■第8話 溜息バリエーション
3時間目の授業が終わるチャイム ”ウェストミンスターの鐘 ”の最初の
音階 ”ド ”が聴こえた瞬間、ショウタは後方のドアを乱暴に開け放って
教室を駆けて行った。
『こらぁ!ヤスムラぁぁああ!!!』
背中に教師の怒鳴り声が聴こえていた気がしないでもないが
チャイムが鳴ったその瞬間、授業からは開放されているのだ。
(なんぴとたりとも、俺の邪魔をしてくれるな!)
まだチャイムが鳴り終わっていないというのに、ふたつ隣のシオリのクラス
2-Cの教室後方ドアを勢いよく開け放したショウタ。
『ホヅ・・・』 元気に呼びかけようとして、そこは水を打ったような静寂。
まだ2-Cでは授業が終わっていないと気付く。
一斉に40人プラス教師の目が振り返ってショウタに向いた。
その中には勿論シオリの目も。
ショウタが口にしかけた名前に気付き、顔を歪めている。
『なんなんですか?』 中年女性教師からの冷たい視線に一瞬たじろぎながらも
『もう・・・ チャイム、鳴りましたよ?』
ニヒヒ。と口角をあげて調子よく笑った。
尚も無礼なその生徒に向けて目を眇めている教師へ、
『あれ?・・・時差??』 キョロキョロと見渡し、悪びれも無く畳み掛ける。
その瞬間、クラス中からどっと笑い声が沸き起こった。
教師は怒りをあらわにしながらも、教材を小脇に抱え教壇を下りて乱暴に
扉を開ける音を立てて教室を出て行った。
その殺気立った神経質な後ろ姿に、更に歓声が上がる。
終業チャイムが鳴っても中々授業を終えない事で悪名高い教師のその背中に
クラス中が欣喜雀躍。
『ヤスムラ!よく言ってくれた!』 と肩を組んでくる奴までいた。
そんな事はどうでもいいショウタ。
『ホヅミさぁぁあああん!』 シオリに呼び掛けるも、聴こえていないのか
フリなのかシオリは顔を背けたままこちらを見ようとはしない。
すると、先程ショウタに肩を組んだ男子が 『ホヅミー!カレシ来てんぞ~?』
とシオリを覗き込んで声を掛けた。
その声にもの凄い勢いで立ち上がったシオリ。
乱暴に後方に下がった椅子の脚が床にすれたギギギという嫌な音が響いた。
冷静なはずのその端正な顔は、こめかみに血管が浮き上がり口は真一文字に
噤んでいる。
(カレシじゃないっての!!!!!!!)
シオリは不機嫌顔のまま教室後方に佇むショウタの前まで早足で進むと、
またしても腕を乱暴に掴んで教室から少し離れた階段裏までショウタを
引っ張る。
(もう・・・ あんな風に教室来るのやめてよねぇ・・・。)
階段裏の少し薄暗い空間にふたり。
階段をあがって2階へ行く足音が踊り場に反響して小気味よく響いている。
言いたいことがあり過ぎて、この短い10分休憩なんかでは時間が足りない。
やむを得ず、ショウタの用件を訊いてみるシオリ。
『なに?』
たった一言冷たく言い捨てるシオリの目に、なんだかだらしなく頬を緩める
ショウタの顔。
( ”カレシ ”に反応してんじゃないわよ!!!)
大きく大きく溜息をついた。 ここ数日、溜息ばかりだった。
怒りの溜息、困惑の溜息、悲哀の溜息・・・ 溜息ってこんなにバリエーション
豊かだっただろうかと思うほどの、自分の口から連日洩れ流れるそれ。
すると、
『あ! あのさ・・・ 今日の帰り、ちょっと話あるんだけどー・・・』
『またぁ?!』 シオリの美麗な顔が更に歪み、今まで聞いた事がないような
濁声が廊下中に響いた。