■第54話 猛スピードで打ち付ける鼓動
楽しい修学旅行はあっという間に3日目を迎えていた。
その頃にはC組担任もショウタのめげない様子に白旗を上げ、シオリの横に
立ちC組一同と行動を共にするのを認めざるを得なくなっていた。
教師の完全なる根負けだった。
クラス毎にかたまって食べる昼食の時も、A組のテーブルから自分の分を
持って来てC組の面々に席を少しずつ詰めてもらい、シオリの隣に無理やり
割って入った。
良くも悪くも ”明るく元気なストーカー ”の存在は、皆に知れ渡っていた
ショウタ。 皆どこか呆れ顔を向けつつも『アイツなら仕方ない』 という
顔をして許してくれた。
一緒に土産物屋を見てまわっていたショウタとシオリ。
ふと、シオリが女子向けの可愛い小物がある土産物屋に目を止める。
『ココ、見ていい?』振り返りショウタを見ると、うんうんと頷き頬を緩める。
色んな可愛い小物や雑貨が所狭しと並ぶその店。 中の一角にタオルハンカチの
コーナーを見付けた。
明るいパステルカラーのグラデーションが目映いそれを手に取って触ってみる。
するとその肌触りはやわらかくて、やさしくて、あたたかい。
ふと辺りを見回してショウタの姿を探すと、やはり女子向けの店は照れくさ
かったようで店先で佇んでポケットに手を突っ込み、ぼんやりしている。
シオリは空色のグラデーションのタオルハンカチを掴んで、レジへ向かった。
すると急に立ち止まり、もう一度売り場に駆け戻る。
そして桜色のそれも掴んで、再びレジへ行き会計をした。
シオリが買い物をして戻って来たのを見て『なに買ったの?』
ショウタが目を細める。
すると、『ん・・・ ちょっとね、お世話になってる人にお礼。』 と、一言。
そしてまたふたりで、修学旅行生だらけの土産物屋街道を仲良く進んだ。
その日の夜の散歩道。
シオリがショウタへ小さな紙袋の包みを差し出した。
シンプルな生成色紙袋だが、隅に付いているワンポイントがお洒落で、
記された店名の文字もやわらかく可愛らしい。
『え?! 俺、に・・・??』 驚きかたまってパチパチとせわしなく
瞬きをするショウタ。
差し出されたそれをしずしずと両手で受け取ると、『見てもいい・・・?』
背中を丸めて恐縮しながら上目遣いをする。
『ヤスムラ君には、いつもお世話になっているから・・・
・・・青りんごの、お礼・・・。』
そう言って、シオリが目を細め眩しそうに微笑む。
ショウタは決して紙袋を破かないよう慎重にテープを剥がして、中からそれを
取り出した。
そして空色のタオルハンカチに目を落とすと、嬉しそうにシオリを見つめた。
『むっちゃくちゃ嬉しい!!!
ありがとう・・・ すっげー大事にすっから!!!
あああー・・・ もったいなくて、使えねぇー・・・。』
たかがハンカチ1枚で大袈裟なショウタを、愛おしそうにシオリが見つめる。
ハンカチを表から裏から眺め、頬に当てて頬ずりしてみたりにおいを嗅いだり。
あまりに喜ぶその大きな背中が愛しくて愛しくて、今夜はシオリからそっと手を
伸ばしてつなぎ、寄り添ってみた。
すると、突然の思ってもいないシオリの冷たい指の感触に、驚いたショウタが
少しよろけた。
向かい合ったシオリのおでこにショウタの顎がコツンとぶつかる。『ごめん!』
図らずも、抱き合うような形で近付いたふたり。
ショウタの目の前に、シオリの頭がある。
あと、ほんの数センチでふたりの体は触れ合う。
暫くふたり、そのもどかしい距離のまま無言で立ち尽くしていた。
少し顎を上げ上を向くショウタの喉仏が、荒い呼吸にクッキリと浮き上がるのが
丁度シオリの目の高さに見える。
すると、ショウタが震える手をゆっくりゆっくりシオリの背中にまわした。
ゴクリ。息を呑む音がしっかり響く。
そして、少しだけ力を入れてその華奢な背中を引き寄せる。
暗い夜道で、ショウタはシオリを抱き締めた。
それ以上腕に力を込め強く抱きすくめたら歯止めが利かなくなりそうで、
ショウタはただ包み込むようにやさしくシオリを抱き締めていた。
ショウタの左頬に、シオリの右耳が触れている。
互いの触れている部分がジリジリと燃えるように熱を帯びる。
どきん どきん どきん どきん ・・・
ドキン ドキン ドキン ドキン ・・・
ジャージの薄い生地はいとも簡単に、互いの鼓動を直に胸に伝えていた。
ふたり、そっと目を閉じてその猛スピードで打ち付ける相手の鼓動を感じていた。
ゆっくり呼吸をしようと思っても、全く言うことを聞かない暴走する呼吸器。
好きで好きで好きで好きすぎて、もうこのまま一生離れたくない。
その時、誰かが来る気配に慌てて体を離した。
今の今まであんなに大胆に密着していたくせに、途端に死にそうなくらい
恥ずかしくてただ相手を見ることすら出来ずに目を逸らし合う。
(キス・・・ したかったな・・・。)
(キス・・・ されるかと思ったのに・・・。)
真っ赤に火照るふたりの頬を、今夜も冷たい夜風がやさしくなでて過ぎた。
ふたり、はじめての経験がたくさんあった修学旅行が終わろうとしていた。