第一話
2/16 「プロローグ」から「第二話」まで大幅に編集しました。
獣にも魔物にも出会うことなく、無事山を下りた。
山の麓には草原が広がっている。
遠く、所々に林や森が見えている。
村も街もまだ見えない。
俺が向かっているのはセルゾ市という街だ。
セルゾ市は俺の家からだと、だいたい南西方向になるそうだ。
今はまだ朝だ。
日が暮れるまでには到着したいところだな。
順調に進み、途中、木陰で昼食をとった。
干し肉だ。
時々、動物は見かけたが、移動を優先しているから見逃した。
それにしても、いい景色だな。
山の上から俯瞰するのもいいが、これはこれで良い。
遠くに地平線が見えている。
其処まで膝下ほどの高さの雑草が、草原となっているのだ。
たまに林や森があるのも変化となって、面白い。
当たり前だが、空はより高く感じるな。
何かから解放されたような気分だ。
そもそも、捕らわれてなんか無いんだがな。
進行方向の右側に見えていた森から何かが出てきた。
牛か?
いや、それにしては大きく見える。
色も普通じゃないような……
どんどんこっちに近づいて来るな。
……大き過ぎないか?
距離が近くなるにつれ、それの正体が分かった。
体の所々がやたらと赤い。
魔物だ。
魔物とは、生物の宿す魔力が暴走し、凶悪化した存在だ。
獣とは危険度が段違いになる。
生命力が高く、力も強い。
さらに、何でも食べるようになる。
人間の脅威だ。
今、迫っているのは、おそらく牛の魔物だろう。
大きいし、速いな。
背負い袋、弓、矢筒を近くに置き、戦闘態勢をとる。
牛の魔物は目前だ。
辛うじて突進を避ける。
やはり、とても速い。
だが、単純だ。
おかげで、突進を避ける際に短剣で攻撃できている。
いや、竜剣で、か。
おっと、また来た。
「フッ!」
すれ違いざまに切る。
だが、浅い。
なかなか致命傷は与えられない。
それでも、傷を蓄積させて、血を流させている。
動きも僅かに鈍ってきたように思える。
やはり、強いな!
一回、突進を避けきれずに、角で竜剣を弾かれた。
予備の短剣があるから何とかなっている。
だが、そろそろ、終わりだ。
出遭ってすぐと比べると、今はだいぶ鈍い。
血を流し過ぎたからだろう。
突進を楽に避け、短剣を深々と刺す。
次の突進に備えていたが、ついに魔物は倒れた。
まだ息はあるようだが、終わりだな。
慎重に近づき、短剣を喉元に刺す。
仕留めた。
……ふぅ。
やはり、魔物との戦闘は緊張するな。
山でも魔物は出る。
だが、それは主に兎や鼬といった小動物が魔物化したものだ。
熊の魔物を狩ったこともあるが。
やはり、大物はあまり見かけない。
大きいし、強いし、時間がかかるから実に大変だ。
師匠は、すごいな。
熊の魔物ですら軽々と狩ってしまうのだから。
さて、血抜きは戦闘中に大体は出来ているだろうとして。
解体をさっさとしてしまおう。
内臓や骨、持ちきれない分は埋めておこう。
近くに川は無いようだ。
森の中にならあるかもしれないが、用もないのに入るつもりは無い。
水属性は適性があり、使える。
ささっと魔法で済ませよう。
事象を想像して、魔力を変換し、実現する。
「流水」
想像を補う形で言葉を発し、水を出現させる。
鍋に注ぐ形でだ。
雑貨を詰めてある背負い袋とは別の背負い袋に、牛の皮と肉を入れる。
よし、旅を再開だ。
ふと、視線を感じた気がした。
さっき牛の魔物が出てきた森だ。
じっと見つめる。
なにか、いる。
だが、敵意的な感じはしない。
何だ?
結論を言えば、少女だった。
赤い髪、黄色の瞳。
身長は俺の胸ぐらい。
小さいな。
服装はシャツとズボンだ。
恐らく、少女。
女性は、お姉さんしか知らないからな。
視線を感じたあの後、無視をして歩いていた。
だが、気配はずっとついて来ていた。
だから、一旦森の中に入り、一気に走った。
見えていないだろう内に、後ろに回り込んだ。
そして、少女(仮)だと分かったのだ。
とりあえず、話しかけてみよう。
「よぉ。こんな所でどうしたんだ?」
「ひゃっ!」
少女(仮)が驚き、振り返る。
「あっ、お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん? まぁいいか。さっき、俺を追いかけてたよな。どうしてか、理由を教えろ」
「えっ! あ、あぁ、あの、えっとね……」
少女(仮)はつっかえつっかえ、説明をする。
俺が山のある方角から来た事。
牛の魔物を翻弄し、簡単に倒してしまった事。
少女(仮)はセルゾ市の住人だが、俺が見慣れない顔だった事。
それらのことから、俺の事が気になってついて来ていたそうだ。
……ふむ。
「おい、少女。次からは紛らわしいことはするなよ。敵意は感じなかったが、こそこそついて来られると、困るからな」
「少女じゃなくて、私はラリエルだよ! それに、私は今年でもう15歳なんだよ、お兄ちゃん!」
15歳だと、このぐらいの外見なんだな。
ところで。
「俺はお兄ちゃんじゃなくて、カイだ」
「分かったよ! お兄ちゃん!」
「分かってないだろ。確かに俺は大体17歳だから、年上ではあるが……そういえば、ラリエル、は森で何をしていたんだ?」
「あ、えっと、私は野草摘みに来てたの。ここの森は自然が豊かだから」
「そうか。野草摘みは終わっているのか?」
「うん、終わってるよ」
「そうか。セルゾ市の住人だったよな。案内してくれないか?」
「いいけど、セルゾ市に何か用事があるの?」
「旅をしていてな。今日はセルゾ市で宿を取ろうと思っている」
「それだったら、うちに来て! うちは宿屋やってるの!」
「そうか。じゃあ、セルゾ市まで案内してくれるか?」
「うん、お兄ちゃん!」
「だから、カイだって言ってるだろ」
そんなわけで少女、じゃない、ラリエルと共に、セルゾ市に向かう。
道中、ラリエルにセルゾ市について色々と聞いた。
師匠から聞いた事もあったが、やはり大体合っている。
セルゾ市は裁縫、紡織が盛んだ。
メサロ国で流通している衣服の半分ほどはセルゾ市産の物だと言うぐらいだ。
服は特に買うつもりは無いから、それはいい。
街の規模としては、メサロ国で上位らしい。
住人も多いが、訪れる者も多いようだ。
まあ、実際に見てみれば分かるだろう。
セルゾ市は目の前だ。
巨大な外壁で囲われている。
魔物対策のためのはずだ。
門があり、そこに人が列を作っている。
俺や師匠と同じ、ヒュームしかいないな。
……あれは馬車だろうか。
たぶんそうだろう。
馬が木製の荷車に繋がれているからな。
「見ない顔だな。その背負い袋の中身は何だ」
門兵の男がそう言った。
「魔物の肉と皮だ」
「見せてみろ」
魔物の肉と皮を見ると、男は少し驚いたようだ。
「若いのに腕がたつようだな。入市税は金でも現物でもいいが、どうする?」
「じゃあ、この肉でいいか?」
「あぁ。それだと、これぐらいだな」
そう言って、魔物肉を一塊分ける。
「ちなみに、金だといくらだったんだ?」
「ん? あぁ。鉄貨7枚だ」
「そうか。それじゃあな」
ラリエルは鉄貨を払っていた。
「ようこそ、セルゾ市へ。ゆっくりして行けよ」
街の中は、活気があった。
夕方だからか、飯のいい匂いが漂っているようだ。
色んな人がいるな。
赤、青、茶、金。
髪の色も色々だ。
とある金髪の男が目に留まる。
その長身の男は耳が異様に長かった。
エルフだ。
ヒュームより耳が長いのが特徴。
ヒュームと精霊の一種、風精とが交わって生まれたと言われているらしい。
種族的に風と光の魔法が得意。
……初めて見るな。
「どうした、少年」
「あ、すまん。何でもない。エルフを見るのは初めてでな」
「そうか」
そう言って、エルフの男は去っていく。
「お兄ちゃんはエルフを見た事が無かったの?」
ラリエルが俺の顔を覗き込んでくる。
「まあな。そもそも、ヒューム以外を見たことが無い」
「そうなんだ。この街にはエルフとドワーフは居るよ」
ヒュームが一番多い種族。
そして、ビアストフ、エルフ、ドワーフ、マヒューム、ドラゴニウムの順で多いとされている。
ドワーフが地精、マヒュームが水精、ドラゴニウムはなんと、ドラゴンの血を汲むと言う。
ビアストフには魔獣の血が流れているとされて、忌み嫌われているそうだが。
「お兄ちゃん、ここがうちの宿だよ!」
ふむ。
周りの家や店と比べると、そこそこの大きさのようだ。
もちろん木造。
三階建てか。
一階部分はどうやら、食事をとる所らしい。
結構、人がいる。
「おかえり、ラリエル。そっちの坊やはお客さんかい?」
「そうだよ、ママ。お兄ちゃん、あとはママに聞いてちょうだい!」
そう言って、ラリエルは奥に消えて行った。
「俺はカイだ。宿を取りたいんだが」
「……あぁ、空いているよ。一泊3銅貨だ。飯は別払いで一食8鉄貨だよ」
やけにじろじろ見られているような気がするんだが。
そういえば、金は鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨がある。
10鉄貨=1銅貨、10銅貨=1銀貨、10銀貨=1金貨、10金貨=1白金貨、だ。
金貨、白金貨はよっぽどのことでも無いと使われないらしい。
「一泊でいい。飯は一食頼む」
「あいよ。3銅貨8鉄貨だよ」
師匠に餞別としてもらったのは銀貨だけだ。
1銀貨を渡して、6銅貨2鉄貨を返してもらう。
「飯はすぐでいいのかい?」
「あぁ。それと、これを売りたいんだが、どこで買い取ってもらえる?」
袋に入った魔物の肉と皮を見せる。
「おやまぁ、牛の、しかも魔物だろう? これ。これなら、うちで買い取れるよ。2銀貨でどうだい?」
「あぁ。じゃあ、それで頼む」
魔物は高いそうだが、2銀貨か。
夕飯はパンとサラダ、それに肉のスープだった。
スープは濃い味だったが、パンをひたして食べるとうまかった。
部屋に入り、指抜きの手袋、外套、腰ベルトに差した竜剣などの装備を外す。
それらの外した装備を袋に入れ、抱えてベッドに入る。
宿屋で部屋に荷物を無造作に置くと、盗まれる危険があるからと、師匠に教わった事だ。
明日は少し街中の様子を見てから、出発しよう。
「ねぇ、ママ。私ね、お兄ちゃんの旅について行きたいの。行ってもいい?」
「あの坊やの事だろう? 何で兄と呼ぶんだい? お前は、他人をお兄ちゃんなんて呼んだこと無いだろうに」
「ん? えっとね、私のお兄ちゃんだから、お兄ちゃんって呼ぶの!」
「じゃあ、何で兄だと思ったんだい?」
「今日、見た瞬間にお兄ちゃんって分かったの!」
「それは理由にならないじゃないか」
「私がお兄ちゃんだって思ったから、お兄ちゃんなの!」
私は、あの少年とこの子が実際の兄妹だと知っている。
『――この子たちをどうか、よろしくお願いします』
そう言って、二人の子供を預けて、逝った奴隷。
私とグレイで一人ずつ育てた。
もう10年以上経っている。
ラリエルは兄のカイの事なんて知らないだろうに、兄と呼んだ?
飽きれる。
だけど、兄妹だからこそ、分かることがあるのかもしれない。
「旅について行って、何をするんだい?」
「え、えっとね、ママに聞いたことを実際に見てみたいの!」
……兄と一緒に居たいんだろうって分かっちまうよ。
お前は顔に表情が出やすいからね。
旅に出すのは不安だけど、あの少年はだいぶ大きいだろう魔物を狩るほどの力はあるようだ。
それならば……
「旅は辛くて大変だよ?」
「私、頑張れるもん!」
「あの坊やが許してくれるかどうか、分からないよ?」
「え、それって、お兄ちゃんが良ければ、旅について行ってもいいってこと!?」
「あぁ、そうだよ」
「ありがとう! ママ!」
やれやれ、私も甘いねぇ……