■第9話 好きな気持ちは別問題
その午後は憂鬱で憂鬱で仕方がなかったシオリ。
先日きっぱりはっきりお断りしたつもりだったのだが、やはりあの宇宙人には
伝わっていなかったのか、またしても今日の放課後に話しがあると言われてしまった。
昼食の時間も、まったく食欲がなくて箸は進まない。
小さな弁当箱に上品に詰まった色とりどりのおかずを、ただ箸で摘み上げては
戻す。摘み上げては戻すを繰り返し、その口の中には何も入らず、溜息が出て
行く一方だった。
放課後を報せるチャイムが鳴り響くと同時に、またしてもあの騒がしい足音と
開扉音が耳に入りひとつ息をつき腹を決めてシオリはまっすぐ戸口に向かった。
『・・・ども。』 呼び掛ける前にやって来てくれたシオリに、ペコリと照れ
くさそうに会釈し微笑むショウタ。
ジロリ。睨んで、心の中で舌打ちを打つシオリ。
ふたり、先日も行ったひと気のない理科室がある西棟へ向かう。
ショウタがご機嫌に先をゆき、シオリはそれから5歩ぐらい遅れて足取り
重く進む。
シオリの顔はまるで死刑執行台へ向かう囚人のそれ。
目は虚ろで覇気もない。
この数日で確実に体重は落ちている気がするのは気のせいではないだろう。
すると、静まり返った理科室の前でピタっとショウタの足が止まり振り返った。
そして、真剣な眼差しをシオリに向ける。
『ホヅミさん・・・
医大生のカレシがいるって・・・ 噂で聞いたんだけどさー・・・。』
その声色は真剣そのもので、情けなく『えへへ』と笑ういつものそれとは
全く違った。
(医大生のカレシ・・・?)
シオリは咄嗟に俯き、表情が見えない様にして高速で瞬きを繰り返す。
(・・・誰のこと言ってるんだろう・・・?)
その時、医大に通う近所の従兄弟コウが頭に浮かんだ。
(ぇ・・・ コウちゃんをカレシだと思い込んでるんだ?!
なにをどうしてそんな噂が立ったのかは知らないけど、
・・・これは、使わない手はないわ・・・!!)
コクリ。ただ、シオリは目を落としたまま頷いた。
いまだ俯いたままのシオリは、これでこの不毛な遣り取りに終止符が打てるかも
しれないとニヤけそうになるのを堪えて、頬筋がふるふると震えそうだ。
すると、ショウタは言った。
『ホヅミさんが誰かと付き合ってるっていう事と、
俺がホヅミさんを好きってのは、
基本的に、別問題だと思うんだよねー・・・』
『・・・・・・・はい?』 思わず顔を上げて、ショウタを見つめてしまった。
(なに言ってんの?この人・・・。)
『いや、これがさ。
結婚してる、とかゆーなら
そりゃー、ちょっとはマズいかな~?とも思うけどさ・・・
でも結婚してたって奪っちゃダメっていうアレはさ~・・・
奪われる方も悪い、的な・・・?
つか、とにかく、ただ付き合ってるだけっしょ??
てことはさ~・・・
俺がさ~・・・
すんげー がんばってがんばってさ~
ホヅミさんの気持ちを変える可能性だってゼロじゃないじゃんっ?』
呆然と、その自信満々で意味不明なショウタの演説を聞いているシオリ。
『だからー・・・
・・・俺、気にしないからさっ!!』
満面の笑みというのはこうゆう顔のことを呼ぶのだろうと思うような、
ショウタの笑顔。
まるで ”安心して ”とでも付け足しそうな、その間違った方向の
ハイパーポジティブ思考。
力が抜けた。
シオリの脚から一気に力が抜け、廊下にヘナヘナと座り込んでしまった。
『どした?ダイジョーブ??』 隣に同じようにしゃがみ込み覗き込んでくる
ショウタになんの言葉も返す気力は無くなっていた。
『ちなみにさ・・・ 果物でなにが好き?』 なんの脈絡もないその質問に、
脱力し放心状態のシオリは素直にぼそり答えた。
『・・・青りんご。』
すると、
ショウタはケラケラと愉しそうに『らしいなぁ~』 と眩しそうに笑った。