■第61話 お願い
『コレ・・・。』
シオリが大きな襟元のファーを引っ張り上げ、少し口許を隠しながら
照れくさそうにプレゼントが入った紙袋をそっと差し出した。
ショウタはシオリから預かっていたぬいぐるみを返すと、嬉しそうに
ぽりぽりと頬を指先で掻いて口角を上げる。
そっと紙袋を開け中を覗くと、更にカラフルな薄いラッピングペーパーで
包まれたものが見えた。 ショウタは目を細め、まるでガラス細工にでも
触れるようにしずしずとそれを取り出す。
ラッピングペーパーを丁寧にはがすと、出て来たもの。
『え・・・・・・・・・・・・。』
ショウタが言葉を失い息を呑む。
目を見開くと、ゴクリと喉が鳴った音が響いた。
その様子に、シオリが恥ずかしそうに前髪を引っ張り俯きながら、小さく呟く。
『はじめて編んだから・・・
あんまり上手じゃないんだけど・・・ ごめんね?』
それは、手編みのマフラーだった。
トリコロールカラーのそれはフリンジが付いて、ショウタが通学する時に
いつも着ている濃紺のピーコートにピッタリで。
実は修学旅行から戻った頃から、勉強の合間をぬってシオリは生まれて
はじめてのマフラーをこっそり編んでいたのだった。
教本と格闘するも思うようにうまく編めず、2回ほどき最初からやり直しを
してやっと出来上がったそれ。
暫くそれを手にしたまま呆然と佇み、ショウタがやっと声を発する。
『ぇ・・・ す、すげぇ・・・
俺・・・ 生まれてはじめて、手編みのモン貰った・・・。』
その声は少し震えて、泣いているのかと思うほどだった。
ショウタは目をつぶりぎゅっとマフラーを抱き締めると、顔をうずめて
大きく息をする。 ほんのりシオリのにおいがする気がして、どうしようもなく
胸が締め付けられる。
『今! もう・・・ 今すぐ、してもいい??』 マフラーを伸ばすと
嬉しくて堪らないといった顔で首にグルグルに巻いたショウタ。
そうかと思えば首からはずして、ふたつに折り輪っかに通すようにしてみたり。
大きな背中を丸めて、必死にマフラーをどう巻こうかで悩んでいる
その素直すぎる姿にシオリは溢れる想いをもう堪えられなくなっていた。
静かにショウタに近付き、そっとその大きな背中に後ろから抱き付いたシオリ。
手を伸ばして思い切りぎゅううっと不器用な背中に体を寄せ、目をつぶる。
その突然のぬくもりに一瞬驚いてビクっとショウタの体が跳ねる。
慌てて振り返ろうとしたショウタへ、シオリが言った。
『ふっ・・・り返らないで・・・。』
ショウタのダウンジャケットの背中に顔をうずめ抱き付いたまま、
ぎゅっと目をつぶるシオリが震えながら小さく呟く。
『ねぇ・・・
前に、数学の教科書貸した時に言ったこと覚えてる・・・?』
背中に全神経を集中し動揺しまくるショウタは、この夢のような
シチュエーションに脳内パニック真っ最中で、なんのことを言われているのか
全く分からなかった。
『え・・・? な、なんだっけ・・・?』
『教科書貸してあげるから、
その代わりに私のお願いもひとつきいてね・・・、って言ったの。』
そう言えば、そんなような事を言われたような気がしないでもないが、
それよりなにより、ダウンジャケットの厚みがもどかしい。
もっと直にシオリのぬくもりを感じたい。
『ああ・・・ うん、そっか。
・・・まだお願い聞いてなかったな、そいえば・・・。』
すると、シオリが更にショウタに抱き付く腕に力を込めた。
大きく大きく深呼吸をして、震える胸を鎮め喉の奥からなんとか声を絞り出す。
『・・・ずっと、
・・・私の隣にいて・・・ 笑わせて・・・。』
確かに耳に聴こえたその一言に、更に目を見開き我慢しきれずショウタが
振り返った。
そして、潤んだ目でシオリをまっすぐ見つめる。
『ヤスムラ君のことが・・・ 大好き・・・。』
ついに堪え切れずシオリの瞳から透明な雫がこぼれ落ちた。




