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■第56話 異様に甘い玉子焼き


 

 

シオリは小さなお弁当と数学の教科書片手に、書道部部室へと向かう。


パタパタと小さく足音を立て廊下を駆けるその背中は、まるで羽根でも生えて

いるかのように軽快で嬉しさが全面に溢れている。

 

 

 

修学旅行が終わり通常生活に戻ってすぐのこと、とある帰り道でショウタが

シオリを覗き込んで言った。

 

 

 

 『あのさ・・・


  明日から、昼飯、一緒に食わない・・・?』

 

 

 

クラスが違うふたりはもちろん別々に昼食をとっていた。


互いに弁当を持参していたため、教室の自席で毎日それを食べていたのだが、

どうしても少しでも一緒にいたかったショウタ。 それはシオリだって同じで。


『どこで食べるの・・・?』 さすがにどちらかのクラスでふたり寄り添って

食べるのはクラスメイトの手前、恥ずかしい。 

だからと言って階段裏は埃が立ちそうでなんだか衛生的に気が進まない。

 

 

『あ! 部室は?』 ショウタの一言で、その翌日からふたりは一緒に書道部の

部室でお昼ごはんを食べていた。


墨汁のにおいや若干のカビ臭さはあったものの、ふたりきりでいられる貴重な

その場所に不満はなかった。 

少しでも一緒にいられるという事だけで、充分満足なふたりだった。

 

 

 

 

シオリが部室のドアを静かに開けると、もうショウタが来ていて窓を開け放ち

空気の入れ替えをしてくれていた。


晩秋の冷たい風が部室内に吹き抜けると、どんよりした空気のにおいが一気に

変わる。 キーンとした冷気に身が引き締まり、ショウタはすこしだけブルっと

体を震わせた。

 

 

『教科書ありがと。』 シオリが持ってきたそれを返すと、ニコっと微笑む

ショウタ。 パラパラ漫画にいつ気付くか、シオリは少しだけニヤっとショウタ

を見つめ返した。

 

 

机なんかたくさんあるというのに、ふたりはたったひとつの机に窮屈そうに

弁当箱を置き仲良く向かいあって食べる。


シオリの弁当はあまりに小さくて、本当にこんな量で夕飯まで体がもつのか

ショウタはいつも首を傾げていた。 


『なぁ・・・ 足りんの? それで。』 色とりどりのおかずと小さな手毬

おにぎりが緑色のバランで仕切られているそれ。 

シオリはピンク色の箸でつまみながら笑う。

 

 

 

 『毎日、それ言ってるよ? ヤスムラ君・・・。』

 

 

 

昼食のたびに毎回言われるその一言を、シオリは呆れながら可笑しそうに笑う。

 

 

 

 『だってさ~・・・ 俺の弁当の3分の1じゃね?』

 

 

 

母親手作りの自分のドデカ弁当を差し出して、そのサイズ比を見せ付けると

『それも毎日やってるから!』 シオリがケラケラと愉しそうに笑って言った。

 

 

ショウタの弁当は、さすが食べ盛りの男子高校生用だけあってとにかく

ボリューミーだった。


シオリの弁当はカラフルな野菜がメインだったが、ショウタのそれは唐揚げやら

ウインナーやらベーコン巻きやら茶褐色のおかずが豪快で、八百屋だと言うのに

野菜はあまり見当たらない。

あのショウタ母が朝から元気に台所に立ち、フライパンを振るう姿が目に浮かぶ。

 

 

シオリが箸を伸ばして、ショウタの弁当のアスパラベーコン巻きを摘んだ。


『コレ、ちょうだい?』 そして返事も待たずにパクっと咥えてもぐもぐ食べる。

嬉しそうに頬を緩ませて『美味しい。』 と笑うシオリに、ショウタもシオリの

小さな弁当箱から上品に美しく巻かれた玉子焼きを貰って口に放る。

 

 

 

 『うめぇ~~~!


  ウチの母ちゃんの玉子焼き、なんかイッヨーに甘いんだよなぁ・・・


  味見とかゼンっゼンしてないんだよ、きっと。 テキトーすぎる・・・。』

 

 

 

思わず、シオリはぷっと笑う。


”生意気に文句言ってんじゃないよっ! ”とショウタ母の声が聴こえるようだ。

 

 

 

 『私ね・・・ ヤスムラ君のお母さん、大好き・・・。』

 

 

 

眩しいくらいにキレイな顔でまっすぐ見つめられてそんなこと言われ、

ショウタは目を見開いてかたまった。 

家族のことを好きだと言ってもらえて、嬉しくないはずは無い。


八百屋の店先でシオリと母親が愉しそうに話していた姿を思い出し、

なんだか心臓が急にぎゅうううっと締め付けられ、目頭が熱くなって慌てて

ショウタは顔を伏せた。


ちょっとでも気を抜いたら泣いてしまいそうで必死に深呼吸する。

 

 

 

 『・・・ありがとう。』

 

 

 

その声色は少し震えていて、馬鹿みたいに泣きそうだということに気付かれ

ないかショウタは気が気じゃなかった。

 

 

 


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