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青天17

「だらしないわね……」

「そんなこと言うなよ。皆不安を押し殺してここに来てるんだから」

「あんたみたいな馬鹿にはこの任務の難しさが理解出来ないから、そんな平然としていられるんでしょうね」

「なんだと……ッ⁉」

「二人は能天気ね〜」

「「え?」」


平常運転の二人に司は突っ込みを入れた。

二人が間の抜けた声を出した瞬間―――


『整列‼』


遠くの方から張りのある甲高い声が耳を駆け抜けるように聞こえてきた。

その掛け声と共に先程までいた人達は、一目散に声の上がった方へと走っていく。


潤達も遅れながらに彼らの後について行く。


やがて前の人々が止まり始めると、彼らの視線の先にはーーー資料を手に持ち堂々と仁王立ちをしている相賀寧々がより一層緊張感を煽る風貌で眼鏡を押し上げながら仁王立ちをしていた。


その隣には御手洗指揮官が黒服の正装を身に纏いながら、威圧感のある真剣な表情でこちらを見つめていた。


御手洗は先の戦いを見据えながら、全員の顔を見渡していく。

これから一緒に戦うであろう仲間達の姿を見据えて。


彼は見渡す隊員達の心に、黒いもやがあるのを見透かしていた。


それはきっと恐怖だ。

隊員達の心を埋め尽くさんばかりの恐怖が支配している。


初めて厄災と戦う者も少なくはないだろう。

緊張と不安で一杯の面持ちの隊員達に。


自分もかつて経験したことのある吐き気を催すばかりの戦場で。


同胞達の苦痛は痛いほど分かる。

だから―――彼は言う。


「皆よく集まってくれた、感謝する。この戦いは絶対に勝たなければならない。我々はこんなところで立ち止まっているわけにはいかないんだ。例え、四肢欠損しようとも、運悪く死ぬことになったとしても、私達は前へと進み歩んでいかなければならないのだ。それが私達の使命であり責任なのだからな」


御手洗の声は次第に力を増していき、その拳は固く握られていく。

これは奪われた者が奪い返すための戦いだ。


「だが、私には皆がやりきってくれると信じている。それだけ私は、君達の力を信頼しているということだ。全員、死力を持って奴に挑んでくれ」


御手洗のほんの少しの言葉。

しかし、それだけの言葉で皆の意識が大幅に変わっていった。


不安に刈り取られていた彼らの顔には不思議とその面影はとっくに消えていた。

今ある内に秘めたる闘争心が全身から溢れだし、やる気がどこからともなく漲ってくる。


御手洗の言葉はそんな現象を起こしてみせた。


「各班、配置につけ」


寧々の言葉で彼らは一斉にその場から離れ、自らの持ち場に移動をし始めた。


「じゃあ、皆。頑張っていこうね」

「おう。そっちもな‼」


自らの持ち場に行こうとする潤を三人は、彼の後ろ姿が見えなくなるまでじっと眺めていた。


蓮は最後まで見る必要は無いだろうと思い、その場を後にしようとしたのだが……。


「「……」」


司と薫はまだ、それこそ彼が見えなくなるまでただただ彼の背中を見つめていた。


「二人共。何心配そうな面してんだよ」


不安げな顔をした司と薫の気を和らげようと気さくに話し掛けたが、二人は彼の言葉に耳を傾けることなく、ただただ一点を見つめ続けるのであった。


「……」


そんな二人を見ていた蓮も心の底では気が気ではなかった。


正直言って心配だ。

一人でやろうとするのが潤の悪い癖なのである。


だが、そうやって潤は強くなっていった。

前回の戦闘、母娘を助けた時でさえ危ない場面があった。


今回だって危険な場面に出くわすかもしれない。

しかし、いくら自分がなんと言おうとしたとしても彼の……潤の答えが変わることはないだろう。


それほどに彼は……頑固なのだ。

一度決めた意志は滅多に曲げることは無い。


だから、蓮は何も言わなかった。

何を言っても無駄だと分かっていたから。


だけど―――

心配するなってこと自体がとてつもなく無理な話だった。


「無茶すんなよ……潤」


掠れた声が無情にも空を切った―――……。



★☆★



「―――さて、ここでいいかな?」


そう口にしたのは三人の元から離れて一人で行動していた潤から発せられたものだった。


潤は雷電雲に先制を仕掛ける為に場所取りをしていた。


狙撃者にとって場所取りは、命懸けのことなのだ。

更に今回はスコールまで相手取るといった形だ。


万に一つも油断は出来ない。

潤は細心の注意を払いつつ、雷電雲を狙える位置へと向かっていた。


歩くこと数分。

着いたのは見晴らしのいい丘の上。


その場所からは雷電雲の様子が伺えた。

悠然とした態度で佇んでいる厄災が潤の目に映り込む。


雷電雲が狙いやすい位置に配置を完了し終えた潤は、その期が来るまで静かに待機していた。


合図がなれば、すぐにでも行動に移す手立てだ。

潤のいる場所はこの地で一番高い崖の上。


(この位置からなら雷電雲の気配を悟られずに牽制出来る。上手くいけば、コアを破壊することだって出来る……)


考えてから潤は否定した。


(いや、ここではコアの破壊はしない。それでは他の隊員達に被害が及ぶ……)


作戦とは違う行動を起こした場合何が起こるか分からない。

故に潤はあらかじめ決められた行動を取る他なかった。


潤が落ち着いて一呼吸した。

ーーーその時。


『パシュ……』


小さな発砲音が聞こえて顔を上げた。

目の前には青い信号弾が上がっていく。


その合図は―――戦闘開始ということ。


潤は初めに自分の肩に掛けてあるライフル銃を地面に置いて、雷電雲を倒すために持ってきた銃弾を装填し始めた。


弾の装填数は全部で五十発。

それ以上の弾数を込めることは出来ない。


この弾が切れる前に雷電雲を倒さなければならないのだ。

一つ一つ丁寧に詰めていく。


弾を装填し終えると、今度はスコープの穴を覗き込んで標準を合わせる。


まだ雷電雲は近くに来ていないため想定内での標準ではあるが、それでもしていないよりはある程度ましである。


標準し終えた潤は更にもう一つの銃を取り出す。

こちらはもしものための備え用の銃だ。


こちらにも弾を装填して自分の腰に掛ける。

全ての作業を終え、後は雷電雲が来るのを待つだけ。


その間暇になったので、潤は少し瞑想することにした。

心を無にして無我の境地に入る。


何も考えず、何もかも忘れる。

何も無い無の空間に奥深くへと引きずり込まれ、そして感情を内に秘める。


―――五分くらい経っただろうか。


潤はそっと目を開ける。

この瞬間、潤はいい状態だと思った。


先程より目が光を強く受け取り良く見える。

音が鮮明に聞こえ遠くのものまで聞き取れる。


肌に当たる風が痛いと思うほどに伝わる。

鼻腔を鋭く一本筋のような刺激が貫き通る。


吸い込む空気すら味があるように感じる。

五感に響く全ての感覚が新鮮に思えてくる。


その時、誰かが叫んだ―――。


『雷電雲だ‼』


上を見上げれば、そこには確かに眼前を埋め尽くすほど巨大な厄災ーーー雷電雲の姿があった。


「やろうか……。僕自身の為に………………」


潤はぼそりと呟き、ライフル銃に身を合わせスコープを覗き込む。

標準は予想より少し外れていたが特に大きな問題は無い。


想定の範囲内だ。

慌てずに標準を雷電雲に合わせていく。


きりきりという鈍く乾いた音がその場に響き、その音は同時に死の足音のようにも聞き取れた。


数秒して雷電雲がはっきりと見え始めた。

潤は自然と溢れた笑みを押し殺して。


そして、引金にゆっくりと指を絡めて、手前に押した―――。

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