第三話
「行ってきます、ママ!」
「気を付けるんだよ。あんた、ラリエルをよろしく頼むよ」
「あぁ、分かった」
朝早く、南門から町の外へと出る。
街道を歩いて南西のレカロ市へと向かうのだ。
「そういえば、ラリエルはどんな魔法が使えるんだ?」
道中、気になっていた事を聞いてみた。
「私は、火と土の魔法に適性があるの! お兄ちゃんは何が使えるの?」
「俺か? 俺は火と水だ。まぁ、そこまで得意ではないがな」
「へぇ、火と水か~。火が使えるのは一緒だね!」
ラリエルはなんだか嬉しそうだ。
「なんか嬉しそうだが、どうした?」
「ううん~。べつに何でもないよ~」
「そうか?」
ラリエルは笑顔なんだが。
まぁ、いいか。
順調に街道を歩いていた。
街道と言っても、土がむき出しになっているだけだ。
都市と市を繋ぐ街道は石畳だそうだが。
たまに遠くに獣を見かけるが、狩るべきか。
どうするか。
セルゾ市で色々と見て、金の感覚は大体掴めたと思う。
師匠やラリエルにも聞いているしな。
一食が大体6鉄貨。
一日三食食べるとしたら、一ヶ月――つまり、50日――で9銀貨ぐらいになる訳だ。
一ヶ月単位で見れば、魔物は2銀貨になっていたし、4、5匹狩ればいいわけだが。
獣だと魔物の場合よりも、かなり多く狩らないとだろう。
もちろん、数日単位で見れば数匹でいいだろうが。
そうだな。
獲物は程々に狙うか。
ラリエルにも狩ってもらわないといけないしな。
「ラリエル!」
「う、うん!」
俺は鹿を追っている。
「ハッ!」
ラリエルがタイミングを合わせて土魔法を使う。
鹿の足元が一気に凹む。
鹿がバランスを崩してこけた。
追いつき、首元に竜剣を刺し込む。
逃げられないように押さえつける。
もちろん暴れられるが、そこは俺の頑張りどころだ。
徐々に抵抗が弱くなり、やがて動かなくなる。
「ふぅ」
「お、お兄ちゃん、仕留めた?」
ラリエルが恐る恐るといった感じで近づいてくる。
「あぁ、ちゃんと仕留め切ったぞ」
「よかったぁ……初めてで緊張したよ~」
ラリエルは魔法を使っただけだが、かなり疲れたようだ。
「あぁ、土魔法は助かったぞ。お疲れ」
「えへへ~」
褒められたのが嬉しいのか、笑顔になった。
「さて、さっさと解体してしまおうか。ラリエルはとりあえず見ていろ」
「うん、わかった」
ラリエルは狩りをした事が無いらしく、一人では難しいだろうから、俺の手助けと言う形でしばらくは狩りをする事にした。
さっきのは、俺が最初に矢を射ったのだが、鹿の胴体に刺さっただけだった。
そこで、狩りの前に決めた手筈通りに、ラリエルが鹿の走るタイミングに合わせて土魔法でこけさせたわけだ。
いきなりにしては上手くいったが、ラリエルは魔法を使うのが上手いのだろう。
しばらくの間はこのやり方でいいだろう。
鹿の処理を終え、皮と肉を、雑貨を入れた背負い袋とは別の袋に入れて肩に担ぐ。
「よし、行くぞ」
「うん!」
日が大分傾いてきたから、街道から少し離れた所で今日は野宿する事にした。
枯れ枝は移動中に拾ってあるから、それをいくつか組んで火を付ける。
もちろん魔法でだ。
「小さき炎」
あとは竜剣についた血肉を布で拭いておく。
獲物を狩ったあとに拭いてはいるが、それは大雑把にだ。
こびり付いているものとかを取り、綺麗にしておく。
「お兄ちゃん、おなか減ったよ~」
ラリエルがしょんぼりしている。
昼は軽く干し肉で済ませたからな。
夕飯は鍋に魔法で水を入れ、セルゾ市で買っていた野菜と今日狩った鹿肉を入れて火にかけ、スープにした。
味付けは塩と胡椒だ。
「おいしいね!」
ラリエルに笑顔が戻っている。
「あぁ、そうだな」
「あっ、お兄ちゃん、あれ! お星さま!」
ラリエルが立ち上がり、指差す。
今はもう太陽が沈もうとしている。
一番星がでているのだ。
「食べたら、片付けて寝るぞ」
「うん。お兄ちゃん、今日とっても楽しかったよ! 明日も楽しみ!」
「あぁ、そうだな。まぁ、のんびりと、旅をしよう」
「うん!」
ラリエルは片付けが終わった後、すぐに寝た。
今日は歩いて狩りをして、疲れたのだろう。
ラリエルがかけている布がずれているのを直しながら、考える。
ラリエルはまだ15歳なんだっけか。
2年前となると、俺はどうだったろうか。
まだ師匠と狩りをしていた時期だったかな。
一人でいたときに熊の魔物と遭遇して、何とか狩って、それから師匠に一人で狩りをしていいって言われたっけ。
たき火に枝をくべる。
ラリエルは寝ているが、俺は寝れない。
夜は危険だからな。
獣や魔物がより活発になる。
ラリエルが心地よさそうな顔をしているが、これは俺を信頼しているからだろうか。
それとも、ラリエルはただの馬鹿なんだろうか。
ただの馬鹿なんだろうな。
夜の見張りを考えずに眠ってしまうくらいだからな。
まぁ、いいか。
もともと一人で旅をするつもりだったし、師匠からも色々と聞いている。
やれるはずだ。
空を見上げる。
満天の星空だ。
雲は無い。
辺りは暗く、たき火だけが光源だ。
夜の冷たい空気とたき火で温められた空気。
初めての野宿はただ静かに過ぎていく。
「おはよう、お兄ちゃん!」
「おはよう」
「あれ、お兄ちゃん、それは?」
「これか? 朝方に狩った狼だ。たぶん、はぐれた奴だろうな」
そう、俺の傍らには一匹分の狼肉と皮がある。
まだ薄暗い頃に襲われたのだ。
「お兄ちゃんすごいね!」
「流水」
鍋に魔法で水を注ぎ、差し出す。
「さっさと顔洗っとけ」
「……? っは! よだれがっ!」
ラリエルは慌てて鍋を受け取り、後ろを向いて顔を洗った。
「え、えへへ。ありがとう」
こっちを振り向いた顔が少し赤い。
恥ずかしかったのだろう。
「さて、飯にするぞ」
朝飯は狼肉を焼いて食べた。
肉は少し硬め、味付けはシンプルに塩だけだったが、うまかった。
鍋を洗い、しまう。
狼肉も皮で包んで鹿肉と一緒の袋に入れる。
少し重い気もするが、まぁ許容範囲内だ。
「よし、出発だ」
天気は快晴。
雲は少なく、太陽が照っている。
たまに吹く風が気持ち良い。
レカロ市には今日中に着けるだろうか。
歩いていれば分かる。
黙々と歩く。
たまにラリエルと会話をする。
小休止を取りながら進む。
馬車が通り過ぎて行った。
2台だったな。
「お兄ちゃん、今の商人かな!」
「どうだろうな。馬車なんてセルゾ市で初めて見たからな」
「お兄ちゃんってずっと山に居たんだよね?」
「ん? まぁな」
「山って魔物がいっぱいらしいけど、どうだったの?」
「まぁ、そこそこだな。大きいのは滅多に遭わなかったが、小さい奴はそこそこ狩ってた」
「へぇ~、お兄ちゃんってやっぱりすごいね!」
「そうか? 師匠の方がすごいぞ。熊の魔物なんかも軽々と狩っちまうからな」
「熊の! お兄ちゃんのお師匠さんもすごいんだね!」
そんな感じで歩いていた。
「ん? 何だ?」
「どうしたの?」
馬車が2台、街道に止まっていた。
遠いから分かりづらいが、戦闘しているようだ。
「あれを見ろ。何かに襲われてる! さっき俺らを追い越して行った馬車だ。少し走るぞ!」
「う、うん!」
近づくにつれ、その様子がはっきりと見えてきた。
3人、いや、4人が戦っている。
3人が馬車を囲うように前衛で剣を振るい、1人が後方から魔法に専念しているようだ。
相手は狼だ。
数がとても多い。
20~30匹ぐらいだろうか。
すでに死んでいるのが10匹ぐらいか。
だいぶ大きな群れだな。
奮戦してはいるが状況は芳しくない。
手伝うべきだな。
もう、すぐそこに狼がいる。
「援助する! ラリエル、魔法で援護を頼む!」
「は、はい!」
狼は素早い。
弓矢は良くないな。
竜剣と短剣を抜き、近くの狼に向かい、竜剣を突き刺す。
横から別の狼が襲ってくるが、攻撃をぎりぎり避け、短剣で斬る。
すぐに別の狼が迫る。
2匹だ。
「ヤッ!」
火炎が片方の狼を襲う。
もう一匹は俺が斬り伏せた。
今のはラリエルだろう。
ナイスだ。
さて、まだまだいるな。
これは大変だ。
「ありがとう、助かったよ。僕はセリクだ。君は?」
前衛で戦っていた金髪の剣士が話しかけてきた。
「俺はカイ。こっちはラリエルだ。なぁ、俺たちが倒した奴で2匹ぐらい持って行っていいよな?」
周囲には狼の死体がいっぱいだ。
セリク以外の3人は地面に座っている。
だいぶ疲れているようだ。
セリクも疲れを見せてはいないが、息が少し荒い。
俺も何回か危ない場面があったし、実に疲れた。
数が多いと、とても危険だな。
「十匹ほども倒していたと思うけど。2匹だけでいいのかい?」
「俺たちは見てのとおり歩きでな。 そんなに持てない」
「そうか。……そうだ、僕たちは冒険者で今は商人に護衛として雇われてるんだが、君たちも一緒に乗せてくれないか聞いてみるよ」
冒険者。
獣や魔物を狩りながら、世界を旅する者が自らをそう呼ぶ。
秘境や未開の地へ行き、珍しかったり入手しづらい素材などを手に入れ、金や名声を得ることを目的にしている。
大体そんな感じだったか。
「それはありがたいが、いいのか?」
「まぁ、ダメかもしれないけど、待っててくれ」
そう言って馬車の荷台に行くセリク。
2人の商人が荷台にいたようだ。
しばらく話をしていたが、セリクがこっちに来た。
「一緒に乗って大丈夫だってさ! お礼も言いたいそうだ」
「その前に狼の処理をしないか? 処理するなら早い方がいいだろう」
「あぁ、そうだったね。さっさと済ませようか」
「ラリエル、お疲れ。狼の血抜きと解体をするから、ラリエルは休んでろ」
「うん。お兄ちゃん、やっぱり強くてかっこよかったよ!」
「そうか。ラリエルも魔法の援護、良かったぞ」
「えへへ~」
少し時間はかかったが、あらかた処理し終えた。
「ありがとうございました。私は商人のマホト。こっちは同じく商人のセセルです」
マホトは茶髪の男、セセルは少し赤みがかった茶色の髪の女だ。
「ありがとうございました。貴方たちのおかげで助かりました。セリクさん達もお疲れ様でした」
「俺はカイ、こっちはラリエルだ。馬車に乗せてくれるそうだってな。助かる」
「いえいえ、こっちは命と馬車を守ってもらいましたからね。乗せるぐらいどうって事ないですよ」
マホトとセセルは相当に狼が怖かったようだ。
まだ少し顔が青いのが分かる。
確かに、狼の群れは37匹と多かった。
今朝狩った狼はこの群れから追い出されたか、はぐれた奴なんだろう。
ちなみに俺らの取り分としては狼12匹分となった。
「そうだ。馬車に同乗させるだけではお礼として足りないので、狼の肉と皮を少し高めに買い取るのはどうでしょう?」
「いいのか? 俺たちは助かるが、商人としてはどうなんだ?」
師匠から聞いていた商人は、利に聡く、金にうるさく、ずる賢いはずだが……
「いえ、私たちの気持ちです。本当に心から感謝しているんですよ」
「そうか。なら、ありがたくそうしてもらおう」
まぁ、何事にも例外はあるって聞いたこともあるし、いいか。
俺が今朝狩った狼を合わせて、狼13匹分の肉と皮、ついでに鹿の皮は合計6銀貨5銅貨で買い取ってもらった。
まぁ、多いかどうかはよく分からないが。
その後、片方の馬車に狼を積んでいっぱいになったから、もう片方の馬車に皆で乗った。
商人2人がそれぞれの馬車の御者をして、今は街道を進んでいる。
「カイたちは若いのに強いんだね。将来有望だな」
荷台から周囲を軽く警戒しながら、セリク達と会話をしている。
「セリクたちも、よくあれだけの狼に襲われて死人が出なかったな」
「僕たちも冒険者として、結構長い間頑張ってるからね。まぁ、カイたちが助けてくれたおかげもあるけどね」
その後は特に戦闘も無く、日が沈む前にレカロ市に着いた。
「それじゃあ、ここでお別れだね。また会える事を祈っているよ」
「あぁ、またな」
「私たちも失礼します。また会える事を」
「馬車に乗っけてくれて助かった。それじゃあな」
さて、まずは宿を探すとするか。