■第60話 小さな植木鉢
ふと、シオリが紙袋に小首を傾げる。
胸にくまのぬいぐるみを抱いているのに、まだ紙袋には重みを感じる。
『ん?』 再び中を覗くと、薄い紙で包まれたものがもうひとつ入っていた。
『ちょっと持っててくれる?』 ぬいぐるみをショウタに渡し、それを慎重に
取り出す。 そしてそれを覆った薄紙をはがすと、小さな植木鉢が出て来た。
それは、橙色のミムラス。
シオリが好きだと言った花で、ショウタがプレゼントするならコレだと思って
いた花だった。
『母ちゃんに鉢分けしてもらって、ずっと部屋で育ててたんだよね~・・・
室内であったかくしとけば、冬でもダイジョーブだから!』
シオリは目の高さにその小さな鉢を掲げ、溢れるほどに咲き誇る橙色の香りをかぐ。
嬉しくて嬉しくてどうしようもなくて、心があたたかいもので溢れる。
『・・・花言葉、 ・・・なんだっけ?』
シオリがミムラスを潤んだ瞳で瞬きもせず見つめたまま、小さく訊く。
すると、ショウタは朗らかに笑って言った。
『 ”笑顔を見せて ” 』
シオリはそっと目を閉じて、ショウタから突拍子もない告白をされた春の日を
思い返していた。
ギョっとして呆れ果てて困り果てて、いくら冷たく断っても怪訝な顔を向けても
それでも尚もめげずにいつも朗らかに微笑んでくれたショウタ。
”あの・・・ だからさ・・・
今朝・・・夢で、見たんだよね・・・
ホヅミさんと俺・・・ クリスマスに、付き合い始めて・・・
お互い、27の春に・・・ケッコン、する事になる、みたいなんだ・・・”
あまり人前で笑えなくなっていたシオリを、ショウタは毎日毎日あの手この手で
笑わせた。
半紙に堂々と名前を書かれ、自転車でバスを追われ、教科書にパラパラ漫画を
描かれ。
”なーんで人前で笑わないんだよ? ほんとはよく笑うんでしょ~?”
気が付けばシオリもショウタのことがどうしようもなく好きになっていた。
毎日会いたくて、言葉を交わしたくて、その手に触れていたい。
ショウタがいてくれるだけで心はあたたかくて。
ショウタがいてくれるだけで強くなれて。
ショウタがいてくれるだけで笑顔でいられる。
(今日こそ、ちゃんと気持ち伝えなきゃ・・・。)
シオリはショウタへのプレゼントの紙袋を、そっと差し出した。
その瞳にはいまにも溢れそうな涙が、ぎりぎりのところで留まっていた。