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青天0

その先に行けば、彼はこれ以上前に進む事をやめてしまうかもしれない。


共に歩いていく仲間が減ることは、仕事柄良いことではある。

しかし、同時に生涯立ち直れなくなった時を想像すると恐怖に感じる。


彼が壊れてしまう前にその目を摘んでおかなければならない。


それが潤のするべきことだ。


「ほら、もう行こう。そろそろ全員の招集時間だから―――」


潤は腕に付けていた時計を見つめて言った。

そのまま蓮の背中を押して、招集のかかった集合場所に向かわせようとしていた。


瞬間的に潤が立ち止まると、唐突に蓮が振り返り彼の言葉を遮った。


「なら、潤……。お前は……どうなんだよ?」

「……蓮?」


タイミングを見計らったかのように辺りが静かになり、蓮の今にも消えてしまいそうなか細い声がよく聞こえる。


ふと、名前が先に出てしまっているのにそんなことにさえ気が付かないほどに蓮の冷たく冷え切った目は、先程の目と打って変わってギラついていた。


それは獲物を捉えるかのような攻撃的で威圧的な鋭い眼。


潤に突きつけられる眼光。

一瞬たじろぐ。


蓮は睨み付けるかのような瞳を向けた。

その目を見せ付けられた潤は頭が真っ白になり、考えようとする思考回路が停止する。


そのせいでタイムラグが生じ、質問の意味を意図するのに少し時間を要してしまった。


答えは内に出ていたが……、すぐには声に出す事が出来なかった。


「お前は……人が死んでいく姿を見て、なんとも思わないのかよって聞いてんだよッ!」


珍しく声を荒らげて、潤の胸ぐらを掴みかかってくる。

こんな彼は初めて見るかもしれない。


それほどこの惨状は彼にとって良くないものなのかもしれない。

早急に立ち去るに限るのだが―――


「……ッ」


彼が落ち着きを取り戻すまでは出来そうにない。


突然のことで多少動揺はしたが、潤は特に自分に害が無いことが分かると、彼に対抗して鋭い目を向けて冷静に対応する。


彼が怒る理由も分からなくもないのだが……、その感情に任せてはいけない。


潤は激怒している彼の気持ちを和らげようと、胸ぐらを掴まれている状態でもそっと蓮の手首を優しく握り話しかける。


「蓮ーーー僕だって、なんとも思ってないわけじゃないんだよ。でも、いつもそんなことを思想していたら、きっとこの世界が滅ぶ以前に僕らの精神がやられてしまう。この世界では常に人が死んでいくんだ……。いや……、ごめん。こんな言い方しちゃ駄目だね。死んでいくのを当たり前にしてはいけない。その為に僕たちがいるんだから。でも、いくら僕達でも全ての人々を救えるとは限らない。僕たちは万人を救える英雄でもなければ、突如現れた救世主でもなく、圧倒的な力を持った勇者でもない。死んでいくのが当たり前になりつつある世界を限りなく生き長らえさせる為に生まれた存在。それが僕達なんだよ」


そう。

この世界は変わってしまった。


それこそ人が簡単に死んでしまうほどに脆くなっていった―――。

喋るごとに潤の瞳から光を失っていくのを蓮は感じた。


「そんなの……俺だって理解して―――」


潤の言葉を聞いて反論しようと声を出すが……、蓮の言葉を遮って潤は尚も喋る。


「いや、蓮は分かってないよ。僕だって……未だに死体を見るのには慣れてないんだよ。だって一昔前までは『死』なんてものがこんな身近に存在するなんて思わなかったんだ。蓮だってそうだろう?」


蓮の言葉を遮った潤は、子供の駄々事を諭すように言葉を重ねていく。


「そうかも……しれないが……」

「でも、それももう昔の事なんだ。今は違う……理解してくれるよね?」


その言葉を重かった。


彼の言葉に蓮は納得いく物もあった。

しかし、蓮はそれでも潤の言葉を理解出来なかった。


いや、理解しようとしたくなかった。

それを認めてしまえば、決定的に何かが壊れてしまうように感じたからだ。


「人の死を素直に悲しめないなんてどうかしてるぞ……潤」


狼狽して揺らぐ瞳が潤を見つめる。

蓮の視線が酷く心に、無情に突き刺さる。


(悲しんでるよ……。僕だって悲しんでるさ……)


それを。

その感情を表に出していないだけで。


そう自然と口に出そうになったが、潤はその言葉を飲み込んで代わりに別の言葉を吐き出した。


「蓮は、この職業を……辞めた方がいいかもしれないね」


心の整理がついていない彼に、潤は苦言を刺すように言った。

せめてもの選択肢を与える。


別の道に進むことも大切だと蓮に言い聞かせるようにして―――


潤に見つめられている蓮は、ただ前を見て黙っていた。

しかし、次には潤の言葉を否定するかのように舌打ちして反論する。


「チッ……いや、俺は辞めない……」


頑固として拒否をする姿勢を見せる蓮に、驚きを隠せないでいた。

せめてもの道に行かないのならば、一体どうするというのだろうか?


「理由を聞いても……いいかな?」


潤が問い返すと、蓮は『当然』といった面持ちで潤を指差した。


「だって、俺らがやらなきゃ、一体誰が弱い奴らを守るんだよッ‼」


蓮は怒鳴り言い出すなり、掴んでいた袖を離して潤の横をすり抜け、後方へ勢い良く走り出してしまった。

突然の行動に潤は驚く。


走り去っていく蓮の後ろ姿を必死で追いかける。


「ちょっと蓮‼急に走り出してどこ行く―――」


潤は言い終える前に彼が走り出した理由を察知した。

彼の目の前には、体長三メートルを有に越すだろう巨大な影があった。


その巨大な影の下には、泣き叫びながら母親と思われる女性の体にしがみつく一人の少女がいた。

彼女は助けを求めて必死に辺りを見渡していた。


今まさに巨大な影は、足をくじいて座り込んでいる母娘を襲おうとしている。

とても今いる潤の位置からでは、彼らに追いつくことが出来そうにない。


普通の人間ならば―――


しかし、彼は重力を受けている人間とは思えないほどの身軽さで飛翔し、ものの数秒で親子に近づいて身の安全を確保する。


「蓮‼今のうちに‼」

「おうよ‼さすがリーダー‼分かってるな‼」


潤の合図と共に蓮は、軽い足取りで徐々に影と距離を詰め、己の四肢に力を込めて勢い良く飛翔した。


「くたばれやぁぁぁぁああああああ‼」


天高く飛翔した蓮の轟く声に閣下されるように、巨大な影も蓮同様に野太い雄叫びを上げた。

いつの間に手に持ち出したのか、蓮は斧を手に持って勢い良く振りかぶっていた。


巨大な影は凄まじい速さで振り下ろされた蓮の斧により、ど真ん中から左右に引き裂かれた。

奇妙な液体をぶちまけ、巨大な影から吹き出る夥しい量の液体。


『ひっ……‼』


グロテスクな惨状を目撃した母親が悲鳴を上げる。

幸い母親の傍らにいた少女は、その一面を目視していなかった。


それは彼らにとっての救いだった。

巨大な影を倒し終えた蓮は、ゆっくりと潤と一緒にそばにいた母娘の元に近づいてくる。


そして一言―――


「あんたら、 大丈夫だったか?」


蓮が彼女達の様子を伺いながら問いただすと、母親が体を震わしながらか細い声でお礼を言った。


『あっ、有難うございますッ‼なんてお礼を言ったらいいか……』

「いいですよ。それより怪我はありませんでしたか?」


蓮の代わりに潤が、真摯的な態度で接して母親の足元を見つめ問いただした。


『あっ、はい‼足をくじいただけですので……』

「ちょっと失礼しますね」


母親の言葉に反応した潤が彼女のズボンを捲し立て足元を見る。

その行動に母親は少し顔を赤らめてじっと見つめる。


両足を確認すると、右足に小さな青い斑点を見つけた。

そこには確かに青くアザが出来ていた。


「これでは歩けそうにありませんね。蓮、この人お願い出来る?僕は子供を担いでいくから」

「おう‼この力持ちの俺に任せとけッ‼」


蓮は意外と細身の体で一見貧弱そうに見えるが、筋力は鍛えているほどにある。

故に力仕事の担当は大抵蓮がすることになっている。


「さて、それじゃあ子供を預かりますね?」

『あ……、お願いします……‼』


母親が子供を潤に任せようとした時、背中から『ふにゅ……ッ‼』という寝言と共に少女は眠い目を擦り起き上がった。


その時、子供が知らない人におんぶされている事に困惑してしまったのか。

潤達を見て瞳を震えさせながら純粋な質問をしてきた。


「う……お兄さん達……誰?」


少女が不思議そうな純真な目をしてこちらを見てくる。

彼女の純粋な瞳に吸い込まれそうになる。


少女の質問に答えるように蓮と潤は、そっと彼女の頭に手を乗せてやんわり言った。


「俺たちは(僕たちは)あらゆる厄災ディザスターからこの世界を守る第一部駆逐隊———通称捕食者プレデターさ(だ)ッ‼」

「……………………………………」

『……………………………………』


元気良く自己紹介したのに……。

まさか子供にあんな、不審者を見るような目で見られるとは……。


母親も固まってたし……。

もう一生の不覚―――でもないかな案外。



★☆★



捕食者プレデター―――。

彼らは特殊な訓練を受けた特殊部隊。


一人一人が独特の個性を持ち、その己が力を持って人々を厄災から守る守護神。

ある時は剣を持ち、またある時は銃を持ち、そしてまたある時は己の体で立ち向かう。


幾度の困難にも立ち向かう勇気を、彼らは人々に与えてくれる。

人間の箍を外れたその者達は、その力を思う存分発揮する。


国の為に……。

人々の為に……。


再び平和が訪れる日を願って……。

唯一の存在である彼らは、今日も今日とても平和を維持し続けるために戦い続ける。


これは―――世界に訪れた絶望に対抗するために導かれた光を指す者達の物語。

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