青天9
彼らは大声で言う。
あえてこちら側に聞こえるように言っているのが丸わかりである。
「ちょっと馬鹿蓮……‼私達に恥欠かせないでよ‼」
蓮の早々の失態に耐えかねた薫が周りに聞こえないように小声で彼を小突きながら言った。
「すまん……‼でも、まさかこの距離で聞かれるとは思わないだろ……ッ⁉」
蓮は申し訳なさそうに薫に謝った。
彼女は腕を組んで息を吐き捨てる。
彼の失言に呆れ返る。
まぁ、確かに自分達は隊列の一番後方におり、最前列にいない限りは寧々に聞こえないと思うのも無理はない。
付け加えるなら蓮はそれほど大きな声を出してはいなかった。
それこそ周りにいた潤達ですら聞こえたか微妙なくらいの声だったのだ。
尚更驚きである。
しかし、現に聞こえたという事は彼女の方が地獄耳なのだろう。
潤は二人のやり取りに何も言わず、ただただその光景を見ているだけだった。
「いいのですか?注意しなくて……」
潤の隣では司がこちらを覗き込み、心配そうな顔をして見てきた。
恐らく彼女は自分の監督不届きで寧々に指摘されるのではと思っているのだろう。
彼女の心配をよそに、潤は落ち着いた声色で言う。
「いいよ。こういうのは緊張感を持たない方がいいからね」
「そう……ですか……?潤さんがそういうのであれば、止めはしませんけど……」
司の歯切れの悪い返答に潤は、彼女が現状に納得していないということ悟った。
ちらっと横目で彼女の顔を見れば、浮かない顔をしているのが一目で分かる。
彼女が思っていることが間違いではないのは勿論自分でも分かっているつもりだ。
自分の考えが間違えているのも知っている。
だが、それを取ったとしても……。
やはり、緊張感がない方がより本来の力を発揮出来るというもの。
(まぁ、あの二人にそもそも緊張感というものが備わっているのかすら不明ではあるのだけれど……)
潤が心配している司に対して内心思いを馳せている中――――。
司自身も潤の言葉に僅かな引っ掛かりを感じていた。
納得のいかないものはあったが、彼がそう言うのであれば自分は従う他ない。
しかし、すんなりと受け入れられるわけでもない。
潤は二人に対して甘いのである。
以前から感じてはいたが、司は敢えて何も言わないし口を挟むわけでもない。
だが、このまま甘やかしていたら、何があってもおかしくない。
それこそ先程は蓮が怒られていたが、彼も潤のチームの一員なのだ。
彼の代わりに潤が怒られでもしたら大変だ。
責任は全て彼に向けられてしまう。
ただでさえ色々と目を掛けられているのだから、これ以上の問題は避けなければならない。
司は心の中で二人の動向を気に止めつつ、目の前の指揮官補佐である相賀寧々に顔を向けた。
彼女は全員を眺める形で言う。
「本作戦の大部分は殲滅だ。標的である雷電雲は防御力はほとんどない。正確に言えば、防御性能を備えていない厄災と言える。完全無防備の状態であり、かっこうの的となると言ってもいいだろう。しかし、それでは倒せないからこそ厄災と呼ばれる。防御力は皆無だが、その分攻撃力は底知れない。食らえば一溜まりもない攻撃がとめどなく降り注ぐだろう」
相賀は手に持っている資料に都度目を移しながら、淡々と内容を述べていく。
全員が黙って彼女の目を見据えた。
「そこで我々は各班に分かれ、雷電雲の無防備になっている核を狙撃で狙い撃つことにした。まずは、隊を四つに分けるからよく聞くようにしてくれ。一つ目の陽動部隊は、敵の攻撃の的となり雷電雲の注意を引くことに専念する部隊だ。これは極めて危険な役割だ。最善の注意を払ってほしい」
その言葉を聞いた隊員達からざわめきが起こる。
当然の反応ではあった。
自ら率先してやるかと言われればやりたくない担当だ。
全員の顔に曇りが見え始めるが――――
「静まれ」
寧々の一言でそのざわめきは止んだ。
静かになったのを確認した寧々が、彼らの心中を無視して話し始めた。
「二つ目の部隊は、雷電雲の攻撃を相殺させるための部隊だ。主に雷電雲の攻撃を他の部隊に当たらないように防ぐものだ。そして……、三つ目の部隊は奴にダメージ与え弱らせる部隊。そして―――最後の部隊は奴の核を狙い撃つ班だ」
そこに来て初めて寧々の鋭い瞳が微かに和らぎ光り輝くのを見た。
「頭上にいる敵を穿ち、尚且つ星々の源を撃ち抜くのにうってつけなのは、射撃班なのだが……」
彼女の言葉が途中で止まった。
どうやら資料に何か書いてあるようだ。
彼女はしばらく資料に目をやっていたが、ゆっくりと顔を上げると相賀は顔をある方向に向ける。
視線の先には彼女から最も遠くに離れた位置にいた潤を見据えていた。
「……」
じっと見つめられ潤は震えた。
凍てつくような氷の瞳は寒気さえ覚える。
しばらく潤を見つめていた相賀がようやく口を開いて一言―――
「かつて同じような敵を倒したこともあり倒し慣れている、清水リーダーにお願いしようと思っている」
相賀の一言に、静まり返っていた場に再び喧騒が訪れた。
『なっ……⁉』
『マジかよッ……』
『清水リーダーつったら――――』
相賀の言葉に反応した他の隊員達が一斉に潤の方を見た。
先程まで潤の近くにいた者達が自然と彼から距離を取って離れていった。
その顔色は青ざめていて頬が引き摺っている。
ここにいる皆は知っていた。
かつて潤が犯してしまった大罪を……。
あまりにも残酷で、あまりにも無情な現実……。
「これは御手洗最高指揮官の指示でもある」
不満が上がる隊員達に追い打ちをかけるように相賀が言った。
『御手洗最高指揮官から直々に……⁉』
『けっ……。どうせコネとか使ったんだろ……』
『おいしいところは毎回あいつが持っていくからなぁ……』
周りからの罵詈雑言が、痛覚を敏感にして痛いほど突き刺さる。
温厚な潤は何も言わずただ顔を下に向けた。
周りにいる者達は騒ぎが始まると察した。
しかし、それに一早く反応したのは潤自身ではなく蓮達だった。
「ちょっと‼私達のリーダーに何か文句があるなら、コソコソ言わずに堂々と言いなさいよ‼」
手を腰に当て堂々と前に出た薫がひそひそと話していた隊員達に向かって言う。
耳に響くような大きな声で薫が叫ぶ。
「いや、堂々と言ってもらっても困るでしょ……」
彼女の近くにいた蓮が薫の隣に立って言う。
近くにいた蓮は耳を抑えて薫の言葉に返した。
「うるさいわね……。あんたは空気を読みなさいよ‼」
「いででででッ‼ちょっ‼耳引っ張らないで……ッ‼」
薫に耳を引っ張られ蓮は顔を歪ませ悶絶している。
その光景に隊員達は困惑して後退った。
一人が下がれば連鎖して皆が下がっていく。
二人のいざこざで場の雰囲気が変わろうとしていた。
皆が黙り収束していきそのまま時が流れようとしていた―――その時だった。
そこに一人の重苦しい声が重なる。
「不安しかないなぁ……」
「————ッ」
その声はまるで死神のいざないのような、誰もを恐怖へと導く声だった。
低くドスの利いた声が二人の間に割って入る。
全員がその言葉に反応し、言葉を発した者を見つめる。
集まっていた隊員達の真ん中から人が割れてつかつかと歩み寄ってくる。
反骨音を響かせて来たのは黒髪を輝かしオールバックにさせ、鼻につくような態度で不気味な笑みを浮かべる少年。
彼は死んだ魚のような瞳で二人を見つめてくると、鼻で笑った。
「んだてめぇ……?」
反応した蓮は彼の態度が気に食わなかったのか、若干不機嫌気味に顔を歪ませていた。
「どういうことだよ瀬川煌斗。うちのリーダーのどこが不安だって?」
喧嘩腰の蓮に対して声の主である少年――――瀬川煌斗は、二人を瞳に移して尚もニタニタ笑っている。
蓮は彼の態度が鼻に触り無性に腹が立った。
苛立ちが腹の底を熱くする。
なぜ何も言わずに笑っているのかは不明だが、馬鹿にされていることは分かった。
「何か言ったらどうなんだ?」
「ふっ――――」
蓮の言葉に対しても何の反応も示さずただただ笑っている。
ついに我慢の限界が来た蓮は怒り交じりに言う。
「それ以上その顔を見せたら―――」
ついに沸点を超え、瀬川に殴りかかろうと一歩前に出るが―――
「……っ」
不意に肩を掴まれ成すすべなく後ろに引っ張られた蓮は、掴まれた肩を見た。
後ろを振り返ると彼を制したのは、意外にも潤だった。
蓮は口を開いたまま呆然と立ち尽くしている。
その光景を見た瀬川は、露骨に怪訝な顔をしてみせた。
「はぁ……。お前が……担当する……?何をだ?まさかあの時のように……?いやいやちょっと待てよ。冗談にもほどがあるだろう?」
一つ一つ単語を区切って蓮の肩を掴んでいる潤へと近付いてくる。
幽鬼を漂わせ、イカれた雰囲気を纏った体で。
だが、不思議と恐怖を感じない。
感じさせていない。
これほどの異様さを放ちながら近づいてくる彼は壊れた人形のように首を傾げて。
一言――――
「どこに安心があるんだ?なぁ……清水。忘れたとは言わせないぞ?お前が妹を殺したことをッ―――――!」
瀬川は瞬時に潤との距離を詰め、体を反発させて潤の胸ぐらを掴みかかってくる。
彼の瞳は先程とは打って変わって激昂に滾っていた。
怒りを露にした瀬川に何の対応もしようとしない。
瀬川の哀れな姿を見かねた薫がボソッと呟く。
「シスコン……」
ぴくッ――――
その言葉は瀬川の激昂を更に上げた。




