第三章 迫り来る足音
厄災というものは基本的に生命活動の源となる核を破壊すれば倒せる物が多数存在している。
しかし、それらの事柄はレベルが上に上がるにつれて核を破壊しづらくなっていく。
実際問題ではあるが、今回現れたスコールという厄災は、その地に雨を降らせることで人々の視界を奪い取り、数多の雨量で呼吸を妨げ息すらままならない状況にしようとしている。
その脅威は刻一刻と蝕んでいく。
しんしんと降しきる雨が戦場を覆い尽くすかのように降り注ぐ。
遠くから見える空を駆けるように迸る稲妻が宙に轟き尾を帯びて流れ落ちていく様子が見て取れた。
直ちに対処にあたるために総動員で状況の整理を行いつつ動き回る。
そして、ある場所でも一人―――
その様子をモニター越しに確認しながら、一人の男が腕を組んで浮かない表情をしていた。
男がいる場所は街中に設置されたカメラの様子を確認出来る特設室の一角だった。
男は仁王立ちで絶え間なく全カメラのモニターを見つめる。
彼の前には白衣に身を包み椅子に座りながら、必死に解析に当たる男達の慌てた様子が伺えた。
「状況はどうだ?」
男はドスの効いた声で問いただす。
戦々恐々とした室内に良く響いた。
数名の歩く反骨音がより一層状況の深刻さを物語っている。
問いかけられた一人がその手を動かしながら答えた。
『御手洗指揮官。報告します‼西南にて雷電雲の発生を確認‼討伐対象目標のスコールがこちらに到着するまで、およそ一時間程と予測されます‼』
彼が黙って見つめていると、隣で敬礼をしながら寄り添う男が息を切らして言う。
『このままでは街に甚大な被害が出ると予想されます‼どういたしますか御手洗指揮官ッ⁉』
御手洗と呼ばれた男は思案の顔でモニターを見た。
「一時間か……、雷電雲の様子は?」
『はっ‼外を出て確認したところ、遠方に多数の稲妻を目撃したとの情報が多数入っています‼』
「そうか……。それで清水リーダーはどうした?」
『先程連絡があり、後三十分ほどで到着するとのことです‼』
「すぐに他の者達に伝令しろ。彼が来るまで持ち堪えろと」
『承知しました‼』
敬礼を終えると、男は御手洗から与えられた伝令のためにそそくさと室内を退散していく。
御手洗はその様子を最後まで見ることなく急ぎ足で特設室から出る。
扉を開けた先には廊下が存在し、御手洗は自身の部屋がある場所へと向かった。
速足で廊下を渡り自室に戻った。
自室に入ると、御手洗一人では使いきれない程の空間が広がっていた。
部屋の広さが更に緊張感を与える。
その部屋の真ん中にある椅子と机。
真っ先にその椅子に駆け寄り腰を掛け、目的の物を探すために引き出しを漁り始めた。
御手洗が探し物をしていると、不意にドアをノックする音が聞こえてきた。
「入れ」
御手洗が一言告げると、
「失礼します」
という声とともに扉が開き、三人が足並みを揃えて入ってきた。
御手洗は動かしていた手を止め、そちらに視線を向ける。
扉から入ってきた三人組の一人が頭一つ分御手洗の前に出て言った。
「清水潤リーダー所属部隊、結城詞。到着致しました」
通る声で司は御手洗の元へと駆け寄って敬礼をする。
「同じく秋月薫……」
「柳蓮」
「「以下二名到着致しました」」
司の声に続いて蓮と薫も彼女に習って敬礼をする。
薫の怠そうな声に蓮は顔を引き攣りながら、その横顔をチラ見した。
何しろ彼らの前にいる御手洗という男こそ、潤のさらに上の階級である第一駆逐部隊最高指揮官の御手洗哲人その人である。
彼らのリーダーである潤よりも上の階級ということで粗相のないようにしなければならないのだが……
御手洗哲人は腰掛けていた椅子から立ち上がった。
「あぁ、直していいぞ」
彼は三人の敬礼姿を確認してから低く唸る声で言う。
「御手洗指揮官、現在の状況は?」
司は御手洗の目を見つめ問いた。
見つめられた御手洗は、一泊置いてから言葉を発した。
「たった今入った状況だが、先程第二班が厄災スコールとの交戦を始めた。今のところまだ死者は出ていない」
「戦況的には?」
「死者が出ていない以上こちらが有利だろうが……」
御手洗は言いづらそうに言葉を詰まらせる。
「何か問題でも?」
「先刻、雷鳴が聞こえてきたとの情報が入った。恐らく―――」
「……っ‼雷電雲ですか……?」
「そうだ」
司と御手洗の間に深い沈黙が漂う。
それにつられて薫も思わず口を紡ぐ。
二人が沈黙しているということだけでその深刻さが伝わってくる。
しかし、その場に一人だけ理解出来ていない者がいた。
隣にいた蓮が薫にしか聞こえないような声で言ってくる。
「なぁ……、雷電雲ってなんだ?」
「…………………………はぁッ⁉あんた―――」
長い沈黙の後、薫は思わず大きな声を出してしまいそうになり押さえ込む。
「あんたマジで言ってるのッ⁉前にさんざん潤先輩に叩き込まれたでしょ‼」
薫は小言で蓮に叱責をして垂れ込む。
「ははっ……、いや、どうにも物覚えが悪くてな」
蓮は微かにはにかみながら、申し訳ないといった素振りを見せ、手を頭の上に乗せる。
「たくっ……いい?雷電雲っていうのは―――」
薫が雷電雲について忘れていた蓮に説明しようとした瞬間―――不意に彼女の横から声がかかった。
「雷電雲というのはその名の通り―――雷を形成している雲だ。厄災のレベル的にはBの部類に入る」
その声の主は先程まで司と話してをしていた御手洗から発せられたものだった。
御手洗は話を聞いていなかった蓮達を特別怒るわけでもなく丁寧に説明をしてくれた。
「えっ?でも、それだと黒い雲とあまり変わらなんじゃ……」
話を聞く限りではそう変わらないと蓮は言った。
確かに彼の言う通り黒い雲同様である。
黒い雲も雷を形成することの出来る雲であることに変わりない。
それと似ている雷電雲ということになると、あまり新鮮味を感じないのだが……
「そこが盲点なのよ」
「盲点?」
蓮の言葉に薫が反論する。
「確かに見た目は黒い雲とほとんど変わらない。でもね、光と音そして攻撃方法が全然違うのよ」
「攻撃方法。それに光と音か……」
「そうよ。黒い雲に溜め込まれている雷はせいぜい稲妻であって夥しい光を放つだけ。対して今回の雷電雲は音と光を伴う。だけならいいのだけど……」
喋っていた薫の声は次第に弱くなり、言葉が詰まって目線を自然と下へと下げる。
その様子を見ただけで今回の任務がどういうものなのか蓮はすぐに察知した。
彼女の行為が示すこと……
それはつまり命を失う危険性があるということ。
その場に静寂が一瞬訪れる。
が、すぐに御手洗が話の腰を戻す。
「更に厄介なことに雷電雲には帯電状態、放電状態の二週類が存在していることだ」
「帯電状態、放電状態?」
言葉の意味が分からないと、蓮はその言葉をオウム返しした。
彼の頭は既にキャパオーバーしそうだった。
「帯電状態とは常にその雲が雷を帯びていることを示す。放電状態は……簡単に言うなら落雷とも言うべきだろう」
「でも、それのどこが危険なんですか?」
「あんたは底なしの馬鹿ねッ‼」
「痛っ⁉何も殴ることはないだろ⁉」
頭を叩かれた蓮は頭部を抑える。
薫は心底馬鹿にしたような顔で蓮を見下して付け加えるように少し強く小突いた。
「いい?馬鹿なあんたに伝わるか分からないけど……要するにこっちから迂闊には攻撃を与えることは出来ないし、下手すれば放電状態の落雷によってこちらがやられてしまうという状況が出来てしまうの‼そうなったら、最悪なんてもんじゃないわ……誰も対処が出来なくなっちゃうでしょ‼」
「まさに厄災と呼ぶのに相応しい代物だな……」
「じゃ、じゃあ!どうやって今回の討伐対象を倒すんだよ‼」
「勿論手はある」
蓮の嘆いた言葉に不敵な笑みを浮かべた御手洗がいち早く口を出す。
御手洗は静かな動作で机の上に置いてあったリモコンを手に持ちボタンを押した。
近くにあったモニターが反応し電源が入る。
数秒後、画面に薄暗い雲のような物体が移り込む。
「正直言って難攻不落の相手だが、やつらにも弱点がないとは言えない。その証拠にこれを見て欲しい」
急にモニターの画面が切り替わるとそこに映し出されたのは、何やら見覚えのあるものがそこにはあった。




