青天10
「今……なんて言った……?」
「……ッ!」
ゆらりと幽鬼のようなしなやかな動きで振り返り、一歩足を進め薫へと近付く。
瀬川は潤から薫へ標的を変えた。
「シスコン?シスコンって言ったのか?なぁ‼そう言ったのか⁉」
薫に近づく彼が正気の沙汰ではないことに潤は一早く気付いていた。
瀬川から薫を守ろうと一歩前に出て応戦しようと構える。
行動に移そうと体を動かし瀬川の肩に手を掛ける直前――――
別方向からの声に驚き体が止まる。
「瀬川リーダー!そこまでにしろ!」
その声はしばらく様子を見ていた相賀の怒号が全体に響く。
凛とした彼女の声で瀬川の動きが止まった。
瀬川は相賀の方に視線を向け、訝しげな態度で潤の胸ぐらから手を離した。
そして、溜息を吐きつつ言う。
「ちっ、分かってますよ……。これで手を出したら俺が罰則を喰らいますからね……」
瀬川は相賀の指示に従い、しぶしぶ潤達から視線を外して元にいた定位置へと戻っていく。
瀬川に握られていた潤の胸ぐらはじんじんと痺れていた。
瀬川が戻っていくのを確認しながら相賀は相槌をした。
そして、彼から視線を外した彼女は潤を見やった。
「分かってるならいい。それで、どうなんだ清水リーダー。やれるか?」
相賀の質問に潤はしばらく黙っていた。
辺りから音という音が消え、無音状態となる。
考え込んでいるんだ。
どういう回答をするのが正解なのか。
間違えればただはすまないだろうと頭では分かっていても――――
(はい以外の答えがないな……)
選択肢が限られている以上、潤は変えようがなかった。
しばらく目を瞑っていた潤だったがやがて決心したのか。
ゆっくりと閉じていた目を開けて相賀を見つめて。
そして、ようやく口を開いた。
「御手洗最高指揮官のご命令ならば、僕に従う以外の選択肢はないので……」
潤の答えを聞いた相賀は口角を吊り上げ笑った。
「いい返事だ。他に不満がある者はいないな?」
相賀は辺りを見渡して問いただす。
しかし、彼女の意見に相反する者は当然いなく――――
「いないな?ならば、市民の平和を取り戻しに行くぞ‼」
『おおっ、ぉぉぉぉおおおッ――――』
相賀の四肢の籠った力強い声に後押しされる。
他の隊員達もそれに乗って声を上げた。
「各自、時間まで待機‼以上‼」
彼女の指示で待機を命じられた隊員達は各々チーム毎に固まった。
形を形成していく隊員達。
解散後、すぐさま隊員達は四人一組となり作戦を練るため、目的地へと散らばっていく。
その様子を見た潤達も彼ら同様行動に移そうとした。
「よしっ‼僕達も行こっか」
潤は司達に声を掛ける。
「はいっ‼」
薫が元気よく返事をし、蓮が手をヒラヒラさせ応じる。
司も二人に続いて返事をしようとする。
だが、彼女からはその返事すら返せなかった。
原因は先程の瀬川の言葉。
『お前が妹を殺したこと――――ッ‼』
彼の言葉が頭を離れなかった。
潤が犯した罪にも近い事項なのだが――――
司は知っている彼は罪など犯していないと。
不意に視線を落とした司は、あることに気付いた。
それは潤の手が小刻みに震えていたのだ。
彼は必死に蓮達に隠しながら手を手で抑えて衝動を掻き消していた。
「潤……さん?」
異変を感じた司は潤の名前を呼ぶ。
「……」
だが、返事はない。
彼は死人のように冷たい目で一点を見つめていた。
再度呼びかけるため大声で彼の名前を叫ぶ。
「潤さん!」
「―――ッ!」
茫然としている潤の耳元で大声を上げると、潤は我に返り司の方に顔を向ける。
ようやく司の声に気付いた潤が、潤んだ瞳を揺らしながら聞いてきた。
「どうしたの司?いきなり声なんか荒らげて……」
潤の声は、何かに怯えているように珍しく震えていた。
普段大人しく落ち着いている雰囲気の潤からは、考えられないほどにらしくない声色だった。
「落ち着いて下さい潤さん‼今回は『あの時』みたいにはなりませんからッ‼」
「……」
自分の胸元に手を当てて声を荒らげる司を見た潤は、少しだけ驚いたような表情を見せる。
「確かに……潤さんがあの時あの場にいたのは事実です。ですが……、あの場にはあなたしかいなかった‼私達は常に四人でいなければならなかったのに……ッ。私達はあなたを置いていってしまった……」
司は今にも消え入りそうな声でそう叫んだ。
彼女は落ち込んでいる潤を励ましてくれているのだ。
こんなにも雄々しく頼りになる。
しかし、彼女は女の子だ。
か弱く非力な彼女。
当然、涙だって出るだろう。
「ごめんね……司」
司の頬に零れた涙を手でそっと拭ってあげる。
そして、優しく頭をポンポンと叩く。
頭をポンポンとされた司は過呼吸気味になっていた呼吸を落ち着かせた。
「もう――――大丈夫だから」
潤は言葉に芯を持たせる。
自身を取り戻した潤の顔色は、先程とは違って血色の良い肌色になった。
潤は気付いた。
こんなにも情けない自分についてきてくれる人がいることに。
自分が無能なせいで、散々罵詈雑言を浴びさせられているというのに、それでも自分を支えて信じていてくれて。
それに自分は―――
「……」
応えなければいけない。
過去は乗り超えなければならない。
いつまでも柵に縛られ、振り返ってなどいられないのだから。
彼女が自分を見てくれているように、自分もまた彼女を見なければならない。
潤はひそかに心に決める。
すると遠くから、その光景を見ていた薫が蓮を蹴っ飛ばしてこちらに近寄ってくる。
「あー!!!ずるい!潤先輩!私にもぉお~!」
「薫は蓮と騒いでなさい」
先程まで泣いていた姿はどこに行ったのか。
司は涙跡を拭き取って薫と向き合った。
「あら?司。随分と調子にノってるみたいね……潤先輩に頭ポンポンされたからって優越感に浸ってるのかしら?」
明らかに薫の目が鋭くなる。
これは敵対行動を示す目だ。
こうなった二人は非常に危険だ。
何とかしようと試みるが、頼りの蓮は既に薫によって伸びていた。
何も出来ないでいると事態の手遅れであることを悟った。
「そういう薫はされてなくて残念ね~。ごめんなさいね、わ・た・し・だ・け!」
高揚感に浸る司の態度が薫には酷く映り込む。
そして―――
「死になさい!」
薫と司、二人のいつもの他愛もない喧騒が始まった。
手遅れだったかと潤は思った。
だが、いつもと変わらない賑やかな光景。
楽しそうにしている二人を見ていると、潤も自然と心が落ち着く。
―――と、その時。
『清水リーダー!清水リーダーはどこにおられますかぁ‼』
遠くで潤の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ん?」
そちらに視線を向けると、何やら白衣を着た男があちこちを走り回って辺りを見回しながら潤のことを探しているようだった。
その様子は焦っているようにも見えた。
潤は自分の居場所を知らせるために動いた。
「ごめん皆。呼ばれてるから先に行ってて」
「わかりまひた」
「了解でふ」
司と薫は互いの頬を引っ張り合いつつ、潤を見送った。
潤は三人に指示を出し、早急に白衣を着た人に近付いていき話し掛けた。
その様子を見ていた司と薫。
数秒話した後、白衣を来た男が潤を連れてどこかに行ってしまう。
何やら問題があったようだ。
二人は一旦互いの頬から手を放して落ち着いた。
伸びていた蓮がようやく意識を取り戻して目を開いた。
ゆったりと体を起こして頭を擦る。
若干の痛みが蓮の頭に襲い掛かってきたが、聞こえてきた会話に痛みが一気に吹き飛んだ。
『どうやら予測と少し変わりそうなんです』
「何だって?」
『予想より早く来ると思われます』
「分かった。哲人の所に行けばいいんだね?」
『お願いします』
男二人の会話が耳に入ってきて蓮は声のする方に目をやると、潤が名も知らぬ男と話していた。
会話の内容からして問題があったのは必然。
しかし、ある程度の会話が終わったら二人はdコカに行ってしまった。
その様子をじっと見つめていた。
彼らが去っていった後、潤は立ち上がって同じく様子を見ていた司と薫に近づいた。
そして、今尚言い合いをしている二人に近付いて一言―――
「なぁ、二人とも一つ聞いていいか?」
「「なによ!この!―――ん?」」
蓮の言葉で喧嘩していた二人は動きを止め彼の方に首を傾けた。
「俺、あんまり瀬川のこと知らないんだけどさ。なんで瀬川は、あんなに潤に喧嘩をふっかけるんだ?」
「「……」」




