青天15
「ははっ……気にするな」
御手洗は笑い飛ばして誤魔化すが、気にするなと言われても無理なものは無理である。
心の中では不安が募っていく。
果たして今回は一体どちらなのか……。
潤が懸念していると、御手洗は徐に歯を出して笑った。
「実はな―――」
「―――」
「何、今回は多少簡単な内容だ」
「簡単って……それこそ哲人も簡単に言ってくれるね」
「まぁな、お前しか出来ない仕事だ。存分にやってくれ」
ポンっと肩を押された潤はふらつきながら、御手洗の元を去る。
そのまま扉の近くに来た。
「はいはい。分かりましたよ……」
そして、流れるように手をかけて扉を開いた。
「では、失礼しますよ」
御手洗は自分が出した提案に渋々承諾した潤の後ろ姿を最後まで見送る。
一人残された御手洗指揮官は、空虚になった空間をただ一点見つめ続けていた。
「さて……、いかなるものか」
ぽつりと呟いた言葉が言霊のように重く空間を支配していった―――。
彼が出来るのかは分からないが、奴の実力を知っているのもまた自分しかいない。
昔の彼のような強さは今の彼には無いが、それでもやってくれると信じている。
ふと、御手洗は自分の机の上に置いてある写真立てに目を移した。
その写真立ての中には古びた一枚の白黒写真が飾られていた。
あえてカラーを削ることによって格好良さを追求した写真の出来栄えを見据え御手洗は手に取る。
その写真に写る三人の人。
一列になって並ぶ男子二人に女子一人の姿を映した写真がやけに心を締め付ける。
それは遥か昔にとった潤と自分とーーーそしてもう一人の思い出の品だ。
この写真が彼女との思い出の最後となってしまったが、片時も離さずこの写真を持っていた。
失ってはいけない過去を失った。
奪われてはいけない未来を簡単に奪われたあの日。
あの日を取り戻すための戦いが始まるといっても過言では無い。
空高く顔を上げた御手洗が、一つ溜息を吐いて重苦しい空気を逃す。
この先にある未来に予想を立てて、結果を待つばかりだと御手洗は思うーーー。
★☆★
御手洗を後にした一行は、作戦会議を行うための施設である第一施設へと移動を進めていた。
その道中―――。
「それにしても、御手洗指揮官が笑うところなんて初めて見たな」
蓮は歩きながら先程目にした光景に浸っていた。
「確かに……私もあれは初めて見たわ」
蓮の発言に対して薫も驚いた表情をしつつも納得し頷いた。
「潤さん戻って来るの遅いわね……。何かあったのかしら?」
司が怪訝そうな顔で後方を見つめ、潤の帰りを今か今かと待っていた。
その様子を見ていた蓮は彼女の顔を見て言った。
「そうだな。様子でも見て来るか?」
提案を出して司の意見を待つ。
だが、彼女は蓮の提案を飲むことはなく、
「いえ……、待ちましょうか」
と、小さく呟いた。
本当は心配で仕方ないはずなのに、彼女はやせ我慢のように耐える。
その姿を面白おかしく見ていた蓮が思う。
(この二人は本当に潤のこととなると前が見えなくなるから困るなぁ……)
ふと、彼女の隣にいた薫を見れば、彼女の顔も不安に満ちていた。
もしかしたら、自分達の粗相のことについて言われているのではないかと不安が募る。
そんな彼女の思いなど露知らず、蓮は一人考える。
御手洗指揮官が笑うなんてことは今までなかった。
その彼が笑うと言うことは、何かが変わろうとしている予兆なのではないのかと。
一人自負して蓮は再び声を出す。
「それにしても、やはり御手洗指揮官笑う姿は貴重だったな……。写真でもとっとけはよかったな……。もう見れない貴重な瞬間だったはず」
悔しさを滲ませ蓮は、激写出来なかった御手洗指揮官が笑う姿を思い出す。
「そう?僕は何度か見たことあるよ」
その時、蓮の言葉に誰かが入って来た。
「へぇー、何度か見たことあるのか……って潤⁉︎」
「どうしたの?」
「いきなり後ろに立つんじゃねーよ‼︎驚くだろ⁉︎」
「あぁ、ごめん……」
蓮が後ろを振り返り見れば、そこには御手洗と話を終えた潤がまるで亡霊のように蓮の背後に現れた。
潤が言った言葉に蓮が反論する。
「そりゃお前はこの部隊の隊長なんだから何回も御手洗指揮官と会うかもしんねーが、俺らはそうそうあの人には会わねーよ」
「そっか……。まぁ、それもそうだよね。蓮にとっては新鮮な感じかな?御手洗指揮官は普段は厳格な人だけど、僕といる時はいつも笑っているよ」
「そうなのか?意外だな……」
蓮は浮かない顔をしつつも納得するように自分に言い聞かせて、出かけそうになった言葉を飲み込む。
(ソッチの線があるんじゃね?とか、この三人の目では死んでも言えねぇ……)
蓮が罪悪感に駆られていると、目的の場所である第一施設へと辿り着く。
四人の目の前には休息などに使われる建物が建っていた。
広めのドーム状の白い建物。
純白に塗装し建設されたその建物は一見脆く頼りなく見えるが、頑丈な作りで出来ておりとても強固である。
突然の襲撃にも対応出来るようある程度の補強が施されている。
厄災対策が万全に施された簡易的施設である。
床には鏡のような煌びやかさに磨き上げられた大理石のタイルが天井の姿見すら反射するほどの輝きである。
あまりの輝きに床に自分の顔が反射するのではないかと思うほどに。
そして、人が百人以上は入れるのではないかと思うほどの面積の広さがあり、その敷地の数カ所にはまばらまばらに分散された巨大な机が設置してある。
机の上には毎度討伐する厄災の資料が置かれている。
今回は討伐発令が上がった厄災雷電雲の討伐内容の文書が大々的に広げられていた。
潤達は中に入り、空いている机を四人で囲むようにして覆った。
まだ人は来ておらず自分達だけしかいない。
「それじゃあ、作戦の確認をするよ」
潤が広げられた文書に目をやると、他の三人も釣られて目を向けた。
文書にはびっしりと文字が敷き詰められていた。
蓮は見ているだけで頭がクラクラしそうになる。
「今回の雷電雲は一定範囲内の動く者を標的として狙い撃つものだから、当然範囲中に入れば雷電雲の思う壷だ。でも、範囲内に入らないとあれのコアは破壊出来ない。ここまではさっき哲人……じゃなかった、御手洗指揮官が説明してくれたね?」
「おう(はい)」
「かといって遠距離から狙おうにも装甲は厚く、射撃者が十人いても簡単には星々の源には辿り着けない」
潤の説明に司の表情が固くなる。
「難しいですね……」
司が訝しげな顔をする。
それを見た潤は不安そうにしている司を落ち着かせるために言葉を紡いだ。
「そうだね。司の言う通り難しい。近距離で迎え撃てば動いた瞬間攻撃されて、遠距離で待機しても意味が無い。だから、僕はその一定範囲内の内側に移動して雷電雲を撃つことにするよ」
その方法に一同が目を向いて潤のほうを見る。
そして、各々が感じ取った疑問をぶつけようとする。
蓮は探るように問う。
「いや、そんなこと出来るのか?そもそも、いいのか?」
「うん、いいよ」
「でも……そうなると、潤さんは常に雷電雲の攻撃を避けながら攻撃しなければいけなくなるのでは?」




