこの状況を打破出来る策は無いかと針を巡らせるが、やはりそんなもの蓮に思い浮かぶはずもなく。
頼りの綱の潤は未だに動くことが出来ず、司と薫もスコールを相手にしながら作戦を考える暇もない。
やって来た来訪者に三人が落胆している。
絶望に打ちひしがれていたその時――――
雷電雲に撃った弾丸の再来を思い出すように、一直線に伸びた一発の銃弾が遥か先にいるスコールへと届いた。
紅炎に輝いたその弾丸がスコールに飛来する。
受けた弾丸の威力に堪え切れなくなったスコールは雄叫びをあげてもがき苦しみだし、一気に瀕死の状態になった。
この弾丸の性能と射撃のセンス。
そして、立った一発でスコールを瀕死に追い込む戦況の強さ。
蓮は心当たりがあった。
それは先程見た潤が放った弾丸にそっくりだった。
「っしゃぁ‼さすが潤‼仕事が早いぜ‼」
蓮は撃ち込まれた弾丸が潤の物だと思い、喜びに気持ちが高ぶっていた。
歓喜の声を挙げて弾丸が撃ち込まれたであろう場所に目をやった。
しかし――――
「なっ、何今の……」
動揺を隠しきれない薫が信じられないものを見たと言わんに狼狽していた。
薫の驚きぶりからして、蓮の喜びは瞬く間に消し飛んだ。
「え?潤のやつじゃないのか?」
「……潤先輩がいる方向とは違う」
先程とは違う方角から撃たれた弾丸。
薫の断定とも取れる言葉に蓮は困惑を覚えた。
だが、彼女が潤の撃った方角を間違うはずもなく。
蓮は動揺しつつ薫に聞いた。
「じゃあ……今のは誰がやったんだ―――」
★☆★
「――――今の一発は……」
森の奥からひっそりと気を伺っていた潤は、その奥から抜けて見晴らしの良い場所へと出た。
風が吹き抜け髪を靡く。
雷電雲のことなど忘れるくらいに衝撃的な光景を目の当たりにした。
こっそり姿を現した潤もまた、スコールに撃ち込まれた弾丸を見ていた。
その放たれた弾丸は潤の後ろの遥か後方から放たれたものだった。
あんなにも離れた距離の厄災に対して真っ直ぐ芯のある弾丸を撃ち込んだ。
相当の腕利きでなければ不可能だ。
流れるような速さで届いた一発の銃弾。
「一体誰が……」
当然潤がやったわけではない。
何せ自分は陰に隠れてその動向を伺っていた。
その間際の一瞬の出来事だった。
潤は首を左右に振って辺りを見渡し探りを入れるが、どこにも人のような影は存在しなかった。
目視していたため前からでもない。
(ということは……)
潤は寒気を覚えながら後ろを振り返った。
顔を向けた先に見えたのは、この崖からですら見通せる巨大な一本の木が遥か後方に高く聳え立っていた。
潤はまさかと考え込んだ。
すぐには頭が納得しなかった。
何せ、潤の位置からさらに離れた場所にある。
自分でさえこの崖らへんが限界であるのにも関わらず、
だが、万が一あの位置から撃ち込まれたものだとしたら―――
それはとても人間が成せる技術の範囲を超えている。
しかし、それを決定づけるが如く、一本の木の隙間から一瞬だが一筋に光り輝く物体を見た。
その輝きは幾度も見てきたからすぐに分かった。
「まさか……本当にあの位置から……」
だとしたら相当の技量の持ち主だ。
自分より遥かに高いものを持っている手練の仕業だ。
潤は生唾を飲んでその様子を見守っていた―――。
誰だか分からない者に。
吹き荒れる風が先刻より強くなるのを感じた。
潤の視線の先―――
一本の木の一番上に、自らの身長と同じくらいの長さの巨大な銃を携えた小柄な少女が、スコープから様子を伺うようにして覗き込んでいた。
「うふふふ、皆さん驚いているようですわね」
木の上にいた少女はくすくす微笑みながら皆の顔をスコープから覗き込む。
彼らは皆、何が起こったか分からないと言った表情であたふたしていた。
「お嬢の射撃センスは抜群ですからな。皆が驚くのも無理はない」
不意に男の声がかかった。
屈強な体躯に似合わない小柄な銃を手に持つ男が少女の後ろ姿を見つめる。
少女は後ろを振り返らず、尚もスコープを見つめていた。
「あら?褒めて下さるのかしら?滅多に人を褒めない貴方が?」
「弁えております。私は自分より上の者には従うようにしておりますが故……」
「くすっ、そう言ってもらえると私も嬉しいですわね」
少女はそう言うと、ふと視線を切った。
徐に立ち上がった少女は、吹き荒れる風に髪を靡かれ長く整った銀色の髪を手で抑えた。
少女の視線の先には、こちらを見つめている潤の姿があった。
そして、少女は言う。
「さぁ、これで邪魔者は消えました。後は……清水潤。貴方に任せましたわよ」
指を指して少女は潤へとその言葉を紡いだ。
鼓舞するように。
指示するように。
命令するが如くに―――。
「……」




